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2018
09.27

臥待月 1

Category: 臥待月(完)
<臥待月(ふしまちづき)>









「社長。おひとりで大丈夫ですか?」

西田がそう言うのは、もう何度目になるのか。
自分より年下の男に仕える秘書は心配そうに訊くが司は心配無用だといった表情を浮かべた。

「大丈夫だ。ここはいい。お前はもう帰れ。俺がここにいることはお前以外知らんのだから何も心配することはない」

「しかし……。そうはおっしゃいますがお待ちします」

「心配するな。帰れ。たまには早く帰って嫁さん孝行をしろ」

司はそう言って西田を帰らせようとしたが、秘書はここで待っていると言った。









時刻は午後9時。5時で閉園した遊園地に人影はなく風は冷たく感じられたが、その風が都会の淀んだ空気を一掃してくれたのか。夜空は晴れていた。
土日ともなれば大勢の人間でごった返すこの場所も、誰もいないとなれば寂しいもので、都会のど真ん中とは思えないほどの静けさがあった。

ゲートをくぐり園内に入ると何とも言えない匂いがした。
それはつい数時間前までここに大勢の人間がいた名残なのか。だがアスファルトの地面は綺麗に掃除がされ、食べ物の残りかすもキャンディの包み紙も落ちてはいなかったが、一瞬感じた匂いはどこか懐かしさを感じさせた。
そんな場所は賑やかな街の中にぽっかりと出来た暗がりで、昼間の明るさとは違う顔を見せ、まるで別世界に入り込んでしまったような感覚に陥った。
そして本来なら恐怖とスリルを感じさせる遊具も今は動きを止め、明日の喧騒に備えひっそりと暗がりに横たわっていた。

司はそんな遊具たちの傍を通り過ぎ真っ直ぐ目的の場所へ向かった。
ここには一度しか来たことがなかったが、足が迷うことなくその場所へ向かうのは、そこがどこから見ても分かる場所にあるからだ。

普段司がいるビルの最上階からも見えるそこは、二重の円を描く大きな鉄の輪が奇妙なほどゆっくりと回っていて、日暮れた空の残照にライトアップされた姿が浮かび上がり、雨になればその光が暗闇に滲む姿がそこにあった。
1回転する時間を計ったことがあったが、約20分かかるそれは観覧車。世の中の時の流れとはまったく違う時の流れがそこにあった。
そして下に立ち見上げるそれは、あの時と同じではない。あれから新しいものになった鉄の輪は大都市に相応しい大きさに変わっていた。そして淡い光に照らされていた。

観覧車を動かしてもらうことにしたのは、またいつか乗りたいと思っていたからだ。
あの時、他にも色々な遊具に乗ったが司は楽しめたとは言えず、恥ずかしい話だが酔ったようになった。だが一緒に乗った女は嬉しそうで楽しそうに笑っていた。

_こんなに笑ったの久し振り。

と言って笑いながら涙を浮かべていたが、4日前から付き合い始めたふたりが庶民デートだと言って訪れたのがこの遊園地だった。あれは今から40年も前の話。60歳を前にした男の記憶の片隅に残る想い出だ。だがあの日は喧嘩をした。それはダブルデートで一緒にいた彼女の友人の連れの男を殴ったことが発端だった。

「ちょっと待って!私も乗せて」

ゴンドラが動き出す直前に扉を開け、息を切らせながら乗り込んで来たのは妻だ。

「西田さんから連絡があったの。あなたがここに向かってるって。観覧車に乗るって。だから私も急いでここに来たの」

「西田が?」

「そうよ。西田さんからあなたが閉園後の遊園地を貸し切ったって話を訊いて飛んで来たの。でもどうしたの?いきなり遊園地を貸し切るなんて言い出して。それも自分だけ楽しもうとしたなら酷い裏切りよね?こういった楽しみはまず妻に声をかけるべきでしょ?」

そう言って司の前に座った妻は、あの時と同じように楽しそうに笑っていた。






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コメント
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dot 2018.09.27 07:01 | 編集
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dot 2018.09.27 08:13 | 編集
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dot 2018.09.27 17:12 | 編集
ふ*******マ様
おはようございます^^
ええ。そうなんです大人過ぎるふたりがいます(笑)
司は何を思い観覧車に乗ることを決めたのでしょう。
そして駆け付けたつくしは笑顔です。
いい年をした大人のふたりに何かあったのでしょうか。それともなかったのでしょうか。
我が子を見守る思いでお付き合い頂ければふたりも喜びます!^^
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.09.27 21:45 | 編集
司*****E様
おはようございます^^
遠い昔来たことがある遊園地を訪れた司。
還暦間近の男が観覧車に乗る!
そんな司の元へ駆けつけた妻がいました。

はい。こちら短編です。
臥待月をお調べになられましたか!色々はこれから分かると思います(*^^*)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.09.27 21:52 | 編集
さ***ん様
え?(笑)そのシリーズなのか?
短編ですので結末はすぐそこにあるはずです(笑)
臥待月。そうですよねぇ。月にいろいろな言葉を付けた昔の人は風情がありますよねぇ。
タイトルに込めた意味は最後に、と思っています^^
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.09.27 22:00 | 編集
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