楓の背後の大きな窓の向うに広がるのは東京の空。
地上55階からの眺めはひしめくビルしか見えなかったが、その景色はニューヨークとさして変わらず、巨大都市というものはどの国も同じだ。
日本は祖国だが多国籍企業である道明寺ホールディングスはニューヨークに本社を置くことから、生活の基盤はアメリカにあった。そして息子もつい数年前までニューヨークで暮らしていたが、二人は親子である以前に社長と副社長という立場に徹していたことから必要以上の会話もなく、息子がニューヨーク郊外の道明寺邸を訪れることは殆ど無かった。
楓の仕事は企業を経営することであってゴシップに耳を傾けることではない。
だが息子がニューヨークで暮らしていた頃、女性問題でタブロイド紙を賑わせたことがあった。企業経営に携わる人間にすれば、後継者である息子がビジネス以外のことで世間を騒がせることをスキャンダラスと思うのはどの親も同じはずで、楓もそういった類の記事はいい気がしなかった。だが日本に居を移してから、そんな話しを訊くこともなかった。
そしてそのことを喜ばしいと思うと同時に、ここ数年は結婚への道は遠のいたのではないかと感じていた。
楓は目的とヴィジョンを描き病に倒れ亡くなった夫から受け継いだ道明寺を発展させてきた。
そしてそれは息子に受け継がれようとしているが、30を過ぎても結婚しようとしない我が子の将来を考える親は世の中に多いはずだ。
もしかすると一生独身でいるのか。だがそれでは困るのだ。会社を継ぐ人間が欲しいのは経営者なら誰もが思うこと。だから息子が結婚を前提に真剣に付き合っている女性がいると訊かされその女性に会いたくなった。息子が選んだ女性はどんな女性なのか。提出された調査書に並んだ文字だけでは分からないことを知ることを楽しみにしていた。
そして我が子と一緒に楓の前に現れた女性は、扉の前で頭を下げたが、隣にいる息子は表情を変えずに楓を見ていた。
「牧野さん。そんなに緊張しなくてもいいのよ。あなたの事は椿や美奈から訊いているわ。孫夫婦の家庭の問題に巻き込んでしまったことは大変申し訳なく思っています。それから美奈のことを許してくれたこと。あなたは心が広いのね?それに司が関係していたことも訊いたわ」
椿と美奈がどこまで話したか分からなかったが、そう言われた司は一瞬きまりが悪そうな顔をしていた。
そして「どうぞ。こちらへ」と楓に促されたつくしは、部屋の中央に置かれた応接セットのソファに腰を下ろし、隣には司が座った。
つくしは恋人の母親に会うことに躊躇いはなかった。
何しろ隣に座った男性は目の前にいる女性の子供だ。
好きな人を産んでくれた女性に敬意を払うことはあっても嫌いになる理由はなかった。
だがその女性は恋人の母親であると同時に、道明寺ホールディングスの社長でただの母親ではない。
何しろ笑ったことがない鉄の女と言われ、人に頭を下げたことがないと言われる女性は企業の経営者として厳しい人だと訊いている。そしてこの対面が息子の恋人が我が子に相応しいかどうか見極めるためだということを理解しているが、結婚を前提に付き合いをしている男女が、いい年をしていたとしても、親にとってはいつまでも子供であることに変わりなく、いくら自分達の判断で結婚出来る年齢だとしても家族になる以上勝手なことをするつもりはなかった。
それに恋人の母親に認められたいという思いがあった。
だが目の前の女性は物腰には迫力が備わっていて、母親というよりも社長然とした態度の方が強く出ているのだから緊張していた。
そしてその緊張は伝わっているはずだと思いながら呼ばれた立場のつくしは相手が口を開くのを待っていた。
「牧野さん。あなたは結婚を前提に息子と付き合っていると訊きました。
でもそれは息子の思いであなたはそうではないかもしれないわね?」
楓はつくしを見ていたが、言葉はつくしに向けられたものではなく司に向けられたものだ。
だがつくしは決してそうではない。自分も彼と結婚したいのだと口を開こうとしたが、つくしが口を開く前に楓が言った。
「司。結婚は自分が変わらなければ誰としても同じよ。あなたはそれを分かっているのかしら?今まで自分の思い通りに生きて来たあなたが自分を変えることが出来るのかしら?
