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2015
12.27

Collector 6

Category: Collector(完)
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2016
01.11

Collector 7

Category: Collector(完)
司は電子錠と鍵を掛けると地下の迷路のような通路を通り、扉を開くと明るい陽射しのなかに出た。
そして何事もなかったように待たせておいた車に乗り込んでいた。

牧野を縛りつけるためなら法を破ろうとも構わなかった。
誰が彼女のことを気にかける?
司はなんとも思っていなかった。
牧野は俺に与えてくれた。

彼女に復讐することを。

裕福な生い立ちには利点もあるが金持ちには金持ちにしかわからないルールがある。
そして名家に生まれるというのは自分の血を別けた跡継ぎをもうける為だけの妻が必要となることだ。
きらびやかで洗練された上流社会の男女の役割というものは決まっている。
妻は跡継ぎをもうけること。
夫は財産と体面を保つこと。
そして、愛人とは情熱を分かち合う。
牧野は俺の愛人として俺の子供を産む。
だが牧野には愛人として以上のものを与えるつもりだ。


司は握りしめていた拳を緩めた。
その手の中にあったのは司が彼女にプレゼントをした思い出の品であるあのネックレスだった。
このネックレスを彼女の首に掛けた時のことを思い出していた。
牧野との思い出の中にはあまりにも生々しすぎて思い出したくないものもあった。
そのひとつがこのネックレスだった。
別れを告げられる前に俺がプレゼントしていたものだった。
こんな高価なものは貰えないと断った女に差し出したプレゼント。
まさかあの時はこんなことになるとは思ってもいなかったはずだ。
今でもあの夜のことは一生忘れられそうに無かった。
好きな女にプレゼントをやって何が悪い?そう言って抱きしめていた。
部屋のバルコニーには天体望遠鏡があり、二人で星を見た。
司は今でもその姿をはっきりと思い出すことができた。彼が見せた星空の世界を二人で楽しんでいた。
今思えばあの当時は二人に未来など見込めたのだろうか?
好きな女・・彼女を愛する気持ちは深く、本物で、それまでの自分の人生における最大の欲求だったに違いなかった。
結局あれから間もなくして別れを告げられることになった。

不本意な記憶となって今も心の奥底にある。頭から追い払おうとしても追い払えなかった。
あのとき、すぐそばまで訪れていた女との別れがわかっていたならば無理矢理にでもことを進めていればよかったと後悔している自分がいた。
そして、今はこうなったことを後悔はしていない。

だが、こうしてネックレスを手にしてみれば下腹部で不可思議な感覚がする。
牧野がこのネックレスを首にかけていたと言うことは、俺のものだという印だったはずだ。
長いあいだ彼女の首にかけられていたネックレス・・・・
高価なものだったから離すことなく身につけていたのか?

どちらにしても今の司にそんなことは関係がなかった。
これまでの人生で女がどういうものかと言うことは学んできたつもりだ。
司はつくしを手に入れたことに喜びを覚えていた。
そんな彼の口元にはゆっくりと笑みが浮かんでいた。


司が乗った車は高層ビルが林立する道を静かに進んでいた。
何度か信号で止まりはしたが都内の混雑に巻き込まれることもなく目的地に到着した。
制服姿の運転手が後部座席のドアを開けると司は堂々たる姿で車を降り建物のなかへと姿を消した。
建物の中は外観と同様に洗練され大理石の床が硬質の靴音を響かせている。
彼は歩きながら上着のポケットの中に入っているものを指先で転がしていた。
そしてその表情は笑顔とはほど遠いものだった。



つくしの生活は一変していた。
内側からも外側からもまるで何かに塗りつぶされたように暗かった。
漆黒の空気がその部屋の中を漂っていた。
まさか一生こんなところに閉じ込められた生活を送るとは思ってはいないが胸を突きあげてくるような不安を抑えることは出来なかった。


子を孕むこと。
その子を道明寺の跡継ぎとすること。
あの男がわたしに対してその計画を実行する気でいるならば・・
一生逃げられないようにするつもりならわたしはどうしたらいいのだろう・・

つくしは泣けなかった。
泣けばもっと傷つけられると思った。
彼の放った大量の精液は彼女の身体の奥へと注ぎこまれていた。
そして溢れ出したもので脚のあいだは湿ってべとついていた。
初めて強引に押し入られて以来つくしの身体は男のなすがままとなっていた。

つくしはベッドに横たわったまま、焦点の定まらない目で天井を見つめていた。
昨日見た夢はいやな夢だった。
どうしてあんな夢を見たのか・・・それは・・


つくしの閉じた瞼の裏側には、楽しかった二人の情景が甦っていた。
だがその情景もいつしか暗闇のなかへと消えていくような気がしていた。
もしも願いがかなうのなら、もう一度あの頃に戻りたいと思っていた。


