次の日の朝。
ジョージが目覚めたとき雪は止んでいた。
3日降った雪は全てを覆い尽くし、窓の外は真っ白な世界に変わっていた。
そして空は昨日までの灰色の空が嘘のような青い空が広がっていた。
昨夜はこの別荘の主である道明寺司と飲み明かしたが、彼は強かった。
初めこそ水割りで飲んでいたバーボンも、やがてストレートで飲み始めるとピッチが上がった。
だがジョージは彼ほど酒が強くはなかった。だから朝目覚めた時にはソファで横になっていて、身体の上には毛布が掛けられていた。だが道明寺司は、そこにいなかった。つまり彼は自分の部屋に戻り休んだということだろう。
ジョージは今朝の朝食はいつもに増して簡単でいいだろうと思った。
それにいくら酒に強いとはいえ、あれだけ飲めば二日酔いで寝ていてもおかしくない。
だから起きてくる時間も遅いはずだ。現に時計の針は既に9時を回っているが、リビングダイニングとして使っているこの部屋へ下りて来た気配はなかった。
そしてジョージは、二日酔いであるはずの主のために、いつもより濃いコーヒーを淹れようと思った。
そう思いながら窓の外の景色を見れば、いつも思うことがあった。
それは自然に対して人間がいかに非力かをということだ。
これだけの雪を降らせた雲はとっくにどこかへ去ってはいたが、それは人の意思が働くものではない。世の中は自然の摂理で成り立っていて、雪が降るのも雨が降るのも理由がある。
風だってそうだ。
そして物事は均衡を保たれていて、人はその均衡の中で生きている。出会うべきして出会い、別れるべくして別れる。そして再会というのもまた自然の摂理のひとつだとすれば、別れた恋人に会いに行こうと思えるのも自然の摂理のひとつなのかもしれなかった。
ジョージの携帯電話が着信音を鳴らしたのは、そんな風に別れた恋人のことを考えていた時だった。
『ジョージ。大丈夫か?こっちの雪はそれほどでもないが、山は大雪じゃないのか?』
電話をかけて来たのは、上司のマイクだ。
『3日間どうしていた?様子を訊こうと思って電話をしたが繋がらなかった。まあこれだけ雪が降れば通信障害があってもおかしくはないが、大丈夫か?』
マイクの声は心配そうで緊張していた。
「大丈夫です。何も問題はありません。でも本当によく降りましたよ。3日間ずっと降り続いていましたから。でも食料も充分あります。薪も沢山準備してあったのでたとえ暖房設備が壊れたとしても生き延びることは出来ますから安心して下さい」
『そうか。それを訊いて安心した。まあそこはある意味要塞のような造りだから、大丈夫だと思ってはいたが、心配したんだぞ』
「すみません。僕も連絡を入れればよかったんですけど、あれだけ雪が降ると電波状態がよくなくて….ネットも繋がらなかったんです。でも御覧の通り、と言っても電話ですから見えませんけど、僕は元気ですから。それからこの雪が降る前に道明寺司さんがお見えになられました。ちょうど雪が降る前だったので道も問題なく通ることが出来たようです。でもこれから数日間は二人とも文字通りここに缶詰状態ですよ」
『おい…今なんて言った?お前道明寺司って言ったか?』
電話の向うのマイクは驚いた様子で言ったが、それもそうだと思った。
ここ数年この別荘が使われたことはなかったというのだから、ジョージも驚いたが前任のマイクも驚いて当然だ。
「ええ。ここの持ち主の息子さんとおっしゃいました。連絡もなく突然でしたので驚きましたよ。それもはるばる日本から来たそうです。でも料理人もいないし、メイドもいないじゃないですか。どうしようかと思いましたよ。でも彼はそんなことはどうでもいいようでした。僕が作ったパスタを食べたり酒を飲んだりして楽しく過ごしていますから安心して下さい。それに会った時は眼光が鋭くてちょっと怖いと感じましたが、話してみると気さくな人ですよ」
