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2018
09.19

大人の喧嘩が終るまで<後編>~出逢いは嵐のように 番外~

司はつくしが働き始めたホームセンターに顔を出すのは今日で5日目。
だが妻がここで働き始めて6日経っていた。
来ることが出来なかった1日というのは初めの1日だけ。何をバカなことを。いきなり近くのホームセンターでパートタイムで週3日働くと言い出した時は冗談だと思っていた。
それにすぐに辞めると高を括っていた。そして当然だが周りは驚いた。
道明寺つくしとなった女がパートで働く?誰がそんなことを考える?
どう考えてもまともだとは思わないはずだ。だが本気だと気付いたのは2日目の朝。
司が出かける支度を終える頃、同じように出かける支度をしている妻の顔は確固たる決意を持っていた。だからすぐにそのホームセンターに手を回し、旧姓で雇われた女が誰であるかを告げ身分を明らかにしてボディーガードを配置した。

それに働きたいなら財閥の仕事をすればいい。彼女がやりたいと望む仕事ならどんなものでも用意してやることが出来る。だがホームセンターがいいと言った妻の意図は今では十分理解していた。

ゼウスにお嫁さんを、と言った妻の言葉にいいぞと言えなかった男は、何故あの時ダメだと言ってしまったのか。
それは売り言葉に買い言葉。




「俺よりゼウスの方が大切なのか?」

「ええそうよ。司よりゼウスの方が可愛いわよ。それにゼウスを去勢したら子供が出来なくなるじゃない。彼の人生を奪わないでよ!」

「ゼウスはヤリたい年頃だ。お前があの犬を甘やかすから付け上がってんだ!」

「付け上がってなんかないわよ。私とゼウスは相性がいいのよ!あの子がああいった行動を取るのは嬉しいからよ。….それにお嫁さんがいれば違うわよ!」

それにしても犬を去勢することで喧嘩になった夫婦というのが世の中にいるのだろうか。
だがこの喧嘩の原因が犬の去勢についてではないことを二人は知っていた。


「赤ちゃんが欲しい」

それが彼女の望み。
一晩で何度ものぼり詰めるようなセックスをしていたが、まだ子供は出来なかった。
非常に矛盾する話だが、牧野つくしと出会うまで結婚など考えたことなどなかった男は、当然だが子供のことなど考えたこともなかった。だが結婚し、それまでの考え方やライフスタイルが変われは、すればすぐにでも子供が出来ると思っていた。

だが1年近く経つがその気配が見られなければ不妊を疑うのは当然で、妊娠の可能性は35歳で急激に下がると言われているが、34歳で結婚した女はゼウスを去勢すると言ったとき、彼の人生を奪わないでと言ったが、その言葉に含まれた彼女の思いを理解出来ない訳ではなかった。

子供が出来るチャンスがあるなら与えてあげたいと思う女が、ゼウスの子供が生まれることで、寂しさを紛らわそうとしているのではないか。
そして道明寺という家に嫁いだ女は自分が存在する意味を考えたとき、子供が出来ないことに申し訳ないといった気持ちを持っている。
そして由緒ある家なら言われる血縁の絶対化。つまり血の繋がりを考えている妻が夫の子供を宿すことが出来ないことを悩み始めていることは気付いていた。
だが妻だけに責任があるとは言えない。不妊の原因の3割は夫にあると言われているからだ。

どことなく感じていた妻の家族に対する思い。
犬と言えど今では家族の一員のようにゼウスを可愛がっている妻にすれば、犬でもいいから家族が増えることを望んでいる。そう考えてもおかしくはないはずだ。
だから司は彼女の気持を汲んでやるつもりでここに来た。
売れずに残っているメスのドーベルマンを買い、ゼウスの妻として迎え入れるつもりでここに来た。



「つくし。お前の気持は分かった。ゼウスに嫁さんをって気持ちは分かった。だからここのペットショップにいるドーベルマンをゼウスに連れて帰ってやろう。あいつを去勢することはしない。あいつにも家族を持たせてやればいい。何匹でも仔犬を産めばいい」

司はそう言ったが、しゃがみ込んだ姿勢の女は顏を上げることはなく苗が入ったポットを並べていた。

「つくし。悪かった。俺が悪かった。お前にとって、いや俺たちにとってゼウスは大切な家族の一員だっていう思いは十分理解しているつもりだ。それなのに去勢すればいいと言った俺が悪かった。あいつは家族だ。それに俺がいない間いつもお前の傍にいてお前を守ろうとしているあいつは立派な番犬だ。自分の役割を心得た立派な犬だ」

