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2018
09.28

臥待月 2

Category: 臥待月(完)
妻の突然の行動。
それは昔からそうだったが、動き出そうとする観覧車の扉を開け乗り込んで来るという危険極まりない行為は褒められたことではない。
だがその行動力が時に司を引っ張り、時に悩ませながらも二人で人生を歩んで来た。
しかし、それでも危ないことはするな、と司が言ってやらなければ他の誰かが言えるはずもなく、司は呆れたように危ないじゃないか、と言ったが妻は気にしていなかった。

「大丈夫よ。まだ動いてなかったんだし平気、平気」

と言って笑いながらゆっくりと高度を上げていくゴンドラの中から外の景色を眺めているが、園内は明かりがなく、時折小さな光がチラチラと動いているのは巡回中の警備員で、昼間なら見えるはずの景色は見えなかった。

しかしそれでも夜空へゆっくりと上昇すれば、アクリル板の窓から見える景色は、遠くにビルの明かりや家々の明かりが眼下に見え始め、「わあ、きれいね」と妻の口から漏れれば、そうだな、と返すと外を見ていた妻が司の方へ顔を向けた。

「ねえ。それにしても懐かしいわね。ここ。あの時この遊園地でデートしたの覚えてる?あなたが庶民デートに耐えられるか。お金を使わず楽しむことが出来るか試したあのデート」

「ああ。勿論覚えてる。俺と付き合うことに決めたお前が俺を誘った」

使用人として道明寺の邸で働き始めた妻が2ヶ月ちゃんと向き合ってみると言った結果、普通の付き合いを望む彼女に付き合い庶民デートと呼ばれるダブルデートをすることになった。

「そうよ。でもデートしないって誘ったら嫌だって断られたわ」

「そうだったか?俺の記憶の中じゃ違うけどな」

「違わないわよ。知らない人間と遊べるかって怒った。でもちょっと遅れたけど来てくれたわよね?」

「まあな。あの時はお前がどうしてもっていう顔をしてたから仕方なく行ったんだ。それにダブルデートなのにお前がひとりじゃ可哀想だと思ってな」

渋谷のハチ公前で待ち合わせをするという彼女のレベルに合わせることが求められたデートだった。だが既にあの頃の司は彼女のためならどんなことでもするつもりでいた。
自分の我を通すより、彼女の望むように行動したいと思っていた。
ただ思いとは裏腹な言葉が出てしまうのは、我慢など必要としない世界に育った男が簡単には足を踏み入れることが出来ない彼女の世界に戸惑っていたからだ。

「ふふふ….分かってるわよ。今更そんな言い方しなくてもいいでしょ?私とデート出来ることが嬉しいから来たって言えばいいのに本当に意地っ張りなんだから」

「よく言うぜ。意地っ張りなのはお前の方だったろ?」

妻は違うわよ、と言って頬を膨らませ怒ったような顔をしたが、淡い夜間照明の中、きらきら光るふたつの大きな目は笑っていて小さく吹き出していた。

「そうね。よく考えてみれば私たちはふたりとも意地っ張りなところがあって素直じゃないところもあったわよね?でも司は結婚してからはいい旦那さんになったし、子供たちが生まれてからはいい父親になったわ。それに会社だってお母様の跡を継いで立派な社長さんになったし、昔を知る人間からすれば、人ってこんなにも変わることが出来るんだってことが信じられなかったかもしれないわね?それに人にはそれぞれに器があると言われるけど司の器は本物だった。世間が言ったようなただのお坊ちゃまじゃなかったものね?」

「お坊ちゃまか。随分と懐かしい呼び方をするな」

その言葉は使用人が幼い司を呼ぶ時そう呼ばれていたことがあった。
だが大人になってからのその呼び方には親の七光り。青二才。お前にビジネスの何か分かる。
そんな侮蔑的な意味が込められていた。

「そうよ。覚えてる?あの時、優紀が連れてきた中塚くんって人があなたのことをお坊ちゃまって言ったら青筋が立ってた。それにあのダブルデートは物凄い緊張感があってとても楽しめる状態じゃなかったわ。でもその中で唯一あなたも楽しめたのがこの観覧車だったわよね?」

あのデートの中で唯一甘い雰囲気があったとすれば観覧車の中だったが、あの時はキスをしようとした司に対し顔を真っ赤にして目を閉じた彼女がいたが、いいところでゴンドラは地上に降りた。それから彼女の友人が連れて来た男を殴ったが、それは彼女のことをバカにする発言があったからだ。

もともと司は惚れたらどこまでも一途な人間だ。
そんな男の拳は凶器と言われるほど威力があり、相手は恐れをなして逃げたが殴った理由を言わなかったために彼女と喧嘩になった。
司は周りからは他人を思いやる気持ちがないように思われていたが、表現方法が不器用なだけでそうではない。そのため誤解されることもあったが、大事な時は彼女の気持を優先し、いい時も悪い時も全てを自分の責任で彼女を守って来た。
そしてふたりの目の前にそびえていた現実の壁というものを乗り越え結婚した。


「ねえ。でもどうして突然ここに来ることにしたの?」

妻の問いかけに司は答えるべきかどうか迷ってから、「ちょっと考え事があってな」と答えた。





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コメント
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dot 2018.09.28 08:35 | 編集
司*****E様
おはようございます^^
昔は意地っ張りだったふたりも年を重ねました。
しかし年を取ると頑固になることもありますからねぇ(笑)
さて、このふたりがこれから話すことは何でしょうね。

どうやら台風が日本列島を縦断するようです。
それにしてもお天気が気になりますよね。
明日はどの段階で中止が決定されるのでしょうか。
洗濯物が溜まる(笑)お天気が悪いと乾きませんよね。そんな時は乾燥機能を使いますが、やはり外干しで乾かす方がふんわりと感じてしまうのは、お日様の匂いがするからでしょうか。
明日は色々とお忙しいと思いますが頑張って下さいね!
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.09.28 23:19 | 編集
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