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2018
07.20

出逢いは嵐のように 73

心臓が冷たくなるという感覚はそうあるものではない。
だがそれは失恋したと自覚したからだが、それとは別に風邪かな?と思った時にはもう風邪をひいていた。それは多分昨日お風呂から出た時のことだった。暑かったのでエアコンを付けた。髪を乾かさずそのまま寝た。つまり濡れた髪に冷たい空気が絡みつき風邪をひいたということだ。

早朝に目が覚めたのは、トイレのためだったが、ベッドから起き上がり、床に足を着けた途端、立ち眩みがした。
頭が痛い。喉が痛い。身体が熱っぽい。これは風邪の症状としか言えず、買い置きの風邪薬を飲んだ。そして熱を測ったが38度を超えていた。

「はぁ…体温計見たら余計熱があがりそう」

結局つくしはその日会社を休んだ。
風邪をひいて熱があると電話をしたが、その時電話を取ったのは、エネルギー事業部、石油ガス開発部別室唯一の女性社員の佐々木純子だった。ニューヨークから帰国して休んでいる間に風邪をひいたことは、社会人として自己管理が出来てないと思われても仕方がないのだが、佐々木は、

『夏風邪は油断したら駄目よ。それに気温が高いから体の熱さがわかりにくいけど、あまり冷えた部屋にいると回復が遅れるから気を付けて。身体を冷やし過ぎないでね。夏風邪は長引くからちゃんと治してから出てきた方がいいわ。大丈夫よ。副社長なら何も言わないから。だって牧野さんに惚れたって言うくらいですもの』

と言って電話の向うで笑ったが、その笑いは明らかに出張で何か進展があったことを期待しているように聞こえた。だがそれを口にしないのが大人だ。

『それより牧野さん。本当に大丈夫?あなた一人暮らしでしょ?』

一人暮らしが病気になると死んでしまうように大袈裟に心配する人間もいるが、今までも風邪をひいて熱を出したことが何度かあったが、なんとかしてきた。
それに幸いなことに近くに病院もあり、行こうと思えば行ける。だが身体がだるくて起き上がっていることが億劫に感じ病院へ行こうという気になれなかった。だから買い置きの薬を飲み様子を見ることにした。

「佐々木さん。大丈夫ですから。それに….いざとなれば近くに友達がいますから大丈夫です」

だが隣の岡村恵子は田舎へ行くと言っていたが、まだ戻って来てはないようだ。

『あら牧野さんったら。お友達を呼ぶより副社長に来てもらえばいいのよ。そうよ。副社長ならすぐに牧野さんのところへ駆けつけるはずよ』

佐々木は楽しそうに言ったが、つくしは道明寺司に会いたくはなかった。
それにつくしが会いたくない以前に相手が嫌がるはずだ。それにこうして風邪をひいて弱っているところで失恋したばかりの相手のことを考えたくはなかった。だが彼は上司だ。避けて通ることが出来ない人間だ。それに出張に出る前、部署全員の前で告白をされた。そのことを考えれば職場の空気が何某かの期待感に満ちていることは想像出来るが、残念ならがその期待に応えることは出来ない。何しろあれは偽りの恋で終わってしまったのだから。

「佐々木さん。….あの副社長は今日…その、そちらへ出勤されるんでしょうか?」

佐々木はニューヨークで二人に何があったのか。その後の二人に何があったかは知らないが副社長は知っている。だから失恋したから休んだとは思われたくなかった。
落ち込んでいると思われたくなかった。そんな思いから本当は出社したかった。だが熱がある身体ではどう考えても無理だった。だから休むことにしたが気になった。

『副社長?そうねぇ….帰国翌日の金曜は執務室に篭ってらっしゃったと思うけど、どうかしらね?うちの部署は副社長直属だから詳細は別にして副社長が国内にいるか、海外にいるかだけは把握できるんだけど、ちょっと待ってね。社内グループウェアでスケジュール確認してみるから………えっと…..』

つくしは、電話の向うで佐々木がパソコンを操作し終わるのを待っていた。

『そうね、今週は何も書かれてないから国内だと思うわ』

海外出張から戻れば、国内で溜まっていた仕事を片付けるのが当然で、今週は国内にいたとしてもおかしくない。だがそうだとしても、別室に頻繁に顔を出すとは限らない。
つくしは熱が下がれば出社するつもりでいるが、会うことを避けられそうにないと知った。
だがそんなことを気にしていては駄目だ。毎日とは言わなくても出向が終るまでは顔を合わせることになるのだから、初めから逃げてどうするというのだ。
それに二人の間に起きたことは、無理強いされた訳でもなく、むしろそれを望んでいた。
あの時、部屋を訪ねたのはつくしであり、副社長と恋をしたいと望んだのは自分だ。
たとえ騙されたとしても、恋は自己責任で誰も責めることは出来ないはずだ。

だがある日、目障りだと突然本来の勤務先である滝川産業に戻されるかもしれない。
それでも構わなかった。いっそそうして貰えた方が気楽かもしれない。それに副社長にしても、その方がいいはずだ。つくしに近づいたのは姪のためであって、本気で好きになったのではないのだから目的を果たした今、女の存在はただ目障りなはずだから。


