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2018
09.24

想い出の向こう側 4

机の上でゆらりと前へ傾いたウサギのぬいぐるみが頷いたように見えたのは気のせいか。
いや違う。確かに「うん」と頷いた。だから飛び上がるほど驚いた。
そして後ろへ下がった司に対しウサギが話しかけてきた。

_うん。またこの部屋へ戻ってこれて嬉しいよ。僕はいつも君を見守って来たからね。それなのに忘れちゃうなんて酷いよ。でもダメだよ。タマさんの言う通りでまだ僕の役目は終わってないんだから。

信じられないことが起こっている。
これは夢ではないか。

司は目の前で喋るウサギのぬいぐるみに信じられない思いで目を擦った。そしてこれは夢ではないかと右耳を引っ張ってみた。今ここでこうしてウサギを前にしていることもだが、タマと喋ったことも夢ではないかと思った。だから目を擦ればウサギは消えていると思った。だが消えてはいなかった。そして引っ張った耳は痛く、これが夢ではないことを少年に教えた。だがやはり信じられなくて今度は暫く目をつむった。それは時間をかければ次に目を開けた時、ウサギは消えていて、何も無かったのではないかと思ったからだ。
だが目を開けた時もウサギはそこにいて司をじっと見つめていた。

_どうしてそんなに驚くんだい?さっきも言ったよね?
僕はいつも君を見守って来た。それに君は僕の手を離しちゃ駄目だよ。
少なくとも今はまだ駄目だよ。

ウサギは目を開けた司に、ひと息つくと深刻そうな口調で言葉を継いだ。

_司くん。君は僕の手を離すととんでもない大人になるんだ。
だからそうならないためにも、僕が君の傍にいなきゃならないと思ってる。
人は後悔すれば素敵な人になれるけど、君はこれからちょっと困った少年になるから後悔するかと言えばそれは無いんだ。司くんは自分の人生は敷かれたレールの上を走るしかない、そう思った瞬間からどんどん酷い人間になって行くんだ。でもそれは本当の君の姿じゃない。だから僕は君がそうならないようにしたい。何しろ人生は後ろへは戻れない。前に進むしかないんだからね。それに君がずっと酷い人間でいたら僕は悲しいからね。

ぬいぐるみのウサギが語りかける。
目を擦っても耳を引っ張っても消えないウサギに、はじめは驚いたが何故か不思議なことに怖いとは思わなかった。
だから司は、白いウサギが喋る様子をじっと見ていた。
だがウサギが話している内容は未来のことでよく分からなかった。
何しろ7歳の子供が未来のことを真剣に考えているはずもなく、たまに会う母親から将来あなたは社長になると言われればそうなのだろうと漠然と考えるしかなかった。
つまり7歳の少年にすれば、向かう先など分からなくても、この車に乗れと言われれば乗るしかないのだから。

_それからひとりの人間が死ぬまでに会う人の数は知れてるけど、司くんの場合は普通の人よりも多いんだ。でもそれは未来の司くんがどんな人生を送るかによると思うけどね。
それに司くんもいつか自分にとって大切な人に出会うけど、その人を悲しませないためにも僕が傍にいる必要があると思うよ。

ウサギは司の未来を見て来たように話をするが、司にすれば未来の話などどうでもよかった。それに7歳児に向かって、いつか大切な人と出会うと言われても意味が分からなかった。
だが興味はあった。自分が酷い人間になると言われたことを聞き流すことは出来なかった。

「お前は俺の未来を知っているのか?」

_そうだよ。だから僕は君から離れる訳にはいかないんだ。
だって司くんが酷い少年になる姿は見たくないからね。
それに僕を手放したら君にとっての大切な想い出を手放すことになるんだよ。
タマさんも言ったよね?君が熱を出して寝込んでいる時、僕はずっと君の枕元にいた。胸の中に抱きしめられたこともあった。でも大人になって行くにつれ僕のことを忘れてしまうのは仕方がないよ。おもちゃっていうのはそんなものだから。
でも今よりもっと幼かった司くんは僕のことを大切に思っていてくれたよ。

