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2018
07.06

出逢いは嵐のように 61

「牧野さん。お帰りなさい。ニューヨークいかがでしたか?」

つくしは金曜の夜。ニューヨーク土産のチョコレートを手に隣人の岡村恵子の部屋を訪ねた。
そしてドアを開けた途端。上がり框(かまち)で激しく尻尾を振るチワワのレオンに迎えられた。小さな犬の零れ落ちそうな黒い瞳が潤んで見えるのはいつものことだが、つくしを大歓迎するレオンはなんと可愛いことか。

犬は自分のことが好きな人間は分かるというが、レオンはつくしが自分を好きでいてくれる以上につくしのことが好きなだようだ。そして犬は嬉しさに興奮すると「うれション」と言って少量のおしっこを漏らすことがあるが、レオンは久し振りにつくしと会ったことで興奮したのか廊下で粗相をした。

「あ~あ、レオン。また漏らしたの?しょうがないわねぇ」

恵子は手にしたペーパータオルで廊下に小さな地図を書いたレオンのおしっこを拭きとった。

「この子本当に牧野さんのことが好きなのね?牧野さんがいない間もベランダの仕切りの隙間に鼻を挿し込んでクンクン臭いを嗅いでたんですよ。もうこの子は立派な牧野さんのストーカーですよ」

恵子にそう言われたレオンは、つくしに抱き上げられると彼女の顔をペロペロと舐めた。
そしてひとしきり歓待すると床に降ろされ、いつものようにダイニングテーブルの席についたつくしの真下に陣取りじっと彼女を見つめていたが、そんなレオンの姿に恵子はお茶を淹れながら言った。

「なんだかねぇ。レオンって牧野さんのこと自分の彼女だと思ってるみたいなんですよ。だからレオン、牧野さんの職場が変わって週末預かってもらっていたのが無くなって、会える回数が減ったこともそうですが、牧野さんが出張に出て1週間たったくらいから牧野さんの部屋の方を向いて悲しそうに鳴くんですよ。それも本当に悲壮感一杯の鳴き方をするんです。切ないって言うんですか?ホント振られた人間の男みたいな悲しげな声で鳴くんです。くう~んってね。なんだかもう私まで切なくさせられる鳴き方なんですから、この子うちで飼われるより牧野さんに飼われた方がよっぽど幸せなのかもしれませんね」

だが恵子は大袈裟に言っているだけで、レオンは誰が自分の飼い主であるか知っている。
犬は家族に順位をつけると言うが、恵子とレオンは二人暮らしの家族で、レオンにとっては恵子が主だ。そしてレオンにすれば、恵子というママがいるから、つくしは彼女といった感覚なのだろう。
そのくらい熱烈な愛情を示してくれるレオンだが、もしライバルが現れたとすればどんな態度を見せるのか。

つくしはニューヨークで道明寺司と恋人同士になったが、恵子が言うようにレオンがつくしのことを自分の彼女だと思っているなら、引き合わせたらどうなるだろう。
レオンはラテン語でライオンという意味だが、つくしの恋人になった道明寺司もライオンのような男だ。ライオンと呼ばれる一匹とひとりが向き合った姿を想像すると自然と頬が緩むが、彼は犬が好きだろうか。それとも嫌いなのだろうか。訊いてみようと思った。
そして小さなチワワを抱いている大きな男の姿を想像すると可笑しかった。

「….まき…さん?牧野さん?」

「えっ?ご、ごめん訊いてなかった」

「それで牧野さん。ニューヨークはどうでしたか?出張ですけど観光する時間はあったんですよね?自由の女神とかミュージカルとか見たんですか?……それと道明寺司。副社長に同行でしたよね?2週間ずっと傍にいたんですよね?」

恵子の口調は興味津々で期待に満ちていた。
ニューヨーク観光に来た人間なら誰もが見ると言われるアメリカ合衆国の自由の象徴である自由の女神。そして演劇に興味がある人間なら必ず見るミュージカル。
自由の女神はグンターとフェリーの上から見た。そして恋人とヘリで夜景遊覧でも見たが、どちらの女神像も素晴らしかった。
それにミュージカルは楽しかった。そしてその後の出来事がつくしの心を道明寺司に向けるきっかけになった。怖い思いをしたが、奥手と言われる女が恋をしようと思うきっかけをくれた。

「うん。女神も見たし、ミュージカルも行ったわ。美味しいものも食べたし、それにね_」

と言いかけて口を閉じた。
それにね、の先は道明寺司についてだが話そうか話すまいか迷った。だが恵子はつくしの言いかけた言葉にすぐに反応を示した。そして心配そうな表情になった。

「牧野さん。もしかして向うで何かあったんですか?牧野さんニューヨーク出張に出かける前にうちに来てくれたとき、この出張なんだか気が重いって言ってましたよね?もしかして向うで危険な目に遭ったとか何かあったんですか?」