と、ジョージは笑って言った。
『ジョージ。その男は本当に道明寺司か?』
マイクはまだ信じていないようだ。
だが金持ちは気まぐれで、思い立ったら即行動する人間も多い。
だから突然ここを訪れたとしても、彼らにすれば驚くことではないはずだ。
それに彼らは決断力に優れていて、行動力がある人間だ。だから大勢の社員を引っ張って行くことが出来るのだ。そしてジョージは道明寺司の中にその一端を見た。彼もリーダーの素質を備えた人間だと感じた。今は好きな女性と喧嘩をしてリフレッシュするためにここに来たと言う男の中には、確固たる信念というものが見えた。
そして彼の行動力の強さを自分も見習わなければと感じていた。だから雪が止んだら山を下りて別れた彼女に会い、やり直したいと告げるつもりでいた。だがいくら別荘の主がいいと言っても、勝手にここを離れるわけにはいかなかった。だからマイクには話をするするつもりでいたが、マイクは電話口の向うで押し黙っていた。
「マイク。本当に彼です。本人がそう名乗りましたよ。それにこの別荘の鍵も持っていたし、この別荘のことを隅々まで知っていましたよ。家人じゃなきゃ知らないような設備のことまで知っていましたから。地下には核爆発にも耐えられるシェルターがあるってことをね」
『ジョージ…..。そんなはずはない』
「え?」
『いいかよく訊け。道明寺司はな、6年も前に亡くなってる。彼が18の時の話だ。それもその雪山でな』
『6年前の冬だ。彼は友人たちとその別荘に遊びに来た。その中に彼が愛していた女性がいた。その女性が吹雪の中。友人を探すため外へ出たんだが、行方不明になった。遭難したんだよ。外は零下15度。その女性は装備どころか、そのままの格好で出たそうだ。暫くして彼女がいないことに気付いた彼はスノーモービルで彼女を探しに出た。
それで何とか彼女を見つけたのは別荘から2キロほど離れた場所だ。それから近くにあった監視小屋に二人は避難した。だが寒かったはずだ。薪が炊かれた跡があった。二人は暖を取るため裸で抱き合ってたようだが……。かわいそうに。彼は余程彼女のことが好きだったんだろうな。しっかりと彼女を包み込んでた。だから凍ってカチコチになった身体を離すことは容易じゃなかった。そうだ。今日がちょうどその日だ。6年前の今日が二人が発見された日だ』
ジョージは駆け出していた。
道明寺司が使っている部屋を目指し廊下を走り、階段を駆け上がった。
そして部屋の扉をノックした。返事はなかったが扉を開け広い部屋の中を見渡したが男の姿はなかった。そしてベッドの上を見たが、そこにはシーツがよじれた跡はなく、寝た形跡がなかった。それならとバスルームへ行った。だがバスルームが使われた跡はなかった。
もしかするとこの部屋で休んだのではない。隣の部屋なのかもしれないと隣の部屋の扉を開けた。だが誰も居なかった。
「嘘だ……確かに彼と話しをした。食事をした。酒を飲んだ」
ジョージは玄関へ走った。
そこへ止めてあった車を見る為に外へ出た。
もしかすると来る時が突然だったなら帰りも突然で既に出発したのではないか。
そんな思いがあった。だが外は一面の銀世界だ。車は雪に埋もれ身動きが取れないはずだ。
そしてジョージは道明寺司の車を探したが、見つからなかった。いや、それ以前に車があるはずの場所には、ただ雪が降り積もっているだけだった。
「そんなバカな」
その時だった。
何の前触れもなく、動物の鳴き声が響き渡った。
それはウォーンという遠吠え。
そして見つめる雪原に大きな灰色のオオカミがいることに気付いた。
すると後ろから白い小さなオオカミが走って来て、そのオオカミを抜いた。そして少し先で止り後ろを振り返った。すると今度は灰色のオオカミが白いオオカミの傍へ走って行き、顏を寄せると甘噛みするのが見えた。そして口を離すと今度は愛おしそうに顏を舐め始めたが、そこに感じられるのは甘い雰囲気。
