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2018
08.09

出逢いは嵐のように 90

『何か言ってくれ』

それに対しての返事はなかった。
だから司は言葉を継いだが声は引き締まっていた。

「今後の仕事だが私生活が仕事に影響を与えるというなら出向期間を短縮すればいい。滝川産業に戻りたいというならそうしよう」

それは彼女が同じ職場では嫌だというなら本来の職場に戻してやろうと思ったからだが、そもそも出向させた目的は美奈の願いを聞き入れることだったのだから、本人が希望するならそうしなければならなかった。だからその考えを口にしたが、やはり返事はなかった。


「…空」

「空?空がどうかしたのか?」

彼女の口から漏れた言葉は空。

「はい。空が青いですね。それにここが東京だとは信じられないほど静かですね」

突然彼女が語り出したのは東京の空の話。
司に抱かれたままの女は二人の上に広がる空を見上げているが、それは司も同じだ。
そして二人が見上げる晴れた空には薄い筋雲さえ見えず、青が視界の全てを覆いつくしていた。

「ニューヨークの空は東京の空と同じで都会の顔をしていました。でもどこか違うんです。副社長は長年ニューヨークにお住まいでしたから東京の空とニューヨークの空の違いが判ると思います。でも空は繋がっていてひとつです。だからどこの国の空も同じ空のはずです。でも私があの街で見た空は沢山の新しい発見をさせてくれる空だと感じました。それはあの街に住む人の中にはあの街で夢を叶えようと思う人が沢山いたからだと思います。だって昔からニューヨークと言えばチャンスはどこにでも転がっていると言われた街ですから自分が行動さえすればチャンスを掴むことが出来る街だと思います」

司はニューヨークの空など見上げたことがない。
執務室の窓から見える景色に興味はなく、それはジェットに乗り込みどこかの国を訪れるための移動の時も同じだ。そして空がひとつなのは当たり前のことで、空を見上げたからといって新しい何かを発見したことなどない。けれど、牧野つくしはニューヨークの空は新しい発見をさせてくれる空だと言った。

そしてあの街にはチャンスが転がっているというが、そのチャンスを掴むことが出来るのは、努力と幸運に恵まれた一握りの人間だがそれはごく稀なこと。だが彼女はあの街で人生の転機を迎えたといった風に言ったがそうだったのだろう。

「私、言いましたよね。副社長と恋をしようと決めたとき恋を楽しみたいと考えたと。私は副社長と結婚することを望んでいたのではないと」

「ああ。そうだな。確かにそう言った。俺もそう言われた時その方が都合がよかった」

司は当時の思いを正直に言った。
男にとって結婚を求めない女は都合のいい女。
そして女に縛られたくない男にとっては理想的な関係だ。
だが今は全く違う。彼女になら縛られたい。そして彼女が自分の傍にいてくれることを望んでいた。


「ええ。それは勿論私も分かっていました。それでも私は副社長のことを知りたいと思いました。どんな顔を持つ人なのか。謎があるならその謎を知りたいと思いました。世間が知らない副社長の一面を知ることが出来ることが嬉しかったんです。付き合って行く中で新しい発見が出来ると思っていました。それはあの空の下にいたからだと思います。ほら外国にいると何だか自分が変わったようになりませんか?いえ….副社長は住まいとしてあの街に暮らしていたのですからそんな風に感じることはなかったと思います。でも旅って別の自分を発見することが出来ると思うんです。だから私はあの街で新しい自分を発見した。そして副社長のことをもっと知りたいと思いました。朝起きた時は機嫌が悪いのか。新聞はテレビ欄から読むのか。それとも一面から読むのか。でも副社長はテレビ欄を御覧になることはないでしょう。それでも知りたかった。それから何が好きで何が嫌いなのか。
あの日…..あの日曜。私は新しいフライパンで料理をご馳走しようと思いました。そして頭に浮かんだ疑問に答えが出るのを楽しみにしていました。それは副社長が先ほどおっしゃった普通の恋人同士のはじまりを始めように当てはまることです」

彼女は一旦口を閉じた。そして青い空に向かって大きく深呼吸をした。

「…..副社長。本当に私ともう一度付き合いたいと思いますか?私と普通の恋人の付き合いをしたいと思いますか?」

司はつくしの言葉に全身に歓びが広がっていくのを感じ、細胞が目を覚ました。
抱きしめていることで五感のうち聴覚と臭覚と触覚の三つの感覚で彼女の気持を感じ取った。だがあとふたつの感覚がまだだった。
それは味覚。今すぐ唇にキスをしたい。そして彼女の唇を味わいたい。
そして視覚。彼女の顔を見たい。見て言葉を伝えたい。

「ああ。お前と普通の恋人の付き合いがしたい。これからそれをしていかないか。俺はお前が作ってくれるものならどんなものでも食べてみたいと思う。寝起きの機嫌が悪いかはこれから確かめてくれればいい」

司は身体を反転させ、彼女を芝に横たわらせ、手を頭の両脇に着き、向き合い上から見下ろした。
背中に陽射しを浴びた司の身体は、大きな影となって彼女の顔に落ちたが、その姿勢でただ彼女を見つめた。

「牧野。俺はこれからお前にキスをする。もし嫌なら嫌だと言ってくれ」

だが彼女は何も答えなかった。
司も嫌なら嫌だと言って欲しいとは言ったが、嫌だと言われたとしても意識の全ては彼女に向けられていて、思いは避けられない状態だ。だから今のこの状況で止めることなど出来ないと分かっていた。
それからゆっくりと顔を近づけて行ったが、ほんの数センチも離れていないところで止め再び訊いた。

「いいんだな?」

その問いかけに黒く大きな瞳は黙って司を見上げていたが、目を閉じるとキスを受け止めた。





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コメント
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dot 2018.08.09 06:25 | 編集
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dot 2018.08.09 12:45 | 編集
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dot 2018.08.09 12:46 | 編集
司*****E様
おはようございます^^
つくしがやっと口を訊いてくれました。
目の前に広がる空を眺めながら徐々に気持ちを打ち明けてくれました。
普通の恋人同士として付き合いをしたいと思っていた....。
そしてもう一度付き合いたいかと訊きました。
司。恐る恐るといった感じでキスをしたのではないでしょうか?
そしてキスを受け入れてくれたことで許してもらえたということですが、桜子たちはどんな気持ちで待っているのでしょう。
もちろん別室のメンバーには騙して弄ぼうとしたことは内緒です。
大人の恋愛はこれからですね?(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.08.10 23:00 | 編集
さ***ん様
普通の恋人のように付き合いたいかと訊いたつくし。
え?もうちょっと懲らしめてやりたかった?(笑)
そして今回一番いいシーンを見ていたのは、ゼウスでした!
ドーベルマンは飼い主に忠実な犬です。
そして犬は飼い主に似ると言いますから、ゼウスもつくしにメロメロです(笑)
司と犬に迫られる女。モテますね、つくし。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.08.10 23:14 | 編集
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