あの男は、道明寺家とわたしに復讐をしたいと思っている・・


あの雨の日、つくしの元を訪れたのは男の父親だった。







男の父親は様々な分野にかなりの影響力を持つ男でフィクサーとまで囁かれる人物だった。
かつての経団連の会長という地位と名誉。各国の企業家と政治家との太いパイプ。
上流階級の人間、決して成り上がりなどではない血脈を持つ道明寺家の言うことに逆らえる人間などいるはずがなかった。
財界の大物と言うのは得てして政界とも太いパイプを持っている。そして様々な切り札をその手のうちに隠し持っていることには間違いはなかった。
あまり表舞台に出てくることのない彼の父親につくしは言いようのない恐怖を感じたのを覚えている。

あの頃は両親もまだ生きていた。
つくしの両親は生活能力が低い人間だった。
そして生活の基盤を持たないような人間だった。
その家族に対して男の父親が示したのはお嬢さんには司と別れて二度と会わないで欲しいと言うことだった。
道明寺家の直系血族である男の父親は一人息子とつくしとの交際に反対していた。
遊びなら許されたかもしれなかった。
男の姉の交際に対して行ったように、つくしの両親にも提案を出した。
お嬢さんが息子と別れてくれたらあなた方の将来は道明寺で見ましょうと。

一生安泰。

その言葉はつくしの両親にとって何ものにも代えがたいものに思えた。
交換条件としては決して悪くない。つくしの両親はそう思ったに違いない。
だがその言葉が意味するものは、彼らが道明寺家の人質となることだと言うことだった。
つくしが翻意すれば支援は打ち切る。
「つくしさんあなたの行動如何によってはご両親様の将来も色々と大変なことになるでしょう。弟さんはまだ中学生でしたか?」
交渉というものは相手の出方を見ながら進めていくものだが、つくしの家族にはその必要もないように思われた。
経験を積んだ目はつくし両親の狡猾さを見抜いていた。
娘に対しての切り札としてこの家族を手元に置いておく必要はあった。
この娘に決定的なダメージを与える方法としては家族が一番だと言うことはわかっていた。
結局は将来の保障欲しさと、金に目がくらんだ両親のいいようにされたわけだった。
それまで借金やギャンブルで放蕩をつくしていた父親はその申し出に急に陽気になった。
そして、つくしはそんな父親を険しい目で見ていた。
両親は娘が玉の輿にのるなどと言う考えは端から荒唐無稽であるということは理解していた。
なら別の形でも構わないではないか。取れるところから取れるものを取ればよい。
貰えるならどんな金でも金には違いはない。金に色は無いし貴賤もない。
が、そんな両親もいまはもういない。
つくしは自分の家族、両親の幸せの為に司を捨てた。
いくら少女が強い意志で信念を曲げないという気持ちでいたとしても17歳の少女に何が出来ると言うのだろう。
未成年者の信念でこの家の何かが決まると言うほどの力は彼女にはない。
いくら正しいことを言っていたとしても所詮子供の戯言でどうなるというものでは無いと言う現実の壁は大きい。
それが彼女に突き付けられた現実社会の姿だった。








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2016
01.23

Collector 8

Category: Collector(完)
午後10時、類は長いことこの部屋で待たされていた。


「どうぞ、なかへ・・」
使用人たちには個性のないことを求められる。
それが忠実に実践されているのがこの邸だと思った。
類がこの邸へと足を踏み入れるのは司がニューヨークへと旅立って以来だった。

いつも父親に代わり表舞台に顔を出すのは母親の方だった。
その母親が帰国したと聞いて類は彼女に会おうとしていた。
司と連絡を取ろうとしても電話に出ることもなく、人を介して会おうとしても会えなかった。
確かにこの10年、司とは事業での協力が必要となる案件以外は連絡を取ることは無かった。特に牧野のことがあって以来、司は変わってしまったから。
しかし、今は一陳情者が訪れたように門前払いを食らわされそうになっていた。
訪ねて来た相手が花沢物産の専務だったとしてもこの扱いだろうか?
類はあくまでも個人的な要件での面会を楓に求めていた。



歳を重ねていても司の母親はすらりとした体型でかつては真っ黒だった髪は上品なグレーへと変えられていた。決して加齢による変化ではなく、人工的に手が加えられた色だった。
同年代の女性なら老いを感じさせるような色でもこの女性だとその色合いも気品を感じさせた。
人を待たせて気を揉ませる・・・。
相変らずドラマティックな登場の仕方をする女性だ。
類は楓に近づいた。

「花沢さん、お約束した以上の時間は取れませんの。ですから用件だけをお願いしますわ」
この人は相変わらず威厳のある喋り方をして他人を威圧する人だと感じていた。
その楓の後ろでは秘書と思われる男が直立の姿勢で立っている。
そして貴重な時間が無駄になることに腹を立てるかのように眉間にしわを寄せて類を見た。
それならば、早速本題に入らせてもらおうと口を開いた。
「おばさん、牧野つくしを知ってるよね?」
「むかし司が好きだった女性」

