やがてゴンドラは時計で言えば10時の高さになった。
つまりもうすぐ頂点に達する。そしてこの高さまでくれば、遠くではあったが目線の先に見えるのは道明寺本社ビル。
最上階の自分の部屋の辺りに明かりはないが、他の部屋には明かりが灯っているのが分かる。いつもはあちら側から見ているこの場所に自分がいて、向う側を眺めるのは不思議な気持ちがするが新鮮な思いもしていた。
そして晴れた夜空に月が見えた。十五夜を過ぎるとゆっくりと昇って来るようになる月は、丁度この時間には空に昇り、いびつな楕円の黄色は押し潰されそうな卵の黄身ようにも見えるが、その月がゴンドラの中を照らし始めた。
「なあ、つくし」
ふたりは少しの間黙って月を見ていたが、司が口を開いた。
「ん?なに?まだ他に何かあるの?」
「お前覚えてるか。オーロラを見に行ったことを」
オーロラが見たいと妻が言い出したのは、3人の子供たちが家を出てアメリカに滞在している頃だった。
夏は白夜になることから見ることが出来ないオーロラを見るためには、暗い夜が長く続く真冬にオーロラベルトと呼ばれる北緯65度から70度付近一帯へ行かなければならないが、カナダにするか、アラスカにするか。それとも北欧にするか考えた末、ニューヨークからの帰路に寄ることが出来る場所にしようということから、月の光が邪魔をしない新月の日にアラスカのフェアバンクスを訪れたことがあった。だがその日に確実に見ることが出来るとは限らないが、ふたりが訪れたその日は見ることが出来た。
「勿論覚えているわよ。天空に舞う光の舞いだもの。大きな光りのカーテンが色と輝きを変えながら動くんだもの。手を伸ばせばすぐそこにあって掴めそうなくらいだった。奇跡としか言いようがなかった。本当に凄かったわ」
夫婦ふたりでマイナス20度近くに下がった11月の深夜。
夜空を見上げ空いっぱいに広がる天空の神秘を眺めた。そしてそれは、まるでふたりの為に演じられた舞のように思えた。
「でも寒かったわよね。マイナス20度なんて初めて経験するじゃない?だから寒いって言うよりも痛いって言う方が正しいかもしれないわね。鼻で息をしたら奥がツーンと痛くなるし、睫毛が真っ白になったけど身体は超あったか下着を着てたから問題なかったけど、まさか睫毛が白くなるなんて信じられなかったわよね?でもあれほど寒いなら昔テレビで見たんだけど冷凍バナナで釘が打てるかと思って本当かって訊いてみたけど、それは無理だって言われて残念と思ったけど濡れタオルはカチカチになったわよね?」
あの時は泊ったホテルのルームサービスでバナナを頼むから食べるかと思ったが、それを手に持ち外へ出たから何をするかと思えば、案内役の人間にこれを凍らせたら釘を打てますかと訊いた時は笑った。そしてその時の案内役は、
「日本人の方はこんなに寒いと必ずといっていいほど同じことをしたがるんですよ。でもバナナで釘が打てるようにするには、マイナス260度ほどで窒素凍結でもしなければ無理ですよ。それから凍った薔薇がパリパリと音を立てて砕けるのも同じですからね」と言って笑われた。
「ああ。そんなことがあったな。結局バナナは部屋に戻って喰ったんだったな」
「そうよ。バナナは所詮バナナで金槌ではないって言われたわ。でもコマーシャルでは凍ったバナナで釘が打てたのよ?」
司はそれがどんなコマーシャルだったかは知らないが、妻が子供の頃見たというコマーシャルでは寒さで凍ったバナナで釘を打つことが出来たらしい。
「でも自然って本当に凄いわね。オーロラってこの世のものとは思えない景色だったわね」
司はバナナはさておき、その意見には素直に同意していた。
だがあの時真っ白な息を吐きながらふたりで見上げた空もだが、今こうして都会の真ん中にぽっかりと開いた漆黒の空間に仄かな光を帯びて浮かぶゴンドラから見上げる空も美しいと感じていた。そしてゴンドラが頂点に達すると視界には月しかなかった。
「でもアラスカで見たオーロラも良かったけど、北欧で空の上から見たオーロラも良かったわね」
妻が言う空の上から見たオーロラ。
アラスカで見たオーロラを忘れることが出来ず、今度はロンドンからの帰り少し遠回りをしてフィンランドの北極圏上空を通過しながら見た。
「そうだな。あの時のオーロラも素晴らしかった」
