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2018
07.04

出逢いは嵐のように 60

東京の午後10時は、サマータイムのロスでは午前6時だ。
そんな時間に電話をかけてくる姉は余程話したいことがあるのだろう。
だが時差を考えた上で司が比較的自由な時間といえば、今のような時間になることを理解しているのだろう。そしてこの時間に弟が執務室にいると思う姉は、弟は出張から戻ればそこにいることを知っているようだ。
だが実際出張明けは、一日中執務室に籠ることが多く、今日もその通りになっていた。

そして人の話を聞かないと言われる姉だが、常識がない訳ではなかった。
それに大人になった弟の話には耳を貸す様になった。
姉の権威を振りかざすこともなく、対等に話が出来るようになった。
だがかつては弟の話をバッサリと切り捨てることもあった。とは言え弟はそんな姉が愛しみの眼差しで彼を見つめ、母親代わりに育ててくれたことは深く感謝していた。

そんな姉は学生時代親の認めない相手と恋をし、失恋を経験し、親が認める相手と結婚をした。だが親の決めた相手とはいえ、分かり合えるところがあったのか。政略結婚と言われた姉の結婚も、出会いのきっかけにしか過ぎなかったのよ、と本人の口から言われるようになっていた。

そして姉は自分の幸せな結婚生活に、「私はあなたが選んだ相手ならどんな人でも賛成するわ」と言って物分かりの良さを示し弟に結婚の予定があるのか確認しようとするが、司は結婚するつもりはないと言い続けていた。
だがその思いも今は変わりつつあるのだが、今姉が気にしているのはいつまでたっても結婚しない弟のことではないはずだ。



忙しいところごめんなさい。と言って次に口にしたのは、やはり美奈のことだ。

『ねえ、司。美奈のことなんだけど、あの子あんたに何か言ってこなかった?』

椿の口調は切羽詰まったとは違い落ち着いていたが、未成年で結婚した二十歳の娘の心配をする母親の声はどこか心配そうだ。

『あの子、大学には通ってるようだけど隆信さんと何かあったのかしら。先週電話で話しをしたらどうも様子がおかしいの。隆信さんはお元気なのって訊いたら出張してるから知らないってけんもほろろなの。それに言葉にはしないけど感じるのよ。あの子が何かを言いかけてるって。でも言えないのね。それで心配になってね。もし何か知ってたら、うんうん、何か訊いてたら教えて欲しいの。今あの子の一番近くにいる身内と言えばあんたしかいないでしょ?それにあの子は子供の頃からあんたの事が好きで付き纏ってたし何か訊いてない?』

椿は娘に何かあったと気付いたようだ。
だが司は美奈から口止めをされていた。
未成年だった美奈と白石隆信との結婚は、願いが叶えられないなら駆け落ちをすると言う美奈の強行突破のような形で行われ、我儘を押し通した形で行われた。
だからこそ上手くいっていないことを母親には知られたくはないと言い、叔父である司に夫が浮気していると相談してきた。

そして夫を愛しているという美奈は、夫の愛人を誘惑してくれ。
虜にして弄んで捨ててくれと言った。
そして美奈の頼みを聞き入れたが、司が夫の愛人と言われた牧野つくしを好きになったことで、物事は美奈の思惑とは違った方向へ進んでいた。だからこうなった以上は美奈の母親である椿にも現状を伝えなければといった気になっていた。
そうしなければ美奈が何か仕出かすのではないかという思いと共に、娘の幸せを一番願っているのは母親なのだから、やはりこういった問題は母親の力を借りる方がいいと思った。

『司。何か訊いているのね?』

椿は何も答えない弟に質問を繰り返した。

「美奈は…..」

と、ようやく司が口を開く。

「美奈の夫は浮気をしているそうだ。隆信に愛人がいると言われた」










『……そう。あの子が言いたかったのはその事なのね』

司は姉が衝撃を受けるのではないかと思っていたが、受話器の向うから聞こえた声は落ち着いていた。
それは、子供が大きくなるにつれ身に付いた母親として我が子を思う声。
その声に多くの思いを感じ、司はこれまでの経緯をかいつまんで話した。
美奈が愛人と思われる女から夫を取り戻すため、叔父である司に相手の女を誘惑してくれ。
虜にして弄んで捨ててくれと頼んだことを。だがそれを実行したかどうかまでは話さなかった。ただ美奈がそういったことを望んでいた事実を伝えたが、椿からは意外な言葉が返ってきた。