ジョージは子供の頃、読んだ物語を思い出していた。
それはイギリス生まれでカナダ育ちの博物学者であり作家であり画家であるアーネスト・トンプソン・シートンが書いたアメリカのニューメキシコ州が舞台のオオカミの物語。
100年以上前の話だが、「オオカミ王ロボ」と呼ばれるオオカミが主人公の話。
ロボと呼ばれるオオカミと仲間たちは、毎日牧場で狙った家畜を確実に仕留めるため、牧場は多額の被害を被っていた。
何しろ、どんな巧妙な罠を仕掛けても、どんなに腕に自信があるハンターでもそのオオカミを倒すことは出来なかった。そして頭のいいボスオオカミはまるで人間の考えが読めるのではないかと言われていた。そんなオオカミを倒すため、呼ばれたのが博物学者であるシートン。
学者の彼はただ追いかけるのではなく、ロボの残した痕跡を観察し、考えや行動を理解しようとした。
そして注意深く観察した結果。足あとの中に、ロボより先に走る小さなオオカミの足あとがあることに気付いた。
オオカミは縦社会で群れを乱すものはボスから制裁が加えられるはずだが争った跡はなかった。
「シートンさん。それは小さな白いオオカミだ。そいつはロボの奥さんだって言われてる。だからロボはそのオオカミに制裁を加えないんだよ。ロボにとってそのオオカミは特別だよ。白いオオカミは彼にとっては大切な存在だ」
群れの中にいる唯一の雌の白いオオカミ。
そのオオカミはその色からスペイン語で白を意味するブランカと呼ばれ、ロボの妻だと言われていた。
シートンはロボの弱点を見つけたと思った。
妻である雌のオオカミを捕まえることでロボを捕まえようとした。そして妻であるオオカミは罠にかかり殺され、ロボはブランカを失い哀しく吠えた。
やがて妻を失ったロボはそれまでの冷静さを失い、今までなら決してかからなかった罠にかかり、人間に捕らわれた。そして生け捕りにされたロボは与えられた餌や水には見向きもせず静かに息を引き取った。
つまり凶暴なオオカミは、愛する妻を亡くしたことで生きることを止め愛ゆえに死を選んだ。
その物語を読んだジョージは、悪いことをしたオオカミだが、それは生きるためであり、オオカミは悪くないと感じオオカミにも人間と同じような感情があることを知った。
そして頭の中を過ったのは、監視小屋で亡くなった二人はもしかするとオオカミに生まれ変わったのではないかということ。
もしそうだとすれば、氷の世界に旅立った二人が最後に思ったのは何だったのか。
そしてオオカミに生まれ変わったとすれば、彼らは尊い生き物だ。
一夫一妻制の彼らは家族で行動し、家族に愛情を注ぐ。そしてパートナーが亡くなれば残されたたオオカミは愛しい人の魂と広大無辺の大地で生きていくのだから。
雪原を二頭が寄り添って走って行く姿が見えた。
だが灰色のオオカミは足を止めると振り返ってジョージの方を見た。
オオカミは彼を見ているのか。それともただこちらを振り向いただけなのか。彼の方を向いたまま低い声をあげた。
それはオオカミの遠吠えと言われるもの。仲間のオオカミに対して呼びかける声。
それが雪原とは対照的な蒼茫な空に響いた。
ジョージには、それが一緒に飲めて楽しかったぜ。と言ったように聞こえた。
< 完 > *蒼茫(そうぼう)=見渡す限り青々として広いさま*

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ジョージが目覚めたとき雪は止んでいた。
3日降った雪は全てを覆い尽くし、窓の外は真っ白な世界に変わっていた。
そして空は昨日までの灰色の空が嘘のような青い空が広がっていた。
昨夜はこの別荘の主である道明寺司と飲み明かしたが、彼は強かった。