それに結婚はビジネスと違って相手を自分の思い通りに動かすことではないわ。ある意味違う自分を見つけることよ。あなたはそれを見つけることが出来たのかしら?」
楓が我が子に言ったその言葉は、自分自身に言っているようにも思えたのは気のせいか。
だが司は椿が言った『今の私たちの母親は昔とは少し違うわね。あの人も年を取ったもの』の言葉を思い出していた。
そして司は口に出す言葉で母親に自分の思いを伝えた。
「人間にはどんなに後悔しても後悔しきれないこともある。もしあの時こうしていたら。そんなことを思う瞬間もあるはずだ。今の俺はそうならないために彼女と結婚したいと思っている。社長は俺の過去をご存知のはずだ。女に対して興味がなかったとは言わないが、真剣な付き合いをしてこなかった。だが彼女は違う。牧野つくしは今まで俺が感じることがなかった感覚を教えてくれる。今まで知ることのなかった世界を教えてくれた。彼女が背伸びをすることなく等身大でいることが俺にとっては心地いいと感じられる。そんな女性と出会えたことに感謝している。そう思うことが俺が変わったと言えることだと思うが違うか?」
自分の望みをはっきりと自覚している男は、率直かつ正直に話し、道明寺司という男に偏見を持たない女と生涯を過ごしたいという思いを伝えた。
自分は変わったのだ。家族を持ちたいと思うようになった。そしてその思いを母親に話すことが躊躇うことなく口に出来るようになったのは彼女に会えたからだ。
「そうね。あなたの口から女性と出会えたことに感謝するといいう言葉を訊くとは思わなかったわ。でもそれは今だけかもしれないとは思わない?」
「いったいそれはどういう意味ですか?」
母親の言葉に含まれた棘に司の言葉は怒気を含んでいた。
そして姉が言ったお母様は昔と違う、の言葉は間違いだと思った。
もしかすると何かを仕掛けようとしているのではないか。そんな思いがしていた。
「わたくしは意地悪をするつもりはないわ。本当に決めてしまっていいのか。それを確かめたいの。あなたたちは知り合って短いわ。まだ二人は恋に熱を上げている状態だと言ってもいい。それに男は魅力を感じた女に徐々に惹かれていく。でも時が経てばやがて女の容姿は衰え魅力を感じなくなればその気持ちも薄れてくるわ。今までのあなたの女性との付き合いは何が基準だったか分からない訳でもない。女に飽きる。その言葉が当てはまらないこともないわね?でもあなたは牧野さんと結婚したいと思うのね?それから牧野さん。あなたの気持も司と同じと訊いているわ。でもそれは本当なのかしら?
分かっていると思うけれど結婚して苦労するのは女性よ。この子は次期社長よ。大勢の従業員に対しての責任があるわ。そんな男と人生を歩むのはいい事だけとは限らないわ。それ相応の覚悟が必要になるけど理解しているのかしら?」
息子に問いかけた楓の言葉は、やがてつくしに対して向けられ、答えを求められている女は今の気持を正直に話すことにした。
「私の容姿は今まで副社長の周りにいた女性とは比べものにならないほど劣っています。それに私は若くはありません。ご存知かと思いますが私は35歳です。ですから容姿は衰える一方です。でもそれは仕方がないことです。そんな私に対して副社長はこれから素敵に年を取るはずです。男性は年を取れば取るほど魅力が増すといいますから。でも私は副社長の外見に魅力を感じた訳でも地位に惹かれた訳でもありません。この人と恋をしたいと感じたんです。いつの間にか惹かれていたんです。でも初めはそうではありませんでした。言い寄られた時は、はっきり言って迷惑だと思いました」
つくしはそこで息をついた。
そして楓の目がつくしの放った言葉に笑ったのを感じた。
「副社長がどんな立場だろうと私には関係ありません。
もし結婚をお許しいただけるのでしたら、副社長が歩いて行く道を、夫が生きて行く道を共に歩むのが夫婦だと思っています」
楓はその言葉を受けてじっと考えるような顔つきになった。
