出逢いは嵐のように 62

帰国して４日目の日曜の朝。
カーテンを開けて外を見ればいい天気だった。
昨日は桜子と食事をしたが、家にいることで安心感があったのだろうか。普段あまり飲む事がないのだが、桜子が持参したワインをぐいぐい飲んだ。
二日酔いとは言わないが、少し飲みすぎた感があり太陽の光りを眩しく感じたが、こんなにいい天気なのだからと窓を開け放ち、空気の入れ替えをして洗濯物をベランダに干した。
隣人の恵子は昨日から実家へ戻っていて、窓は締め切られているはずだ。
ベランダの仕切り板の隙間から鼻だけを覗かせるレオンもいない。
下を通る車の音を除けば、静かな日曜の朝といった感じだ。

今日は天気がよければ浴室のカビ取りをするつもりでいた。
２週間留守にしていたことから、換気が不十分だったのかカビが生えているのを発見した。
窓を開け換気に気を配りゴム手袋をはめ、メガネをかけ、カビが生えている箇所にカビ取りスプレーを噴霧したが、塩素系洗剤のその臭いにクラっと来て慌てて浴室の外へ出た。

数分間待って水を流すのだが、待っている間に頭を過るのは恋人のことだ。
日曜日のこの時間。何をしているのだろうか。
副社長という立場から２週間日本を留守にすれば、しなければならないことが山のようにあるはずだ。だから次に会えるのはいつになるとは、はっきりと約束が出来なかった。

それでも月曜になれば会えるはずだ。
そうは言っても、社内で恋人として振る舞うことはないのだが、エネルギー事業部石油・ガス開発部別室という副社長直轄の部署のメンバーは、副社長がつくしのことを好きだという発言を間近で見聞きしているのだから、彼らの目を気にするなという方が無理だ

だがだからといって二人の関係が、ニューヨーク出張前とは変わったことを話そうとは思わないが、やはり話した方がいいのか。いや。話さなくても彼らは知ってしまうかもしれない。
そしてそれが公然の事実として、なんとなく部署内に広がっていくというのが、社内恋愛のパターンだ。

そうだ。二人の関係についてはそれでいいはずだ。別に自ら宣言する必要はないはずだ。
それに彼らは副社長に選ばれた優秀な人材であり、副社長の意向に反することはしないはずだ。それが企業人として大企業の中を生き抜いていくための決まりごとのようなものなのだから、普通にしていればいいはずだ。

つくしは時計を見た。
もうそろそろ薬剤を流していいはずだと思い、浴室に戻り水をかけたが、カビはキレイに消えていた。







＊＊＊







「牧野つくしですが、どうやら叔父様と付き合いを始めたようです」

「そう。それで？」

美奈は深紅のマニュキュアが塗られた指で長い髪をうしろにかきあげながら男からの報告を訊いた。

「はい。こちらはお二人がニューヨークから帰国したとき、彼女のマンションの前で撮られた写真です」

渡された写真には叔父の司がリムジンから降り、牧野つくしと話しをする姿があった。

「お二人は車を降りてから少しの間ですがお話しをされていました。それからこちらがその次の写真です」

次に男が差し出した写真は、司が女の肩に手を置いて頭を傾けた姿が写っていた。
暗がりで遠くから撮影されたものだが男が女の頬に顔を寄せていることが分かる。その様子はキスをしようとしている姿だ。

「牧野つくしはこのあと一人でマンションに入り、叔父様もこの場を去りました」

男の報告を訊いた美奈の形の良い唇には自然と冷笑が浮かんでいた。

「分かったわ。もういいわ。下がってちょうだい」








大学に入学し間もなく結婚した美奈は、高校生の頃からひと目を引く美しさがあったが、それは母親のモデルばりのプロポーションと美貌と受け継いだからだが、それと同時に高いプライドも持ち合わせている。だが時にハッとするほど無垢な笑顔を向ける。
結婚後、そんな若くて美しい妻を夫である隆信は愛していた。美奈にとってもそれまで自分の周りにいた同じ年頃の男たちよりも、１２歳の年の開きは頼もしさを感じさせた。
新居はマンションではなく一軒家だが、美奈の父方の祖父の土地に建てられた家は広々としていて、二人の生活は牧野つくしが現れるまでは円満だったはずだ。

男を下がらせた美奈は出かける支度をしていた。
夫は今日もゴルフだと言って家を出た。
それなら美奈がどこで何をしようと関係ないはずだ。





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