「ええ、勿論。それがなにか?」
「牧野がいなくなった」
類はそこまで言うと楓の顔に逡巡する何かを見ようとした。

「それがわたくしに関係あるのですか?」
「司は・・」
「あの子に何か関係があると?」
類が言いかけた言葉を遮るように楓の口から出た言葉にはこれ以上この話しをする意味があるのかと言いたげだった。この人は言葉を飾ることなどしない。
少しの隙も見せようとしないのはさすが道明寺夫人だ。
「 奥様 」
そのひと言で時間がないことを伝えてきた秘書には話しを遮るためらいはなかった。
類の視線は楓の顔から秘書に移った。その視線を受けた男は頬がぴくりと動いていた。


類は楓の心が読めないし、この人が何か知っていたとしても口になど出すはずがないとわかっていた。
散々待たされた挙句、司の母親との面会時間はたったの15分だった。



牧野がいなくなった・・・・
あの人はその言葉に反応を示しはしなかったが、後ろに控えていた男は違ったようだ。


「何かおかしいな」
類は道明寺邸をあとにしながら呟いた。
司の母親ならいくらニューヨークにいたとしても、絶対に何か知っているはずだ。この邸が今は司の物として代替わりしたとしても、ここのことはあの人が一番よくわかっているはずだ。
この邸に流れる空気は昔と少しも変わらない。まるで旧世界のような雰囲気だ。
そう言えば、あの老齢のお手伝いさんはどうしたのだろうか?牧野とはそれなりの付き合いをしていたと思っていたが・・
もし、ここで何かが起こっているならあのお手伝いさんは知っているのでは?
あの当時の二人のこともよく覚えているはずだ。


高校生の牧野に対して司の両親は容赦なかった。
ただの女子高生相手によくもあんなことが出来たものだと思っていた。
所詮子供の戯れなどと高を括ることなどなく、悪い虫は早いうちに捻り潰すに限るとの行動だったのだろう。
事実、英徳学園に在籍する子供達の親は我が子にどこの馬の骨かわからないような輩が
近寄ることを懸念してこの学園に入学させる。
子供達は決して成金には手に入れることが出来ない上流社会への切符を手にこの学園に入学してくる。そしてこの学園には身分による秩序が存在していた。その頂点にいたのが司で、俺もそのひとりだった・・・

上流社会には上流の、下流には下流の生き方があるように区別されて生きる。
区別された社会の中で差別を受けたのは牧野つくしで、それでも司は牧野つくしのことを好きになった。間違った時に間違った場所にいたのが彼女だったのかもしれない。
もしも牧野が司や俺たちと出会わなかったらこんなことにならなかったのかもしれない。



牧野が司との別れを決めざるを得なかったのは自分達家族の為だったと進から聞いた。
両親は娘の気持ちを金に換えた。司の父親からの提案を呑むと言うことはそう言うことだったのだろう。
牧野はどんな親でも親は親。 子供は親を選んで生まれてくるの・・・
わたしが・・・両親のもとに生まれたのはわたしがこの人達を選んだから・・
牧野はそう言って両親を責めることはしなかったらしい。
だが、そんな牧野の両親が夢見た生活は長くは続かなかった。



牧野と連絡が取れないと進から連絡をもらったとき、すぐに司のことが頭をよぎった。
なぜかと言われてもわからないが俺にはそれ以外考えられなかった。
一瞬警察に行ってみようかとも考えたが警視総監でさえ顎で使えるようになった男に係わる問題を取り合ってくれるなんて考えてない。警察に行くなんて愚の骨頂だ。
道明寺HDの代表者が女性を監禁しているなんて失笑を買うだけだろう。
そして、恐らくだが、司の名前が出ただけで迷宮入りにされそうだ。
でも行方不明者届だけはきちんと提出したい。
俺は他人だから届を出すことは出来ないけど、進から届け出を出すように言わなくては。
類の頭に浮かんだのはこの邸の全ての部屋を回りつくしを探したいと思ったことだ。
どこかで牧野が泣いているような気がする・・この邸のどこかで。
明かりの灯る部屋のひとつにいるはずだ・・・

それは昔、遠い昔からいつも感じていたことだ。牧野はひと前では絶対泣くことなんてない人間だけど、あいつの本心はいつも涙で濡れていたはずだ。
何も俺に遠慮して花沢の邸を出ることなんて無かったのに・・・
牧野がひとり暮らしを始めた途に行方不明になるなんておかしいよ。
仕事だって新しく任された部門はやりがいがあって給料も上がったって喜んでいた矢先に自ら姿を消すなんてことは考えられなかった。

牧野の会社の人間に何か知っているかと問い合わせてはみたが、会社の業務とは関係ないことで個人的な事は分からないと杓子定規の答えだった。
牧野の会社についてもっと詳しく調べてみるべきなのか?
後悔しても遅いけど司が帰国したことを知っていた俺が牧野を邸から出したのが悪かったとしか言いようがない。一度司が俺の邸の前から電話をしてきたことがあった。
あの電話の意味を深く捉えなかった自分を殴ってやりたいくらいだ。
牧野と一緒に語り合えていた頃が懐かしい。あの日々はもう帰ってこないかもしれない。
他ならぬ自分のせいで。
またあの父親が何かしたとして今の俺に何が出来るか考えておくべきかもしれないね。
高校生の俺に出来ることは限られていたけど、今の俺には牧野を守るための力はあるつもりだ。ただ、本当に怖いのは司の方だけど・・・

