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2018
08.22

出逢いは嵐のように 95

『司。つくしちゃんと結婚するつもりなら筋を通す人は分かっているわよね?』

ロスにいる姉からかかってきた電話を取ったとき、執務室の時計は午後10時を指していた。そしてその内容は、ふたりの母親についてだった。
椿は母親がいい年をした息子の恋愛に口出しをすることはなくても、過去の自分の経験から、いざ結婚となれば黙ってはいないはずだと言いたかったはずだ。
そんな姉の思いは、結婚を前提とした付き合いをしている弟のため、地ならしではないが二人のことを母親に話していた。

『あのね、司。お母様にはあんたがつくしちゃんと真剣に付き合っていることは伝えているわ。だからそろそろそのことで連絡があるはずよ?』

「ああ。連絡はあった。けど電話には出なかった」

恋人と過ごす時間は誰にも邪魔されたくない思いから、夜遅くに鳴るプライベートな携帯に出ることはない。
だが後で着信履歴を確かめれば母親からの電話だったことを知った。

『そう….。でも放っておくことは出来ないわよ。結婚はひとりだけでするものじゃないわ。ましてやあんたは道明寺家の跡取りですもの。筋だけは通さないとつくしちゃんが困ることになるわ。それにいくら今のあんたに力があるといっても押し切ることは出来ないことくらい分っているわよね?』

「ああ。分かってる。つくしを社長に会わせろと西田に言われた」

西田は副社長の司の秘書だが、若い頃から司のお目付け役を果たしていた。
そして秘書の鏡と言われる男の忠誠心は道明寺親子に向けられていて、浮かれているところなど見たことがない男だった。

『そう。それでそれはいつ?』

「明後日だ。社長が東京へ来る。その時会いたいそうだ」

電話に着信があった翌日西田から社長が司とつくしに会いたいと言っていると告げられスケジュールが調整されたが、社長命令は絶対で全てに優先するのだから嫌だとは言えなかった。そしてそれが私的なことであっても、そうさせないのが楓という人間だ。だがいずれ会わなければならないなら早い方がいい。

だが楓という人間は、自分の眼鏡に敵わない人間に対して限りなく酷薄に振る舞う人物だ。そしてそれがビジネスに於いてだけではないことを姉も弟も知っていた。
そして道明寺家の跡取りである司の結婚相手ともなれば尚更のこと。どんな女性を連れて来たとしても母親が認めるとは思えず厳し目が向けられるはずだ。
だがどんな目を向けられようが、司は牧野つくしと結婚するつもりだ。いや。つもりではない。すると決めた。

そして会社では社長と副社長という立場を崩さない二人が親子としての会話を交わすことは殆どないが、だがそれでもここ数年の母親は年を取ったと感じていた。
圧倒的な専制君主と言われていた母親だが、司が年を取るのだから親も年を取るのが当たり前だが、老い感じさせないと思っていた女から書類を渡されたとき、手が痩せたと感じたことがあった。

『ねえ、司。今更こんな話をしても何だけど、あんたが中等部の頃同級生を殴って大怪我をさせたことがあったでしょ?覚えてるわよね?』

椿が言った同級生を殴り大怪我をさせたのは、中等部3年の時の話だ。
内臓破裂という怪我を負わされた生徒は重傷で、本来なら司は少年院へ送致されていたとしてもおかしくはなかった。だが金で揉み消された。
そしてあの当時の司はとにかく酷かった。荒れていた。
世の中の全てが無意味に思え、自分の存在価値は道明寺という家のためだけにあるのだと。
進む道はひとつしかなく、その為にこの世に生まれて来たのだと思っていた。何を見ても何をしても心が動かなかった。だから人を殴ることで、殴られた相手の顔が恐怖に歪む様子を見ることで憂さを晴らしていた。

「ああ。覚えてる。あの頃の俺は酷かった。けど姉ちゃんがいてくれたからなんとか立ち直ったようなモンだ」

『そうね。あんたはいつもそれを口にするけど、私は姉だから。あんたの姉だから見捨てることなんて絶対出来なかった。だから手を上げることもあった。母親は傍にいなかったんだから私があんたのことを見るのは当たり前でしょ?でもね、私たちの母親も全く我が子の事を顧みなかったわけじゃないのよ?あんたがもしあれ以上のことをするならお母様はきっとあんたのことを許さなかった。それからお金で解決したのは、そうする以外方法がなかったからよ。最高の治療を受けてもらって、将来にも不安が残らないよう、不便がないようにしたのよ。だって子供のしたことは親の責任ですもの』