向うで危険な目に遭ったことは確かだがそれ以上のことが起きた。
出発前、恵子の家に立ち寄り話をしたが、この出張が副社長から惚れたと言われ、付き合って欲しいと言われたことからの出張であることは言わなかった。

そしてつくしは、副社長である道明寺司と付き合い始めたことを恵子に告げることを迷っていた。たが話すことに決めた。恵子はおおらかな性格だが、看護師という仕事柄繊細なところも持ち合わせている。それに自分の経験は面白可笑しく話をするが、だからといって他人のことを揶揄して話しをする女性ではない。だからつくしが道明寺司と付き合い始めたことを人に吹聴して歩くとは思えなかった。つまり恵子は案外口が堅い真面目な女性だ。そんな彼女になら話してもいいだろうという気になった。

「あのね、恵子ちゃん。私ね、副社長と付き合い始めたの」

「えっ?…….牧野さん、それ本当ですか!?凄いじゃないですか!牧野さんが言う副社長ってあの道明寺司ですよね?道明寺ホールディングスの道明寺司ですよね?」

お茶を啜っていた恵子は鳩に豆鉄砲ではないが目をまん丸にして湯飲みをテーブルに置き、つくしの顔をじっと見つめた。そして自分で訊いておきながら、まさか本当ですかといった顔をした。

「うん。そうあの道明寺司だけど....」

と答えたところで、実はニューヨーク出張に出る前から付き合いたいと言われていたことを打ち明けた。すると恵子は、もしかして牧野さん玉の輿じゃないですか?と言ったが、つくしは結婚することはないと答えた。

「それどういう意味ですか?だって牧野さん、失礼ですけど35歳ですよね?….あ、もしかして道明寺副社長から結婚する気はないって言われたんですか?それってちょっと酷くないですか?35歳の女と付き合うならその女性の人生の責任を考えるべきじゃないですか?それに牧野さんもそれでいいんですか?将来を見据えた付き合いを考えなくていいんですか?」

恵子の疑問はもっともなことだと思う。
だがつくしは、大人の恋愛、大人の付き合いでいい。恋を楽しみたいと副社長に言ったことを告げた。
すると恵子は怪訝な表情をした。

「私には信じられません。あの道明寺司と付き合い始めたんですよね?でも将来を考えない付き合いだなんて…..それって男の方に都合がいい付き合いとしか思えませんけど、本当にそれでいいんですか?」

恵子は呆れたような顔をしているがつくしは小さく笑ってみせた。

「恵子ちゃん。だって考えてみてよ。私とじゃ立場が違い過ぎるでしょ?」

「でも……」

「いいのよ恵子ちゃん。自分の気持に正直になって考えたとき、恋を楽しもうって決めたの。だから結婚とか、そういったものを考えることはしてないの」

その言葉に、恵子の顔は呆れたような顔から今度は不思議そうな顔に変わった。

「そんなものなんですかねぇ……。私は30歳ですけど、それでも将来のことを考えますよ。今の彼と結婚出来るかどうかとか……色々考えます。でも牧野さんがそれでいいならいいんですけどね…..」

お茶を飲み干したつくしは、湯飲みをテーブルに置くと、ため息交じりに話す恵子に今夜は帰国の報告に来ただけで長居をするつもりがないと言って部屋に戻ることを告げた。

「あ、牧野さん。入れ違いになるところでしたけど、私明日からレオンを連れてちょっと実家に戻ってきます。だから今晩会えて良かったです」








***








そして翌日の土曜は桜子がつくしのマンションに来た。

「牧野先輩。お帰りなさい。それからお土産ありがとうございます。このチョコレート。日本では絶対に手入れることが出来ないチョコレートです。それにアメリカでも入手困難って言われるチョコレートですよ?どうやって手に入れたんですか?」

リビングの二人掛けソファに座る桜子に、これニューヨークのお土産だからと言ってチョコレートを渡したが、その箱をまじまじと見つめた女は、このチョコレートは知る人ぞ知る海外セレブ御用達のプライベートチョコレートブランドであると言い、今度はお茶を運んで来たつくしの顔をじっと見つめた。

「うん。早川さんがこれお土産用にどうぞって用意してくれたの」

ニューヨークでつくしの世話をしてくれた早川恭子は、旅に出た日本人の土産を配る習性を理解しているだけに、幾つかのチョコレートを土産用に用意してくれていた。そしてそのチョコレートを渡した人間は管理人の桐山と隣人の岡村恵子だが、そんなに凄いチョコレートだとは知らなかった。

「先輩。早川さんって誰ですか?」

「え、ああ、ええっと……」

早川のことをどう説明しようかと少し間を置いて答えようとしたが、桜子は矢継ぎ早に訊いた。

「先輩。私訊きましたよね?2週間の出張は婚前旅行じゃないですよねって。それでどうなんですか?道明寺副社長から惚れてるって言われたその後です。それから言いましたよね?ニューヨークで何かあったら教えて下さいって」

