いつの間にか降り出した雨の中をつくしは歩いていた。
いつもなら15分で帰れる道だがまだマンションには辿り着かなかった。
日曜の夕方だというのに人通りが少ないのは雨だからか。
それとも何か別の理由があるのか。だが今はそんなことは正直どうでもよかった。
ただ、濡れた路面を走るタイヤの音だけが聞こえていた。
美容院に行った帰りにスーパーに寄ろうと思っていた。それは庶民的な料理でもいいと言った恋人に手料理をご馳走しようと思っていたから。
だがスーパーに寄る必要ななくなった。だから足は自然と自宅へと向いていたが、いつまでたってもマンションは見えてこなかった。
傘を持たずに出た。
だから雨は美容院で整えてもらった髪を濡らし、額に前髪が張り付いた。
ふと、視界に入ったのはコンビニ。その店に足が向いたのは、傘を買いたいというのではなく、牛乳が無いことが思い出されたからだ。
ニューヨークから戻り、空の冷蔵庫の中を補充するため一度買い物に出かけはしたが、牛乳を買うのを忘れていた。だからスーパーで買うつもりでいたが、恋人に料理を振る舞う必要がなくなった今となっては、わざわざスーパーへ行くのも面倒だと思った。
それにつくしがいつも飲む牛乳はどこにでもある牛乳であり、コンビニという便利さ重視の特性から若干値段が高いことを除けばどこでも買えるものだ。
「バカみたい….私もどこにでも売ってる牛乳と同じじゃない。売られる店で値段が少し違うとしても牛乳は牛乳で高級なワインじゃないんだもの。牛乳には興味ないわよね」
そう呟いたつくしはコンビニに入った。
店員はいらっしゃいませ、と言い雨に濡れた女に視線が向けられたが、さして興味もなさそうに視線は直ぐに外された。
何かを物色することなく、真っ直ぐに向かった棚で迷わず手を伸ばした。そして牛乳を手にレジへ向かったが、激しくなって来た雨に傘を買おうか迷った。
どうせあと少しの道のりだ。ここからなら走って帰ればなんとかなる。いつもならそう考えるはずだが、今は走る気力が湧かなかった。だから店の入口付近にあった透明なビニール傘を1本抜き、牛乳と一緒に店員に渡した。電子音がピッっと鳴り、レジに表示された金額725円。そして店員から「お会計725円です」と告げられると、財布から小銭を出し支払った。お釣りは25円ですと言われ受け取り財布に収め店を出た。
人は悲しいことがあっても日常の生活は支障がない。
お腹は空くしトイレにも行きたくなる。
買い忘れた牛乳も思い出すことが出来る。
こうしてコンビニで買い物をすることも出来るし傘をさすことも出来る。
今のつくしは、取り乱して何もかも手に着かないといった状態ではない。自分は落ち着いていると思っていた。
それでも、頬に冷たいものが流れるのは何故か。
視界に膜がかかったようにぼんやりと見えるのは何故か。
雨が視界を遮るからなのか。
いつか終わりを迎えることは、はじめから分かっていた恋が思いの外早く終わったことがショックだったのか。いや違う。恋など初めからなかった。あれは恋でも愛でもない。姪から頼まれたことを実行しただけ。姪の夫と不倫をしている女を引き離すための演技。
そして適当に相手をして捨てることが目的だった。
美奈と名乗った女性は、改めて思い出せば、切れ長の目元に挑戦的な鋭さを持った女性だった。道明寺司の姪であることから、当然のようにあった高い自尊心。姪も叔父と同じで特別な存在として生きて来たことが分かったが、率直で単刀直入であるところも同じだ。
叔父にとっては愛らしい姪。だから姪から頼まれた叔父は並外れた魅力でつくしを魅了した。
そう思えば、二人の間にあったのは恋愛ではなくただのセックス。
だがセックスのいろはも知らない女を相手にした時どう感じたのか。恐らく面白くなかったはずだ。
そして短かったが過ごした時間は彼にとってはどうでもよかった時間。知り合った頃の記憶をなぞれば分かりそうなものだ。好きだと言ってもらえた時間はその言葉とは裏腹に冷たく感じられた頃があった。その時は分からなかったが、言われた言葉の中に感情のヒントが隠されていたはずだ。だがつくしは、そのことに気付かなかった。
2週間と少しの間に見た夢のような世界だったが、それは見たことがない絵を見たと思えばいい。
交差することがない世界が一瞬だけ交差したと思えばいい。
そしてシンデレラの靴の気分を味わった。
月曜日からは、また普通の生活に戻るシンデレラ。
平凡な女の人生は所詮そんなもので、一緒に食事をしたり、眠ったりといったことはない。
歩きながらどちらからともなく手を繋ぐといったこともない。
つまりこの雨の向うにあるのは、魔法にかかった世界ではない。
それでも、前向きに恋を楽しみたいと思った女は、恋の魔法にかかった自分が好きだった。
そしてニューヨークでヘリの中から見たあの景色は忘れないはずだ。
深呼吸をして気持ちを落ち着けようとした。
いや。今この段階で自分の気持が落ち着かないとしても、いずれ落ち着くはずだ。
それに受け入れるのは簡単なはずだ。今は喪失感があったとしても、忘れることが出来る。
きっと明日会社に行く頃にはいつもの自分に戻っているはずだ。
だから頬を伝う涙はそのままに足を早め家路を急いだが、「失恋しちゃった…..」胸の中でそう呟いた。

