その部屋は緊張感に包まれていた。
司は長いダイニングテーブルに広げられた報告書を検討していた。
プレッシャーとは厄介なもの。
それは世間一般の人間が思う事だ。
失敗が許されない局面に向かい合うとき人はプレッシャーを感じる。
そのプレッシャーで壊れる人間もいる。キレる人間もいる。
俺はそういう人間じゃない。
逆にプレッシャーを利用する。
そしてプレッシャーは成功への原動力となって俺の気持ちを高めていく。
今回のプロジェクトも俺に適度なプレッシャーを与えてくれる。
このプロジェクトの重要なところはマインライフ(Mine life:資源が枯渇するまでの操業期間。鉱山の寿命)をどのくらい伸ばせるかだ。今のプロジェクト段階ではおよそ30年と予定していたが、今後隣接する鉱床から採掘できる資源を得る為の拡張が出来るかどうかが問題だ。そうすればマインライフは伸び企業価値もあがる。
司は全神経を目の前の報告書に集中させていた。
ノックの音に思考は遮られた。
牧野は7時にダイニングルームに現れた。
俺はこいつの様子を確かめずにはいられなかった。
昨日はこいつから平手打ちをくらわされるかと思った。
俺は何人もの女とキスをしてきた。
いや、何十人か?もっとしたか?
けど記憶に残っているキスなんてひとつと無い。
昔の俺にとってはキスなんてのは遊びだ。
だけど牧野とのキスは?
ぜってぇ忘れねぇ。
ここのところ煙草も吸えずにイライラしていたが牧野とキス出来るなら煙草を止めてもいいと思った。
牧野のキスがもらえるなら禁煙ガムなんていらねぇ。
目の前でキレかかっている人間に甘いものを与えるのと同じで俺にも禁煙ガムが大量に用意されていた。
西田、俺は自分では気がつかないくらいニコチン中毒なのか?
昔の俺も自分では気がつかないくらいによくキレてたか?
脳は使えば使うほど発達するらしいな。
俺は子供の頃、我慢や抑制をせずに育ったから前頭前野が発達しなかったのか?
俺がキレてた原因はそれかよ?
考えてみればあれからなんとか平静を保っていることが出来たのは、そこがヘリのなかだったからだ。
あれ以上牧野に触れていたらあいつに対する俺の身体の反応を知ってもらいたくてどうにかなりそうだった。
そして俺は今、視線の先にいる牧野が前の晩眠っていないことに気がついていた。
それは多分俺と同じ理由だったはずだ。
***
つくしは思いつめたような目で見つめられて、自分の目の前にいる男の美しい顔が迫って来たときには何が起きたのか分からなかった。
突然自分の髪に触れてくる長くて美しい指と大きな手がつくしの頭を引き寄せていた。
そしてその手で顎のカーブを撫でられていた。
男が離れていったとき、つくしは彼の唇に魅せられたように頭がぼうっとして何も考えられなかった。
黒檀のような色の瞳で見つめられ、つくしも全身で彼のことを意識していた。
そしてその瞳はいつもと違って暗く沈んでいるように感じられた。
背中をぞくっとしたものが走り胸が激しく動悸を打っているのはわかった。
もはやその瞳を見つめている余裕もないほどだった。
そして彼はあのときこう言った。
『 女を相手にこんな気持ちになったのは初めてだ 』と。
でもつくしは司がキスの達人であることはわかった。
私だってキスくらいしたことはある。
つくしの唇はかたく閉じられたままだった。
それでも司はつくしの舌を求め唇のなかへと自らの舌を挿し込もうとした。
それはいい意味で主導性はあるってこと?
リーダーシップがある?
支社長ってやっぱり変態で遊び人なの?
そしてあのキスの意味は?
「お、おはようございます」
つくしはすました顔で言った。
「ああ、おはよう。昨日はよく眠れたか?」
司はテーブルに肘をついた姿勢でこちらを見るとけだるい笑みを浮かべた。
つくしの脈が跳ねた。「は、はい。おかげ様でよく眠れました」
「そうか」司の視線はつくしの唇にとどまった。
よく眠れたなんてそんなの嘘だった。
つくしは今日も寝不足だった。
ヘリポートで迎えの車に乗りこんだとき、つくしは司がなにか言いたがっているのはわかっていた。
広いはずの車内が狭く感じられ気まずさと息苦しさを覚えた。
車が出るか出ないうちに司はネクタイを緩めると首から引き抜いていた。
そして喉元のボタンを緩めていた。
つくしは大きく息を吸い込み気持ちを落ち着けようとしていた。
そしてシートに沈みこむようにもたれかかっていた。
やがて車はスピードを上げて流れに溶け込むと車内には沈黙が広がっていた。
昨日はなにかに酔ったような気分でふわふわとしてなかなか眠りにつくことが出来なかった。
ベッドに横になって天井を見つめていると、キスしてきたときの司の顔が頭のなかに思い出されていた。
すると胸がどきどきしはじめ、顔が火照ってくるのがわかった。
そして自分のなかで何かが変わったのがわかった。
知りたいと思った。
本当のこの人をって・・・

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司は長いダイニングテーブルに広げられた報告書を検討していた。
プレッシャーとは厄介なもの。
それは世間一般の人間が思う事だ。
失敗が許されない局面に向かい合うとき人はプレッシャーを感じる。
そのプレッシャーで壊れる人間もいる。キレる人間もいる。
俺はそういう人間じゃない。
逆にプレッシャーを利用する。
そしてプレッシャーは成功への原動力となって俺の気持ちを高めていく。
今回のプロジェクトも俺に適度なプレッシャーを与えてくれる。
このプロジェクトの重要なところはマインライフ(Mine life:資源が枯渇するまでの操業期間。鉱山の寿命)をどのくらい伸ばせるかだ。今のプロジェクト段階ではおよそ30年と予定していたが、今後隣接する鉱床から採掘できる資源を得る為の拡張が出来るかどうかが問題だ。そうすればマインライフは伸び企業価値もあがる。
司は全神経を目の前の報告書に集中させていた。
ノックの音に思考は遮られた。
牧野は7時にダイニングルームに現れた。
俺はこいつの様子を確かめずにはいられなかった。
昨日はこいつから平手打ちをくらわされるかと思った。
俺は何人もの女とキスをしてきた。
いや、何十人か?もっとしたか?