『….牧野さん?聞こえてる?大丈夫?』

「え?あ、はい。大丈夫です。すみません。今日は申し訳ありません、お休みさせていただきますのでよろしくお願いします」

『分かったわ。今日なんて言わなくていいのよ。明日も無理しなくていいから。じゃあそろそろみんなが来るから電話切るわね。それからお大事にね。無理しないでゆっくり休んでね?』

「あ、はい。ありがとうございます。___はい。ご迷惑をおかけしますがよろしくお願いします」


つくしは電話を切るとひと息ついた。
そして思った。

「好きでもない女を抱いた男の気持なんて分かるはずないし…..」

ひとり言が多いと言われたことがあったが、今こうしてひとり言にして気持ちの整理をするのは、いいことではないか。
だがこうして考え始めると今以上に熱が上がりそうに感じられる。だから考えない方がいい。済んだことをクヨクヨと考えても仕方がない。今は終わった恋のことを考えるより、早く風邪を治すことを考えなければならなかった。

薬は飲んだ。だからこれからは風邪の菌が弱まるのをひたすら待つしかない。
自分の身体のことは、自分が一番よく知っている。熱は別として喉の痛みの次は鼻水が出て、それから咳になるのがつくしのパターンで風邪の答えは出ている。今日はまだ第一段階の喉の痛みだが時間が経てば治る。もしかするとこの風邪は、道明寺司の恋の道化にまんまと騙された女に神様から与えられた再起を図る時間なのかもしれない。
そしてこの風邪が治ったとき、今まであったことはキレイに忘れることが出来るはずだ。
何故か知らないがそんな気がしていた。







***







「牧野は出社したか?」

眠れない朝を迎えた司は、出社すると「別室」へ足を運んだ。
帰国した翌日の金曜に一度顔を出したが、あの時は今のように沈んだ思いを抱えてはいなかった。だが今は大きな罪を背負った男がそこにいて、席についていた佐々木純子に訊いた。

「おはようございます副社長。牧野さん今日は風邪をひいてお休みするそうです」

「風邪?」

「はい。熱があるそうです」

「そうか…..」
少し間を置き司は言葉を継いだ。
「他に何か言ってたか?」

「…..何かですか?いえ、特になにも。出張から戻ってそのまま休んでしまって申し訳ありませんとだけ言っていましたが何かありましたか?」

佐々木純子は賢明な女性で不用意な発言はしないが、それだけに口にした「何かありましたか?」の問い掛けは単なる好奇心以上のものを感じさせたが、司は「いや。何でもない」とだけしか答えなかった。そして部屋を出ると執務室へ戻るためエレベーターに乗り、最上階のボタンを押し壁に背中をもたせ掛けた。

昨日の夕方から激しい雨が降りはじめ、足元がびしょびしょになるほどだったが、その雨に打たれたのだろうか。あの時、彼女は傘を持っていなかった。司が引き留めることが出来なかった女は、心に痛手を与えられ雨に濡れながら帰ったのだろうか。もしそうなら、そうさせたのは司だ。彼女の髪は綺麗に整えられていたが、その髪も服も雨に濡れてしまったのだろうか。そしてそのせいで風邪をひいたなら司のせいだ。

司は執務室に戻ると西田を呼んだ。

「西田。今日の午後のスケジュールはどうなってる?時間を空けてくれ」





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dot 2018.07.20 06:00 | 編集
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dot 2018.07.20 10:06 | 編集
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dot 2018.07.20 10:07 | 編集
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dot 2018.07.20 13:15 | 編集
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dot 2018.07.20 18:16 | 編集
司*****E様
おはようございます^^
風邪をひいてしまったつくし。
いつもなら髪も乾かすでしょう。でも何故かそのまま寝てしましました。
そして同じ職場なら顔を合わせることは避けられませんが、風邪をひいたことにより、それは先送りになりました。
さて、司は会いに行くつもりです。
え?会えるのか?(笑)どうなんでしょうねぇ(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.07.21 06:23 | 編集
さ***ん様
風邪をひいたことは、神様から与えられた再起を図る時間。
はい。真面目な女は人知れず傷を治そうとしているようです。
心が弱っていると病に罹りやすいといいますが、まさにそうですね。
副社長お見舞いに行くようですが会えるのか?
白い割烹着に三角巾!(≧▽≦)そしてお粥を作る!
わはは!確かに御曹司入ってますね!
いや。気を付けないと御曹司が出て来そうです!
そしてお粥を作る役割。残念ながらの状況のようです。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.07.21 06:29 | 編集
イ**マ様
もっと落ち込んでもらわないと!(≧▽≦)
姪も悪い。隆信も悪い。そして司も悪いんですから怒って下さい!(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.07.21 06:33 | 編集
R***o様
司。お見舞いに行くようですが会えるのでしょうか。
しかしそこには!!
頑張れ司!エールありがとうございます。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.07.21 06:35 | 編集
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