窓なら幾つもあるのに、ふたりが額を寄せ合いひとつの窓から見た光りのカーテンの輝きは神秘的で美しかった。そしてそこは機内であり寒さが感じられない場所だったが、アラスカで見た時と同じ切れる程の空気の冷たさを感じた。だがそれは決して嫌なものではなく、むしろ清々しい冷たさだった。
そしてオーロラを見たこともそうだが、子供たちがふたりの手を離れると色々な所へ行った。子供が親の手から離れた夫婦は皆そうしているものだと思った。だがそうではないといった話も訊いたが、ふたりは出来る限り一緒にいた。
「ねえ。私に話したいのは遼のことは別として本当はオーロラの話なんかじゃないんでしょ?観覧車に乗ったのは考え事があるからって言ったわよね?」
頂点を過ぎたゴンドラがゆっくりと下降し始めた時、妻が向かいの席から言った。
「ああ。遼のことはそうだが、オーロラは月が綺麗だったから思い出した。空が近かったから思い出した」
「じゃあそろそろ話してくれる?本当は何を考えているのか」

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つまりもうすぐ頂点に達する。そしてこの高さまでくれば、遠くではあったが目線の先に見えるのは道明寺本社ビル。
最上階の自分の部屋の辺りに明かりはないが、他の部屋には明かりが灯っているのが分かる。いつもはあちら側から見ているこの場所に自分がいて、向う側を眺めるのは不思議な気持ちがするが新鮮な思いもしていた。
そして晴れた夜空に月が見えた。十五夜を過ぎるとゆっくりと昇って来るようになる月は、丁度この時間には空に昇り、いびつな楕円の黄色は押し潰されそうな卵の黄身ようにも見えるが、その月がゴンドラの中を照らし始めた。
「なあ、つくし」
ふたりは少しの間黙って月を見ていたが、司が口を開いた。
「ん?なに?まだ他に何かあるの?」
「お前覚えてるか。オーロラを見に行ったことを」
オーロラが見たいと妻が言い出したのは、3人の子供たちが家を出てアメリカに滞在している頃だった。
夏は白夜になることから見ることが出来ないオーロラを見るためには、暗い夜が長く続く真冬にオーロラベルトと呼ばれる北緯65度から70度付近一帯へ行かなければならないが、カナダにするか、アラスカにするか。それとも北欧にするか考えた末、ニューヨークからの帰路に寄ることが出来る場所にしようということから、月の光が邪魔をしない新月の日にアラスカのフェアバンクスを訪れたことがあった。だがその日に確実に見ることが出来るとは限らないが、ふたりが訪れたその日は見ることが出来た。
「勿論覚えているわよ。天空に舞う光の舞いだもの。大きな光りのカーテンが色と輝きを変えながら動くんだもの。手を伸ばせばすぐそこにあって掴めそうなくらいだった。奇跡としか言いようがなかった。本当に凄かったわ」
夫婦ふたりでマイナス20度近くに下がった11月の深夜。
夜空を見上げ空いっぱいに広がる天空の神秘を眺めた。そしてそれは、まるでふたりの為に演じられた舞のように思えた。
「でも寒かったわよね。マイナス20度なんて初めて経験するじゃない?だから寒いって言うよりも痛いって言う方が正しいかもしれないわね。鼻で息をしたら奥がツーンと痛くなるし、睫毛が真っ白になったけど身体は超あったか下着を着てたから問題なかったけど、まさか睫毛が白くなるなんて信じられなかったわよね?でもあれほど寒いなら昔テレビで見たんだけど冷凍バナナで釘が打てるかと思って本当かって訊いてみたけど、それは無理だって言われて残念と思ったけど濡れタオルはカチカチになったわよね?」
あの時は泊ったホテルのルームサービスでバナナを頼むから食べるかと思ったが、それを手に持ち外へ出たから何をするかと思えば、案内役の人間にこれを凍らせたら釘を打てますかと訊いた時は笑った。そしてその時の案内役は、
「日本人の方はこんなに寒いと必ずといっていいほど同じことをしたがるんですよ。でもバナナで釘が打てるようにするには、マイナス260度ほどで窒素凍結でもしなければ無理ですよ。それから凍った薔薇がパリパリと音を立てて砕けるのも同じですからね」と言って笑われた。
「ああ。そんなことがあったな。結局バナナは部屋に戻って喰ったんだったな」
「そうよ。バナナは所詮バナナで金槌ではないって言われたわ。でもコマーシャルでは凍ったバナナで釘が打てたのよ?」
司はそれがどんなコマーシャルだったかは知らないが、妻が子供の頃見たというコマーシャルでは寒さで凍ったバナナで釘を打つことが出来たらしい。
