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2018
08.29

出逢いは嵐のように 最終話

司は夜明け間近の時間に目が覚めた。
そして広いベッドの上で無意識に伸ばした手は、そこにいてもおかしくない人を探していたが、触れることは出来なかった。

邸に越してきた婚約者であるつくしは、ケジメだと言って正式に結婚するまで同じ部屋で寝ないと別の部屋で寝ているからだ。
司は目覚めている間傍にいて欲しいのは勿論だが、寝る時も隣にいて欲しかった。
だが彼女の堅い決心は、彼が何度言っても変わることがなく、こうして夜明け前に目覚め、シャワーを浴び着替えをすると、時間を持て余したように書斎に向かい書類に目を通していた。
本当なら書類を放り出して彼女の部屋へ向かいたいのだが、それが許されないのは、明日二人は結婚式を挙げるからだ。
つまりそんな理由から彼女の身体のあちこちに唇が散らされた状況では困るのだ。
だが離れ離れで寝る状況も今日で終わる。
そしてその日のうちに婚姻届けを提出し、晴れてふたりは夫婦となるのだが、仕事はどうするんだ?と訊いたとき、仕事はきちんとこなす。出向が終るまで道明寺で働くと言った。
つまり暫くは同じ会社で働く共働きということになるのだが、名前は旧姓を使うと言われたことは気に入らなかった。


「仕事と私生活は別だから」

と、言われたが、司は仕事と私生活が混同されても構わなかった。
だが彼女は違うようだ。職場に同じ名字の人がいたら困るでしょ?と言うのだが、どう考えても二人を間違える人間がいるとは思えず、ましてや二人が『別室』と呼ばれる「エネルギー事業部石油・ガス開発部」でそう一緒に過ごすことはないのだが、それでも旧姓の方がいいと譲らなかった。

確かに、仕事上旧姓を使う女性は増えていると言われるが、妻になった以上、同じ名字を名乗って欲しいのが本心だが、出向ははじめから1年と決められていて、すでに半年は過ぎたのだから牧野の名前で仕事をするのも僅かとなった。だからあと半年くらいならと彼女の意思を無視することは出来なかった。
それに名字が道明寺になると目立つということが一番頭にあるようだ。
別室のメンバーは別だが、他の部署。または外部とのやり取りでは牧野姓の方が仕事がしやすいと言う。

そしてこれから先の話になるが、夫となる司と時間と感情を共有して行く上で、道明寺一族のひとりになるということを強く意識している彼女は、これから学ぶべき事があるから、出向が終れば元の職場である滝川産業へ戻ることはなく仕事は辞めると言った。

それを訊いた社長の楓は、

「息子を支えてやって頂戴。30年後のあなたがどんな女性になっているか、わたくしは見る事はないけれど、司と生きていくことは色々なことがあると思うわ。当然今まで経験したことがないことを経験するはずよ。覚悟はいいかしら?もちろんわたしくしは全面的に協力をするわ。だから頑張りなさい」

と財閥後継者の妻として歩むことを決めた女に言った。
そして広大な邸の舵取りを任される女は、執事長に教えを乞うているようだ。



司は書類を読み終えると、書斎を出てダイニングルームへ向かった。
すると既にそこにはつくしがいて、窓際の小さな丸テーブルでコーヒーを飲んでいた。

「随分と早いな。何時に起きたんだ?」

「5時よ」

「そうか。眠れなかったのか?」

司は向かい側の席に腰を下ろした。

「うんうん….そんなことないんだけど、いよいよ明日かと思ったら色々考えちゃって…」

結婚を前にした女の気持を考える。
それは男にとって難しいことだが、司は彼なりに思っていることを伝えることにした。

「つくし。結婚は女にとっては一生の問題だろ?美奈は若いから勢いで結婚したようなものだが、俺達の場合は二人ともいい歳だ。だから俺たちは例え付き合った時間が短くても美奈のようにはならないはずだ。
俺はこれからの人生をお前と過ごしたい。一生お前を大切にする。
いいか。俺たちはこれから同じプールの中で泳ぐことになる。水が愛情だとすれば、俺はその水を常にいっぱい湛えていたい。もし何かの拍子に水が濁ればその水を素早く交換する。
愛情のプールの水は常に透き通った青い水で満たされていて、互いの想いが直ぐに伝わるようにする」