初めこそ水割りで飲んでいたバーボンも、やがてストレートで飲み始めるとピッチが上がった。
だがジョージは彼ほど酒が強くはなかった。だから朝目覚めた時にはソファで横になっていて、身体の上には毛布が掛けられていた。だが道明寺司は、そこにいなかった。つまり彼は自分の部屋に戻り休んだということだろう。
ジョージは今朝の朝食はいつもに増して簡単でいいだろうと思った。
それにいくら酒に強いとはいえ、あれだけ飲めば二日酔いで寝ていてもおかしくない。
だから起きてくる時間も遅いはずだ。現に時計の針は既に9時を回っているが、リビングダイニングとして使っているこの部屋へ下りて来た気配はなかった。
そしてジョージは、二日酔いであるはずの主のために、いつもより濃いコーヒーを淹れようと思った。
そう思いながら窓の外の景色を見れば、いつも思うことがあった。
それは自然に対して人間がいかに非力かをということだ。
これだけの雪を降らせた雲はとっくにどこかへ去ってはいたが、それは人の意思が働くものではない。世の中は自然の摂理で成り立っていて、雪が降るのも雨が降るのも理由がある。
風だってそうだ。
そして物事は均衡を保たれていて、人はその均衡の中で生きている。出会うべきして出会い、別れるべくして別れる。そして再会というのもまた自然の摂理のひとつだとすれば、別れた恋人に会いに行こうと思えるのも自然の摂理のひとつなのかもしれなかった。
ジョージの携帯電話が着信音を鳴らしたのは、そんな風に別れた恋人のことを考えていた時だった。
『ジョージ。大丈夫か?こっちの雪はそれほどでもないが、山は大雪じゃないのか?』
電話をかけて来たのは、上司のマイクだ。
『3日間どうしていた?様子を訊こうと思って電話をしたが繋がらなかった。まあこれだけ雪が降れば通信障害があってもおかしくはないが、大丈夫か?』
マイクの声は心配そうで緊張していた。
「大丈夫です。何も問題はありません。でも本当によく降りましたよ。3日間ずっと降り続いていましたから。でも食料も充分あります。薪も沢山準備してあったのでたとえ暖房設備が壊れたとしても生き延びることは出来ますから安心して下さい」
『そうか。それを訊いて安心した。まあそこはある意味要塞のような造りだから、大丈夫だと思ってはいたが、心配したんだぞ』
「すみません。僕も連絡を入れればよかったんですけど、あれだけ雪が降ると電波状態がよくなくて….ネットも繋がらなかったんです。でも御覧の通り、と言っても電話ですから見えませんけど、僕は元気ですから。それからこの雪が降る前に道明寺司さんがお見えになられました。ちょうど雪が降る前だったので道も問題なく通ることが出来たようです。でもこれから数日間は二人とも文字通りここに缶詰状態ですよ」
『おい…今なんて言った?お前道明寺司って言ったか?』
電話の向うのマイクは驚いた様子で言ったが、それもそうだと思った。
ここ数年この別荘が使われたことはなかったというのだから、ジョージも驚いたが前任のマイクも驚いて当然だ。
「ええ。ここの持ち主の息子さんとおっしゃいました。連絡もなく突然でしたので驚きましたよ。それもはるばる日本から来たそうです。でも料理人もいないし、メイドもいないじゃないですか。どうしようかと思いましたよ。でも彼はそんなことはどうでもいいようでした。僕が作ったパスタを食べたり酒を飲んだりして楽しく過ごしていますから安心して下さい。それに会った時は眼光が鋭くてちょっと怖いと感じましたが、話してみると気さくな人ですよ」
と、ジョージは笑って言った。
『ジョージ。その男は本当に道明寺司か?』
マイクはまだ信じていないようだ。
だが金持ちは気まぐれで、思い立ったら即行動する人間も多い。
だから突然ここを訪れたとしても、彼らにすれば驚くことではないはずだ。