類は車に乗り込む前に邸を振り返るともう一度呟いた。
「やっぱり変だよ・・」









楓は類の車が邸を出て行くところを窓から見送った。

司の母親がニューヨークから帰国してきたのは息子の
・・・昔の恋人に会うためだった。

どうしてこんなことに?
あの娘は花沢邸で暮らしていたはずなのに何故?
今までは司の目に決して触れることなどなかったはずだ。
あの子はニューヨークであの娘は東京。
10年たってどうしてまた・・当然だがこのことは司の父親の耳にも入っている。


東京の動向は例えニューヨークにいたとしても耳にすることができた。
まるで何かに取り憑かれたかのように司の様子が変わったと・・・
内密に調べさせたその結果、あの娘を偶然に見つけた息子はこともあろうか事業取引の名を借りてあの娘を拉致したということだ。
融資をした会社の債権を放棄する代わりにあの娘をよこせなど、どこの世界にそんな経営者がいるのか。常軌を逸しているとしか言いようがない。
今の世の中でそんなことがあるなどとは信じたくはないが、事実として起こってしまったのだから楽観することなど出来ない。

息子が未成年者の頃起こした罪は親の責任でどうとでもなった。
だが今の息子が起こしたことに対して自分達が何か出来るなんてことを思う程常識がないわけではなかった。
思い出したくはなかったが司があの娘に夢中になり始めたとき、あの娘を初めて見た時のことを思い出していた。


息子の18の祝いの席に連れて来られていたあの娘。
『 俺の大事な女 』
あの子は確かそう言った。
どこかの令嬢ではないことなどひと目でわかった。例え着飾っていたとしてもその存在は異質だった。どこの野良猫が紛れ込んだのかと訝ってみれば招き入れたのが我が子だったことにも驚いた。
惚れた女。こいつ以外は考えられないと言ったあの子。
悪い虫は潰してしまえと手を回したがあの時はそれも出来ずにいた。
然りとて手をこまねいてただ見ていただけではなかった。
だが私の力が足りなかったのか、あの子はあの娘との交際を続けていた。
しかし遅かれ早かれ別れるはめになることだけはわかっていた。あの子の父親が黙っているはずがない。私の力で排除できなければあの娘は司の父親が排除に乗り出す。

あの娘は真実の一部を司に語ることになるだろう。なぜ姿を隠し、花沢家で生活をしていたか。いや、語らないかもしれない。



息子があの娘を閉じ込めている。それはあの場所しか考えられない。


この邸は代々受け継がれてきた土地にあり、戦後の一代成金とは違い由緒正しい道明寺家の本家だった。
外周はすべてを高い塀で囲まれ、あちらこちらに監視カメラが設置されている。
決して外から中を覗き込むことができないような作りになっている。
以前は違った。鋳鉄で出来た瀟洒な柵が巡らされ、美しい庭が外からでも見て取れた。
だが息子の代になってから監視カメラを備えた高い塀が造られていた。
今では上空から望むことが出来れば美しい庭とそれに生える荘厳な建物とが見て取れることだろう。
今でも昔の面影を残している道明寺邸の旧居住区画。
この権威を示す建物は帝国ホテルの設計に携わったアメリカ人が設計したと言われていた。
今は使われることはないが、建物自体に文化財的な価値があるためそのままの状態で残されていた。
それこそが司の祖父が戦時中につくらせた地下道のある旧道明寺邸だった。


あの娘に会うことは不可能だった。
セキュリティ装置を施してある扉は息子と信頼のおける使用人以外開くことが出来ない。
開錠されればその報告があの子に届く。使用人など自分の裁量でなんとでもなると考えていたがその使用人とはSPのことだった。
息子の為の特別なSPがあの娘への訪問を拒んでいた。
だが、これで司も母親である私と父親がこのことを知ったということは理解するだろう。

やはりとは思っていたが息子はあの娘に対して異常な程の執着を見せていた。あの場所に閉じ込めて何をしようとしているのか。一生閉じ込めておくことなんて出来るわけがない。それにあの娘の後ろには花沢家の息子の存在がある。
ああ見えて花沢家のひとり息子はしぶとい。簡単には引き下がらない。
面会を求められたときは、やはりこの邸に来たかと感心もしてみた。だがその思いとは別にどうしてあの娘を花沢家にとどめておいてくれなかったのかと。そうすれば息子は犯罪に手を染めることにはならなかったはずだ。道明寺家の後継者として考え方を改めさせなければならない。あの子は道義にもとる行為を繰り返すような人間になってしまったのか。
息子が高校生の頃、あの娘の為なら屈辱的なことも甘んじて受けたと聞いた。
一度踏み外した道を元に戻すことが出来るのはやはりあの娘にしか出来ないのだろうか。

