「隆信さん。どうぞ座って頂戴」
椿はゴルフに出かけていた美奈の夫に電話をすると、世田谷の道明寺邸に来て欲しいと言った。隆信はロスにいるはずの義理の母親からの突然の電話に驚いていた。
美奈の母親は嫁いだとはいえ道明寺家の長女で、隆信が役員を務める不動産会社の親会社である道明寺ホールディングス副社長道明寺司の姉だ。そして社長である道明寺楓の娘であり、美奈は楓の孫だ。そんな立場の女と結婚した男は、入婿ではないが義理の両親に大切にされていた。だがロスと東京では親しく交わる機会も少なかったが、結婚を祝福していたことは間違いなかった。
しかし、呼び出されたこの場所には、義理の母親と共に道明寺司がいたことにも驚いていた。
隆信にとって義理の叔父である道明寺司の存在は大きいものがあった。
それは例え義理とはいえ親戚になっても道明寺に勤める人間なら誰でも同じはずだ。
隆信の目に映る道明寺司は冷たい印象の男で、若い頃不可能と言われた石油事業に於いて契約を成立させた男で凄腕の経営者と呼ばれていた。
私生活では女性に対してはシビアだと言われる男だが、その風貌はどんな女も虜にすると言われ、装飾物で飾り立てなくてもゴージャスだと言われていた。
そんな男は社員の憧れではあるが、それと同時に怖れの対象でもあり、軽々しく口が利ける相手ではなかった。
そして隆信は美奈から訊かされていた。叔父である道明寺司にとって唯一の姪にあたる美奈は、幼い頃から彼に可愛がられていたと。そんな叔父である道明寺司と椿を前に緊張しない方が無理だ。
そして自分が何故ここに呼び出されたのかと考えたが、考えられることはひとつだ。
妻に浮気をしていることを知られたが、妻からはやり直しましょうと言われたことから、誰にも話していないとばかり思っていたがそうでは無かったようだ。
するとこれからの時間が妻を欺く夫に対する家族会議になることを理解した。
椿は差し向かいに座る隆信に言った。
隣には美奈が座り、司は二人から離れた場所に立っていた。
「隆信さん。あなたにお伺いしたいことがあるの。単刀直入に言うわ。あなた女がいるの?浮気しているの?」
隆信は、美奈に浮気を認めさせられたとき、相手とは別れると言った。
だが実際には別れることが出来ずにいた。今日もゴルフの約束があると言って伊豆まで出かけ会っていた。そしてじゃあと別れた直後、椿からの電話を受けた。
「隆信さん。正直に言って頂戴。美奈から話しは訊いたわ」
隆信は自分を見つめる美奈と彼女の母親である椿。
そして美奈の叔父である道明寺司を前に嘘をついても仕方がないと腹を括り話すことに決めた。
「美奈には大変申し訳ないと思っていますが、私は美奈とは別の人を愛しています」
とそこまで言って、「相手は桐山慎二と言います。.....男性です」と真面目な顔で言った。
「彼と出会ったのは、私がカリフォルニアの大学に留学していた学生の頃です。彼もその頃カリフォルニアにある半導体の会社で研究開発の仕事をしていました。向うでは在留邦人が定期的に集まるパーティーといったものがあるんですが、そこで話しをするようになり、気が合うことから一緒に出掛けるようになったんです。
彼が女性には興味がない男性であることは分かっていました。でもその頃の私はそんなつもりはありませんでした。私たちの付き合いは、あくまでも友人としての付き合いでした」
そこから語られたのは、一年前、その男性と仕事の関係で偶然再会したという話だった。
隆信の仕事は不動産会社の役員だが、『税理士と不動産会社によるマンション経営について』という講演会を開いたとき、マンションの管理人をしている桐山は会場で彼の話を訊いていたという。そしてその後、控室を訪ねてきた桐山に再会し、「あの頃僕は君のことが好きだった」と本心を訊かされた。
そして今でもその気持ちは変わらないと言われたことから友情が愛情に変わったと言った。
そして美奈に浮気相手の名前を訊かれたとき、何故牧野つくしの名前を出したのか。
