時計の針は午後8時を指していた。
司は西田に午後からのスケジュールを調整しろ、時間を空けろと言ったが海外から帰国したばかりの月曜は余裕がなく結局この時間になった。
端から電話をしても出ることがないと分かっていた。
それに寝ているところを起すのではないかと躊躇した。
そしてもし電話に出たとしても、何も言わず切られることは目に見えていた。
司はマンションの入口で、彼女の部屋の番号を押し返事が返ってくるのを待った。
だが返されたのは沈黙。風邪をひいた。熱があると訊かされていることから寝ているのかと思うも、再びインターフォンを押し返事が返ってくるのを待っていた。
起きているならモニターの向うで司の顔を見ているはずだ。嘘をついた。彼女を騙した男の姿を見ているはずだ。
今更どの面下げて会いに来たのかと罵られることがあってもおかしくない。だが罵倒されても構わなかった。それは相手に対し感情があるからだ。だが無視されるということは、相手に対し何の感情も持たないということ。興味がないということだ。
昨日の彼女は美奈のように目の前の男に手を上げるでもなく恋は終わった、の言葉を残し静かに去った。それは初めから二人に未来はないことを前提に付き合い始めた女の物分かりの良さがそうさせたのだろう。初めはその物分かりの良さが司にとっては都合がよかったが、今はあの頃とは逆で物の道理も分別もない女でいてくれる方がよかった。
暫く待ったがインターフォンは応答しない。
司は再びボタンを押し待った。
すると少しして『はい』と声がした。
「牧野?俺だ。道明寺だ。風邪をひいた。熱があると訊いた。大丈夫か?」
その呼びかけに返事はない。だがそんなことはどうでもよかった。一方的な会話だとしても話を訊いて貰えるなら構わなかった。
「牧野?話がしたい。頼む。入れてくれないか?…..いや長居をするつもりはない。お前が熱を出していると訊いて食事もままならないんじゃないかと思った。だから食べる物を持って来た。俺は料理が出来ないがメープルのシェフに作らせた。だから安心して食べてくれ。俺と話したくないならこの料理だけでも受け取ってくれ。部屋には入らない。ドアの前に置く。だからここを_」
その時、インターフォンから聞こえた声は堂々としていて物怖じしない声。
『道明寺さん。私は三条と言います。先輩の….牧野つくしの友人です。食事は私が作りました。それにもう済ませました。せっかくお持ちいただいたのに申し訳ありませんがお持ち帰り下さい。それに先輩はまだ熱があります。物事を考えるには無理があります。ですからお帰り下さい』
そう言われたが彼女がどうしているのか聞くまで司は帰るつもりはなかった。
「お前三条と言ったな?牧野は大丈夫か?熱は高いのか?病院には行ったのか?まだなら俺が今すぐ連れて行くがどうなんだ?」
『道明寺さん。ご心配頂くのは結構ですが、あなたはご自分が先輩に何をしたかお分かりですか?言わせて頂きますけど先輩は真面目な女性です。結婚している男性とお付き合いするような女性ではありません。それをあなたの姪とあなたは先輩に嘘をついて恋を仕掛けたんですよね?それなのに先輩は本気になって傷ついて….。あなたは女性をこんな形で傷つけて平気なんですか?多分先輩はあなたには何も言わないと思います。でも傷ついています。弱ってます。だから風邪をひいたんです。それに_』
声が一端途切れて、聞こえてきたのは牧野つくしの声。
『桜子。もういいから。止めて』
司はその声に向かって語り掛けるように言った。
「牧野。話しがしたい。ここを開けてくれ。長居はしない。無理はさせない。少しでいい。話しを訊いてくれないか」
『…..副社長。今日は休んでしまってすみません。出張から帰ってお休みまで頂いていたのに風邪をひいてしまうなんて、健康管理がなってませんよね…本当に申し訳ございませんでした』
司が訊きたいのは、決められたような文言でもなければ杓子定規な態度でもない。
彼女の感情が込められた言葉が訊きたかった。だが牧野つくしは、あくまでもビジネスライクを通そうというのか。そういった態度が彼女らしいと言えばらしいのだが、今はそんな態度は必要なかった。感情をあらわにしてもらった方がよかった。
だが彼女がそういった態度を取ることが無くても、司が自身の思いを伝えることは自由だ。
「牧野。お前が風邪をひいたのは俺のせいだ。俺がお前を雨の中帰らせたようなものだ。だから俺がお前の面倒を見る。いや見させて欲しい。風邪が治るまで俺が_」
『副社長。お気持ちは嬉しいですが私たちはもうそういった関係ではありません。それに大丈夫です。仕事は、明日は無理かもしれませんが、明後日には大丈夫だと思います。それから色々とありましたが、これからは上司と部下としてよろしくお願いします』
「牧野__」
と、司が言いかけたところでインターフォンは切られたが、耳に残ったのは、彼女がきっぱりとした口で言った言葉。
『私たちはもうそういった関係ではありません』
潔さを感じさせる口調は彼に向かって開いていた心を閉ざしてしまったことを伝えるに十分過ぎるほどで、その言葉が心に突き刺さっていた。
「先輩?大丈夫ですか?」
「うん平気、平気。だって終わった恋だもの」
澄ました顔とまでは言わないが、表情には笑みを浮かべた。
病気に対しての免疫力は弱っているかもしれないが、ひとりの大人として生きていく力は弱ってはいない。それに現に今までもひとりで生きて来た。
だから失恋したからといって今までと何かが変わることはないはずだ。
「そうですか?私は道明寺副社長のことは見損ないましたから、擁護するような言葉は出ませんけど、今あの人は心の鬼が身を責めているはずです。良心の呵責を感じているということですが、先輩が風邪をひいたのは自分のせいだと言っていましたが、そうじゃありません。風邪をひいたのは先輩が髪を乾かさずにエアコンの効いた部屋で寝たからです。でもそれは言う必要はありません。ああやって苦しめばいいんです。さあ先輩食事も終わったんですから、今夜は早く休んで下さい。睡眠と栄養。それが風邪を早く治す一番の近道ですからね」

