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2018
07.28

出逢いは嵐のように 80

1分近くの沈黙を挟み、つくしも相手の顔を見据えていた。
同じ職場の男性との恋が破綻した女性の中には、顔を合わせたくないから出社したくないという話も多いと訊く。
だが、つくしの性格上職場放棄など出来るはずもないのだから、考えてみれば、こうして早々に話をするチャンスが持てたことは、良かったのかもしれない。

職場恋愛が駄目になった男女は、なにもつくしだけではない。そんな男と女は世界中に大勢いる。それに二人は真正面で顔を突き合わせて仕事をしているのではない。
今日のこの時間を済ませば、度々顔を合わせることもないはずで、この先は上司と部下の関係で過ごすことが出来るはずだ。






「副社長にとって愛とは何ですか?今まで女性を好きになったことはないとおっしゃいましたが、人を愛する意味は何ですか?」

唐突に喋り始めた言葉は愛についてあなたの考えをお聞かせください。そんな意味が込められた問い掛けだった。

「….人を愛する意味か?」

つくしは語調を強め言ったが、そんな女を真剣な眼差しで見つめる男は静かに言葉を返した。そしてその態度は、今まで見たことがないほど真摯な姿勢で深い過ちに陥った人間の戸惑いを感じさせる声色をしていた。

司は心を試されていると思った。
それは誠意を示すことを求められているということだ。
今まで、女とは表面的なやり取りで真面目な返事をしたことがなかった。
それに人を愛する意味など訊かれたことがなかった。そして人を愛する意味など考えたこともなかった。だから直ぐに答えることが出来ず言葉を探していたが、誠実さを見せるなら考えることなどないはずだ。それが相手が気に入らない答えだとしても、心の中にある思いをそのまま伝えるまでだ。


「ええ。そうです。人を愛する意味です。副社長は女性を好きになったことがない。付き合った女性はいても心を奪われた女性はいなかったとおっしゃいましたが、そんな副社長が人を愛する意味を知っているか知りたいんです」

彼の姪から叔父が偽りの恋を仕掛けたと訊かされたとき、ショックだった。
まさか策略を巡らされた恋とは思いもしなかった。
そして好きでもない女を抱くことが出来た男が目の前に現れたとき、胃の奥でせり上がるものが無かったとは言えなかった。男性は気持ちが無くて抱けるということは理解していても、それが自分に対して行われたことにもショックを受けていた。

そして、女を好きになったことがないということは、執着といったものが無かったはずだが、この急激な変わりように疑問を持つなという方が無理だ。だからその心の変わりようを信じることが出来なかった。
もしかすると、隠された何かがあるのではないか。そう思うことがおかしいとは言えないはずだ。


「人を愛する意味か?確かに今までの俺は人を愛する意味など考えたことはなかった。愛という言葉を使ったことはなかった。男どもがその言葉を使うのは女を抱くだめの都合のいい言葉だと思っていた。女はその言葉を求めるが、だから世の中の男はその言葉を言うことで望みのものを手に入れていると思っていた。世間の男どもが口にする愛という言葉は付き合うための、女を抱くための決まり文句だと思っていた」

司は彼女に隠し事をしないと決めた。
だからその思いから自分の気持を正直に言った。

「そうですか…….副社長の中では愛という言葉は人に自分の気持を伝えるための言葉ではなかったということですね?私は恋愛経験が豊富ではありません。過去の恋愛もいい恋愛ではありませんでした。だから人を好きになることは簡単ではありませんでした。
でも、人を好きになる。人を愛するという意味は知っているつもりです。私の愛は、自分の全てをその人に与えたい。それは身体のことだけではありません。愛情がなければ女は、少なくとも私は愛情がなければ男性に抱かれたいとは思いません。
それに私は惚れっぽい人間ではありません。それは性格的なものがそうさせるのでしょう。だから副社長と恋をすることは私にとっては大きな意味もあったんです。前にも言いましたが二人の間に未来はないという話は、私もそれでいいと思っていました。それは….二人の立場からすれば永遠に続く恋だとは思っていませんでした。でもそのことと恋に対する思いは違います。好きになったんです。その思いだけは真剣に受け取ってもらえたと思っていました。でも残念ですが副社長はそうではありませんでした」


つくしは、そこまで言うと話しを締めくくろうとしていた。
だが司はそうはさせなかったし、そのつもりもなかった。こうやって話をするチャンスが再びあるとは言えず、この時間は司にとって貴重な時間だ。それを無駄にしたくはなかった。

