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2018
09.29

臥待月 3

Category: 臥待月(完)
「会社のこと?それとも英(すぐる)のこと?あの子に何かあったの?」

考え事があった。
その言葉に返されたのは心配そうな表情と妻であり母である女のごく当たり前の言葉。

「いや。英のことじゃない。あいつは真面目にやってる。心配するな。何の問題もない」

「…..そう。それならいいんだけど。それなら駿のこと?あの子は中東にいるけど、何か問題でもあった?」

「いいや。あいつも元気にやってるから心配するな。向うでのビジネスは問題ない。アラビア語が出来るあいつは現地の有力者と懇意にしている。長年培ってきた人間関係の良さはあいつの人柄だがそれが役に立っているようだ」

ふたりの間には司の特徴的な髪の毛を受け継いだ3人の男の子がいるが、長男の英は道明寺ホールディングスの副社長として司の右腕として働いていた。そして次男の駿はやはり家業である道明寺へ入社すると、学生時代に身につけたアラビア語を生かし、中東で道明寺と現地の有力な財閥系企業との合弁会社である石油化学事業会社の社長をしていた。

「じゃあ遼のこと?」

三男の遼は銀行に就職し、ニューヨークで働いている。
上の二人の性格は司に似ていたが、三番目の遼は妻に似ていて子供の頃から数字に強く数学が得意だった。そしてその数字に向けられた興味は、やがて経済に向けられたが、道明寺に入社するよりも銀行で働くことを選び、ウォール街に支店を持つ日系の銀行で為替ディーラーとして働き始めたが、今ではアナリストとして時にテレビの経済ニュースで意見を述べる姿を見ることがあった。そんな遼は三人の息子の中で唯一の独身だったが、先日ニューヨークを訪れた司に結婚したい人がいると言って来た。

「実はな、ニューヨークで遼に会ったが結婚したい人がいると言って来た」

「嘘!遼が?」

「ああ。あいつ向うで知り合った女性と結婚を考えているらしい」

「あの子は数字が恋人だ。答えがひとつしかない数学の問題を解くと頭がスッキリするって言ってたけど、ついに結婚することにしたのね!」

男の子を育てた母親というのは、子供たちが大人になると自分から離れていくのを寂しいと感じるものだと訊く。
それは幼かった息子たちは母親にとっては恋人のような存在だと言われるからだが、親は親であり恋人ではないのだから、親離れをしようとしている我が子をいつまでも手元に置こうとする方がおかしい。だがその点妻は違った。親離れ大賛成。経済的に苦労した自分の経験がそうさせるのか。早くから自立した人間でいることを子供たちにも説いていた。
そして実際子供たちは、母親の言葉を実践ではないが早くから自立した生活を送るようになった。長男も次男も高校までは英徳だったが大学は海外。そして三男も上二人の兄と同じく海外だった。

そして上の二人が結婚を決めた時も一番に話しをしたのは、母親ではなく父親の司だった。
それは、家庭の中で父親の存在がそれほど遠いものだと考えなかったことにある。
それに男の子は母親とはいえやはり異性である親には言えないことがあるからだ。
そして男の子はある年齢が来ると父親の存在が自分の未来を映す鏡のように思えてくる。
だから子供たちは同性である父親に自分の未来の姿を見て、まず司に話しをしていた。

「それにしても女の子に全然興味がなかった遼がねぇ….。ねえ、それでどんな人?」

「ああ。同じ銀行に勤めるイギリス人らしい」

「イギリスの人?え?......どうしよう司。私それほど英語が得意じゃないんだけどお嫁さんになる人は日本語が話せるのかしら?」

と言うが若い頃司とニューヨークで暮らしたことがある妻の英語力は、日常の会話をするには十分だった。

「心配するな。あいつの話だとオックスフォード出身でハーバードに留学した才媛で日本語も問題ないそうだ。それに彼女の父親はイギリスで判事をしているらしい。それから兄と妹がいてその二人も優秀らしいぞ。遼のヤツ、随分と堅い家のお嬢さんとの結婚を決めたようだが、まあ真面目なあいつにはいいかもしれんな」

三兄弟の中で一番妻に似て真面目な性格の遼が選んだ相手が同じ職場の行員だとしても不思議ではない。だが逆に全く異なる環境の二人だったとしても、それは若い頃の自分達のようだと思うはずだ。