『私もあの人に浮気されたことがあったわ。だけど子供たちは知らないわ。だから司も言わないでね。もう済んだことだし遠い昔のことだから』

椿の口調は昔を懐かしむようにサラリと言った。
だが司は姉の結婚生活は順風満帆だと思っていた。
それに姉もこの人と結婚出来て幸せだと言っていた。
だが浮気されたことがあったと言われ、済んだことであり遠い昔のことだと言う以上、司はそれが何時どういった状況だったかは訊ねなかった。

『結婚生活は波風が立たない方がいいに決まってるわ。でも大なり小なり波は立つわ。それにこればかりはどうしようもないわね?こういった問題は二人で解決していくしかないけど、話し合ってもどうにもならないこともあるわ。それに隆信さんが美奈と別れたいって言うならそれまでよ。男なんて他にいくらでもいるわ。それにあの子はまだ若いわ。人生の勉強をしたと思えばいい話よ。それに今どき離婚なんて珍しくないわ。あの子なら大丈夫。傷ついたとしても立ち直るわ』

司は椿のこんなことくらい何でもないわよ。の口調に面食らったが、隆信が美奈と別れたいならそれまでだ。の言葉はもしかすると、未成年の娘の結婚を許してしまったばかりに、こういったことになったのかという後悔があるのだろうか。

『そんなことよりも、あんたに相手の女性をどうにかして欲しいと頼むのは、考え方としてどうなのかしらね?まさか司。実行してないわよね?もし相手が隆信さんの浮気相手だとしても、ゲームか遊びで女性を抱くことは男として最低よ』

非難が含まれたその言葉に、この会話が電話越しの会話であったことに胸を撫で下ろした。
姉は弟の表情を読むことが得意だ。それは血の繋がりがあるからこそだが、何しろ親代わりだった椿は、司が大人になる過程で経験したこと全てに責任を持っていた。だから弟の頭の中にあることは、お見通しといってもいいほど知っていた。だからもし今目の前に椿がいれば、司の思考を読んでいたはずだ。
だがたとえ目の前にいなくても、司が沈黙したことに何かを感じ取ったことは間違いないが、椿は考えているのか少し黙った。そして言った。

『近いうちに東京へ行くわ。美奈と話すわ。それから隆信さんともね…..それから司。相手の女性に何かした訳じゃないわよね?相手の女性を弄んで捨てるなんてこと、私が許さないからね』





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コメント
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dot 2018.07.04 07:08 | 編集
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dot 2018.07.04 07:45 | 編集
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dot 2018.07.04 13:31 | 編集
ふ*******マ様
おはようございます^^
お姉さんもすっかり母。その娘が問題を持ち込んだばかりにこんなことに!
司も美奈も叱られる!(≧▽≦)
司も姉には頭が上がりませんからねぇ。
そして、浮気騒動の真相にも徐々に近づいてきたように思われます。
本当ですよね?司のついた嘘がバレなきゃいいんですけどねぇ(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.07.05 21:33 | 編集
司*****E様
おはようございます^^
母親は子供のことなら些細な事でも分かるものです。
それが電話でもちょっとした声のトーンや間の取り方で分かるんですよね。
椿もそうでした。
そして司も母親代わりに育ててくれた椿には、頭が上がりません。
今はいい年ですが、それでも顔を見ながら話せば、椿は弟の表情に感じ取れるものがあるはずです。
椿はいつ東京へ?
そして白石隆信の浮気相手は?白石さんかなり慎重(≧▽≦)確かにそうかもしれません。
証拠を掴むことが出来るのでしょうかねぇ。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.07.05 21:41 | 編集
と*****ン様
わはは!(≧▽≦)
お姉さ~ん!弟さん。相手の女性に手を出しましたよ!(≧◇≦)
司は親代わりに育ててくれた椿には頭が上がりません。
姉が東京に来る頃にはどんなことになっているのでしょうね。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.07.05 21:47 | 編集
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