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司は西田に午後からのスケジュールを調整しろ、時間を空けろと言ったが海外から帰国したばかりの月曜は余裕がなく結局この時間になった。
端から電話をしても出ることがないと分かっていた。
それに寝ているところを起すのではないかと躊躇した。
そしてもし電話に出たとしても、何も言わず切られることは目に見えていた。
司はマンションの入口で、彼女の部屋の番号を押し返事が返ってくるのを待った。
だが返されたのは沈黙。風邪をひいた。熱があると訊かされていることから寝ているのかと思うも、再びインターフォンを押し返事が返ってくるのを待っていた。
起きているならモニターの向うで司の顔を見ているはずだ。嘘をついた。彼女を騙した男の姿を見ているはずだ。
今更どの面下げて会いに来たのかと罵られることがあってもおかしくない。だが罵倒されても構わなかった。それは相手に対し感情があるからだ。だが無視されるということは、相手に対し何の感情も持たないということ。興味がないということだ。
昨日の彼女は美奈のように目の前の男に手を上げるでもなく恋は終わった、の言葉を残し静かに去った。それは初めから二人に未来はないことを前提に付き合い始めた女の物分かりの良さがそうさせたのだろう。初めはその物分かりの良さが司にとっては都合がよかったが、今はあの頃とは逆で物の道理も分別もない女でいてくれる方がよかった。
暫く待ったがインターフォンは応答しない。
司は再びボタンを押し待った。
すると少しして『はい』と声がした。
「牧野?俺だ。道明寺だ。風邪をひいた。熱があると訊いた。大丈夫か?」
その呼びかけに返事はない。だがそんなことはどうでもよかった。一方的な会話だとしても話を訊いて貰えるなら構わなかった。
「牧野?話がしたい。頼む。入れてくれないか?…..いや長居をするつもりはない。お前が熱を出していると訊いて食事もままならないんじゃないかと思った。だから食べる物を持って来た。俺は料理が出来ないがメープルのシェフに作らせた。だから安心して食べてくれ。俺と話したくないならこの料理だけでも受け取ってくれ。部屋には入らない。ドアの前に置く。だからここを_」
その時、インターフォンから聞こえた声は堂々としていて物怖じしない声。
『道明寺さん。私は三条と言います。先輩の….牧野つくしの友人です。食事は私が作りました。それにもう済ませました。せっかくお持ちいただいたのに申し訳ありませんがお持ち帰り下さい。それに先輩はまだ熱があります。物事を考えるには無理があります。ですからお帰り下さい』
そう言われたが彼女がどうしているのか聞くまで司は帰るつもりはなかった。
「お前三条と言ったな?牧野は大丈夫か?熱は高いのか?病院には行ったのか?まだなら俺が今すぐ連れて行くがどうなんだ?」
『道明寺さん。ご心配頂くのは結構ですが、あなたはご自分が先輩に何をしたかお分かりですか?言わせて頂きますけど先輩は真面目な女性です。結婚している男性とお付き合いするような女性ではありません。それをあなたの姪とあなたは先輩に嘘をついて恋を仕掛けたんですよね?それなのに先輩は本気になって傷ついて….。あなたは女性をこんな形で傷つけて平気なんですか?多分先輩はあなたには何も言わないと思います。でも傷ついています。弱ってます。だから風邪をひいたんです。それに_』
声が一端途切れて、聞こえてきたのは牧野つくしの声。
『桜子。もういいから。止めて』
司はその声に向かって語り掛けるように言った。
「牧野。話しがしたい。ここを開けてくれ。長居はしない。無理はさせない。少しでいい。話しを訊いてくれないか」
『…..副社長。今日は休んでしまってすみません。出張から帰ってお休みまで頂いていたのに風邪をひいてしまうなんて、健康管理がなってませんよね…本当に申し訳ございませんでした』
司が訊きたいのは、決められたような文言でもなければ杓子定規な態度でもない。
彼女の感情が込められた言葉が訊きたかった。だが牧野つくしは、あくまでもビジネスライクを通そうというのか。そういった態度が彼女らしいと言えばらしいのだが、今はそんな態度は必要なかった。感情をあらわにしてもらった方がよかった。
だが彼女がそういった態度を取ることが無くても、司が自身の思いを伝えることは自由だ。
「牧野。お前が風邪をひいたのは俺のせいだ。俺がお前を雨の中帰らせたようなものだ。だから俺がお前の面倒を見る。いや見させて欲しい。風邪が治るまで俺が_」
『副社長。お気持ちは嬉しいですが私たちはもうそういった関係ではありません。それに大丈夫です。仕事は、明日は無理かもしれませんが、明後日には大丈夫だと思います。それから色々とありましたが、これからは上司と部下としてよろしくお願いします』
「牧野__」
と、司が言いかけたところでインターフォンは切られたが、耳に残ったのは、彼女がきっぱりとした口で言った言葉。
『私たちはもうそういった関係ではありません』
潔さを感じさせる口調は彼に向かって開いていた心を閉ざしてしまったことを伝えるに十分過ぎるほどで、その言葉が心に突き刺さっていた。
「先輩?大丈夫ですか?」
「うん平気、平気。だって終わった恋だもの」
澄ました顔とまでは言わないが、表情には笑みを浮かべた。
病気に対しての免疫力は弱っているかもしれないが、ひとりの大人として生きていく力は弱ってはいない。それに現に今までもひとりで生きて来た。
だから失恋したからといって今までと何かが変わることはないはずだ。
「そうですか?私は道明寺副社長のことは見損ないましたから、擁護するような言葉は出ませんけど、今あの人は心の鬼が身を責めているはずです。良心の呵責を感じているということですが、先輩が風邪をひいたのは自分のせいだと言っていましたが、そうじゃありません。風邪をひいたのは先輩が髪を乾かさずにエアコンの効いた部屋で寝たからです。でもそれは言う必要はありません。ああやって苦しめばいいんです。さあ先輩食事も終わったんですから、今夜は早く休んで下さい。睡眠と栄養。それが風邪を早く治す一番の近道ですからね」