「そう…..。そう考えることが出来るあなたは自分の考えをしっかりと持っているようね?わたくしは子育てに熱心な母親ではなかったわ。家庭を顧みなかった。だからこの子との接し方は社長と副社長という立場の方が接しやすいの。でもそんなわたくしたちの関係もあなたが変えてくれるような気がするわ。それにあなたならどんなことでもこの子と二人で乗り越えていくことが出来そうね?」
その言葉には親としての思いが込められていて、全てを承知したといった意味が込められていた。
「それから牧野さん。私はいつも思うことがあるの。化粧の濃い女性はツラの皮が厚いということよ。それに第一印象がその人のイメージを決めると言う言葉は本当よ。
それから綺麗なことを鼻にかけている女性は駄目ね。自惚れが強い女性はいつかその自惚れで身を滅ぼすわ。だからあなたくらいがちょうどいいの。外見は気にする必要はないわ」
楓の言葉はつくしを慰めているのか。
それとも貶しているのか。
だがどちらにしても次に放たれた言葉で楓の言葉が彼女流の誉め言葉であると気付くに遅くなかった。
「二人ともいい歳よ。結婚する気なら早くなさい。年を取れば時間の流れはあっという間よ。あなた達の人生が長いか短いか分からないけど一分一秒も無駄に出来ないと思えるようになるわ。牧野さん。この子のことをお願いするわ。我儘な子だけど自分がすべきことはきちんとする子だから。それから司、好きな人のために色々なことが出来ることが一番幸せなのよ。昔のわたくしがそうだったようにね」
楓はそう言ってソファから立ち上がると、次の予定があるからと部屋を出て行ったが、最後に言った言葉は司の父親に向けられた言葉だったと気付くまでに時間はかからなかった。
母親にとっては亡くなった司の父親と過ごした時間は貴重な時間だった。その人のために会社に生涯を捧げたがそれは夫のためであり道明寺という家のためだ。
その生き方を顧みれば後悔もあるのだろう。だから司のこれからの人生を祝福することに決めたのだろう。そして母親らしいことをしなかった自分の代わりにつくしに我が子を託したと言っては違うかもしれないが、それに近いものがあるはずだ。
親子だが親子とは言えなかった母親と息子は今ここでやっと互いの心が見えたような気がしていた。
そしてお願いするわ、の言葉は今まで人に頭を下げたことがない女が他人に見せた精一杯の人に物を頼む態度だった。
「つくし。社長…いや、お袋は結婚を認めてくれた。これでいつでも結婚出来るぞ」
結婚を前提に付き合ってはいたが、家族の了承なしでは結婚出来ないと言った女は彼の言葉に頷いた。そして司は隣に座っていた女の手を握ったが、これまで社長としか呼ばなかった女性に対しお袋という言葉を口にしたのは初めてで、何十年も前に母親を呼んだ時は母さんだった。
そして今、それは遠く小さな想い出に変わっていたが、その時の小さな想い出を思い出していた。姉の手に引かれ歩いていたと思っていたのは、実は母親の手だったかもしれないと。
「司?どうしたの?」
つくしは黙って彼女の手を見る男に訊いた。
「いや….何でもねぇ。ちょっと昔を思い出してた」
「お母様とのこと?」
「ああ。まあな」
司はそこまで言って女の手をただ握っている場合ではないことに気付いた。
家族の祝福なしでは結婚出来ないと言っていた女の思いはクリアしたのだから伝えたい言葉があった。
「一緒に住もう。俺と一緒に暮らしてくれ。住所を一緒にしよう」
そして上着のポケットから取り出した箱を開けてみせた。
そこにあったのはダイヤモンドの指輪。
「いいだろ?」
短い言葉に込められた思いは十分伝わっていたはずだが黙ったままの女に何か言い間違えたことがあったかと司は焦った。
「つくし?」
「….一緒に住むだけでいいの?名字は一緒じゃなくていいの?」
微笑みを浮かべ言ったその言葉に司は改めて思いは同じだと知り嬉しくなった。
「いや。名字も一緒だ。道明寺つくしになってくれ」

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地上55階からの眺めはひしめくビルしか見えなかったが、その景色はニューヨークとさして変わらず、巨大都市というものはどの国も同じだ。