そこで司が一旦言葉を切ったのは、メイドが彼のためのコーヒーを運んで来たからだ。
司のお気に入りのコーヒーは、柔らかな口当たりがするブルーマウンテンだが今ではつくしも好きだと言っていた。

「ただそうは言っても新しい事を始める事に不安がないとは言えないはずだ。
それは俺でも感じることがある。いや、ビジネスに於いてはなかったが、結婚や家庭という言葉は俺の今までの人生では考えられなかった言葉だ。だが今はどっちの言葉も重要だ。
俺は牧野つくしと結婚して家庭を持ってお前を幸せにしてみせる。まあ、俺も時々子供みてぇなこともある。そんな男だがお前を絶対に幸せにするから安心しろ」

結婚式を翌日に控えた男から女への言葉は、どのように伝わったのか。
形として夫婦を始める準備を終えてはいたが、心はどうなのか。見えない心を探るではないが、思いを言葉にして欲しいと思うも言ってくれとは言えなかった。
だが思いは伝わった。つくしがテーブルの向うから手を伸ばしてきたのだ。
司は喜んでその手を握り返した。

「ありがとう。司」

短いその言葉と伸ばされた手に込められた意味は、それ以上の言葉を口にしなくても彼に伝わっていた。













結婚式はメープルのチャペルで親族と親しい友人たちが参列して執り行われたが、すでに両親が他界しているつくしの父親代わりを務めたのは、別室のメンバーの中で一番年上の財務担当の小島だった。


「まさか私のような人間が牧野さんのお父様の代わりを申し付かるとは思いませんでしたが、本当によろしいのでしょうか?」

つくしが小島に頼んだのは、ふたりの交際を温かく見守ってくれた別室のメンバーに対しての感謝の思いがあったからだ。
技術の田中。法務の沢田。そして紅一点経理の佐々木純子は二人の結婚を心から喜んでくれた。
そして副社長の意図を確実に汲み取り動くことが出来るメンバーは、プロジェクトが終れば元の部署に戻るが、いずれ優秀な部下として引き上げられ、あと10年経てば役員に昇格している人間もいるはずだ。
そうなるとその頃には副社長は社長としての辣腕を振るっているはずだ。だから今後は社長の右腕として働く人間もいるはずだ。

そしてつくしの弟は、姉から会って欲しい人がいる。結婚すると連絡を受け、義理の兄になるのがあの道明寺司だと知ったとき、まさかの思いと共に「ふつつかな姉ですが、よろしくお願いいたします」と言って頭を下げた。
そして再び長野から上京して来た弟は、今は亡き両親の写真を胸に抱き参列した。


司の姉の椿と娘の美奈は、二人の結婚で邸が賑やかになることを期待しているようだ。
特に美奈は、つくしのお腹に子供がいるか、いないのか。といったことに興味があるようだが、まだなの。と言えば「今夜から頑張って下さいね。叔父様なら一晩中でも大丈夫ですから」と言ったが、その言葉に頬が染まったのは言うまでもない。



後に行われた披露宴も親族と親しい友人たちが集まって世田谷の道明寺邸で行われたが、そろそろ終わりという時間になると、テーブルを離れた人々が三々五々かたまって話し始めていた。

マンションの隣の部屋に暮らしていた岡村恵子はレオンを連れて来ていいかと言ったが「もちろん」と答えた。するといつもの首輪の代わりに蝶ネクタイを付けたチワワのレオンは、久し振りに会うつくしに懸命に尻尾を振り、披露宴の間はゲージの中で大人しくしていた。

そして今は広い庭に放され、そこで同じように放されていたドーベルマンのゼウスに出会うと驚いた様子だったが、ドーベルマンが命令もなくいきない動物を襲うことはない。
そして、ゼウスも恐らく今まで見たことがない小さな動物に興味津々といった様子で近づくと、互いに鼻先を付け挨拶をしていた。

つくしはガラス越しに見えるその様子にくすりと笑った。
ドーベルマンとチワワは体格こそ違うが、年齢はレオンが上だ。
だからレオンは小さいながら僕の方が先輩だぞ、と堂々とした態度でゼウスに向き合っていた。

「あの二匹。まるで先輩と道明寺さんみたいですね?」

そう言ったのは桜子だ。

「ゼウスは大きな身体だけどチワワの小ささが可愛いと思ってますよ?それに対してチワワは小さいけどゼウスに対して対等と思ってますね。ほら見て下さいよ。チワワの後ろをついて歩くドーベルマンの姿を。あんなドーベルマンいませんよ?あれじゃあまるでゼウスも愛玩犬ですね?」