それに彼らは決断力に優れていて、行動力がある人間だ。だから大勢の社員を引っ張って行くことが出来るのだ。そしてジョージは道明寺司の中にその一端を見た。彼もリーダーの素質を備えた人間だと感じた。今は好きな女性と喧嘩をしてリフレッシュするためにここに来たと言う男の中には、確固たる信念というものが見えた。
そして彼の行動力の強さを自分も見習わなければと感じていた。だから雪が止んだら山を下りて別れた彼女に会い、やり直したいと告げるつもりでいた。だがいくら別荘の主がいいと言っても、勝手にここを離れるわけにはいかなかった。だからマイクには話をするするつもりでいたが、マイクは電話口の向うで押し黙っていた。
「マイク。本当に彼です。本人がそう名乗りましたよ。それにこの別荘の鍵も持っていたし、この別荘のことを隅々まで知っていましたよ。家人じゃなきゃ知らないような設備のことまで知っていましたから。地下には核爆発にも耐えられるシェルターがあるってことをね」
『ジョージ…..。そんなはずはない』
「え?」
『いいかよく訊け。道明寺司はな、6年も前に亡くなってる。彼が18の時の話だ。それもその雪山でな』
『6年前の冬だ。彼は友人たちとその別荘に遊びに来た。その中に彼が愛していた女性がいた。その女性が吹雪の中。友人を探すため外へ出たんだが、行方不明になった。遭難したんだよ。外は零下15度。その女性は装備どころか、そのままの格好で出たそうだ。暫くして彼女がいないことに気付いた彼はスノーモービルで彼女を探しに出た。
それで何とか彼女を見つけたのは別荘から2キロほど離れた場所だ。それから近くにあった監視小屋に二人は避難した。だが寒かったはずだ。薪が炊かれた跡があった。二人は暖を取るため裸で抱き合ってたようだが……。かわいそうに。彼は余程彼女のことが好きだったんだろうな。しっかりと彼女を包み込んでた。だから凍ってカチコチになった身体を離すことは容易じゃなかった。そうだ。今日がちょうどその日だ。6年前の今日が二人が発見された日だ』
ジョージは駆け出していた。
道明寺司が使っている部屋を目指し廊下を走り、階段を駆け上がった。
そして部屋の扉をノックした。返事はなかったが扉を開け広い部屋の中を見渡したが男の姿はなかった。そしてベッドの上を見たが、そこにはシーツがよじれた跡はなく、寝た形跡がなかった。それならとバスルームへ行った。だがバスルームが使われた跡はなかった。
もしかするとこの部屋で休んだのではない。隣の部屋なのかもしれないと隣の部屋の扉を開けた。だが誰も居なかった。
「嘘だ……確かに彼と話しをした。食事をした。酒を飲んだ」
ジョージは玄関へ走った。
そこへ止めてあった車を見る為に外へ出た。
もしかすると来る時が突然だったなら帰りも突然で既に出発したのではないか。
そんな思いがあった。だが外は一面の銀世界だ。車は雪に埋もれ身動きが取れないはずだ。
そしてジョージは道明寺司の車を探したが、見つからなかった。いや、それ以前に車があるはずの場所には、ただ雪が降り積もっているだけだった。
「そんなバカな」
その時だった。
何の前触れもなく、動物の鳴き声が響き渡った。
それはウォーンという遠吠え。
そして見つめる雪原に大きな灰色のオオカミがいることに気付いた。
すると後ろから白い小さなオオカミが走って来て、そのオオカミを抜いた。そして少し先で止り後ろを振り返った。すると今度は灰色のオオカミが白いオオカミの傍へ走って行き、顏を寄せると甘噛みするのが見えた。そして口を離すと今度は愛おしそうに顏を舐め始めたが、そこに感じられるのは甘い雰囲気。
ジョージは子供の頃、読んだ物語を思い出していた。
それはイギリス生まれでカナダ育ちの博物学者であり作家であり画家であるアーネスト・トンプソン・シートンが書いたアメリカのニューメキシコ州が舞台のオオカミの物語。