けど記憶に残っているキスなんてひとつと無い。
昔の俺にとってはキスなんてのは遊びだ。
だけど牧野とのキスは?
ぜってぇ忘れねぇ。
ここのところ煙草も吸えずにイライラしていたが牧野とキス出来るなら煙草を止めてもいいと思った。
牧野のキスがもらえるなら禁煙ガムなんていらねぇ。
目の前でキレかかっている人間に甘いものを与えるのと同じで俺にも禁煙ガムが大量に用意されていた。
西田、俺は自分では気がつかないくらいニコチン中毒なのか?
昔の俺も自分では気がつかないくらいによくキレてたか?
脳は使えば使うほど発達するらしいな。
俺は子供の頃、我慢や抑制をせずに育ったから前頭前野が発達しなかったのか?
俺がキレてた原因はそれかよ?
考えてみればあれからなんとか平静を保っていることが出来たのは、そこがヘリのなかだったからだ。
あれ以上牧野に触れていたらあいつに対する俺の身体の反応を知ってもらいたくてどうにかなりそうだった。
そして俺は今、視線の先にいる牧野が前の晩眠っていないことに気がついていた。
それは多分俺と同じ理由だったはずだ。
***
つくしは思いつめたような目で見つめられて、自分の目の前にいる男の美しい顔が迫って来たときには何が起きたのか分からなかった。
突然自分の髪に触れてくる長くて美しい指と大きな手がつくしの頭を引き寄せていた。
そしてその手で顎のカーブを撫でられていた。
男が離れていったとき、つくしは彼の唇に魅せられたように頭がぼうっとして何も考えられなかった。
黒檀のような色の瞳で見つめられ、つくしも全身で彼のことを意識していた。
そしてその瞳はいつもと違って暗く沈んでいるように感じられた。
背中をぞくっとしたものが走り胸が激しく動悸を打っているのはわかった。
もはやその瞳を見つめている余裕もないほどだった。
そして彼はあのときこう言った。
『 女を相手にこんな気持ちになったのは初めてだ 』と。
でもつくしは司がキスの達人であることはわかった。
私だってキスくらいしたことはある。
つくしの唇はかたく閉じられたままだった。
それでも司はつくしの舌を求め唇のなかへと自らの舌を挿し込もうとした。
それはいい意味で主導性はあるってこと?
リーダーシップがある?
支社長ってやっぱり変態で遊び人なの?
そしてあのキスの意味は?
「お、おはようございます」
つくしはすました顔で言った。
「ああ、おはよう。昨日はよく眠れたか?」
司はテーブルに肘をついた姿勢でこちらを見るとけだるい笑みを浮かべた。
つくしの脈が跳ねた。「は、はい。おかげ様でよく眠れました」
「そうか」司の視線はつくしの唇にとどまった。
よく眠れたなんてそんなの嘘だった。
つくしは今日も寝不足だった。
ヘリポートで迎えの車に乗りこんだとき、つくしは司がなにか言いたがっているのはわかっていた。
広いはずの車内が狭く感じられ気まずさと息苦しさを覚えた。
車が出るか出ないうちに司はネクタイを緩めると首から引き抜いていた。
そして喉元のボタンを緩めていた。
つくしは大きく息を吸い込み気持ちを落ち着けようとしていた。
そしてシートに沈みこむようにもたれかかっていた。
やがて車はスピードを上げて流れに溶け込むと車内には沈黙が広がっていた。
昨日はなにかに酔ったような気分でふわふわとしてなかなか眠りにつくことが出来なかった。
ベッドに横になって天井を見つめていると、キスしてきたときの司の顔が頭のなかに思い出されていた。
すると胸がどきどきしはじめ、顔が火照ってくるのがわかった。
そして自分のなかで何かが変わったのがわかった。
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