元来ドーベルマンは獰猛な番犬で、唇をめくりあげると恐ろしい顔になる。
鋭い牙で人に噛みつけば大怪我をさせることが出来る。相手が動物なら息の根を止めることが出来る。それほど凶暴さを持つ犬だが、今のゼウスは芝の上を意気揚々と歩くレオンの後を付いて行く育ち過ぎた愛玩犬のように見えた。
だがその姿は、ゼウスはレオンを守っている。そして広い庭で迷子にならないようにガードしているということだ。

「本当ね。でもレオンはゼウスよりうんと小さいけど、どちらが犬としても先輩か言ったのね?それにゼウスはレオンを守ってるのよ」

「だからそれが先輩と道明寺副社長なんですよ。道明寺副社長にすれば、先輩はチワワみたいなものですよ。ウルウルした黒い大きな瞳で見つめれば何でも願いを叶えてくれますよ。だって式の時の道明寺副社長の顔。引き締まって見えましたけど心の中じゃデレデレですよ」

「誰がデレデレだって?」

後ろから聞こえた低い声は、噂されていた張本人だ。

「誰ってお前の事だろ。司」

もうひとりの声はあきらだ。
そして総二郎も傍に来ると口を開いた。

「あきらの言う通りだ。式の間のお前の顔は、間違いなく感動してた。それに心の中は愛で溢れてますって顔をしてた。ま、それだけ幸せってことだろうが、副社長たるものひと前で甘い顔を見せるのは止めろよ。でないと大勢の女たちが勘違いするからな」

道明寺司結婚というニュースは広報から発表があった。
そして相手は同じ会社の社員でひとつ年下ということしか明らかにされなかったが、どこかの週刊誌が記事を載せるはずだ。だがそれは一社独占という形で取材を許した。そうすることが過剰な取材を牽制することになるからだ。

「いいんじゃない?司が奥さん以外に甘い顔を見せても。その時は俺が奥さんを慰めるから」

総二郎に続いて口を開いたのは類だ。

「類…..お前は何言ってんだよ!まったく変なところで口の減らない男だな」

あきらは、この場に及んで類は何を言い出すのかという思いでいた。
そして、まさかやめてくれ。ここで一触即発かといった思いだった。

「嘘だよ。冗談に決まってるだろ。結婚式当日に夫が花嫁に甘い顔するのは当然だ。そうじゃなかったら男として変だろ?でもどうせ二人っきりの時は甘い顔どころじゃないと思うけどね」

と言った類は顔を赤く染めた花嫁のつくしに視線を向けたが、それだけでそこにいる誰もが、やっぱりな。といった思いを抱いたのは言うまでもない。

「当たり前だろうが。それにな。二人だけの時間は誰にも邪魔させねぇ。お前らも休みだからって気軽に来るな。遠慮しろ」

その言葉に一番に反応したのは類だ。

「分かってるよ。俺だってせっかくかわいい人を見つけたと思ったらもう結婚しちゃったんだからね。失恋だよ、失恋。ま、でも二人が幸せになることを祈ってるよ」

冗談が冗談に聞こえにくいのが類の言葉だ。
だからいつも揉めるのは、類の言葉が発端だ。だがどうやら類は彼なりの言葉で祝福をしているようだ。
そして司と類のやりとりは、いつもこんな調子なのだから、あきらも慌てる必要はないのだが、悲しいかな。それがあきらの性格なのだから仕方なかった。






やがてそこにいた全員が帰れば、これからは本当に二人だけの時間。
同じ名字になり、同じ家で暮らす。
結婚すればごく当たり前にすることだが、はじめは戸惑うものだ。
二人は新たな人生のスタートラインに立っていたが、これから二人が踏み出す一歩はどんな一歩になるのか。
そしてそこは、司がひとり寝の身体を持て余していた東の角部屋の前。
その扉の前で「奥さんよろしくな。心の底から愛してる」と言って頭を寄せ唇にキスをした男は妻になった女性の手を取ったが、全てを見透かすような目でつくしが司を見た。
「こちらこそよろしくね。旦那様。私も愛してるわ」
ふたりは微笑みを交し、目には見えない扉の向うにある新たな未来に向かって歩きはじめていた。