司が長い出張に出たとき、妻が同行することもあったが、世田谷の邸で待つことが殆どだ。そんなとき傍にいたのはゼウスだ。

司は妻の現状に向き合っているつもりだったが、子供が出来なことをふたりで真剣に話し合ったことはなかった。だから伝えていなかった。たとえふたりに子供が出来なかったとしても愛している、愛し合っていることに変わりはないのだから、ふたりの遺伝子が受け継がれなくてもいいと思っていた。ふたりで同じ人生を歩むことが重要であり、生命の誕生は自分たちの存在があってのことであり、子供を誕生させることが運命として背負わされているのではないということを伝えたかった。

「つくし…..」

そう言いかけたとき、しゃがんでいた妻が立ち上がり司の方を見た。

「司。私ね、私たちの間に赤ちゃんが出来ないのは私のせいだって思ってる。私たちの組み合わせが悪いんだと思えてならないの。だから私じゃなくって他の人。若い女性なら違うような気がする。このままじゃ司の跡を継ぐ人間がいなくなっちゃう。そのことを考えたらお母様に申し訳なく感じるの。それに司にも申し訳ないと思えるの」

そこで言葉は途切れ、そして瞳はいつもより弱々しく司を見ていた。

「つくし。俺たちは子供がいなけりゃどうにかなるような関係じゃないはずだ。それにそんなに真剣に考えるな。もっと気楽に思えばいい。お前は俺と結婚したんであって家と結婚したんじゃねぇだろ?お前は子供を産むための機械じゃない。それにたとえお前がおっぱい一個になったとしても俺は全然構わねぇ。もしそうなったとしても、その姿で何十年でも一緒いたいと思う。いいか?俺はお前という人間と結婚したんであって一緒に過ごせることが幸せだと思ってる。実際俺たちは今までそれで良かったろ?だから子供のことは気にするな。子供がいることが人生の全てじゃないはずだ」

司は結婚するまで夫婦としての在り方といったものが何であるかなど考えたことがなかった。だがそれはどこの男も同じはずだ。だが今は違う。夫婦のどちらかが精神的に満たされていない状況で過ごすことがいいはずがない。だからその状況を改善するためならどんなことでもすると決めていた。そして今は自分の思いが妻の心に届いてくれることを祈った。

「男と女の関係は家族になったとしても変わらないはずだ。子供を産むことだけが本当の夫婦になることじゃないはずだ。それに子供がいなくても深い絆で結ばれている夫婦はいる。子供がいなきゃふたりの間に安定化が図れない夫婦ならそれは夫婦じゃないはずだ」

そこまで言って司は黙って自分を見つめる女に、
「もし誰かにお子さんはって言われたら、余計なお世話だって言ってやれ」
と吐き捨てるように言って今度は優しく言葉を継いだ。

「子供のいない夫婦の在り方を他人に指図されるつもりはない。それに子供を間に挟まなくても夫婦として、男と女として一対一で向かい合うことが出来ることは悪いことじゃないはずだ。だから子供のことは気にするな。お前はお前でいてくれればそれでいい」

その言葉に曇っていた表情がわずかに和らいだのが感じられた。
そしてその顏には話し始めた時と違って幸福感が感じられ、口を開いた女は「うん」と言って小さく頷いたが、それは彼の言葉が妻の心に届いた証拠。そんな妻を司はぎゅっと抱きしめたが、胸に押し付けられた顔からは涙が流れていた。
そして暖かい小さな身体は背中を撫でる夫の手のやさしさに、こらえていたものを吐き出していた。











「あきらさん。どうやら大人の喧嘩は終わりを迎えたようです」

「お!そうだな。それにしてもホームセンターであの二人が抱き合う姿を見るとは思わなかったな。それにどんな会話が交わされたか知らねぇけど、司がやることは相変わらず派手だ。見ろよアレ。彼女を抱上げたぞ。おいおい。あのまま車まで行くようだぞ?今日の彼女の仕事はどうなるんだ?」

あきらが見つめる先にいるふたりは番(つがい)のオオカミよろしく互いの顔を突き合わせじゃれ合っているように見えた。そして妻を抱いた男はボディーガードたちを従え堂々とした足取りであきらと桜子の視界から消えた。