椿は一度そこで言葉を切った。
そして司が何も言わないことから言葉を継いだ。

『この際だから話しておくわ。多分あんたは記憶にないと思うわ。何しろ2歳だったんですもの』

そこから語られた話しは司が初めて訊く話だった。

『子供ってちょっと目を離した隙に何をするか分からないって言うけど、あんたはまさにそうだった。あの時お母様は外出していてあんたを見ていたのはメイドだったの。
そのメイドがほんの少し目を離したとき、あんたは消えた。それで大騒ぎになって邸中探したわ。そうしたらあんたは池に落ちてた。鯉が泳いでいるのが見たかったのか。それとも鯉に触れようとしたのか。水面に映る自分の姿に触れようとしたのか。とにかく池に落ちてたの。大人にとっては深い池じゃないかもしれないけど、小さな子供にしてみれば深いわよね?すぐに引き上げられたけど意識がなかった。それからすぐに病院に運ばれて助かったけど、お母様はご自分を責めたわ。道明寺家の跡取り息子のあなたをこんな目に遭わせたと自分を責めた。あんな姿は後にも先にも見たことがないわ』

司は池に落ちたという記憶はない。
そして母親が自分自身を責めた姿など見たこともない。

『あの時の私は幼いながらも思ったわ。お母様は私たちの傍にいない人だけど我が子のことを愛していると。でもあんたは信じられなかったわよね?何しろあの人はそんなことは決して表に出さない人だから。でもそれは愛情の表し方が分からないだけなのよ。私たちの母親は不器用なの。ビジネスには秀でているけど親としては不器用な生き方しかできないの。それからこんなことを言ったらあんたは嫌がるかもしれないけど、あんたの性格や外見は間違いなく母親譲り。それにあんたが池に落ちるまでのお母様は、それはあんたに甘かったの。それこそ我が子の歩いた後を崇めるじゃないけど、とにかくあんたのことが可愛くて仕方が無かった。だって言うじゃない?母親にとって息子は恋人のようなものだって…..。
でも道明寺を継ぐ人間は全てに於いて秀でていなければいけない。強い人間でなければ道明寺を引っ張っていくことはできない。だからお母様は鉄の女と呼ばれる人間になった。自分にも厳しい人だけど、他人にも厳しい。それが私たちの母親の道明寺楓よ』

椿の口から語られたのは、幼い頃の司が知らなかった母親の姿。
それはどこの親でも我が子に対してなら取る態度だが、司がもの心ついた頃、母親は傍にいなかった。そしていたとしてもすぐにどこかへ出かけていった。

『司。今私たちの母親がどれだけあんたを頼りにしてるか知ってる?あんたが立派な経営者になってくれたことをどれだけ喜んでくれているか。言わないけどそれはあんたの想像を遥かに超える程よ。今の私たちの母親は昔とは少し違うわね。あの人も年を取ったもの。それに私も親になってみれば見えてくるものがあったわ。女は弱し、されど母は強しって言葉があるけど、私たちの母親は母は弱し、されど経営者は強しってことなのよ』












司は電話を切ると着信履歴にある『社長』という表示を眺めていた。
姉の話は司にとって驚かされる内容だった。
我が子が死ぬかもしれない。そんな状況に置かれた母親の気持はいかばかりのものであっただろうかと想像した。
世間では鉄の女と言われていた母親も、親としての自覚がなかったのではない。
そして親が親になるためには、ただ子供を産めばなれるというものではない。親は子によって親の立場を与えられ親として育つ。だが姉の言葉通りだとすれば、自分達の母親は親になるチャンスを逸したということだ。だが今では孫に対しては優しいという。
つまりそれは、祖母になる過程を経たということだが、道明寺という枠の中で生きて来た母親は、道明寺百年の計を考える女だが息子が選んだ人をどう思うのか。
そう思いながらネクタイを緩めて椅子に深くもたれかかった。





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コメント
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dot 2018.08.22 05:55 | 編集
司*****E様
おはようございます^^
楓さんと会うことが決まったようですが、果たしてどんな対面になるのでしょう。
今の司は副社長として社長の楓の片腕です。
石油事業を軌道に乗せました。そしていい年をした息子ですから、親子とはいえ社長と副社長として接するような気もしますが、果たしてどのような会話が交わされるのか。
椿から訊いた母親としては不器用だったの言葉もありますからねぇ...。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.08.23 21:41 | 編集
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