エレガントなスーツに包まれた女性は窓の傍から離れると息子の動向を必ず知らせるようにと秘書に伝え、足早に立ち去った。





***



男は自分の容貌が人目を引くのは知っていた
間違いなく注目の的であるのはいつものことだった。
彼が人目をひくのはモデル並の身長とスタイル、それに際立って美しい顔だけではなかった。男が持っているのは富、権力、豪奢な生活。
そんな男に引き寄せられる人々がいつも感じているのはそのオーラを無視することが出来ないということだ。



司が一緒にいるのは・・誰だろうこの女は。
司が牧野と離れることになって以来生活は荒んで行く一方だったけど、もし牧野が司の傍にいるならこんな女を連れているはずがないよね?
それとも・・?


「なに見てるんだ?」
司はいらついて尋ねた。
「いつかの葬儀以来だと思って」
類はそう言うと司の隣にいる女に目をやっていた。
女は黒く長い髪に大きな瞳をしていた。
誰かに似てるね・・
「類、俺になにか言いたいことがあるなら早く言ってくれ」
「うん。俺、気になってることがあるからおまえに聞くけど・・」
類は司の隣に立つ女に再び視線をやった。
「なんだよ。早く言ってくれ。俺は忙しいんだ」
「以前司に牧野つくしのことを聞かれたけど、あれから・・彼女見つかったの?」
類が目を合わせると司も睨み返してきた。
「類、俺は別にあの女を探していたわけじゃない。興味なんてねぇよ」
「そう・・・」



司はそう言い切るけど俺はその話を信じないよ。
類は正面切って司の顔を見据えた。









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Comment:11
2016
02.06

Collector 9

Category: Collector(完)
目を見ればわかる。
目に表れていた。
そして怒りに混じって俺を見るその表情の中に見え隠れするどこか満足げな口元。
きつく結ばれてはいるが、不満を表すと言うよりも嘲りを含んでいるようだった。
司と視線を合わせたとき、怒りと憎しみが感じられた。
睨み返してきたその目は無慈悲な黒い目。


知られているんだね。
牧野が俺の邸にいたことを。
そして、その怒りの意味を考えればやはり牧野は司のところにいるということだね。

「道明寺さん、こちら花沢物産の花沢さんですよね?」
司の傍にいた女が声をあげた。
「お二人は英徳の同窓生でお親しいと聞いていますが?」
「黙ってろ」
司にそう言われた女は口をつぐんだ。
「類、なんでその女のことを俺に聞くんだ?」
「牧野の弟から俺に連絡があったんだ・・・」
「姉が行方不明になりましたってね」
「なんでおまえに連絡が来るんだ?」

司、わかってて聞いてくるんだね。

「さあ、どうしてだろうね。俺も高校生の頃会ったきりなんだけど」
「弟、進君って言うんだけど、急に牧野と連絡が取れなくなったって。勤務先にも問い合わせてみたけど、急に出社してこなくなったとしか返事がなかったそうなんだ」
「ひとり暮らしの部屋もそのままで、忽然といなくなった」
類はそこまで言ってみれば司の表情にも感情が現れはしないかと覗ってみた。
 
司は表情を変えなかった。
「類、その話が俺となんの関係があるんだ?」
「いや・・司には関係のない話だよね?」
「・・俺にとってもだけど」
「ただ・・進君には行方不明者届だけは出すように言っておいたけど」
司、この意味は分かるよね?
今のこの男にとっての警察権力は自分の息のかかった官僚を通じて何とでも出来るだろうけど、俺は伝えておく。
牧野のことを気にかけている人間がいるってことだけは。
それに司も気づいているはずだよね?俺が牧野のことを・・・心配してるってことを。

司は煙草を取り出すと火をつけた。
類の言葉にそれがどうしたと言わんばかりの態度で煙を吐き出していた。
「類、お前にとってあの女はなんだ?」
「牧野つくしのこと?」
「牧野は・・・精神や感情の強さに長けている女だったよね。あれだけ司の両親からつき合うのを反対されておいてもおまえと別れなかったんだから」
「類、それは違う。あの女は俺を捨てた女だ」
「牧野はその理由を司に告げたの?」
「わけのわかんねぇことを言って出て行った女が理由なんか言うわけがねぇ」
「そう・・・。俺にとっての牧野は・・気のおけない友達・・だったかな」
それは10年たっても決して変わらなかった。



司は今夜のパーティーに女を連れていたがその女は既に用済みだった。
牧野が手に入った今、見てくれだけが同じ女なんて必要がなかった。
用が済んだ女はハイエナの餌にでもなればいい。
どこかのハイエナの一群の中に投げ込んでしまえば骨だけになってしまうような女なんて必要ない。