それは桐山との何気ない会話の中で彼女の名前が登場したことがあったから。そしてつくしという印象的な名前が頭に残っていたこともあったが、隆信が桐山の管理するマンションを訪ねた時、管理人室から彼女を見かけたことがあったと言った。
それは、管理人室で預かっていた荷物を牧野つくしが引き取りに来た時のこと。
だから余計に印象に残った名前だった。つまり誰かの名前を出さなければならないと思った隆信は、その日見かけた牧野つくしの名前が咄嗟に口をついたということだ。
「再会したとき、私はそのつもりはありませんでした。ただの友人として接していくつもりでした。ですが、違ったんです。気づいたんです。私は妻よりも彼のことが好きなんだということに」
椿は突然の夫の告白に混乱している娘の手を握っていた。
美奈にすれば相手は牧野つくしという女性だと思っていたが、そうではなかったと叔父に訊かされたばかりだったが、それなら他の女であり、まさか夫の浮気相手が同性とは考えていなかったはずだ。そして夫の性癖について初めて知りショックを受けていた。
だが、ロスに長年暮らす椿にしてみれば、よくある話しだと思っていた。
カリフォルニア。特にサンフランシスコは性的少数者の権利運動の中心地であり、昔からそういったことには寛容であり、ゲイ社会が確立され認められていて、椿は個人の性癖に言葉を挟むつもりはなかった。
だがそれが娘の結婚となるとそうはいかないのは、親として当たり前の感情だ。
そして人間が物事を客観的に見ることが出来るのは、その事実が自分自身に差し迫っていない時だ。だからこの状況を客観的に見るのは難しいが、いくら美奈が好きで別れたくないと言っても、夫が妻に対する愛情が無くなったというなら、そんな夫にしがみついていても幸せが訪れることはない。互いに不幸になるだけだと分かっている。それに美奈はまだ若い。傷ついたかもしれないが、立ち直ることは出来るはずだ。だから椿はその思いを口にした。
「美奈?美奈、しっかりしなさい。あなたと隆信さんの結婚生活は終わったの。辛いかもしれないけど彼はあなたのことは愛してないの。分かるわよね?」
だが美奈は母親に手を握られたままじっと隆信を見ていた。
「美奈。すまない。一年も前から君のことを裏切っていた。きちんと話さなければと思ってた。でも言えなかった。それで咄嗟に頭の中に浮かんだ女性の名前を口にした。女と別れると言った。だが別れることは__桐山さんとは別れることが出来そうにないんだ。本当に申し訳ない」
美奈は目の前で頭を下げる夫に何も言わなかった。
だが口を開いたのは司だった。
「随分と勝手な言い分だな。自分の気持がはっきりしているならちゃんと美奈に言うべきじゃなかったのか?それにお前があいつの、牧野つくしの名前を出したことが、どんな影響を与えたか分かっているのか?関係ない女の名前を出すことでその女に迷惑がかかるとは考えなかったのか?」
「……司」
司は姉の声は耳に入らなかった。
美奈が夫の告白にショックを受け混乱していることは分かる。だが姪には母親がついている。姉が弟の気持が理解できるように、弟は姉の思いを感じ取ることが出来る。
椿は自分が結婚を許したばかりに、娘に辛い思いをさせたと後悔していることが分かる。
だが今の司は、美奈のことよりも牧野つくしのことが心を占めていた。
「お前が牧野つくしが浮気相手だと言ったことで、何が起きたか分かってるのか?美奈は相手の女を調べその女の会社へ行ってお前と別れろと手切れ金を突き付けた。突き付けられた相手は全く心当たりがないのに美奈に夫と別れろと言われ困惑した。あいつは否定したが美奈は信じなかった。美奈はお前の、夫であるお前の口から出た女を憎んだ。憎まれた女は自分がどうしてそこまで憎まれたかわからないまま_」
司はそこまで言って口を閉ざした。何故ならそこから先のことは自分が牧野つくしにしたことだからだ。そして自身も美奈の言葉を鵜呑みにし、牧野つくしが隆信の浮気相手だと思い彼女を傷つけるため近づいた。だが彼女を知れば知るほど惹かれていった。そして抱き合ったとき彼女が隆信の愛人などではないという真実を知った。