日本は祖国だが多国籍企業である道明寺ホールディングスはニューヨークに本社を置くことから、生活の基盤はアメリカにあった。そして息子もつい数年前までニューヨークで暮らしていたが、二人は親子である以前に社長と副社長という立場に徹していたことから必要以上の会話もなく、息子がニューヨーク郊外の道明寺邸を訪れることは殆ど無かった。
楓の仕事は企業を経営することであってゴシップに耳を傾けることではない。
だが息子がニューヨークで暮らしていた頃、女性問題でタブロイド紙を賑わせたことがあった。企業経営に携わる人間にすれば、後継者である息子がビジネス以外のことで世間を騒がせることをスキャンダラスと思うのはどの親も同じはずで、楓もそういった類の記事はいい気がしなかった。だが日本に居を移してから、そんな話しを訊くこともなかった。
そしてそのことを喜ばしいと思うと同時に、ここ数年は結婚への道は遠のいたのではないかと感じていた。
楓は目的とヴィジョンを描き病に倒れ亡くなった夫から受け継いだ道明寺を発展させてきた。
そしてそれは息子に受け継がれようとしているが、30を過ぎても結婚しようとしない我が子の将来を考える親は世の中に多いはずだ。
もしかすると一生独身でいるのか。だがそれでは困るのだ。会社を継ぐ人間が欲しいのは経営者なら誰もが思うこと。だから息子が結婚を前提に真剣に付き合っている女性がいると訊かされその女性に会いたくなった。息子が選んだ女性はどんな女性なのか。提出された調査書に並んだ文字だけでは分からないことを知ることを楽しみにしていた。
そして我が子と一緒に楓の前に現れた女性は、扉の前で頭を下げたが、隣にいる息子は表情を変えずに楓を見ていた。
「牧野さん。そんなに緊張しなくてもいいのよ。あなたの事は椿や美奈から訊いているわ。孫夫婦の家庭の問題に巻き込んでしまったことは大変申し訳なく思っています。それから美奈のことを許してくれたこと。あなたは心が広いのね?それに司が関係していたことも訊いたわ」
椿と美奈がどこまで話したか分からなかったが、そう言われた司は一瞬きまりが悪そうな顔をしていた。
そして「どうぞ。こちらへ」と楓に促されたつくしは、部屋の中央に置かれた応接セットのソファに腰を下ろし、隣には司が座った。
つくしは恋人の母親に会うことに躊躇いはなかった。
何しろ隣に座った男性は目の前にいる女性の子供だ。
好きな人を産んでくれた女性に敬意を払うことはあっても嫌いになる理由はなかった。
だがその女性は恋人の母親であると同時に、道明寺ホールディングスの社長でただの母親ではない。
何しろ笑ったことがない鉄の女と言われ、人に頭を下げたことがないと言われる女性は企業の経営者として厳しい人だと訊いている。そしてこの対面が息子の恋人が我が子に相応しいかどうか見極めるためだということを理解しているが、結婚を前提に付き合いをしている男女が、いい年をしていたとしても、親にとってはいつまでも子供であることに変わりなく、いくら自分達の判断で結婚出来る年齢だとしても家族になる以上勝手なことをするつもりはなかった。
それに恋人の母親に認められたいという思いがあった。
だが目の前の女性は物腰には迫力が備わっていて、母親というよりも社長然とした態度の方が強く出ているのだから緊張していた。
そしてその緊張は伝わっているはずだと思いながら呼ばれた立場のつくしは相手が口を開くのを待っていた。
「牧野さん。あなたは結婚を前提に息子と付き合っていると訊きました。
でもそれは息子の思いであなたはそうではないかもしれないわね?」
楓はつくしを見ていたが、言葉はつくしに向けられたものではなく司に向けられたものだ。
だがつくしは決してそうではない。自分も彼と結婚したいのだと口を開こうとしたが、つくしが口を開く前に楓が言った。
「司。結婚は自分が変わらなければ誰としても同じよ。あなたはそれを分かっているのかしら?今まで自分の思い通りに生きて来たあなたが自分を変えることが出来るのかしら?