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いつもなら15分で帰れる道だがまだマンションには辿り着かなかった。
日曜の夕方だというのに人通りが少ないのは雨だからか。
それとも何か別の理由があるのか。だが今はそんなことは正直どうでもよかった。
ただ、濡れた路面を走るタイヤの音だけが聞こえていた。
美容院に行った帰りにスーパーに寄ろうと思っていた。それは庶民的な料理でもいいと言った恋人に手料理をご馳走しようと思っていたから。
だがスーパーに寄る必要ななくなった。だから足は自然と自宅へと向いていたが、いつまでたってもマンションは見えてこなかった。
傘を持たずに出た。
だから雨は美容院で整えてもらった髪を濡らし、額に前髪が張り付いた。
ふと、視界に入ったのはコンビニ。その店に足が向いたのは、傘を買いたいというのではなく、牛乳が無いことが思い出されたからだ。
ニューヨークから戻り、空の冷蔵庫の中を補充するため一度買い物に出かけはしたが、牛乳を買うのを忘れていた。だからスーパーで買うつもりでいたが、恋人に料理を振る舞う必要がなくなった今となっては、わざわざスーパーへ行くのも面倒だと思った。
それにつくしがいつも飲む牛乳はどこにでもある牛乳であり、コンビニという便利さ重視の特性から若干値段が高いことを除けばどこでも買えるものだ。
「バカみたい….私もどこにでも売ってる牛乳と同じじゃない。売られる店で値段が少し違うとしても牛乳は牛乳で高級なワインじゃないんだもの。牛乳には興味ないわよね」
そう呟いたつくしはコンビニに入った。
店員はいらっしゃいませ、と言い雨に濡れた女に視線が向けられたが、さして興味もなさそうに視線は直ぐに外された。
何かを物色することなく、真っ直ぐに向かった棚で迷わず手を伸ばした。そして牛乳を手にレジへ向かったが、激しくなって来た雨に傘を買おうか迷った。
どうせあと少しの道のりだ。ここからなら走って帰ればなんとかなる。いつもならそう考えるはずだが、今は走る気力が湧かなかった。だから店の入口付近にあった透明なビニール傘を1本抜き、牛乳と一緒に店員に渡した。電子音がピッっと鳴り、レジに表示された金額725円。そして店員から「お会計725円です」と告げられると、財布から小銭を出し支払った。お釣りは25円ですと言われ受け取り財布に収め店を出た。
人は悲しいことがあっても日常の生活は支障がない。
お腹は空くしトイレにも行きたくなる。
買い忘れた牛乳も思い出すことが出来る。
こうしてコンビニで買い物をすることも出来るし傘をさすことも出来る。
今のつくしは、取り乱して何もかも手に着かないといった状態ではない。自分は落ち着いていると思っていた。
それでも、頬に冷たいものが流れるのは何故か。
視界に膜がかかったようにぼんやりと見えるのは何故か。
雨が視界を遮るからなのか。
いつか終わりを迎えることは、はじめから分かっていた恋が思いの外早く終わったことがショックだったのか。いや違う。恋など初めからなかった。あれは恋でも愛でもない。姪から頼まれたことを実行しただけ。姪の夫と不倫をしている女を引き離すための演技。
そして適当に相手をして捨てることが目的だった。
美奈と名乗った女性は、改めて思い出せば、切れ長の目元に挑戦的な鋭さを持った女性だった。道明寺司の姪であることから、当然のようにあった高い自尊心。姪も叔父と同じで特別な存在として生きて来たことが分かったが、率直で単刀直入であるところも同じだ。
叔父にとっては愛らしい姪。だから姪から頼まれた叔父は並外れた魅力でつくしを魅了した。
そう思えば、二人の間にあったのは恋愛ではなくただのセックス。
だがセックスのいろはも知らない女を相手にした時どう感じたのか。恐らく面白くなかったはずだ。
そして短かったが過ごした時間は彼にとってはどうでもよかった時間。知り合った頃の記憶をなぞれば分かりそうなものだ。好きだと言ってもらえた時間はその言葉とは裏腹に冷たく感じられた頃があった。その時は分からなかったが、言われた言葉の中に感情のヒントが隠されていたはずだ。だがつくしは、そのことに気付かなかった。
2週間と少しの間に見た夢のような世界だったが、それは見たことがない絵を見たと思えばいい。
交差することがない世界が一瞬だけ交差したと思えばいい。
そしてシンデレラの靴の気分を味わった。
月曜日からは、また普通の生活に戻るシンデレラ。
平凡な女の人生は所詮そんなもので、一緒に食事をしたり、眠ったりといったことはない。
歩きながらどちらからともなく手を繋ぐといったこともない。
つまりこの雨の向うにあるのは、魔法にかかった世界ではない。
それでも、前向きに恋を楽しみたいと思った女は、恋の魔法にかかった自分が好きだった。
そしてニューヨークでヘリの中から見たあの景色は忘れないはずだ。
深呼吸をして気持ちを落ち着けようとした。
いや。今この段階で自分の気持が落ち着かないとしても、いずれ落ち着くはずだ。
それに受け入れるのは簡単なはずだ。今は喪失感があったとしても、忘れることが出来る。
きっと明日会社に行く頃にはいつもの自分に戻っているはずだ。
だから頬を伝う涙はそのままに足を早め家路を急いだが、「失恋しちゃった…..」胸の中でそう呟いた。