「….私….ひとりでどうしたらいいの?」
美奈は俯くとそう呟いた。
「美奈。大丈夫よ。あなたには私がついている。あなたの母親ですもの。でもあなたはもう二十歳よ。大人なの。それに結婚した時点で大人としての自覚はあったはずよね?自分のことは自分で責任を取ることが大人なの。結婚は相手があってのこと。ひとりでするものじゃないから終わりが来ることもあるわ。それならきちんと終わりを迎えなさい」
椿の言葉は娘を慰めているのか。それとも励ましているのか。
どちらにしても、そんな言葉に美奈は俯けていた顔を上げると、立ち上がり隆信の顔を見据えた。そして、つい今しがたの弱気の言葉を振り払うように手をあげると隆信の頬へ手を打ち下ろした。
鋭い音が響いた。
欺かれていた二十歳の妻は、もう一度手をあげると夫の頬をぶった。
だが夫は止めなかった。ぶたせることを止めなかった。ぶたれて当然のことをしたのだから、椿も止めなかった。それで美奈の気持ちが収まるならと夫も母親も美奈が何度も夫の頬を叩くのを止めなかった。
隆信が邸を去り、美奈が今夜はここへ泊ると客室へと足を向けると部屋には椿と司の二人だけになった。
「司。あなた、牧野さん….その人こと好きなんでしょ?どうするの?」
ソファに座っている椿は立ったままの弟に声を掛けたが、姉の言葉はまさに司が自身に問い掛けている言葉だ。自分の元を去った牧野つくしの心をどうすれば取り戻せるか考えていた。
「美奈があんたに頼んだことは馬鹿なことだけど、まさかそれを実行するとは思わなかったわ。あんたは美奈以上に大人だから分別だってあったでしょ?それなのに美奈に言われるままに行動するなんて、どうかしていたとしか思えないわね。仕事のし過ぎで魔が差したの?」
呆れたように話す椿は、それでも弟が姪の美奈に甘いことは知っている。
だが夫が浮気をしている。なんとかして欲しいの訴えに耳を傾け、良からぬ方法で力を貸すと決めたのは、身内に甘いとしか言えないが、血の繋がりというのはやっかいなもので、言われるがままに願いを叶えたとしか言えなかった。
「司。済んでしまったことは仕方がないわ。過去は変えられない。でも彼女を一番傷つけたのはあんたでしょ?どうするつもりか知らないけどちゃんとしなさいよ?」
椿はため息交じり言ったが、弟が隆信に向かって語った言葉の中から弟の思いを汲み取っていた。
そして美奈が部屋を出てから黙り込んだままの司は、その時初めて口を開いた。
「ああ。分かってる。彼女に許してもらうためならどんなことでもするつもりだ」

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椿はゴルフに出かけていた美奈の夫に電話をすると、世田谷の道明寺邸に来て欲しいと言った。隆信はロスにいるはずの義理の母親からの突然の電話に驚いていた。
美奈の母親は嫁いだとはいえ道明寺家の長女で、隆信が役員を務める不動産会社の親会社である道明寺ホールディングス副社長道明寺司の姉だ。そして社長である道明寺楓の娘であり、美奈は楓の孫だ。そんな立場の女と結婚した男は、入婿ではないが義理の両親に大切にされていた。だがロスと東京では親しく交わる機会も少なかったが、結婚を祝福していたことは間違いなかった。
しかし、呼び出されたこの場所には、義理の母親と共に道明寺司がいたことにも驚いていた。
隆信にとって義理の叔父である道明寺司の存在は大きいものがあった。
それは例え義理とはいえ親戚になっても道明寺に勤める人間なら誰でも同じはずだ。
隆信の目に映る道明寺司は冷たい印象の男で、若い頃不可能と言われた石油事業に於いて契約を成立させた男で凄腕の経営者と呼ばれていた。
私生活では女性に対してはシビアだと言われる男だが、その風貌はどんな女も虜にすると言われ、装飾物で飾り立てなくてもゴージャスだと言われていた。