司には長いこと手に入らなかったものがようやく自分のものになったと言う満足感があった。
10年の歳月が過ぎ、人生のなかで一番輝いると言われる季節をどうでもいい思いでやり過ごしていたが司が相手にしてきた女たちはどこかあの女に似ていた。
この女も牧野のイメージなのだということを自覚していた。
司が別れようとしているこの女はあくまでもイメージであって本物ではなかった。
いつもいつも馬鹿みたいに同じ女のイメージを追っていたのかと思えば自分がどれだけ牧野つくしに執着しているのかと言うことが今更ながら実感できた。
「あほくせえ」
司ははじめから吸うつもりなど無かった煙草を投げ捨てると待たせておいた車に乗り込んだ。





牧野とのセックスは他の何かによっての代用がきかない。
だが獣のように奪うしか出来なかった。
優しくなんて出来るわけがない。行方をくらましたとき、自分の唯一の安らぎを奪っていったのはこの女だ。だからこの手に取り戻した今、安らぎを感じていいはずなのにこの虚無感は何故だ?
牧野の中で何度も果てては全てを注ぎ込み華奢な身体を存分にいたぶった。
この女がいれば他には何もいらない。
この瞬間を手放せるものか。
牧野つくしを手放すなんてことは考えられない。
道明寺家の、俺の血をひく子供など作ってやるものかとの考えは牧野に再会した時から無くなっていた。この女を繋ぎ止める、そしてその子どもを道明寺家の後継として据えることでこの家に復讐してやる。
裕福で何不自由なく育ちはしたが自分の惨めさをわかってくれた唯一の女に捨てられてしまったことが自分の何かを変えたのか?プライドが傷ついただけなのか?
自分のこの欲望が自らを破滅の道に導くとしても止めるわけにはいかなかった。
司は自分が自分でいる為には、この心に平穏を与えてくれるのは牧野以外いない。
狂気に満ちたと言われようが、2人の運命は出会った瞬間から決まっていたのだから。


司はある考えを実行すべきかどうかを考えていた。
類は俺が牧野を手元に置いていることを知っている。
ならば行くべき場所に行って、やるべきことをすればいい。
わざわざニューヨークから母親も来た。
どうして俺の回りの人間はいつも・・俺からあいつを・・牧野を取り上げようとする?
誰も彼もせっかく俺のもとに戻ってきた牧野を取り上げようとする?
だが、二度とあの女を手放すつもりはない。

司が世田谷の邸に帰宅したとき、見慣れない黒い車が止まっているのを見た。
運転席には誰もいないがあの女が乗ってきた車だとピンときた。

司は近くにあったゴルフバッグへと手を伸ばすとそのなかから一本だけを取り出した。
スポーツは何でも得意だった。
特に子供のころからゴルフは得意だった。傷ついた自分の気持ちを癒すためにゴルフに打ち込んだこともあった。そしてゴルフは企業人としてのつき合いの中で欠かせないものだ。
どこかのクソじじいから贈られたゴルフクラブ。
明日はその贈り主と18ホールを回らなければならない。


完璧に手入れされたグリーンの上でプレーするのは最高だ。
白い砂のバンカーが点々と散らばり、大きな池が陽射しを浴びて輝いている光景は美しかった。だがそれらはあくまでも罠であって風景を楽しむためのものではない。
あそこのコースはプレーヤーに完璧さを要求する。ミスショットなど許されない。
だが自分はその要求に答えられる人間だ。

ゴルフは集中力が高まり気分が高揚する。セックスとは異なる高揚感があった。
そして公平さを与えてくれる。それは昔から特別な目で見られていた自分にとって貴重な時間だ。自分が持つ本当の力が試されるのは好きだ。
ここ数年ラウンドする回数は減ってはきていたが腕は衰えていない。
政治家はグリーンが好きだ。あそこなら盗聴器はないからだ。

司はドライバーのグリップを握ると右足に体重を移動させ、まるで目の前にボールがあるように軽く振ってみせた。
スウィングしたときの音は申し分がなかった。
悪くない。よく手に馴染む。

彼はゆっくりと車の前まで歩いていくと両手でドライバーを振り上げた。



そして黒い車体へと振り下ろしていた。


防犯対策が施されたフロントガラスは蜘蛛の巣状にヒビが入っただけだ。
だが何度も振り下ろしているうち飛び散ったガラスの破片が頬にあたり傷をつけた。
ほんの小さな切り傷。
そんな小さな傷は決して彼の美貌を損なうものではなかったが、血の流れだけは止めることが出来なかった。頬を流れる血はシャツの襟元まで伝い流れやがて赤く染まった。
それでも車を破壊することを止めなかった。
ドライバーが形を変え使い物にならなくなるとアイアンに手を伸ばした。
ボンネットは金属が壊れる音を立て形を変え、全ての窓ガラスは粉々に砕け散っていた。
司が手にしたアイアンは叩き壊すものが無くなるまで振り下ろされ続けていた。
金属とガラスが壊れる音は暗い闇が広がる邸に響いてはいたが誰もそれを止める人間はいなかった。
司の目は何も映し出されていないように虹彩が無く、焦点が合わなくなり物の形が分からなくなってしまっていた。



