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2018
09.05

蒼茫 3 

Category: 蒼茫(完)
別荘の前に一台の車が止る。
ジョージがここを管理するようになって誰かが訪れたことはなく、管理会社の業務もパソコンのメールでのやり取りか、週に一度山を下りた時オフィスを訪れ済ませていた。
それに誰かが来るといった連絡はなかった。
それなら一体誰が来たのか。

だがここの持ち主ならいつ訪れようと、誰に断りを入れることもないはずだ。すると車から降りて来た人物は、この別荘の持ち主である日本人ということになるはずだ。
だからジョージは慌てて倉庫から建物へ向かって走っていった。そして英語で声をかけた。

「あの失礼ですが?」

それはこの別荘の管理人として訪問者が誰であるかを確かめるためだが、相手はジョージよりも背が高く、特徴のある黒い髪をした青年。
ラフな服装の日本人は若く見られることが多いが、ジョージは母方の祖母が日本人だったこともあり、その青年の年齢が自分とさして変わらないのではないかと感じた。

そして青年はジョージを一瞥し車を離れると真っ直ぐに建物に向かって歩き始めた。
だから再び今度は日本語で声をかけた。すると青年は、

「英語で結構だ」と流暢な英語で返事をして来た。
そして青年の手にはこの別荘の鍵が握られていて、それをジョージに見せ、

「怪しいモンじゃねぇから心配するな。俺は道明寺司。この別荘の持ち主の息子だ。お前はここの管理人か?ちょっとばかり世話になるがよろしく頼む」

と言ってニヤッと笑った少年じみた笑顔には好感が持てた。









ジョージは道明寺司と名乗った人物が道明寺一族の誰であるかまでは知らなかった。
だが、この別荘の鍵を持ち、建物の内部を知っていることもだが、堂々とした態度に、間違いなくこの別荘を所有する一族のひとりであることを確信した。

そして自分はここの管理人で秋から来年の春。雪が溶けるまでの間、ここに住み込んで管理をしていること。母方の祖母が日本人であり、日本語は不自由しないと伝え、二人は日本語で会話をしていたが、見た目からして互いに年齢が近いことが分かっているのか。主と管理人という立場よりも、誰もいないこの場所で堅苦しさのない会話を交わしていたが、まさか突然主が訪問して来るとは思いもしなかった。

だから当然料理人はおらず、食事はジョージが用意したものになるが、それで構わないと言った。そうなるとコールドミートやチーズといったものになるが、ジョージが出来る料理と言えばパスタがあった。だからオリーブオイルでニンニクを炒め、缶入りトマトを開け、茹でたパスタに和え、乾燥バジルをかけた。


「そうか。半年もここで過ごすとなれば退屈するだろ?」

「いえ。そうでもないんですよ。雪が降らなければ週に一度山からバンクーバーの街まで下りますからそうでもありませんよ。それに僕は元々山育ちですから、山で暮らすのは慣れています。特に寒い冬は好きですよ。道明寺さんはどうですか?」

「俺は夏の暑さも冬の寒さもどっちも好きだ。夏は暑いのが当たり前で冬は寒いのが当たり前だろ?季節があるからこその楽しみってのがある。ガキの頃はそんなことは気にも留めなかったが、大人になれば若い頃は分からなかったことも分かる。見えなかったものも見えるようになる。そんなモンだろ大人になるってのは」

ジョージは、その言葉に頷いていいのか分からなかった。
それは大学を卒業して就職をしたが、こうして数ヶ月山の中の豪華な別荘の管理人として働いていれば、社会との接触は少ない。はっきり言って外界とは遮断された場所にいる。
だから街中を忙しそうに歩く人間とはまた別の世界で暮らしているように思え、大人になったから分かるというものも、まだはっきりと見つけられないでいるような気がしていた。


それにしても、ジョージと同じ年頃だと思われる青年は、何をするためひとりでこの別荘を訪れたのか。来るとすぐ部屋へ向かい何かをしているように思えた。
だが管理人が何をしに来たのですか?など主に訊くべきことではない。
それでも、何をするためとまでは言わないが、何か理由があってこの別荘に足を運んだのだろうということは想像出来た。

それはもしかすると失恋をした。ジョージと同じで恋人と別れたことで心の傷を癒すではないが、考えることがあってこの場所を選んだのではないだろうかと思った。
そして、今はまだそうではないが、天気予報によれば、この先数日間は非常に強い寒気が押し寄せ、大雪に見舞われると言っていた。そうなると暫くはここから出ることが不可能になるが、いつ帰るとは言わなかった。
だがだからといって、来た理由と同じでいつ帰るんですか?とは訊かなかった。ここは彼のものであり、ジョージはただの管理人なのだから。


そして食事をしながら二人の会話は続いたが、日本から来た男は彼が生まれ育った東京の話を、ジョージは彼が育った山奥の小さな街の話をした。
そして、この国には他国では見たことがないような野性動物に会えるといった話を始めたが、それは豊な自然環境を誇るこの国でも珍しいものだからだ。

「バンクーバーの近くにあるバンクーバー島には海辺のオオカミと言う珍しいオオカミがいますがご存知ですか?彼らは内陸のオオカミとは違い主食はシーフードで鮭や二枚貝を食べるんですよ。何しろ彼らは泳ぎが得意です。もしバンクーバーからお帰りになるなら、そちらの島に立ち寄られてはいかがですか?」

ジョージはそう話したが、どうやら野生動物にはさして興味がないのか、「そうか」と言っただけで話しは終わった。

そして二人はそれぞれの部屋へ足を向けた。






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コメント
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dot 2018.09.05 06:52 | 編集
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dot 2018.09.05 15:41 | 編集
司*****E様
おはようございます^^
司は何故ここに来たのか。
何か目的があるのか。
さて近況を語ってくれるのでしょうか。
色々と疑問があると思いますが、こちら「短編」です!
もう少しだけお付き合い下さいませ^^
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.09.05 22:21 | 編集
ま***ん様
色々ととても気になる展開。
少しずつ明らかに....こちら「短編」ですから、結末はすぐそこにあるんですが、静な時の流れが不安を誘う....。
カナダで何かあるのか。ないのか。
もう少しだけお付き合い下さいませ^^
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.09.05 22:24 | 編集
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