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2018
07.16

出逢いは嵐のように 70

雨が降っていた。
どんなにいい天気の空だとしても、まだ梅雨明けしていない空からは突然雨が降ることがある。
そしてザーザーと降る雨は、窓を叩いているのが分るが部屋の中まで音は届かなかった。

だが窓から眺める外の景色が黒く滲んで見えるのは、司が心の中に抱えた後悔がそうさせるのか。人を騙すということは褒められたことではない。嘘は時に真実を隠すために用いられることがあるが、それでも嘘をつけば、いつか嘘をついた本人はその嘘に苦しめられることになる。

そして司は真実とはかけ離れた場所にいた女性に嘘をついた。騙して付き合うことをした。
だが彼はその女性を好きになった。それは愛し合って知った自分の気持。今までどんな女性にも感じたことがない愛おしいという感情。だが今は取り返しのつかない思いだけを抱えていた。

あの時、私たちの恋とは言わず私の恋は今日で終わりですと言われたが、それが嘘をついた男に対する答えであり、受動的な恋しかしてこなかったと言った彼女の初めて能動的な振る舞いは、あの瞬間動きを止めたということになる。
そして私の恋が終わったとは、これ以上何も話すことはないという彼女の意志表示。
大きな黒い瞳が彼を見ることはなく答えはそれだけだった。










椿が東京に着いたのは日曜日の夕方。
美奈に連絡をしたが、今叔父様と一緒に世田谷の邸にいると言われすぐに向かった。
そして弟が唇を固く引き結び窓の外を眺めている姿と、美奈がごめんなさい。と今にも涙が溢れそうになった顔で謝っている姿に、何があったにしろ娘が何かしたことに間違いはないと確信した。そしてそれが、美奈と夫の隆信のことだと直ぐに気付いた。

「美奈。あなた隆信さんが浮気をしてるって話は本当なの?」

美奈はその問いかけに、叔父が話したのだと知ったが、躊躇いながらも母親に「…うん」と頷いた。

椿は、少し前に受けた娘からの電話に何かあったのではないかと思い、美奈が大好きな叔父様と呼ぶ弟の司に電話をしていた。そしてその時、美奈の夫が浮気をしている、愛人がいる。そんな話を訊かされた。

椿は美奈が18歳の時、結婚を承諾したが、それはかつて自分の初恋が無残にも引き裂かれたから。だから娘の初恋は実らせてやりたいと思っていた。それに母親は出来る限り娘の望みを叶えてやりたいと思う。我が子の願いはどんなことをしてでも叶えてやりたいと思うのが母親だ。

そして美奈が結婚したいと言った相手は、美奈が通う大学の卒業生であり、椿が親しくしている大学教授を通し知り合った。白石隆信の家は代々医者の家系で、都内で病院を経営している裕福な家ということもあり、家格の差というものは、さして気にならなかった。
そして家は隆信の兄が医者として家を継いでいた。

年は美奈より一回り上だがいい青年だと感じた。
仕事は若くして道明寺グループの関連会社である不動産会社の役員をしており、反対する理由は美奈の若さだけだったが、結婚にあたって持ち出した条件は、大学をきちんと卒業すること。ただそれだけを条件に結婚を許した。だがその結婚も2年で暗礁に乗り上げたようだ。

そしてその暗礁に乗り上げた結婚生活を元に戻そうとした娘が取った行動は、まだ二十歳という若さが考える浅はかさなのか。叔父に夫の愛人を誘惑して欲しい。弄んで捨てて欲しい。そんな破廉恥とも言えることを考える我が子には呆れるしかなかった。



「ねえ美奈。隆信さんの口から相手の女性の名前が出たそうだけど、あなた司にその女性を弄んで捨てろって….どうしてそんなことを頼んだの?そんなことしても隆信さんの心が戻ってくるとは限らないでしょ?」

椿は諭すように話し始めたが、未成年でも結婚すれば法律では大人として扱われる。
そして二十歳の今。まさに大人と言われる年齢の我が子はどんな言葉を返すのか。

「だってお母様。私彼と別れて欲しいってその人の会社まで会いに行ったの。でもその人は彼のことは知らないってとぼけたのよ?それから私の前から逃げたの。だから叔父様に頼んだの…….その人がいなくなれば彼の心は私の元へ戻って来る。相手の女が彼を捨てれば私のところへ戻ってくると思ったの。だから__」

美奈は言葉に詰まり、うな垂れたが、その態度は自分の行動が間違っていたことを認めたということだ。

お嬢様として育った美奈は気位の高いところがあるが、心根は優しい子だ。
だがまだ結婚して2年で夫の浮気にショックを受け放っておこうという気になれなかったのは理解出来る。そして母親に言えずに叔父に相手の女を誘惑して欲しいと頼んだのは、美奈がこの結婚が自分の我儘で叶ったことを理解しているから、夫が浮気をしていると言えなかったのだと分かる。だがそうしたプライドの高さが全く関係ない女性の心を傷つける結果になったようだ。


「…..美奈。いい?人を愛する心はね、あなたが言うように簡単じゃないのよ?複雑なの。
隆信さんが相手の女性から捨てられたとしても、目の前に出された別の愛を受け取ればいいって気にはならないのよ?もし今のあなたの前にあなたのことを好きだって人が現れてもその人のことが好きになれるの?そうじゃないでしょ?失ったからって簡単に別のもので心の寂しさを埋めることは出来ないのよ?」