そんな男は社員の憧れではあるが、それと同時に怖れの対象でもあり、軽々しく口が利ける相手ではなかった。
そして隆信は美奈から訊かされていた。叔父である道明寺司にとって唯一の姪にあたる美奈は、幼い頃から彼に可愛がられていたと。そんな叔父である道明寺司と椿を前に緊張しない方が無理だ。
そして自分が何故ここに呼び出されたのかと考えたが、考えられることはひとつだ。
妻に浮気をしていることを知られたが、妻からはやり直しましょうと言われたことから、誰にも話していないとばかり思っていたがそうでは無かったようだ。
するとこれからの時間が妻を欺く夫に対する家族会議になることを理解した。
椿は差し向かいに座る隆信に言った。
隣には美奈が座り、司は二人から離れた場所に立っていた。
「隆信さん。あなたにお伺いしたいことがあるの。単刀直入に言うわ。あなた女がいるの?浮気しているの?」
隆信は、美奈に浮気を認めさせられたとき、相手とは別れると言った。
だが実際には別れることが出来ずにいた。今日もゴルフの約束があると言って伊豆まで出かけ会っていた。そしてじゃあと別れた直後、椿からの電話を受けた。
「隆信さん。正直に言って頂戴。美奈から話しは訊いたわ」
隆信は自分を見つめる美奈と彼女の母親である椿。
そして美奈の叔父である道明寺司を前に嘘をついても仕方がないと腹を括り話すことに決めた。
「美奈には大変申し訳ないと思っていますが、私は美奈とは別の人を愛しています」
とそこまで言って、「相手は桐山慎二と言います。.....男性です」と真面目な顔で言った。
「彼と出会ったのは、私がカリフォルニアの大学に留学していた学生の頃です。彼もその頃カリフォルニアにある半導体の会社で研究開発の仕事をしていました。向うでは在留邦人が定期的に集まるパーティーといったものがあるんですが、そこで話しをするようになり、気が合うことから一緒に出掛けるようになったんです。
彼が女性には興味がない男性であることは分かっていました。でもその頃の私はそんなつもりはありませんでした。私たちの付き合いは、あくまでも友人としての付き合いでした」
そこから語られたのは、一年前、その男性と仕事の関係で偶然再会したという話だった。
隆信の仕事は不動産会社の役員だが、『税理士と不動産会社によるマンション経営について』という講演会を開いたとき、マンションの管理人をしている桐山は会場で彼の話を訊いていたという。そしてその後、控室を訪ねてきた桐山に再会し、「あの頃僕は君のことが好きだった」と本心を訊かされた。
そして今でもその気持ちは変わらないと言われたことから友情が愛情に変わったと言った。
そして美奈に浮気相手の名前を訊かれたとき、何故牧野つくしの名前を出したのか。
それは桐山との何気ない会話の中で彼女の名前が登場したことがあったから。そしてつくしという印象的な名前が頭に残っていたこともあったが、隆信が桐山の管理するマンションを訪ねた時、管理人室から彼女を見かけたことがあったと言った。
それは、管理人室で預かっていた荷物を牧野つくしが引き取りに来た時のこと。
だから余計に印象に残った名前だった。つまり誰かの名前を出さなければならないと思った隆信は、その日見かけた牧野つくしの名前が咄嗟に口をついたということだ。
「再会したとき、私はそのつもりはありませんでした。ただの友人として接していくつもりでした。ですが、違ったんです。気づいたんです。私は妻よりも彼のことが好きなんだということに」
椿は突然の夫の告白に混乱している娘の手を握っていた。
美奈にすれば相手は牧野つくしという女性だと思っていたが、そうではなかったと叔父に訊かされたばかりだったが、それなら他の女であり、まさか夫の浮気相手が同性とは考えていなかったはずだ。そして夫の性癖について初めて知りショックを受けていた。
だが、ロスに長年暮らす椿にしてみれば、よくある話しだと思っていた。