「でも自然って本当に凄いわね。オーロラってこの世のものとは思えない景色だったわね」
司はバナナはさておき、その意見には素直に同意していた。
だがあの時真っ白な息を吐きながらふたりで見上げた空もだが、今こうして都会の真ん中にぽっかりと開いた漆黒の空間に仄かな光を帯びて浮かぶゴンドラから見上げる空も美しいと感じていた。そしてゴンドラが頂点に達すると視界には月しかなかった。
「でもアラスカで見たオーロラも良かったけど、北欧で空の上から見たオーロラも良かったわね」
妻が言う空の上から見たオーロラ。
アラスカで見たオーロラを忘れることが出来ず、今度はロンドンからの帰り少し遠回りをしてフィンランドの北極圏上空を通過しながら見た。
「そうだな。あの時のオーロラも素晴らしかった」
窓なら幾つもあるのに、ふたりが額を寄せ合いひとつの窓から見た光りのカーテンの輝きは神秘的で美しかった。そしてそこは機内であり寒さが感じられない場所だったが、アラスカで見た時と同じ切れる程の空気の冷たさを感じた。だがそれは決して嫌なものではなく、むしろ清々しい冷たさだった。
そしてオーロラを見たこともそうだが、子供たちがふたりの手を離れると色々な所へ行った。子供が親の手から離れた夫婦は皆そうしているものだと思った。だがそうではないといった話も訊いたが、ふたりは出来る限り一緒にいた。
「ねえ。私に話したいのは遼のことは別として本当はオーロラの話なんかじゃないんでしょ?観覧車に乗ったのは考え事があるからって言ったわよね?」
頂点を過ぎたゴンドラがゆっくりと下降し始めた時、妻が向かいの席から言った。
「ああ。遼のことはそうだが、オーロラは月が綺麗だったから思い出した。空が近かったから思い出した」
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司*****E様
おはようございます^^
司が本当に話したいことは何でしょうね?
早く本題に入ってよ!とつくしは思っている?(笑)
バナナと薔薇のCM!覚えていらっしゃったんですね?
そうです。車のエンジンオイルのCMです。
実にインパクトのあるCMでしたよね?どちらもやってみたいと思いました(笑)
昨日は決行されたそうですが、状況が二転三転して大変でしたね。
お疲れ様でしたm(__)m
そして続きは火曜日!無事終ることを祈っています!
コメント有難うございました^^
おはようございます^^
司が本当に話したいことは何でしょうね?
早く本題に入ってよ!とつくしは思っている?(笑)
バナナと薔薇のCM!覚えていらっしゃったんですね?
そうです。車のエンジンオイルのCMです。
実にインパクトのあるCMでしたよね?どちらもやってみたいと思いました(笑)
昨日は決行されたそうですが、状況が二転三転して大変でしたね。
お疲れ様でしたm(__)m
そして続きは火曜日!無事終ることを祈っています!
コメント有難うございました^^
アカシア
2018.09.30 22:46 | 編集

ふ*******マ様
おはようございます^^
本当に今年の日本は自然災害が多いですね。
そしてこの台風の後をまた別の台風が!
まさかとは思いますが、同じコースをなんてことにならないことを祈りたいです。
そしてこちらの司は何を語るのか。
「つくし台風が来るぞ。念のためうちも買いだめするか?」とは言わないと思います(笑)
コメント有難うございました^^
おはようございます^^
本当に今年の日本は自然災害が多いですね。
そしてこの台風の後をまた別の台風が!
まさかとは思いますが、同じコースをなんてことにならないことを祈りたいです。
そしてこちらの司は何を語るのか。
「つくし台風が来るぞ。念のためうちも買いだめするか?」とは言わないと思います(笑)
コメント有難うございました^^
アカシア
2018.09.30 22:55 | 編集

ま**ん様
え?ざわざわと胸騒ぎが!
え?アカシアの得意技が?(笑)
色々な疑惑があるんですね?
どうしましょう(´Д⊂ヽ疑惑が晴れるのか。晴れないのか。
多くを語れませんがコメント有難うございました^^
え?ざわざわと胸騒ぎが!
え?アカシアの得意技が?(笑)
色々な疑惑があるんですね?
どうしましょう(´Д⊂ヽ疑惑が晴れるのか。晴れないのか。
多くを語れませんがコメント有難うございました^^
アカシア
2018.09.30 23:04 | 編集
