fc2ブログ
2018
09.25

想い出の向こう側 最終話

7歳の子供が4歳の頃のことを覚えているかと問われても覚えてはいなかったはずだ。
だが司はあの日がいつだったのか、正確な日付は覚えていなくても7歳の時ウサギと交わした会話を思い出していた。
それは4歳の我が子が熱を出し、子供部屋のベッドで寝ている姿を見た時だった。

妻からのメールで、幼稚舎から電話があり蓮が熱を出したから迎えに行って来ると連絡を受けたのは経営会議の最中だったが、再び受けたメールに書かれていたのは、風邪をひいたということ。だが熱はたいして高くなく心配なさそうだとあった。

司は結婚して子供が三人いる。長男の圭は8歳の小学3年生。次男の蓮は4歳で幼稚舎に通っている。そして生まれて間もない3番目の子供は女の子の彩。
妻は初恋の人で大恋愛の末、結ばれたが、彼女と出会うまでの人生はウサギが7歳の少年に話した通りの人生だった。

あの時、ウサギと話をしてから1ヶ月ほど後、やっぱりこのウサギは自分の部屋には相応しくないと言ってタマの部屋へ持って行った。そして3年生になると小部屋の中のおもちゃをすっかり片付け模様替えをした。
それはおもちゃに興味がなくなったこともだが、その代わり覚えたのは喧嘩をすること。
3年生から4年生。そして5年生から6年生へと学年が上がるたび、喧嘩の回数が増え、人を傷つけることに罪悪を感じることがなくなりむしろ楽しさを覚えていた。
そしてエスカレーター式に進学する学園で彼に逆らう人間はおらず、ウサギが言った通り司の周りには彼の容貌と道明寺という名前と財力に惹かれた人間が集まるようになった。
だがそんな人間たちの人としての薄っぺらさが鼻につくようになれば、彼らが傍にいることが許せなくなった。だから司の周りにいたのは、幼い頃からの親友たちだけで、他の人間を近くに立ち入らせることは許さなかった。

やがて高等部で妻と出会ったが、初めは彼女のことが気に入らなかった。
その女が生涯を供にしたいと思える女だとは思えなかった。そして蛇だと言われたことがあった。だが気付けば蛇以上の執拗さで彼女を求め追いかけていた。
やがて真夏のひまわりのような彼女は司のことを好きになってくれた。
だが司は暴漢に襲われ意識不明の重体に陥り、目覚めた時には彼女のことを忘れ、別れを決めた彼女からウサギのぬいぐるみを渡されると同時に、野球のボールを頭にぶつけられ彼女のことを思い出し、再び目の前に現れたウサギに、あの時のことを思い出した。
そしてウサギがタマの手から母親の元に戻り、やがて恋人の手を経て司の元へ戻って来たことに巡り合わせを感じた。



7歳の頃、何かを宿していた白いウサギのぬいぐるみも今は古さが感じられる。
そしてあれは現実だったのか。それとも夢だったのか。だがどちらにしても大人になった男にウサギがあの時のように口を開くことがないと感じていた。
だが司の手元に戻って来た時のウサギの目には何かがあった。
それは、『やあ。また逢えたね』という懐かしさを感じさせる感情。だがウサギが発したのはそれだけで、それ以上は何も語らなかった。











「司?どうしたの?」

「いや、なんでもない。蓮のウサギはまだ新しいな」

「うん。でも生まれた時からいつも一緒にいて何度も洗濯してるから新品とは違うけどね。
それでもまだ4年なら新しい方かもしれないわね?蓮のウサギに比べたら圭のウサギは少し疲れてるかも。だって一度背中からパンヤ…..ええっと詰め物が覗いちゃって縫ったの。でも圭ったらあたしに見せる前に自分でなんとかしようとしたみたいで、接着剤で無理矢理くっ付けようとしたから布がおかしな方向に引きつってたの。でもそれをなんとか直したけどやっぱり後遺症っていうの?あのウサギの背中は変に硬くなっちゃって接着剤の跡が残ってるの。でもそれはウサギを大切に思う圭の気持だから。あの子が自分のウサギに愛着があった証拠だからあれでいいのよね。それにあの子はあたしに似て物を大切にする子でほんと良かったわ」

妻の言葉には若干の棘が感じられたが、司は無視をした。
そして子供たちは皆それぞれが1匹ずつウサギのぬいぐるみを持っていた。
それは妻が夫の母親に倣い与えたもの。
だが妻が彼の母親のように子供たちを置いて何処かへ出かけるということはなかった。
そしてそれぞれが名前を付け大切にしていたが、長男の圭は、既にぬいぐるみから卒業していて、今は棚に飾られているが、まだ4歳の蓮は広い邸のどこかに置き忘れたのか。ウサギを探して火が付いたように泣いていることがあった。そんな我が子のためウサギにGPS発信機を付けるべきか本気で悩んだことがあったという妻だったが、使用人総出で探せばすぐに見つかることから事なきを得ていたが、どうやら4歳の蓮にとってのウサギは友達とは違う存在らしい。そしてまだ赤ん坊の彩の枕元にあるウサギはヨダレでベトベトにされていた。




幼い子供にとってぬいぐるみとは。
ギュッと抱きしめて可愛がる対象であると同時に友達でもある。
夢の中まで付き合ってくれる大切な友達。だから我が子がぬいぐるみに向かって話かけていることもあった。
特に長男の圭は、今は大きくなりぬいぐるみに興味を示すことは無くなったが、まだ言葉が出なかった頃、ウサギに向かってよく話をしていた。それはもしかすると圭にだけに語りかけてきたウサギの言葉を理解していたのかもしれない。