カリフォルニア。特にサンフランシスコは性的少数者の権利運動の中心地であり、昔からそういったことには寛容であり、ゲイ社会が確立され認められていて、椿は個人の性癖に言葉を挟むつもりはなかった。
だがそれが娘の結婚となるとそうはいかないのは、親として当たり前の感情だ。
そして人間が物事を客観的に見ることが出来るのは、その事実が自分自身に差し迫っていない時だ。だからこの状況を客観的に見るのは難しいが、いくら美奈が好きで別れたくないと言っても、夫が妻に対する愛情が無くなったというなら、そんな夫にしがみついていても幸せが訪れることはない。互いに不幸になるだけだと分かっている。それに美奈はまだ若い。傷ついたかもしれないが、立ち直ることは出来るはずだ。だから椿はその思いを口にした。
「美奈?美奈、しっかりしなさい。あなたと隆信さんの結婚生活は終わったの。辛いかもしれないけど彼はあなたのことは愛してないの。分かるわよね?」
だが美奈は母親に手を握られたままじっと隆信を見ていた。
「美奈。すまない。一年も前から君のことを裏切っていた。きちんと話さなければと思ってた。でも言えなかった。それで咄嗟に頭の中に浮かんだ女性の名前を口にした。女と別れると言った。だが別れることは__桐山さんとは別れることが出来そうにないんだ。本当に申し訳ない」
美奈は目の前で頭を下げる夫に何も言わなかった。
だが口を開いたのは司だった。
「随分と勝手な言い分だな。自分の気持がはっきりしているならちゃんと美奈に言うべきじゃなかったのか?それにお前があいつの、牧野つくしの名前を出したことが、どんな影響を与えたか分かっているのか?関係ない女の名前を出すことでその女に迷惑がかかるとは考えなかったのか?」
「……司」
司は姉の声は耳に入らなかった。
美奈が夫の告白にショックを受け混乱していることは分かる。だが姪には母親がついている。姉が弟の気持が理解できるように、弟は姉の思いを感じ取ることが出来る。
椿は自分が結婚を許したばかりに、娘に辛い思いをさせたと後悔していることが分かる。
だが今の司は、美奈のことよりも牧野つくしのことが心を占めていた。
「お前が牧野つくしが浮気相手だと言ったことで、何が起きたか分かってるのか?美奈は相手の女を調べその女の会社へ行ってお前と別れろと手切れ金を突き付けた。突き付けられた相手は全く心当たりがないのに美奈に夫と別れろと言われ困惑した。あいつは否定したが美奈は信じなかった。美奈はお前の、夫であるお前の口から出た女を憎んだ。憎まれた女は自分がどうしてそこまで憎まれたかわからないまま_」
司はそこまで言って口を閉ざした。何故ならそこから先のことは自分が牧野つくしにしたことだからだ。そして自身も美奈の言葉を鵜呑みにし、牧野つくしが隆信の浮気相手だと思い彼女を傷つけるため近づいた。だが彼女を知れば知るほど惹かれていった。そして抱き合ったとき彼女が隆信の愛人などではないという真実を知った。
「….私….ひとりでどうしたらいいの?」
美奈は俯くとそう呟いた。
「美奈。大丈夫よ。あなたには私がついている。あなたの母親ですもの。でもあなたはもう二十歳よ。大人なの。それに結婚した時点で大人としての自覚はあったはずよね?自分のことは自分で責任を取ることが大人なの。結婚は相手があってのこと。ひとりでするものじゃないから終わりが来ることもあるわ。それならきちんと終わりを迎えなさい」
椿の言葉は娘を慰めているのか。それとも励ましているのか。
どちらにしても、そんな言葉に美奈は俯けていた顔を上げると、立ち上がり隆信の顔を見据えた。そして、つい今しがたの弱気の言葉を振り払うように手をあげると隆信の頬へ手を打ち下ろした。
鋭い音が響いた。
欺かれていた二十歳の妻は、もう一度手をあげると夫の頬をぶった。
だが夫は止めなかった。ぶたせることを止めなかった。ぶたれて当然のことをしたのだから、椿も止めなかった。それで美奈の気持ちが収まるならと夫も母親も美奈が何度も夫の頬を叩くのを止めなかった。
隆信が邸を去り、美奈が今夜はここへ泊ると客室へと足を向けると部屋には椿と司の二人だけになった。