覚えている。あれはつくしの歓迎会の後だった。
電話で歓迎会があったこと。そこで副社長から惚れたと言われたこと。それからニューヨークへ出張することになったことを伝えたが、その時桜子から事後報告を求められた。

「….うん。付き合うことになった」

と言えば、そこから先の反応は岡村恵子とほぼ同じだ。
嘘!でもやっぱりねぇ。先輩も道明寺さんの魅力には抗えませんよねと言ったが、ほぼと言ったのは、つくしが司との未来を考えていない、ただ恋を楽しみたいと言ったことに対しての反応が違ったからだ。

「先輩がそれでいいならいいと思いますよ。恋愛は目標を決めてするものじゃありませんから。でも本心を言えば最終的に道明寺副社長と結婚できればそれは凄いことです。
もしそうなったら凄く羨ましいですけどね?何しろ相手は誰もが憧れる人ですから。でも所詮雲の上の人なんですよね。だから先輩が選択した大人の付き合いって言うんですか?それでもいいと思います」

そこまで話した桜子は、沈黙したつくしの胸のうちを聞き取ったらしく、
「それにもし恋が駄目になったとしても、私たちには仕事がありますから。それに先輩はこのマンションのローンが残ってるはずです。だから先輩は何があっても働かなきゃいけない人間なんです。恋が終っても悲しんじゃいられません」と言った。

桜子は正直だ。
義理堅くて気が利くが現実主義者だ。
だがいざとなれば女の最大の武器と言われる涙を上手に使うことが出来る。
そして恋愛については、酸いも甘いも嚙み分けた女だ。
それに世間を見つめる目が厳しい女の言葉は訊いている人間を納得させる。
つまり職場恋愛は終わった後が悲劇だと言いたいのだろう。

「私は先輩より恋愛経験が豊富です。でもその中で本当の恋があったのかって振り返ったとき、正直分かりません。それに私思うんです。恋って甘い香りがするはずだって。だからお伺いします。先輩の恋は甘い香りがしていますか?」

つくしは正直に頷いた。
恋人が纏う香りはつくしにとっては甘い香りだ。

「うん。甘い香りがする。私は受動型の恋しかしてこなかったから良く分からなかった。それに無理はしない。変化を求めない堅実型って言われる人間でしょ?そんな性格の女だから恋には不向きだと思ってた。でも副社長に恋をしてから変わったの。今まで人に料理を食べさせたいなんて思ったこともなかったけど、自分の作った料理を食べてもらいたいと思えるようになった。それにね、偶然かもしれないけど、ニューヨークから帰国したとき注文していたフライパンが届いてたの。それで料理を作ったらどんな顔をして食べてくれるか。そんなことも想像出来るようになったの」

今日は早速そのフライパンを使って料理をするつもりだ。

「…..そうですか。先輩随分と乙女になっちゃいましたね。でもいいと思いますよ。恋はミステリーですから。それに恋って頭で考えるものではありませんし、経験があったとしても流れる音楽はその都度違うんです。それから先輩の堅実型の性格は言い換えれば頑固って意味ですから。そんな先輩でも恋をすれば変わるもんですね?それから色々言いましたけど私は応援しますから。たとえ先輩の恋のお相手が道明寺司っていう世界的にいい男で短い恋だとしてもね」

と笑った。
だからつくしも笑い返した。

「じゃあ早速届いたフライパンでパスタ。作りましょうか。それからワイン。持ってきましたからね。ぱぁーっといきましょうよ!今日は先輩の恋のスタートのお祝いですから」

と言って桜子は持参してきたエプロンを纏った。





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コメント
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dot 2018.07.06 09:22 | 編集
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dot 2018.07.06 23:20 | 編集
司*****E様
おはようございます^^
恵子と桜子。
年齢やそれぞれが置かれた立場によって考え方が違うのは当然ですね?
そうですね。つくしは前向きに恋を楽しむことを決めたので、桜子の方が自分の気持を伝えるには伝えやすかったかもしれませんね?そして届いたフライパンでまず料理を振る舞ったのは桜子でした!
いつか司にも料理を振る舞う日が来るのでしょうか。その時は何を作るのでしょうねぇ(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.07.08 15:25 | 編集
さ***ん様
そうです。マンションのローンがあるので恋が終っても悲しんでいることは出来ません。
働け、つくし!(≧▽≦)
桜子の言葉は現実と対峙しながら前を向いて頑張ろう!と言っているようです。
そしてこの桜子さん。恋はミステリーで流れる音楽はその都度違うと言う。さすが恋の達人は違いますねぇ(笑)
つくしの脳裡に流れる音楽はどんな音楽なのでしょうねぇ。さゆりちゃんの「能登半島」....ではないと思います!
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.07.08 15:35 | 編集
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