100年以上前の話だが、「オオカミ王ロボ」と呼ばれるオオカミが主人公の話。
ロボと呼ばれるオオカミと仲間たちは、毎日牧場で狙った家畜を確実に仕留めるため、牧場は多額の被害を被っていた。
何しろ、どんな巧妙な罠を仕掛けても、どんなに腕に自信があるハンターでもそのオオカミを倒すことは出来なかった。そして頭のいいボスオオカミはまるで人間の考えが読めるのではないかと言われていた。そんなオオカミを倒すため、呼ばれたのが博物学者であるシートン。
学者の彼はただ追いかけるのではなく、ロボの残した痕跡を観察し、考えや行動を理解しようとした。
そして注意深く観察した結果。足あとの中に、ロボより先に走る小さなオオカミの足あとがあることに気付いた。
オオカミは縦社会で群れを乱すものはボスから制裁が加えられるはずだが争った跡はなかった。
「シートンさん。それは小さな白いオオカミだ。そいつはロボの奥さんだって言われてる。だからロボはそのオオカミに制裁を加えないんだよ。ロボにとってそのオオカミは特別だよ。白いオオカミは彼にとっては大切な存在だ」
群れの中にいる唯一の雌の白いオオカミ。
そのオオカミはその色からスペイン語で白を意味するブランカと呼ばれ、ロボの妻だと言われていた。
シートンはロボの弱点を見つけたと思った。
妻である雌のオオカミを捕まえることでロボを捕まえようとした。そして妻であるオオカミは罠にかかり殺され、ロボはブランカを失い哀しく吠えた。
やがて妻を失ったロボはそれまでの冷静さを失い、今までなら決してかからなかった罠にかかり、人間に捕らわれた。そして生け捕りにされたロボは与えられた餌や水には見向きもせず静かに息を引き取った。
つまり凶暴なオオカミは、愛する妻を亡くしたことで生きることを止め愛ゆえに死を選んだ。
その物語を読んだジョージは、悪いことをしたオオカミだが、それは生きるためであり、オオカミは悪くないと感じオオカミにも人間と同じような感情があることを知った。
そして頭の中を過ったのは、監視小屋で亡くなった二人はもしかするとオオカミに生まれ変わったのではないかということ。
もしそうだとすれば、氷の世界に旅立った二人が最後に思ったのは何だったのか。
そしてオオカミに生まれ変わったとすれば、彼らは尊い生き物だ。
一夫一妻制の彼らは家族で行動し、家族に愛情を注ぐ。そしてパートナーが亡くなれば残されたたオオカミは愛しい人の魂と広大無辺の大地で生きていくのだから。
雪原を二頭が寄り添って走って行く姿が見えた。
だが灰色のオオカミは足を止めると振り返ってジョージの方を見た。
オオカミは彼を見ているのか。それともただこちらを振り向いただけなのか。彼の方を向いたまま低い声をあげた。
それはオオカミの遠吠えと言われるもの。仲間のオオカミに対して呼びかける声。
それが雪原とは対照的な蒼茫な空に響いた。
ジョージには、それが一緒に飲めて楽しかったぜ。と言ったように聞こえた。
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司*****E様
おはようございます^^
二人とも既に亡くなっていたという驚きの結末でしたか?
司がジョージの前に現れたのは、同じ年頃の彼の思いが司に伝わったんでしょうねぇ。
そしてジョージが見た二頭のオオカミ。
その姿が司とつくしに思えたのは、マイクの話を訊いたからでしょうね。
そしてふたりが子供の頃に読んだシートン動物記のロボとビアンカに思えた。
世の中には説明出来ない不思議なことがある。
そんなお話でした^^
コメント有難うございました^^
おはようございます^^
二人とも既に亡くなっていたという驚きの結末でしたか?