そして司もぬいぐるみのウサギと会話をした。
だがあれは現実だったのか。それとも夢だったのか。
もし夢だとすれば、とっくに忘れていてもおかしくはないのだが、今でも記憶の片隅にあった。そしてあの時のことを誰かに言えば夢を見たんだと言われたはずだ。
だが現実だったにしろ、夢であったにしろ、清らかな何かが宿ったぬいぐるみは、司のことを本気で心配していた。
そしてあの時ウサギが言った過去も想い出も何も持たない人間はからっぽだの言葉は正しいと思えるようになっていた。過去があるから未来がある。想い出があるから人は生きていけるのだ。



「ねえ司。三人の子供たちには沢山の想い出を作ってあげようね。この子たちが大人になっても思い出してもらえるような楽しい想い出を沢山作ってあげようね。未来も大切だけど大切な想い出があるってことはこの子たちの財産だもの」

「そうだな。人生は後ろへは戻れないんだからな」

「そうよ。だから子供たちの想い出作りは親であるあたしたちの役目でしょ?」

そう言って冷却シートが貼られた蓮の額に触れた手は、クルクルと巻いた髪の毛をそっと撫でた。そして何気なく言われたその言葉は親なら誰もが思うこと。
だがそのことに気付く親ばかりではないことを司は知っている。

「ああ分かってる。俺たちの仕事は子供たちが喜んで振り返れる想い出を作ってやることだ」

司はそう言うと妻の肩に手を回し、部屋を出ようと促した。







過去に戻る道はないが未来へ通じる道はある。
だが想い出があれば、過去の自分に戻ることは出来る。
あの頃の幼かった自分に。
そしてあの経験は、7歳の子供に許された僅かな時間が見せた幻だったとしても、あれは紛れもなく想い出。
そして想い出の向こう側にあるもの。それは未来。
だが毎日は昨日と同じ日が繰り返されるだけのことだとしても、それが幸せだということを今の司は知っている。そして過去の積み重ねの上にあるはずの未来が今以上に幸せであるようにと家族を守るのが司の役目だ。

そして、歴史に『もし(IF)』がないのと同じで人生ですでに起きたことや、済んでしまったことを変えることは出来ない。だが犯してしまった過ちを見つめることで今を変えること。未来を変えることは出来る。それは想い出があるから出来ることであり、それを持ち合わせていない人間に過去を振り返ることは出来ない。
だから司は妻に出会う前の自分を振り返る。あの時こうしていれば、という言葉は使いたくはないが、もし、という言葉で過去に戻れるなら酷い人間になるという司を守ってくれると言ったウサギを手放すことをしなかったはずだ。だが司は妻と出会って変わった。いや。妻が自分を変えてくれたと思っている。


司は静かに子供部屋を出ると妻の手を取った。
そしてふたりは微笑みを交し東の角部屋へと向かっていたが、今はあの時のウサギも夫婦の寝室であるその部屋で、神様から遣わされた想い出を管理するおもちゃとしての役割を終えたとばかり白い身体を休めていた。




< 完 >*想い出の向こう側*

にほんブログ村
関連記事
スポンサーサイト




コメント
このコメントは管理人のみ閲覧できます
dot 2018.09.25 06:13 | 編集
このコメントは管理人のみ閲覧できます
dot 2018.09.25 15:01 | 編集
このコメントは管理人のみ閲覧できます
dot 2018.09.25 22:08 | 編集
司*****E様
おはようございます^^
子供の名前でデジャヴが!(笑)
そうです。「いつか晴れた日に」の子供たちと同じ名前です。
でもよく気が付きましたねぇ。決してあちらのお話の番外編ではないのですが、あちらの子供たちの名前を拝借しました。
思いつかなかったんです(笑)

さてこちらの司。ウサギのぬいぐるみと話したのは夢だったのか。それとも現実だったのか。
7歳の子供が感じたそれは、大人には分からない清らかな存在だったのでしょう。

いえいえ。コメントちゃんと分かりますよ。
アカシアこそ意味不明なことを書いていることがあると思います。
それにしても涼しいですね。そして台風が‼
季節の変わり目は色々と大変ですね(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.09.26 21:30 | 編集
ま**様
こんにちは^^
こちらのお話は「秋日の午後」の若かりし頃バージョンではないのですが、雰囲気的には近かったでしょうか?
そうですねぇ。あちらのお話はちょっぴり哀しいお話だったかもしれませんが、二人は幸せな家庭を築き添い遂げたお話となりました。そのようなお話ですがお好きだと言っていただき嬉しいです。ありがとうございます^^
そして相変わらず短編はこのようなお話です(笑)
季節の変わり目。ま**様もお身体ご自愛下さいね^^
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.09.26 21:39 | 編集
ぽ*様
幼い頃可愛がっていたぬいぐるみ。
夢の中まで付き合ってくれたぬいぐるみ。
きっとお嬢様は、わぁ!懐かしいとおっしゃるのではないでしょうか。
もしそうでなくても、お母様には想い出のお品ではないでしょうか?
大切になさって下さいね。きっとぬいぐるみも喜んでくれるはずです^^
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.09.26 21:47 | 編集
管理者にだけ表示を許可する
 
back-to-top