戌の日の水天宮の境内は、大勢の参拝客でごった返していた。
そんな中、本殿の前で背の高さと美貌がひと際目立つ男が手を合せていた。
妻が妊娠していることが分かったのは、ゼウスの花嫁のキナコが妊娠していることが分かったのとほぼ同じ。犬は安産の神様と言われているが、どうやらキナコが二人に赤ん坊を運んで来てくれたようだ。そしてキナコは7匹の仔犬を産んだ。

司は合掌を解くと、隣に立つ妻に目をやったが、まだ手を合せ瞑目している妻は我が子が丈夫で安全に生まれることを祈っていた。
妊娠5ヶ月の戌の日に行われた安産祈願。
晴れた休日の空に輝く太陽は、手を取り合い境内を歩く二人の姿を柔らかく包んでいた。





< 完 >

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コメント
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dot 2018.09.19 06:18 | 編集
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dot 2018.09.19 08:11 | 編集
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dot 2018.09.19 08:21 | 編集
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dot 2018.09.19 18:13 | 編集
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dot 2018.09.20 00:53 | 編集
司*****E様
おはようございます^^
夫婦の喧嘩の理由は、ゼウスの去勢だけにあらずでしたね。
結婚したからすぐ妊娠するという訳ではありません。こればかりはコウノトリのご機嫌ですから。でも二人の場合は、ゼウスとキナコによって赤ちゃんが運ばれて来たようです。
去勢されるかもしれなかった犬と売れ残っていたキナコ。
つくしが妊娠したのは二匹の感謝の気持かもしれませんね?
広い道明寺邸の庭を駆け回る犬たちと子供。
キナコは7匹産みました。さて、つくしは何人の子供を産むのでしょうね?(笑)
キナコに負けないくらい頑張れ!でもさすがに無理ですよね?(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.09.20 20:54 | 編集
ma*****1様
はじめまして。こんにちは^^
ようこそお越し下さいました。そしていつもお読みいただき、ありがとうございます。
ハニートラップをしかけ妊娠したお話がお好きですか?あれはもう随分前に書いたお話でしたねぇ(笑) 
思えば目茶苦茶なお話ですよね?(笑)
そして今回のこの二人は、めでたくご懐妊です。
どのような家庭になるのか。犬を交えた楽しい家庭になるような気がします^^
こちらこそ、今後もどうぞ宜しくお願いいたします。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.09.20 20:57 | 編集
み***ん様
おはようございます^^
ゼウスが愛玩犬になっている!そして迎えた妻の名はキナコです。
え?水天宮に司がいたらおかしいですか?でも赤ちゃんの無事をお願いに行くところが偉いじゃないですか(笑)
そしてお腹の中の天使ちゃんは安産の神様である犬、ゼウスとキナコが運んで来てくれたようのです。
巻き込まれたホームセンターがその後どうなったのか!
店長さん以下大変だったと思いますが、そこはもうアレです。ドーンと色々と御礼があったはずです(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.09.20 21:01 | 編集
切**様
あの二人とゼウス。そして彼の奥さんキナコちゃんの登場!
キナコちゃん。真っ黒だけどキナコちゃん。恐らくつくしがきなこ餅が好きなのでしょうねぇ(笑)
この坊ちゃん独身時代に大きな間違い、勘違いをしていますが、喧嘩する時はしちゃいますからねぇ。
でもそんな坊ちゃんは、妻の心の奥深くにあるものを見抜いていました。
そんな男は赤ちゃんが生まれたあとは、デレデレしながらもいいパパになることでしょう。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.09.20 21:06 | 編集
S**P様
犬も食わない喧嘩かと思えば….。
30代半ばで結婚した二人の前にあったのは子供のことでした。
え?ポインターに迫られた(≧▽≦)迫力ありますね~。
それはもうビックリですよね?そして家人に言われたその言葉の意味が‼
そちらのお宅の方。慣れてらっしゃるようですね?(笑)
そしてキナコちゃんの7匹に対抗してつくしは双子!
アカシアもそんな気がしますが、多産なドーベルマンに刺激を受けて頑張る坊ちゃんがいるはずです!(笑)
拍手コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.09.20 21:13 | 編集
さ***ん様
つくしの不安を深い愛で包み込む男。
そして去勢されたかもしれないゼウスと売れ残っていたキナコちゃん!
二匹は相性が良かったようです。
そんなゼウスとキナコの感謝の気持が赤ちゃんを運んで来てくれたのでしょう。
え?司のマウンティングが激しかったから?(笑)そうかもしれませんねぇ( *´艸`)
ふたりでお参りする姿に幸せな未来を感じていただけて良かったです。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.09.20 21:19 | 編集
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