司がジョージの前に現れたのは、同じ年頃の彼の思いが司に伝わったんでしょうねぇ。
そしてジョージが見た二頭のオオカミ。
その姿が司とつくしに思えたのは、マイクの話を訊いたからでしょうね。
そしてふたりが子供の頃に読んだシートン動物記のロボとビアンカに思えた。
世の中には説明出来ない不思議なことがある。
そんなお話でした^^
コメント有難うございました^^
アカシア
2018.09.08 21:50 | 編集

み***ん様
おはようございます^^
まさかの司幽霊。
ジョージの前に現れた理由は、好きな女を離すな。
後悔するぞと伝えたかったからですが、驚きの結末となりました。
あの二人はオオカミとなってカナダの山で暮らしているようですが、時々喧嘩もしているようです(笑)
甘噛みする雄とそれを受け入れる雌。雄は雌を大切に守りながら生きる。それがオオカミの世界。
きっと二人が生きていたら同じだったはずです。
コメント有難うございました^^
おはようございます^^
まさかの司幽霊。
ジョージの前に現れた理由は、好きな女を離すな。
後悔するぞと伝えたかったからですが、驚きの結末となりました。
あの二人はオオカミとなってカナダの山で暮らしているようですが、時々喧嘩もしているようです(笑)
甘噛みする雄とそれを受け入れる雌。雄は雌を大切に守りながら生きる。それがオオカミの世界。
きっと二人が生きていたら同じだったはずです。
コメント有難うございました^^
アカシア
2018.09.08 21:57 | 編集

ま**ん様
おはようございます^^
読み進めるにつれ心が緊張して衝撃的な結末。
司が現れた理由は真面目な青年に言いたかったのでしょう。
若い男が何引きこもってんだよ!好きな女を手放すなと。
そしてオオカミは二人の生まれ変わりだと思えたのは、マイクの話を訊いたからでしょう。
今はカナダの山で共に生きるふたり。
いつかまた人間に生まれて来る時は一緒に過ごすことが出来るといいですね。
コメント有難うございました^^
おはようございます^^
読み進めるにつれ心が緊張して衝撃的な結末。
司が現れた理由は真面目な青年に言いたかったのでしょう。
若い男が何引きこもってんだよ!好きな女を手放すなと。
そしてオオカミは二人の生まれ変わりだと思えたのは、マイクの話を訊いたからでしょう。
今はカナダの山で共に生きるふたり。
いつかまた人間に生まれて来る時は一緒に過ごすことが出来るといいですね。
コメント有難うございました^^
アカシア
2018.09.08 21:59 | 編集

イ**マ様
シリアス書いてしまいました。
大丈夫ですか?
そうです。司は年の近いジョージの背中を押しに来たんです。
そしてカナダの山で遭難したふたりはオオカミに生まれ変わっていましたが、喧嘩しながらも仲良くしているはずです。
司オオカミはつくしにだけは甘いはずですから。
コメント有難うございました^^
シリアス書いてしまいました。
大丈夫ですか?
そうです。司は年の近いジョージの背中を押しに来たんです。
そしてカナダの山で遭難したふたりはオオカミに生まれ変わっていましたが、喧嘩しながらも仲良くしているはずです。
司オオカミはつくしにだけは甘いはずですから。
コメント有難うございました^^
アカシア
2018.09.08 22:01 | 編集

さ***ん様
お迎えシリーズ(≧▽≦)
お迎えには来なかったんですが、ジョージの所に現れた男は、好きな女を手放すな。
後悔のない人生を送れと言う為に現れたようです。
オオカミ王ロボ。懐かしいですか?
オオカミは生きる為に家畜を殺していますが、そんなオオカミにも人間と同じような感情がある。ブランカが殺されたことで自分を見失ったロボ。
それが若い頃の司に重なるような気がしました。
え?山荘の木村とジョージは繋がっているのか?
山荘の木村さん。どうしてるんでしょうねぇ(笑)
コメント有難うございました^^
お迎えシリーズ(≧▽≦)
お迎えには来なかったんですが、ジョージの所に現れた男は、好きな女を手放すな。
後悔のない人生を送れと言う為に現れたようです。
オオカミ王ロボ。懐かしいですか?
オオカミは生きる為に家畜を殺していますが、そんなオオカミにも人間と同じような感情がある。ブランカが殺されたことで自分を見失ったロボ。
それが若い頃の司に重なるような気がしました。
え?山荘の木村とジョージは繋がっているのか?