「司。あなた、牧野さん….その人こと好きなんでしょ?どうするの?」
ソファに座っている椿は立ったままの弟に声を掛けたが、姉の言葉はまさに司が自身に問い掛けている言葉だ。自分の元を去った牧野つくしの心をどうすれば取り戻せるか考えていた。
「美奈があんたに頼んだことは馬鹿なことだけど、まさかそれを実行するとは思わなかったわ。あんたは美奈以上に大人だから分別だってあったでしょ?それなのに美奈に言われるままに行動するなんて、どうかしていたとしか思えないわね。仕事のし過ぎで魔が差したの?」
呆れたように話す椿は、それでも弟が姪の美奈に甘いことは知っている。
だが夫が浮気をしている。なんとかして欲しいの訴えに耳を傾け、良からぬ方法で力を貸すと決めたのは、身内に甘いとしか言えないが、血の繋がりというのはやっかいなもので、言われるがままに願いを叶えたとしか言えなかった。
「司。済んでしまったことは仕方がないわ。過去は変えられない。でも彼女を一番傷つけたのはあんたでしょ?どうするつもりか知らないけどちゃんとしなさいよ?」
椿はため息交じり言ったが、弟が隆信に向かって語った言葉の中から弟の思いを汲み取っていた。
そして美奈が部屋を出てから黙り込んだままの司は、その時初めて口を開いた。
「ああ。分かってる。彼女に許してもらうためならどんなことでもするつもりだ」

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ふ*******マ様
おはようございます^^
桐山氏が白石隆信のお相手でしたねぇ。
それにしても、隆信も美奈もつくしにどれだけ迷惑をかけたことか。
二人はつくしに謝罪するべきですよね?
さて。司は今までのような態度では無理ですね(笑)
平身低頭で行くのか?それとも?
何でもするそうですから、何でもして頂きましょう!
コメント有難うございました^^
おはようございます^^
桐山氏が白石隆信のお相手でしたねぇ。
それにしても、隆信も美奈もつくしにどれだけ迷惑をかけたことか。
二人はつくしに謝罪するべきですよね?
さて。司は今までのような態度では無理ですね(笑)
平身低頭で行くのか?それとも?
何でもするそうですから、何でもして頂きましょう!
コメント有難うございました^^
アカシア
2018.07.19 23:56 | 編集

司*****E様
隆信の相手は桐山でしたね(笑)
確かにお隣の恵子も怪しい気配がありましたねぇ。
そして、隆信と椿と美奈と司の四者会談は終わりました。
つくしもショックなことがありましたが、同様に美奈にもショックなことがありました。
つくしが傷付くことを望んだ美奈も傷付きましたが、つくしに酷いことをしたので仕方がありません。
そして司はつくしが今どうしているのか気がかりでしょうね。
何でもすると言った男。つくしに許してもらえる日が来るのでしょうか。
コメント有難うございました^^
隆信の相手は桐山でしたね(笑)
確かにお隣の恵子も怪しい気配がありましたねぇ。
そして、隆信と椿と美奈と司の四者会談は終わりました。
つくしもショックなことがありましたが、同様に美奈にもショックなことがありました。
つくしが傷付くことを望んだ美奈も傷付きましたが、つくしに酷いことをしたので仕方がありません。
そして司はつくしが今どうしているのか気がかりでしょうね。
何でもすると言った男。つくしに許してもらえる日が来るのでしょうか。
コメント有難うございました^^
アカシア
2018.07.20 00:01 | 編集

ま**ん様
おはようございます^^
白石隆信のお相手は、桐山というつくしのマンションの管理人でした。
美奈はこういう事実が発覚した今、諦めるしかない。
はい。椿もそう言っています。二十歳とは言え色々とまだ子供でしたね。
そしてただ巻き込まれたつくしは気の毒です。
傷ついた心を抱えた女は牛乳を買って帰りました!今頃飲んでいるのでしょうか?