それに結婚はビジネスと違って相手を自分の思い通りに動かすことではないわ。ある意味違う自分を見つけることよ。あなたはそれを見つけることが出来たのかしら?」
楓が我が子に言ったその言葉は、自分自身に言っているようにも思えたのは気のせいか。
だが司は椿が言った『今の私たちの母親は昔とは少し違うわね。あの人も年を取ったもの』の言葉を思い出していた。
そして司は口に出す言葉で母親に自分の思いを伝えた。
「人間にはどんなに後悔しても後悔しきれないこともある。もしあの時こうしていたら。そんなことを思う瞬間もあるはずだ。今の俺はそうならないために彼女と結婚したいと思っている。社長は俺の過去をご存知のはずだ。女に対して興味がなかったとは言わないが、真剣な付き合いをしてこなかった。だが彼女は違う。牧野つくしは今まで俺が感じることがなかった感覚を教えてくれる。今まで知ることのなかった世界を教えてくれた。彼女が背伸びをすることなく等身大でいることが俺にとっては心地いいと感じられる。そんな女性と出会えたことに感謝している。そう思うことが俺が変わったと言えることだと思うが違うか?」
自分の望みをはっきりと自覚している男は、率直かつ正直に話し、道明寺司という男に偏見を持たない女と生涯を過ごしたいという思いを伝えた。
自分は変わったのだ。家族を持ちたいと思うようになった。そしてその思いを母親に話すことが躊躇うことなく口に出来るようになったのは彼女に会えたからだ。
「そうね。あなたの口から女性と出会えたことに感謝するといいう言葉を訊くとは思わなかったわ。でもそれは今だけかもしれないとは思わない?」
「いったいそれはどういう意味ですか?」
母親の言葉に含まれた棘に司の言葉は怒気を含んでいた。
そして姉が言ったお母様は昔と違う、の言葉は間違いだと思った。
もしかすると何かを仕掛けようとしているのではないか。そんな思いがしていた。
「わたくしは意地悪をするつもりはないわ。本当に決めてしまっていいのか。それを確かめたいの。あなたたちは知り合って短いわ。まだ二人は恋に熱を上げている状態だと言ってもいい。それに男は魅力を感じた女に徐々に惹かれていく。でも時が経てばやがて女の容姿は衰え魅力を感じなくなればその気持ちも薄れてくるわ。今までのあなたの女性との付き合いは何が基準だったか分からない訳でもない。女に飽きる。その言葉が当てはまらないこともないわね?でもあなたは牧野さんと結婚したいと思うのね?それから牧野さん。あなたの気持も司と同じと訊いているわ。でもそれは本当なのかしら?
分かっていると思うけれど結婚して苦労するのは女性よ。この子は次期社長よ。大勢の従業員に対しての責任があるわ。そんな男と人生を歩むのはいい事だけとは限らないわ。それ相応の覚悟が必要になるけど理解しているのかしら?」
息子に問いかけた楓の言葉は、やがてつくしに対して向けられ、答えを求められている女は今の気持を正直に話すことにした。
「私の容姿は今まで副社長の周りにいた女性とは比べものにならないほど劣っています。それに私は若くはありません。ご存知かと思いますが私は35歳です。ですから容姿は衰える一方です。でもそれは仕方がないことです。そんな私に対して副社長はこれから素敵に年を取るはずです。男性は年を取れば取るほど魅力が増すといいますから。でも私は副社長の外見に魅力を感じた訳でも地位に惹かれた訳でもありません。この人と恋をしたいと感じたんです。いつの間にか惹かれていたんです。でも初めはそうではありませんでした。言い寄られた時は、はっきり言って迷惑だと思いました」
つくしはそこで息をついた。
そして楓の目がつくしの放った言葉に笑ったのを感じた。
「副社長がどんな立場だろうと私には関係ありません。
もし結婚をお許しいただけるのでしたら、副社長が歩いて行く道を、夫が生きて行く道を共に歩むのが夫婦だと思っています」
楓はその言葉を受けてじっと考えるような顔つきになった。
「そう…..。そう考えることが出来るあなたは自分の考えをしっかりと持っているようね?わたくしは子育てに熱心な母親ではなかったわ。家庭を顧みなかった。だからこの子との接し方は社長と副社長という立場の方が接しやすいの。でもそんなわたくしたちの関係もあなたが変えてくれるような気がするわ。それにあなたならどんなことでもこの子と二人で乗り越えていくことが出来そうね?」
その言葉には親としての思いが込められていて、全てを承知したといった意味が込められていた。
「それから牧野さん。私はいつも思うことがあるの。化粧の濃い女性はツラの皮が厚いということよ。それに第一印象がその人のイメージを決めると言う言葉は本当よ。