山荘の木村さん。どうしてるんでしょうねぇ(笑)
コメント有難うございました^^
アカシア
2018.09.08 22:10 | 編集

ふ*******マ様
こんにちは^^
国語のテストかと思った(笑)
確かに、ふりがなを付けなさい。と言われそうですね?
司はつくしと喧嘩をしたと言っていましたが、実は….。
そしてふたりはオオカミに生まれ変わっていた。どんな喧嘩をしたんでしょうね?
どんな姿形になってもふたりは一緒。え?シガラミの多い人間でいるより良かったかも?
う~ん。そうかもしれませんね。
コメント有難うございました^^
こんにちは^^
国語のテストかと思った(笑)
確かに、ふりがなを付けなさい。と言われそうですね?
司はつくしと喧嘩をしたと言っていましたが、実は….。
そしてふたりはオオカミに生まれ変わっていた。どんな喧嘩をしたんでしょうね?
どんな姿形になってもふたりは一緒。え?シガラミの多い人間でいるより良かったかも?
う~ん。そうかもしれませんね。
コメント有難うございました^^
アカシア
2018.09.08 22:15 | 編集

も*母様
はじめまして。こんにちは^^
いつもお立ち寄り頂きありがとうございます。
そして大変勿体ないお言葉をありがとうございます(低頭)
若干重苦しさが感じられるお話もあると思いますが、こちらこそよろしくお願いいたします。
拍手コメント有難うございました^^
はじめまして。こんにちは^^
いつもお立ち寄り頂きありがとうございます。
そして大変勿体ないお言葉をありがとうございます(低頭)
若干重苦しさが感じられるお話もあると思いますが、こちらこそよろしくお願いいたします。
拍手コメント有難うございました^^
アカシア
2018.09.08 22:19 | 編集

s**p様
オカルトだと思った。
そして喧嘩の原因は、司がつくしのエサを食べちゃった(≧▽≦)
それとも顏を舐めすぎた(≧▽≦)
う~ん。そうかもしれません(笑)
オオカミになっても二人はあの頃と同じで口喧嘩しながらも仲がいいはずです。
え?その後ジョージはどうなったのか?
大丈夫です。彼女に会いに行ったはずです。
コメント有難うございました^^
オカルトだと思った。
そして喧嘩の原因は、司がつくしのエサを食べちゃった(≧▽≦)
それとも顏を舐めすぎた(≧▽≦)
う~ん。そうかもしれません(笑)
オオカミになっても二人はあの頃と同じで口喧嘩しながらも仲がいいはずです。
え?その後ジョージはどうなったのか?
大丈夫です。彼女に会いに行ったはずです。
コメント有難うございました^^
アカシア
2018.09.08 22:30 | 編集

悠*様
どのようなカタチでも二人の愛はそこにある。
そう感じていただければと思います。
コメント有難うございました^^
どのようなカタチでも二人の愛はそこにある。
そう感じていただければと思います。
コメント有難うございました^^
アカシア
2018.09.08 22:36 | 編集

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ま***ん様
おはようございます^^
この物語に合う歌詞があったんですね?
教えていただいた曲、アカシアも拝見しました。
なるほど。ふたりは次に生まれて来る時も、また出会い恋をする。
たとえ時代は違っても同じ人と恋をする運命。
時に直ぐに別れが来たとしても、どこに居ても必ず会える。
深い愛情と決して切れないふたりの絆。
いいですねぇ~。そんな恋。
そしてまたここに来ていただき、ありがとうございます!(ノД`)
コメント有難うございました^^
おはようございます^^
この物語に合う歌詞があったんですね?
教えていただいた曲、アカシアも拝見しました。
なるほど。ふたりは次に生まれて来る時も、また出会い恋をする。
たとえ時代は違っても同じ人と恋をする運命。
時に直ぐに別れが来たとしても、どこに居ても必ず会える。
深い愛情と決して切れないふたりの絆。
いいですねぇ~。そんな恋。
そしてまたここに来ていただき、ありがとうございます!(ノД`)
コメント有難うございました^^
アカシア
2018.09.13 22:38 | 編集