< 完 >

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本日で完結となります。
長らくお付き合いいただき、ありがとうございました。
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コメント
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dot 2018.08.29 05:37 | 編集
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dot 2018.08.29 06:14 | 編集
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dot 2018.08.29 07:56 | 編集
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dot 2018.08.29 09:08 | 編集
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dot 2018.08.29 17:18 | 編集
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dot 2018.08.30 14:07 | 編集
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dot 2018.08.30 16:36 | 編集
悠*様
次回作ですか?
暫く短編等のお話しになると思いますが、よろしければお立ち寄り下さいませ。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.08.30 21:17 | 編集
司*****E様
おはようございます^^
長くなりましたが、最後までお付き合いを頂きありがとうございました(低頭)
そしていつも伴走していただき、ありがとうございます!
最後まで類にからかわれる司でしたが、はじめの頃はムカムカしませんでしたか?
そして身贔屓が過ぎた男も最後は好きになった女性と結ばれました。
次回作ですが、長編連載はお休みして短編を書きたいと思っています。
それにしても残暑が厳しいですね?まだ秋は遠いですね。
そして月末。早く過ぎて欲しいものです。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.08.30 21:22 | 編集
み***ん様
はい。ピッタリ100話で終わりました(笑)
素直になったつくしと、なりふり構わず惚れた相手に愛を伝える司。
そしてゼウス。何気に人気ですねぇ。
つくしを舐めまわすドーベルマン。ちょっと怖いですが、司に置き換えてみれば面白いですね?(笑)
そして犬相手の俺の女だ!という男もどうかと(笑)
その後が読みたいですか?ありがとうございます。一応番外編も考えていますので、その時は二人のその後を御覧頂ければと思います^^
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.08.30 21:30 | 編集
ま**ん様
おはようございます^^
終りました~^^
え?最終回を迎えると寂しく思っていただけるんですね?
ありがとうございます。こんな二人ですが番外編を予定していますので、お楽しみいただけるといいのですが….。
司の姪っ子の夫の浮気相手と思われたところからのスタートでしたが、結ばれる運命だったようです。いい歳なので、この先もバンバン飛ばして!(≧▽≦)
賑やかな道明寺邸になるといいですねぇ。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.08.30 21:34 | 編集
つ***ぼ様
労いのお言葉ありがとうございます。
楽しんでいただけて何よりです。
そしてこの二人、若くはありませんから、この先が忙しいでしょうねぇ。
人生は何が起こるか分かりません。どんなご縁があるのか分からないものですが、この二人は結ばれる運命だったということでしょう。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.08.30 21:43 | 編集
ま*こ様
こんにちは^^
美奈と司に、かなーりムカついた(笑)
はい。番外編を予定しています。その後のあの二人に会って下さい。
つくしの寛容さに呆れた。そうですよね。案外簡単に許してしまいましたから。
しかし、人を憎んだり恨んだりしても自分が疲れるだけですからねぇ(笑)
意地を張るより許すことが勝ちになるということもありますからねぇ。
短編。そろそろ御曹司が登場するかも?(≧▽≦)
そしてシリアスな短編でもドンと来いですか?(笑)
え?鍛えられた!わかりました。では早速....となるでしょうか。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.08.30 22:11 | 編集
さ***ん様
100話で完結となりました。
え?嘘がばれた時のシーンとレモネードをぶっかけられた司と、犬を使って追いかけて芝生に寝転がって空を見上げるシーンがお気に入り!(≧▽≦)ありがとうございます!
終盤は司を犬にしたらこうなる?といった感じでゼウスを登場させました。
他の3人は何犬になるのでしょうね?類はう~ん。思いつきませんでした(笑)
そして二人はレオンとゼウスのような立ち位置。レオンは小さいですが、ゼウスに怯みません。そしてゼウスもそんなレオンが可愛い。でもレオンはオスですからね!
二人は、いえ、二匹はいい友達になりそうです。
はい。暫くは番外編と短編です。
え?何気に嫌な予感?(≧▽≦)どうなんでしょうねぇ(笑)

それにしても、8月が終わると夏が終わったと感じていたのは、遠い昔の話ですね?
まだまだ暑さが続きそうですが、さ***ん様もお身体ご自愛下さいね。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.08.30 22:26 | 編集
ま*も様
こんにちは^^お久しぶりです。
そして再びお読み下さりありがとうございます!
こちらのお話しは100話で完結しましたが、暫くは短編で行こうと思っていますので、またお時間が許せばお立ち寄り下さいませ。
拍手コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.09.01 21:32 | 編集
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