***




車の持ち主は・・今となっては車と言えるかどうか不明だが、司は自分の母親である女と向き合っていた。
「司、あなた結婚しなさい。あなたには結婚して道明寺の家を、子孫を残す義務があるのよ」
「わざわざニューヨークから何を今さら言いに来たかと思えばそんなことですか?」
この家は莫大な財産を相続する人間が必要となる。
そんなことはわかり切ったことだった。
「家名とか跡継ぎとか、ついでに言えば財産とかそんなものどうだっていいでしょう」
「あなたどういうつもり?あの娘を地下室に閉じ込めているそうじゃない?」
「お父様だってご存知・・」
「ああ、あのオヤジさんはお元気ですか?」
「あんた何が言いたいんだか知らないが、俺のやる事に文句なんか言わせるかよ」
司は冷やかな笑みを浮かべて楓を見た。


かつて自分の母親の関心事はただひとつだった。
牧野つくしと自分を別れさせること。
どんな手を使ってもそれを成し遂げようとしていた。
金と権力に慣れ親しんだ者の手段としてはまずは金だった。その使い道は容易かった。
金はばら撒けばばら撒くだけ早く芽を出す。
いち早く結果を求めるなら金だろう。
己の欲望を満たすためにはどんな手段も躊躇しなかった。
なんであれ邪魔なものは排除していく、そんな母親の姿をいやと言うほど見て育った司には当然だが自分もそうする権利があると思っている。
女の権力にも翳りが見えてくるのは仕方がない。
今では司の方が確固たる事業基盤を築いていた。
権力の移行は静かにそして速やかに行われているように見えたかもしれなかったが移行されるどころか司が奪い取ったに等しかった。たとえ親子とは言えやわな育てられ方をされたわけじゃない。幼い頃からの教育の賜物がここにいるわけだ。
そして希望通り財閥を動かしていく男になっていた。

権力を手にした司に対し楓が今更なにを言おうが関係は無かった。
自分のやりたいようにするだけだった。
この女に対して生まれてこのかた憎しみ以外感じたことが無かった。
自分と同じ血が流れているだけあってこの女は冷酷だ。

いいことを教えてやろう。
忌み嫌っていた牧野がここにいる理由だ。どこの馬の骨だ、虫だと嫌悪していた牧野がここにいる理由だ。
あんたが望むものはそのうちに手に入りますよ、お母さん。
この世に俺の子供を生み出してくれるのは牧野以外にはいない。
司はにやりと笑うと言った。
「跡取りが欲しいんだろ?牧野が生んでくれるさ」
「司、あなた・・」
「聞こえただろうが」
司は自分の母親を見た。
「聞こえてるはずだよな。そうだろ?」








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2016
02.13

Collector 10

Category: Collector(完)
雨は出発点だったのかもしれない。
両親が亡くなった交通事故も雨の日だった・・・



結局両親は道明寺の父親が考えたような人質とはならなかった。
だからと言ってあのとき、どんな顔して道明寺に会いに行けたと言うのだろう。
家族のために道明寺を捨てた私には彼に会う資格はなかった。

あの事故はどうして起こったのだろう・・・
つくしは何度もそう考えたことがあった。
父親は即死だった。母親は意識を取り戻したが治療の甲斐もなく亡くなった。
せめてもの幸いはつくしと弟が生きていることだった。
だが裕福とは言えなかった私たちに残されたものは何も無かった。
当然だが両親が生命保険になど入っているわけもなく手元に残された現金も僅かだった。

探せばどこかに疎遠になった親戚くらいはいるかもしれなかったが、もう子供とは言えないような年齢の自分と弟の世話を頼むほどの厚かましさなど無かった。
それに貧乏な親戚ほど厄介なものはない。
自分達が望まれない存在だと感じながら世話になることなど出来るはずがない。
両親の死後、家族で暮らしていたアパートは賃貸契約の更新がされるはずもなく
途方にくれた私たち姉弟の面倒を見てくれたのが類だった。
両親の葬儀にも出ることが出来なかった私と弟に代わり全てを滞りなく進めてくれたのも類だった。

類は気遣わしげに言ってくれた。いつまでもこの邸にいてくれていいよ、と。
正直なところ選択肢は無かったのだから類の申し出は有難かったし嬉しかった。
もちろん花沢家の誰もが親切だった。そして心から歓迎してくれているように思えた。
類は私を励まし、この世の中で二人だけの家族になってしまった弟のことも考えてくれていた。
私と弟は一生懸命に勉強した。私たちに出来るのはそれだけしかなかったからだ。
それは花沢類に対するせめてもの感謝のしるしだった。
弟は高校へと進学し私も大学へ進学することが出来た。そのことに対しどんなに感謝しても感謝しきれないと思っている。




そして月日が流れていくことであれほど強烈だった道明寺との恋愛の記憶も薄れてきたように感じられた。
だが、いつまでたってもあのネックレスだけは処分することが出来ずにいた。