そして司は、彼女の心の扉をどう開くのか。
頑張れ~司!でもつくしは簡単に許さなくていいですか?(笑)
コメント有難うございました^^
おはようございます^^
白石隆信のお相手は、桐山というつくしのマンションの管理人でした。
美奈はこういう事実が発覚した今、諦めるしかない。
はい。椿もそう言っています。二十歳とは言え色々とまだ子供でしたね。
そしてただ巻き込まれたつくしは気の毒です。
傷ついた心を抱えた女は牛乳を買って帰りました!今頃飲んでいるのでしょうか?
そして司は、彼女の心の扉をどう開くのか。
頑張れ~司!でもつくしは簡単に許さなくていいですか?(笑)
コメント有難うございました^^
アカシア
2018.07.20 00:03 | 編集

み***ん様
こんにちは^^
まさかの男!美奈も椿も司も驚きました!
隆信もまさか…と思ったところから、再会し自分が桐山のことが好きだと気付いた。
若い美奈の隆信との結婚は、美奈の勢いに負けて…そうですね。多分そうだったのでしょうね。
さあ。月曜です。どうなる二人?
コメント有難うございました^^
こんにちは^^
まさかの男!美奈も椿も司も驚きました!
隆信もまさか…と思ったところから、再会し自分が桐山のことが好きだと気付いた。
若い美奈の隆信との結婚は、美奈の勢いに負けて…そうですね。多分そうだったのでしょうね。
さあ。月曜です。どうなる二人?
コメント有難うございました^^
アカシア
2018.07.20 00:05 | 編集

と*****ン様
司!どうする~?
相手はあのつくし!
簡単には行かない!(≧▽≦)
それにしても本当に暑いですね。肌が痛い暑さです。
空気が熱を持ち過ぎて息をするのが辛いです(笑)
明日もこの暑さ…..。身体が持つでしょうか….。
アカシアの脳も暑くて溶けそうです!
コメント有難うございました^^
司!どうする~?
相手はあのつくし!
簡単には行かない!(≧▽≦)
それにしても本当に暑いですね。肌が痛い暑さです。
空気が熱を持ち過ぎて息をするのが辛いです(笑)
明日もこの暑さ…..。身体が持つでしょうか….。
アカシアの脳も暑くて溶けそうです!
コメント有難うございました^^
アカシア
2018.07.20 00:08 | 編集

か**り様
美奈の夫、隆信の浮気相手は、つくしの住むマンションの管理人でした。
1年間美奈を騙していた隆信。男が相手だとは言えませんでした。
このお話。誰が悪い?美奈も隆信も司も悪いですよね?
さあ司。つくしに懺悔して下さいね。そして美奈も隆信も同じです。
特に美奈!懺悔して下さい!
コメント有難うございました^^
美奈の夫、隆信の浮気相手は、つくしの住むマンションの管理人でした。
1年間美奈を騙していた隆信。男が相手だとは言えませんでした。
このお話。誰が悪い?美奈も隆信も司も悪いですよね?
さあ司。つくしに懺悔して下さいね。そして美奈も隆信も同じです。
特に美奈!懺悔して下さい!
コメント有難うございました^^
アカシア
2018.07.20 00:12 | 編集

H*様
そうです。隆信が悪いんです。
つくしが悲しむことになった諸悪の根源です!
可哀想につくしは美奈の告白にショックを受け、まだ呆然としていることでしょう。
そして社内恋愛が駄目になった時、これは厄介です。仕事は仕事ですから、嫌でも顔を合わせることになる。
つくしが慰謝料請求!(≧▽≦)彼女の性格からすると、そうですよねぇ..請求は出来ないでしょうねぇ。
コメント有難うございました^^
そうです。隆信が悪いんです。
つくしが悲しむことになった諸悪の根源です!