「….そう。お父様はイギリスの判事さんなのね?」

「そうだ。お前今イギリス人の判事と訊いて笑っただろ?」

司がそう訊いたのは、彼女の肩が小刻みに揺れていたからだ。

「べ、別に笑ってなんかないわよ!ただ、どんなに素敵な人でもあの法廷用のカツラを付けるのかと思うと笑えちゃって!だって音楽室に貼ってあったバッハのような髪型のカツラだなんてどう考えても笑えるじゃない?」

「ああ。確かにな。だが民事裁判じゃああいったカツラやガウン(法服)の着用は廃止になったがな」

イギリスの法廷では、男性女性に関係なく判事と弁護士の法廷用カツラや黒いガウンの着用が義務付けられている。それは18世紀から続く伝統で、公平な裁判を行うための匿名性、つまり年齢や国籍を隠すためと言われているが、2008年に民事と家事の裁判では廃止されていた。

「でも笑えるわよ。あのカツラ!いくら伝統だからって初めて見た時、思わず吹き出しそうになったもの」

かつて子供たちが幼かった頃、イギリスに数年滞在したことがあった。
その時、妻と子供たちは社会見学といってイギリスの裁判所で行われた模擬裁判を見学したことがあった。そしてその時、音楽教室に貼られていたバッハやモーツアルトのようなカツラをつけた判事や弁護士の姿に目を丸くしたと言った妻がいた。

「イギリス時代か。懐かしいな」

「そうね。短かったけど私にも子供たちにもいい経験になったわ」

ロンドンを起点に忙しいビジネスの合間を縫ってヨーロッパ各国を旅したことは、今では家族の大切な想い出だ。そして末っ子の結婚話は、夫婦にとって本当の意味でこれでやっと子供たちが一人前の大人として親の手から離れて行くことを意味していた。

「遼の選んだ人ってどんな人かしらね?可愛い人?それとも綺麗な人?ねえどっちのタイプだと思う?」

「さあ。どうだろうな。そのうち彼女を連れて挨拶に来るだろう。それまで楽しみに待てばいい」

「そうね。でも果報は寝て待てって言うけど本当にその通りね。あの遼が結婚するなんて凄いことだもの。それにしても相手のお嬢さんは目が高いわね!遼の顔はあなたに似てるけど、性格は私に似て真面目だからお嫁さんを泣かすことは絶対にないだろうし、30過ぎて独身でいた方が可笑しいのよ」

親が子を褒めることを親バカと言うが、妻のその口振りはまさにソレだ。
だが司は思った。
本当の意味で末の息子が親の手から離れていく事に寂しさを感じないのか。
同じ親でも男親と女親とでは違う。母親が自分のお腹を痛めて産んだ我が子は、男親が考える息子に対しての思いとは違うはずだ。それにいくら夫が傍にいるとはいえ、我が子は夫とはまた別の存在だ。

「….つくし」

「ん?なに?」

「寂しなら寂しいって言えよ。無理することねぇんだぞ?」

「何言ってるのよ。私の傍にはいつも司がいるじゃない。それに子供たちはいつか離れていくものよ。でも良かったわね。これで道明寺家は安泰ね!」

司は妻が言った私の傍にはいつも司がいるの言葉を否定するつもりはない。だから彼女の言葉に素直に頷いた。

「ああ。そうだ。俺はお前の傍を離れるつもりはねぇからな。何しろ神様の前で一生お前を愛するって誓ったんだからな」

神の前で誓い合った夜。言葉など要らないと抱き合ったあの夜からずっとその思いは変わらないのだから。





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コメント
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dot 2018.09.29 06:36 | 編集
司*****E様
おはようございます^^
司と息子たちの関係は良いようですね。
自分の過去を振り返った時、何をするべきか。子供たちとどのように接すればいいのか。父親としてどうあるべきか考えたことは間違いありません。
三男は銀行員になりましたが、道明寺自体が銀行を持っていたとしてもおかしくはありませんよね。
そして司が考えていることは、本当に三男の結婚のことだけなのでしょうか。

イギリスの判事の話。バッハやモーツァルトのようなかつらを被った写真。
ご覧になられましたか?伝統とはいえ日本には馴染みがない姿ですから、つくしが笑ってしまったのも無理はないかもしれませんね。

本日の行事はいかがでしたか?無事終わったのでしょうか?
昨年に引き続きのお役目ですが、お疲れが出ませんように。明日はゆっくりお休み出来るといいですね^^
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.09.29 23:00 | 編集
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