それから綺麗なことを鼻にかけている女性は駄目ね。自惚れが強い女性はいつかその自惚れで身を滅ぼすわ。だからあなたくらいがちょうどいいの。外見は気にする必要はないわ」
楓の言葉はつくしを慰めているのか。
それとも貶しているのか。
だがどちらにしても次に放たれた言葉で楓の言葉が彼女流の誉め言葉であると気付くに遅くなかった。
「二人ともいい歳よ。結婚する気なら早くなさい。年を取れば時間の流れはあっという間よ。あなた達の人生が長いか短いか分からないけど一分一秒も無駄に出来ないと思えるようになるわ。牧野さん。この子のことをお願いするわ。我儘な子だけど自分がすべきことはきちんとする子だから。それから司、好きな人のために色々なことが出来ることが一番幸せなのよ。昔のわたくしがそうだったようにね」
楓はそう言ってソファから立ち上がると、次の予定があるからと部屋を出て行ったが、最後に言った言葉は司の父親に向けられた言葉だったと気付くまでに時間はかからなかった。
母親にとっては亡くなった司の父親と過ごした時間は貴重な時間だった。その人のために会社に生涯を捧げたがそれは夫のためであり道明寺という家のためだ。
その生き方を顧みれば後悔もあるのだろう。だから司のこれからの人生を祝福することに決めたのだろう。そして母親らしいことをしなかった自分の代わりにつくしに我が子を託したと言っては違うかもしれないが、それに近いものがあるはずだ。
親子だが親子とは言えなかった母親と息子は今ここでやっと互いの心が見えたような気がしていた。
そしてお願いするわ、の言葉は今まで人に頭を下げたことがない女が他人に見せた精一杯の人に物を頼む態度だった。
「つくし。社長…いや、お袋は結婚を認めてくれた。これでいつでも結婚出来るぞ」
結婚を前提に付き合ってはいたが、家族の了承なしでは結婚出来ないと言った女は彼の言葉に頷いた。そして司は隣に座っていた女の手を握ったが、これまで社長としか呼ばなかった女性に対しお袋という言葉を口にしたのは初めてで、何十年も前に母親を呼んだ時は母さんだった。
そして今、それは遠く小さな想い出に変わっていたが、その時の小さな想い出を思い出していた。姉の手に引かれ歩いていたと思っていたのは、実は母親の手だったかもしれないと。
「司?どうしたの?」
つくしは黙って彼女の手を見る男に訊いた。
「いや….何でもねぇ。ちょっと昔を思い出してた」
「お母様とのこと?」
「ああ。まあな」
司はそこまで言って女の手をただ握っている場合ではないことに気付いた。
家族の祝福なしでは結婚出来ないと言っていた女の思いはクリアしたのだから伝えたい言葉があった。
「一緒に住もう。俺と一緒に暮らしてくれ。住所を一緒にしよう」
そして上着のポケットから取り出した箱を開けてみせた。
そこにあったのはダイヤモンドの指輪。
「いいだろ?」
短い言葉に込められた思いは十分伝わっていたはずだが黙ったままの女に何か言い間違えたことがあったかと司は焦った。
「つくし?」
「….一緒に住むだけでいいの?名字は一緒じゃなくていいの?」
微笑みを浮かべ言ったその言葉に司は改めて思いは同じだと知り嬉しくなった。
「いや。名字も一緒だ。道明寺つくしになってくれ」

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司*****E様
おはようございます^^
愛する人の母親と会うことに躊躇いはない。
気持ちを決めた女は潔いです。
楓ママは第一印象が肝心と言いましたが、ビジネスウーマンはつくしに何を見たのでしょうね。
そして祝福された結婚生活はどんな甘い生活に?
道明寺家に嫁ぐということは色々と大変だと思いますが頑張れ嫁!
コメント有難うございました^^
おはようございます^^
愛する人の母親と会うことに躊躇いはない。
気持ちを決めた女は潔いです。
楓ママは第一印象が肝心と言いましたが、ビジネスウーマンはつくしに何を見たのでしょうね。
そして祝福された結婚生活はどんな甘い生活に?
道明寺家に嫁ぐということは色々と大変だと思いますが頑張れ嫁!
コメント有難うございました^^
アカシア
2018.08.24 23:18 | 編集

ku***n様
夫となる人の母親に認められることは嫁にとって大変重要です。
何しろ嫁ぎ先は道明寺財閥ですからねぇ(笑)
更新をお待ちいただき有難うございます。
そして拍手コメント有難うございました^^
夫となる人の母親に認められることは嫁にとって大変重要です。
何しろ嫁ぎ先は道明寺財閥ですからねぇ(笑)
更新をお待ちいただき有難うございます。
そして拍手コメント有難うございました^^
アカシア
2018.08.24 23:25 | 編集