可哀想につくしは美奈の告白にショックを受け、まだ呆然としていることでしょう。
そして社内恋愛が駄目になった時、これは厄介です。仕事は仕事ですから、嫌でも顔を合わせることになる。
つくしが慰謝料請求!(≧▽≦)彼女の性格からすると、そうですよねぇ..請求は出来ないでしょうねぇ。
コメント有難うございました^^
アカシア
2018.07.20 00:15 | 編集

ま*こ様
お久しぶりです^^お元気ですか?そちらの夏はいかがですか?
日本の夏はいつの間にか熱帯になってしまいました(笑)
そうですよね。日本ではカミングアウトは難しいですね?
なるほど。そちらでは法の整備を進めているんですね。
隆信も桐山も日本では密かに付き合うしか出来ませんでした。
そして隆信には妻がいましたからねぇ…。
美奈がつくしに1億の迷惑料を払う!それいいですね!(笑)
本当にそれくらいして欲しいです。
そして道明寺司をセクハラで訴えて伝説の女になる!(≧▽≦)
それもいいかもしれませんね!
それにしても、本当に連日の猛暑でアスファルトの上で身体の水分が蒸発して焦げそうです(笑)
ま**様もお身体ご自愛下さいね。
コメント有難うございました^^
お久しぶりです^^お元気ですか?そちらの夏はいかがですか?
日本の夏はいつの間にか熱帯になってしまいました(笑)
そうですよね。日本ではカミングアウトは難しいですね?
なるほど。そちらでは法の整備を進めているんですね。
隆信も桐山も日本では密かに付き合うしか出来ませんでした。
そして隆信には妻がいましたからねぇ…。
美奈がつくしに1億の迷惑料を払う!それいいですね!(笑)
本当にそれくらいして欲しいです。
そして道明寺司をセクハラで訴えて伝説の女になる!(≧▽≦)
それもいいかもしれませんね!
それにしても、本当に連日の猛暑でアスファルトの上で身体の水分が蒸発して焦げそうです(笑)
ま**様もお身体ご自愛下さいね。
コメント有難うございました^^
アカシア
2018.07.20 00:17 | 編集

さ***ん様
さ***ん様の予想的中となりました^^
アメリカ滞在中に二人は出会い友人関係だった。
ただ桐山は友人のふりだったかもしれませんね?
美奈はショックでしたが、つくしに酷いことをしたんです。
仕方がないというか、ある意味しっぺ返しを食らったようになってしまいました。
隆信を平手で叩く美奈。それを甘んじて受けるのも仕方がありません。
そして司。隆信につくしが受けた迷惑を考えたことが無かったのか、と言いましたが、自分の行為も同じですからね。叩かれて殴られても文句は言えないはずです。
さあ、週明け月曜。どんな月曜なのでしょうか。
コメント有難うございました^^
さ***ん様の予想的中となりました^^
アメリカ滞在中に二人は出会い友人関係だった。
ただ桐山は友人のふりだったかもしれませんね?
美奈はショックでしたが、つくしに酷いことをしたんです。
仕方がないというか、ある意味しっぺ返しを食らったようになってしまいました。
隆信を平手で叩く美奈。それを甘んじて受けるのも仕方がありません。
そして司。隆信につくしが受けた迷惑を考えたことが無かったのか、と言いましたが、自分の行為も同じですからね。叩かれて殴られても文句は言えないはずです。
さあ、週明け月曜。どんな月曜なのでしょうか。
コメント有難うございました^^
アカシア
2018.07.20 00:19 | 編集

ア*******ク様
美奈も隆信も司も悪いです。
三人はつくしに謝らなければならないのは当然だと思います。
そして、傷ついたつくしの心を癒すことが出来るのは、彼女を一番傷つけた司でしょう。
三人とも人としてしなければならないことをする。それを期待したいと思います。
拍手コメント有難うございました^^
美奈も隆信も司も悪いです。
三人はつくしに謝らなければならないのは当然だと思います。
そして、傷ついたつくしの心を癒すことが出来るのは、彼女を一番傷つけた司でしょう。
三人とも人としてしなければならないことをする。それを期待したいと思います。
拍手コメント有難うございました^^
アカシア
2018.07.21 06:43 | 編集