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司*****E様
おはようございます^^
訊ねて来たのは司。でもそこには桜子が!(笑)
そうですねぇ...司は目の前でシャッターが下ろされたような状況ですから、誰かの手助けが必要なような気がします。
桜子の辛辣な言葉(≧▽≦)桜子は相手が司でも臆することなく意見を述べる女性ですが何か言うのでしょうかねぇ。
コメント有難うございました^^
おはようございます^^
訊ねて来たのは司。でもそこには桜子が!(笑)
そうですねぇ...司は目の前でシャッターが下ろされたような状況ですから、誰かの手助けが必要なような気がします。
桜子の辛辣な言葉(≧▽≦)桜子は相手が司でも臆することなく意見を述べる女性ですが何か言うのでしょうかねぇ。
コメント有難うございました^^
アカシア
2018.07.22 21:48 | 編集

と*****ン様
桜子最高!(≧▽≦)
言いますね、桜子。
インターフォンを通しての会話に聞き耳を立てる!
アカシアも同じです。耳をダンボにして聞き漏らしません!
コメント有難うございました^^
桜子最高!(≧▽≦)
言いますね、桜子。
インターフォンを通しての会話に聞き耳を立てる!
アカシアも同じです。耳をダンボにして聞き漏らしません!
コメント有難うございました^^
アカシア
2018.07.22 21:55 | 編集

つ***ぼ様
桜子は強さとしなやかさを武器に生きていく女性でしょうか。
そして今はつくしの為に闘ってくれる女性です。
いい友達ですね。桜子は。
コメント有難うございました^^
桜子は強さとしなやかさを武器に生きていく女性でしょうか。
そして今はつくしの為に闘ってくれる女性です。
いい友達ですね。桜子は。
コメント有難うございました^^
アカシア
2018.07.22 22:02 | 編集

H*様
え?言ったら言ったで司が可哀想ですか?
桜子は相手が司でも遠慮がありませんからねぇ。
それに司は言われても仕方がないことをしていますから、残念ですが今は甘んじて受け入れるしかないようです。
コメント有難うございました^^
え?言ったら言ったで司が可哀想ですか?
桜子は相手が司でも遠慮がありませんからねぇ。
それに司は言われても仕方がないことをしていますから、残念ですが今は甘んじて受け入れるしかないようです。
コメント有難うございました^^
アカシア
2018.07.22 22:12 | 編集