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司*****E様
おはようございます^^
表面上は取り乱してはいない。傷付いていないように見えるかもしれませんが決してそうではありません。
司の態度にサインは出ていた。でもそんなこと分かりませんよね。
雨に打たれながらコンビニへ。
人は不思議なもので、何かがあって悲しんでいても、もうひとりの自分が別のことを考えていることがあるんですよね。
え?策士桜子が現れるのか?桜子先生は恋愛エキスパート。
酸いも甘いも嚙み分けた女。彼女ならつくしの今をどう表現するのでしょうね?
コメント有難うございました^^
おはようございます^^
表面上は取り乱してはいない。傷付いていないように見えるかもしれませんが決してそうではありません。
司の態度にサインは出ていた。でもそんなこと分かりませんよね。
雨に打たれながらコンビニへ。
人は不思議なもので、何かがあって悲しんでいても、もうひとりの自分が別のことを考えていることがあるんですよね。
え?策士桜子が現れるのか?桜子先生は恋愛エキスパート。
酸いも甘いも嚙み分けた女。彼女ならつくしの今をどう表現するのでしょうね?
コメント有難うございました^^
アカシア
2018.07.18 21:17 | 編集

と*****ン様
え?会社に行けるのか?
う~ん、真面目な彼女ですからねぇ。行くと決めたら行くと思います。
でもねぇ…。
熱中症で休みます!アカシアも賛成です!
それにしても本当に暑いですね?いつの間に日本の気候は熱帯になったのでしょう...。
コメント有難うございました^^
え?会社に行けるのか?
う~ん、真面目な彼女ですからねぇ。行くと決めたら行くと思います。
でもねぇ…。
熱中症で休みます!アカシアも賛成です!
それにしても本当に暑いですね?いつの間に日本の気候は熱帯になったのでしょう...。
コメント有難うございました^^
アカシア
2018.07.18 21:20 | 編集

す**様
ありがとうございます!
大人の彼は時にこのような人ですが、愛は一途ですからね(笑)
コメント有難うございました^^
ありがとうございます!
大人の彼は時にこのような人ですが、愛は一途ですからね(笑)
コメント有難うございました^^
アカシア
2018.07.18 21:21 | 編集

さ***ん様
どこにでもある牛乳はどこでも買える。
そんな女….。
25円のお釣りに来た!(≧▽≦)
財布が重くなるので出来るだけ小銭は溜めたくないのですが、レジで後ろに人が待っているとつい、札を出してしまいます。
恋の魔法はニューヨークでかかりましたが、東京で解けたようです。
楽しんでいた自分がいましたが残念です。
今は哀しんでいますが、吹っ切れた時、女は強いんですよね?つくし頑張れ!
コメント有難うございました^^
どこにでもある牛乳はどこでも買える。
そんな女….。
25円のお釣りに来た!(≧▽≦)
財布が重くなるので出来るだけ小銭は溜めたくないのですが、レジで後ろに人が待っているとつい、札を出してしまいます。
恋の魔法はニューヨークでかかりましたが、東京で解けたようです。
楽しんでいた自分がいましたが残念です。
今は哀しんでいますが、吹っ切れた時、女は強いんですよね?つくし頑張れ!
コメント有難うございました^^
アカシア
2018.07.18 21:32 | 編集