ウサギは司の目をじっと見つめ言葉を継いだ。

_それからね。何かを大切にしたことがある人間は、その何かに守られるんだ。
つまり楽しかった想い出に守られるんだよ。司くんの場合は僕だ。君は僕を大切にしてくれた。だから僕には司くんを守る役目がある。
それに想い出っていうのは、買おうと思っても買えない。自分の心の中にあるもので、他の人には分からない。それが自分を守ってくれるんだ。
それから司くんはおもちゃもだけど、欲しいものは何でも持ってるよね。でも沢山持ち過ぎると何が本当に大切な物か分からなくなってくるんだよ。そうじゃない?欲しいものを全部貰ったとしても幸せだって思えないこともあると思うんだ。

ウサギはそこで一旦口を噤んだ。

_司くん。君が今より大人になって来ると、君の周りには沢山の人が集まってくる。
でもその人たちは君のことが本当は好きじゃない。だけど好きなフリをして近づいてくるはずだ。それは君が持ってるものが欲しいから。君の外見が素敵だから。君が将来社長になるから近づいてくる。君のことが好きじゃなくても周りにある物に惹かれて近づいて来るんだ。それを知った君は酷い人間になってしまうんだ。

ウサギはそこで再び口を噤んだが、司にしてみれば、よく喋るウサギだなと思っていた。

_でもね。そんな君はある時恋をする。その人は真面目で貧しい女性。そんな女性を君はお金を使って自分の傍に置こうとする。だけどその人は君のことを蛇のような男だって嫌がって逃げるんだ。でも君はその女性のことが好きで自分の全てを与えたいと思うんだ。やがてその人と心が通じ合って幸せを感じるようになる。君はその人と出会えたことを本当に喜んでいた。だけど__

司はウサギから自分がどんな大人になるか聞かされながら、その女性のことを考えてみたが、ウサギが黙ってしまったことに何とはなしに訊いていた。

「それでその人とはどうなるんだ?」

_ある日その人を忘れてしまうんだ。でもそれは君のせいじゃない。
だけどそこから先の君は、昔の恋を忘れた君はたとえ欲しいものを全部手に入れたとしてもちっとも幸せじゃなくなる。幸せの言葉の意味すら忘れた人間になって心の中にあった人を愛する気持ちを忘れて生きていく。君の人生は虚無だらけの人生になる。そしてかつて恋をした女性に蛇のようだって言われた君は、蛇以上に恐れられる人間になってしまうんだ。

ウサギはそう言うとプラスチックで出来た赤い目を曇らせた。

_司くん。大人になるとみんなが言う言葉がある。それは人は想い出だけでは生きていけないと言う言葉。でも人は想い出がなければ生きてはいけない。人が生きていくことが出来るのは、過去があるからだ。何の想い出もない人間は空洞だよ。からっぽだよ。

空洞。からっぽ。
司は空洞の意味は分からなかったが、からっぽの意味は分かった。
だが人間がからっぽの意味が分からなかった。それでもウサギの話に口を挟むことはなく訊いていた。

_とにかく人は沢山の想い出があるから人生を送ることが出来るんだよ。そして人生の最期に頭を過るのは沢山の想い出の中から自分にとって忘れられないこと。だから僕はこれからの君の未来に相応しい想い出を沢山作ってあげようと思ってここにいるんだ。最期に良い人生だったって言ってもらえるようにね。でも君は僕のことを忘れてしまう。今よりもっと小さな頃はいつも君の傍に僕を置いてくれたのにね。

ウサギはそこまで言うと喋り出した時が突然だったと同じように、今度は突然黙り込んでしまった。
司はウサギが再び口を開くのではないかと暫く待った。だがウサギはそれきり口を開くことは無かった。
そしてその顔はどことなく悲しそうな顔に見えた。





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コメント
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dot 2018.09.24 09:13 | 編集
司*****E様
おはようございます^^
ウサギと司の会話は突然終わりましたが、これは現実なのでしょうか。それとも言葉では言えない何かなのか。
なるほど。記憶を取り戻す直前に見た夢や「終日の午後」や「冬の樹」のパターンを想像されたんですね?
えー。結末はすぐそこです!
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.09.24 22:23 | 編集
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