椿はそこまで言って美奈の様子を見ながら「それに」と言葉を継いだ。

「隆信さんの愛があなたにないなら何をやっても同じ。
あなたももう二十歳なのよ?そのくらい分るでしょ?それなにどうしてこんなことをしたの?あなたに傷つけられた女性。その人のことを考えてごらんなさい。それに隆信さんの相手はその人じゃないわね?そうよね司?」

椿は弟から美奈のたくらみを電話で訊かされた時、相手の女性に何かした訳じゃないわよね、と訊いたが弟は何も言わなかった。だが椿はつい先ほどまで窓際で外を眺めていた弟の態度に感じるものがあった。何しろ親代わりに面倒を見た弟だ。幾つになっても姉から見れば弟は弟であり、年を取り感情を隠すのが上手くなったとは言え、背中から後悔に満ちている様子を伺うことが出来た。だからその女性との間に何かあったことは間違いないと思っていた。

そして、
「ああ。隆信が牧野…….彼女のマンションに出入りする姿はあったが彼女じゃない。……あいつは隆信の女じゃない」
と、返された言葉は幾らかしんみりとしていたことから、弟もバカなことをしたのだと確信した。

「そう。あんたが…..そう言うなら確かね?」

「ああ。確かだ」

ビジネスに於いて眉ひとつ動かすことがないと言われる弟も姉の前では素直だが、言葉には深い落胆が感じられた。それは美奈に頼まれ恋を仕掛けたが、ミイラ取りがミイラになったということだ。つまり、弟はその女性を好きになっているということだ。


「美奈。それで隆信さんは今日はゴルフなのね?そろそろ戻って来る時間なんでしょ?」

椿は思考を美奈と隆信の事に戻し時計を見た。

「こうなったらはっきりさせましょう。私から隆信さんに電話をするわ。ここへ来てもらいましょう。これから二人は夫婦としてどうするのか話し合いなさい」

椿は言って、それから再び弟に目を向けた。

「それから司も隆信さんの女性関係を調べてるのよね?だからそのうち分かるでしょうけど、本人に訊いた方が早いわ。どうして関係ない女性の名前を出したりしたのか本人にはっきり訊きましょう。いいわね?」





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コメント
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dot 2018.07.16 08:31 | 編集
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dot 2018.07.16 08:40 | 編集
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dot 2018.07.16 08:50 | 編集
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dot 2018.07.16 09:10 | 編集
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dot 2018.07.16 10:50 | 編集
H*様
おはようございます^^
そうなんです。連日の暑さでダウンしそうです(笑)
熱があるのでは?と思うほど身体が熱いです。
この季節はそちらへ避暑に行きたいです!

司のような叔父がいるから美奈もあんなことを思い付いたんでしょうね(笑)
しかし美奈もつくしが夫の浮気相手ではないと知りました。それなら誰が?
夫の白石隆信を呼びつけることにした椿。さすが椿お姉さんです。
隆信の到着を待ちましょう。
え?司を苦しめていいんですか?了解です!(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.07.16 21:39 | 編集
司*****E様
おはようございます^^
さて椿が到着。
これからの司は椿の力が必要になるかもしれませんね?
そしていよいよ隆信が登場なのか?
司と別れたつくしはどうしたのか?衝撃的な告白の後ですからねぇ....。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.07.16 22:15 | 編集
さ***ん様
司と美奈の背中に「反省中」と書いた紙を貼ってやる!(≧▽≦)
いいですね~。
そして椿お姉さん登場!頼れる人の登場です。
はらたいらさんに全部賭けるよりお姉さんに賭けたい(≧◇≦)
はい。反省会の一番の主役はつくしの名前を出した隆信です。
お前が一番悪い!と言われるのは間違いありません(笑)
隆信、早く来い!
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.07.16 22:25 | 編集
ふ*******マ様
おはようございます^^
本当に毎日暑いですね~。
色々なお洗濯も捗ることは間違いありませんね?
役者が揃う。白石氏に会える。
本当に白石隆信の発言からこうなったんですから、一番悪いのは隆信です。
やはり頼れるのは椿お姉さん。司も美奈も反省中です(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.07.16 22:35 | 編集
み***ん様
おはようございます^^
二十歳のお嬢様が1億用意できる。
それはもう資産家のお嬢様ですからねぇ。実家がお金持ちだと違います(笑)
そんなお嬢様の美奈も反省中。
そして白石隆信。美奈の夫を呼びつけることにした椿お姉さん。
やはり彼女の判断力と行動力は的確です。
そして今頃つくしはどうしているのか...。
束の間の恋。傷ついているはずです。司は反省して彼女の心を取り戻すことを始めて欲しいですね?
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.07.16 22:41 | 編集
ア********ク様
こんにちは^^
司も美奈も椿に叱られて当然ですよね。
でも一番悪いのはつくしの名前を出した美奈の夫です。
全く関係のない女性を巻き込んでしまったこの騒動。
椿お姉さんの帰国で終焉を迎えるのでしょうか。
そしてつくしに去られた司は反省していますが、ここから先のつくしはどうするのでしょうねぇ。
拍手コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.07.16 22:51 | 編集
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