「だがな、今の俺にとって愛の意味はお前だ」

司はここから先の言葉は、反応を見逃したくないといった思いから、腹に力を込め彼女の瞳を見つめながら言った。

「俺の生い立ちは誰もが知っている通りだが、子供時代の体験は知られてはいない。恵まれた環境で育ったと思っているだろうが、愛情というものは、本当の愛情というものは、姉から与えられたものだけだ。俺が子供の頃、大人になった今でもそうだが本物の愛を持って俺と接した女はいなかった。誰もが下心を持ち近づいて来た。だがお前は違う。牧野つくしという女は天衣無縫(てんいむほう)な女だ。俺はそんな女に初めて会った。つまり探していた女はお前。牧野つくしだ。俺が愛を知ったのはあの日からだ。だから過去には愛という言葉はなかったとしても今は違う。愛の意味は愛する人を理解するということだと知った。だからこれから俺にお前を理解するチャンスを与えてくれ」

性格や行動が自然で、とりつくろったり着飾ったりしない。それが彼女だ。
そんな女にはじめて会った。だから彼女から愛を教えられ愛を知った。女を好きになるという感情も彼女に出会ったから知った。

「牧野。俺はお前が望むならどんなことでも__」

と、司がそこまで言った時だった。

「おはようございます!」

大きな声と共に扉が開き、入って来たのは法務の沢田。

「道明寺副社長おはようございます。わ!牧野さん。お久しぶりです。お元気…じゃなかったですね?風邪良くなったんですか?大丈夫ですか?あまり無理しないで下さいね。
今朝は法務部の朝礼に出て来たんですが、意外と早く終ったんですよ。部長の話がいつもより短かったのが不思議ですけどね」

佐々木純子が言っていた各部署での朝礼が終わったということは、そろそろ技術の田中も財務の小島も戻って来るはずだ。
そして明るい性格の沢田の声は、二人の間にあった重苦しかった空気を押しやっていた。

「牧野さん。ニューヨークいかがでしたか?少しは楽しむ時間もあったんですよね?」

と沢田がそう訊いたとき、つくしは曖昧な返事で「うん」としか答えなかった。
そして天衣無縫と言われた女は、道明寺司がそういう印象を自分に持っていたのかということと、過去の自分の人生に於いて愛という言葉はなかったと言ったことに、何かを発見したような気がしていた。
だがいずれにしても、つくしは恋が終わったと思っている。
しかしそうは言っても、全く気にしないでいるのも無理だということも分かっていた。





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コメント
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dot 2018.07.28 06:18 | 編集
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dot 2018.07.28 06:49 | 編集
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dot 2018.07.28 10:24 | 編集
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dot 2018.07.28 18:10 | 編集
つ***ぼ様
拒否されていますが、ここから司の本領発揮となるのでしょうか。
大人ですから無茶なことはしないと思いますが、恋ははじめてですからねぇ。
コメント有難うございました^^


アカシアdot 2018.07.29 05:30 | 編集
童*様
ケジメを付けることが必要。
美奈は椿の娘ですから、母が彼女の行為を黙っているとは思えません。
それに美奈も本当は心の優しい娘のはずです。見守りましょう。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.07.29 05:39 | 編集
司*****E様
おはようございます^^
女と経験はあっても恋愛の経験はない男は、上手く気持ちを伝えることが出来たのでしょうか。
天衣無縫と言われた女は、それを喜んでいるのでしょうか?
そして騙され嘘をつかれて付き合い始めたとは言え、一度好きになった人を簡単に忘れることが出来ないことは分っています。
そんなつくしの前に誰か現れるのか。コンタクトを取るのは誰か?
はい。既にお読みだと思いますが、現れたのは彼女でした。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.07.29 05:48 | 編集
さ***ん様
愛の言葉の意味を問われ、愛はお前だという男。
天衣無縫。大人の女は自然体。接しているうちに裏表が感じられないことに気付いた男でした。
佐々木純子の与えてくれた朝の時間は沢田の登場で終わりました。
え?伝わった誠意は56%くらいですか?
う~ん...残り44%は誰が引き受けてくれるのか?え?あきらに頼む!(≧▽≦)
確かにあきらも力になると言っていましたが、期待してもいいのでしょうかねぇ(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.07.29 06:01 | 編集
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