この場所に連れて来られてからあのネックレスは私の手元から離れていってしまった。
プレゼントしてくれた本人が私のもとから取り上げてしまっていた。
いつも無意識のうちに触れていた喉元のネックレスがないことで喉が詰まりそうになった。
なぜだろう・・
あまりにも長い間、ここにあったからだろうか。



恨みが凍りついた先にあったのが復讐なんだろうか?
道明寺はこの10年で私に対しての恨みが復讐に変わったと言うことなのだろうか?
人の心は複雑だ。
その心を読み取ることなんて誰にも出来ない。
愛するが故の殺人もある。
人の心の深い部分には自分でもはかり知ることが出来ない闇があるのだろうか・・
愛していた相手からいとも簡単に捨てられたということが少年の気持ちを傷つけたと言うことなのだろうか。
子供は正直だ。嘘偽りのない感情をストレートにぶつけて来る。
それが当時の私だったのかもしれない。
そのとき少女だった自分には少年の心を気遣うことなど出来はしなかった。





人は判断力で生き延びる。



閉じられた扉の向うはどうなっているんだろう。


心を病んでいるものを静める方法は・・ひとつしかない。
彼が死ぬことだ。
道明寺に襲われたあとそんなことを考えている自分がいた。
余りにも恐ろしい考えに自分はどうかしてしまったのではないかと思った。
こんなところに閉じ込められていると自分の思考能力を奪われてしまうような気がしていた。
つくしは正気を失うことがないように自分に言い聞かせていた。
そして確実に過ぎて行く時間に負けないようにしていた。
例えばそれは日常の生活の一部だが、決まった時間に決まったことを行うということだ。
そうすることで自分の日常が保たれると思っている。
それは何でも良かった。部屋の中で体操をするとか何でも良かった。



決して開くことが出来ない扉。
つくしは内側から何度も叩いてはみたが何の反応も無かった。
諦めるなんてことはしたくは無かったが、道明寺以外出入りを許されているのは彼のSPと思われる人間と食事を準備する使用人くらいだった。
SPと共に食事を運んできた人物の背後の扉が開いてはいても、走って逃げだせるわけがないとわかっていた。






ちょうどつくしの皿が空になったとき、鉄の扉が開かれた。

「つくし久し振りだね」
そこには懐かしい顔の老婆が立っていた。

「タマさん!」
つくしは閉ざされた部屋のなかでもここが世田谷のお邸だと感じていた。
ゆっくりと自分のほうへと歩み寄る老婆につくしは思わず駆け寄っていた。
懐かしさと共に沢山の思い出が甦った。
だがこんな状況で気の利いた挨拶など出来るわけもなくつくしは老婆へと縋りついていた。
縋りついて腕を掴んだとき二人の目線の高さは同じになっていた。

「タマさんお、お願い・・わ、わたしをここから出して・・道明寺に・・」
「知ってたよ・・。坊ちゃんがあんたをここに閉じ込めていたことはね・・」
つくしは自分を見つめる老婆の瞳が悲しみで歪んでいるように見えた。
それはもしかしたら自分の瞳が涙を浮かべていたからそう見えたのかもしれなかった。
それは懐かしい人に会えた涙だった。

「タマさん道明寺は・・」
「坊ちゃんはあんたをここに閉じ込めて何をしたいんだろうね」
つくしはタマの言葉に張りつめていた糸が切れたかのように泣き崩れそうになっていた。
まわりには人はいないが常に監視の目を感じ、常に緊張して過ごしていれば心の休まる時はなかった。
凄まじい恐怖と孤独感に襲われてしまう時もある。
じっとしていたらおかしくなりそうで、そんな時は部屋の中をぐるぐると歩きまわってしまう。そして自分の置かれた現状を心の中から締め出してしまいたいと思うこともあった。
いつも朝が来て日が昇ればまた新しい一日が訪れて誰かがここから連れ出してくれるという思いだけを希望に耐えている。

「お願いタマさん!お願いだから・・」
「つくし・・ここから出してあげたいのは山々だけどね、あたしにはそれは出来ないよ・・・あたしが仕えているのは道明寺家だからね、今のここの当主は坊ちゃんだ・・」
あれから10年たち年老いた使用人頭の女性は自分の腕に縋りついていたつくしの手を優しく握った。
それはつくしが久しぶりに感じた人間らしい温もりが感じられたひと時だった。
「あんた・・坊ちゃんと別れてから花沢の類坊ちゃんの邸で暮らしていたそうだね」
「何か理由があったんだろ?いつか・・・話しておくれ・・」
タマはそう告げると握りしめていたつくしの手をそっと離した。
老婆の手によって片づけられた皿はいつの間にか部屋の外へと運び出されていた。
つくしの目に映ったのは心なしか背中の曲がった老婆の後姿だった。

二人の間に交わされた会話はたったそれだけで終わっていた。
だがタマに優しく手を握られたとき、つくしの手の中にはひとつのあめ玉が握らされていた。小さなあめ玉はまるでタマの気持ちはつくしと一緒にいるから頑張りなさいよと勇気づけてくれるようだった。









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