fc2ブログ
2018
09.03

蒼茫 1

Category: 蒼茫(完)
<蒼茫(そうぼう)>






バンクーバーから車で3時間ほど走った場所にあるのは美しい建物だった。
部屋は50位あると訊いたが、普段は人が住んでおらず静かな佇まいだけを感じさせた。
そして明らかにお金がある人間が建てたと感じたのは、外観もそうだが内装から家具や調度品に至るまですべてが品のいいもので揃えられているからだ。
だが何年も使われないのは勿体ないと思うも、主は遠い国に住んでいると訊いた。
そこは太平洋を挟んだ極東の島国。ここの持ち主は日本に住むというのだから、普段使われてなくて当然かと思った。


「ジョージ。君にここの管理を任せるのは、この別荘の持ち主が日本人だからだ。君は日本語が話せるんだろ?確かお祖母さんが日本人だったよな?」

「はい。母方の祖母は日本人でした。ですから日本語は問題ありません」

「じゃあ日本語で電話がかかって来ても問題ないな?」

「ええ。問題ありません。日常会話は不自由しませんから」

「そうか。まあ日本から電話がかかってくることは殆どないとは思うが例え相手が英語を話せるとしても、君が日本語を話せると分かれば相手は安心するからな。じゃあ色々と説明するから付いて来てくれないか?」

マイクはそう言って長い廊下を歩き始めた。




ジョージは大学を卒業してバンクーバーの不動産管理会社に就職したが、マイクはジョージの上司で長年この別荘の管理を任されて来た。
そしてジョージの初仕事は、この度マイクから引き継がれることになった日本人の所有する豪華な別荘の管理だ。ここは、山がまるごと別荘の敷地で、つまりここから見える範囲のすべてがこの別荘の敷地だ。

それにしても何故自分が選ばれたか。
それはやはり、身体の中に日本人の血が流れているからなのか。
それにジョージという名前はキリスト教の聖人からではなく、若くして亡くなった祖母の弟の名前が丈二だったことから付けられた名前だ。だから自分が四分の一は日本人であることを意識しているが、どんな理由にしても大学を卒業したばかりの新人が任されるにしては、分不相応なような気がした。

そしてこの辺りは周囲には何もなく、あるのはこの別荘だけで、冬に雪が降れば何日間もここに閉じ込められることもあるという。
だがジョージは元々雪深い山奥で育ち、雪には慣れていた。それに子供の頃からクロスカントリースキーを楽しんで来た。だから雪については都会に暮らす人間よりも詳しかった。
そして長い雪のシーズンをどう過ごせばいいかも知っていた。


静かに降り積もる雪が大地を真っ白に変えることもあれば、暴風雪となり見える世界を一瞬にして変えてしまうこともある。
そしてホワイトアウトで視界が白一色になれば、方向感覚を失うため、そこから動くことが危険だということも知っている。
それにこれから春までの半年間。仮にここに閉じ込められたとしても、食料や水は十分備蓄されていて、非常用発電機や衛星携帯電話もある。間違っても遭難するようなことにはならないと知った。


「ところでジョージ。この別荘が誰のものか知ってるか?ここが日本人のものだと言ったが、ここはな。日本でも有数の金持ち。いや世界的な金持ち道明寺一族のものだ。お前も名前くらい訊いたことがあるだろ?何しろ道明寺と言えば、うちの会社のその上の、そのまた上の会社の親会社だ。ニューヨークにデカい本社ビルを持つコングロマリットだ。唸るほどの金持ちの一族だ。だからこんな別荘は世界各国にある。それも年に一度行くか行かないかと言われてる。だがいつ来てもいいように管理されているのが彼らの別荘だ。だからうちは万全の体勢でこの別荘を管理しておかなきゃならんのだよ。うちの会社はそのためにあるんだからな」

ジョージが入社した不動産管理会社は小さな会社だが、道明寺グループの一員で、世界各国にある道明寺一族の別荘の管理を専門にしていると知ったのは入社してからだ。

「まあ、実際はここ何年もこの別荘に彼らが来たことはないが、それでもいつ突然現れてもおかしくないからな」

金持ちは気まぐれだ。
だが日本からここまで来るとしても、随分と時間がかかるはずだが彼らは自家用ジェットで軽々と海を越えてくるはずだ。それにニューヨークに会社があるなら、東海岸からやって来ることもあるはずだ。だがどちらにしても、ジョージの仕事は彼らの行動に左右されてはいけないのだ。いつ彼らが来てもいいように管理しておくのがジョージの仕事なのだから。

「ジョージ。ここの冬は長いぞ。本当にひとりで大丈夫か?分かっていると思うが、ここの周りには何もない。いるとすれば森の動物くらいだが、お前大丈夫か?」

マイクは心配そうに訊いたが、ジョージは本当に大丈夫だった。
長い冬は人生の中で今まで何度も経験した。それにジョージにすれば山の中は住み慣れた環境と言っていい。森の動物の行動も知っていて、出くわしたところで逃げる方法も知っていた。

「僕は山奥で育ちました。雪が多いのには慣れています。それに冬山は静かでいいですよ。だからひとりでも何をするとかしないとかないですよ。それに晴れたらクロスカントリーに出掛けますから、その楽しみがあります」

「そうか。君は山で育ったから都会の若者とは違うんだったな。君の言葉を聞いて安心した。何しろこんな何もない場所で半年も過ごせと言われたら気が狂うかもしれないと思ってな」

マイクは本当に心配しているようだが、ジョージはそんなマイクに笑って答えた。

「大丈夫ですよ。山で育った人間は山のことはよく知っていますから」





にほんブログ村
関連記事
スポンサーサイト




コメント
このコメントは管理人のみ閲覧できます
dot 2018.09.03 06:25 | 編集
司*****E様
おはようございます^^
はい。舞台はカナダの別荘です。
そしてその別荘の管理を任されたジョージ。
今お答え出来るのは、ここまでです。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.09.03 22:15 | 編集
管理者にだけ表示を許可する
 
back-to-top