次の日の夕方には司の要求により生じていた問題のすべてが片付いていた。
つくしは目の前で起きていることにどうしていいのか考えあぐねていた。
******
司はノートパソコンに表示されているメールを読むと返信を打ちはじめた。
そして彼は自分が書いた文章を読みながら考えていた。
未開発鉱区の開発にかかる工費の仮見積もりが出ていた。
どうするか・・・
このプロジェクトは道明寺HDが今まで手がけてきた事業の中でも最も野心的な分野になることは間違いないと思っていた。
近隣鉱区のなかにはすでに資本比率の半分が中国資本にとって代わっているところもある。
日本の産業と経済の発展の為にも道明寺HDでの開発は欠かせないだろう。
もしこの国からの鉄鉱石の輸出がストップすれば日本の経済は今以上に困窮するだろう。
1960年代にここA国の鉄鉱石資源が確保されてから今日まで日本の需要の約60パーセントを賄っている。
だからこそ道明寺でこの産業の一翼を担い、ゆくゆくはメジャー2社の先を行くシェアを日本で得たいと考えていた。
戦後日本の経済回復と発展をけん引した産業は鉄だ。
その頃は国内製鉄所の近代化とともに海外の製鉄原料の確保が大きな課題だった。
今は安価な海外製品にシェアを奪われつつあるが、いつまでも海外に依存していては産業の空洞化を招くのは目に見えている。
花沢物産と美作商事は日本の大手製鉄会社の代理としてメジャー2社との価格交渉をおこなっていた。類はその為の交渉でA国を頻繁に訪れていたわけだろうが・・・
類・・幼なじみだからと言って仕事も女のこともあいつに負けるわけにはいかない。
広いプレジデンシャルスイートのどこかで物音がするのを感じ取った司はメールを保存すると居室から隣のリビングルームへと通じるドアを開けた。
どこかで誰かが歩き回る音と何かを開け閉めする音がしていた。
司はその音のする方へと歩いて行くとひとつの部屋の前で足を止めドアノブをぐっと握りしめると一気に開け放った。
そこには女がいてしゃがみこんでなにかをしていた。
「いったいここで何をやってるんだ?」
低い声がつくしの後ろから聞こえてきた。
司はそこにいるはずがないつくしの姿を見て驚いていた。
「牧野どうやって入ったんだ?」
つくしは驚いて振り返った。
「なにやってるんだじゃないですよ!」
つくしは立ち上がりそして近づいてくる司を見た。
「西田さんに電話して聞いても知らないって言われるし!」
つくしは手にしていた携帯電話を司に向けてきた。
「なんのことだよ?」
司が聞いた。本当になんのことだか分からなかった。
ただどうして牧野がここにいるのかが不思議だった。
「さっき外から帰ってきて部屋に入ろうとしたらカードキーが反応しないからフロントに確認に行ったんです。そうしたらミス牧野のお部屋は変わりましたって言われました!それで新しいカードキーを渡されたので・・」
「そんなこと海外じゃよくある話しじゃないか?」
司は何をそんなに慌てているんだとつくしを見ていた。
「ええ、それはもちろん知ってます。よくあることです」
「で、今度は何号室になったんだ?」
「だからと言ってどうして私の部屋が支社長と同じ部屋になるんですかっ!」
つくしは何を言ってんだこいつはという顔で自分を見る男を見ていた。
「はぁ?なんのことだよ?」
「ちょっと来て下さい!」
つくしは思わず司の腕を掴むと部屋の奥まで引っ張って行った。
「ほら!私の荷物があるじゃないですかっ!」
そう言ってつくしが指差した先には彼女のスーツケースが置かれていた。
「あれ、おまえの荷物?」
「そうですよっ!」
「なんでここにあるんだ?」
「それはこっちが聞きたいです!」
つくしの剣幕に司は心ならずも怯みそうになった。
「フロントで新しいカードキーを渡されてミス牧野のお部屋はこちらですって言われたとき、助かりましたなんて言われたから何のことかと思って聞いたら、ホテルがオーバーブッキングで予約を受けていて私が支社長と同じ会社の人間だからスイートに宿泊している支社長と同じ部屋をシェアして宿泊してくれって!」
「なんだそりゃ?」
司も怪訝な表情で答えると、自分の視線の下に立つつくしを見た。
「そんなのありますか?いくら同じ職場の人間だからって男と同じ部屋ですよ?
トランスファー(近くの他のホテルの手配)をしてくれって言ってもどこのホテルも満室で同じだって言われたんですよ?」
司がなかなか言葉を差し挟むことが出来ないほどつくしは喋っている。
「どうしてこんなアホなことが起きるんでしょうね!」
司はつくしが懸命に話す様子を見ていてなんとも愛らしと思っていた。
「なんで満室になったんだって聞いたら近くのコンベンション施設で国際学会の年次総会の本会議があって世界中から人が集まってきてるんだって・・」
つくしは司がまるで何かの被害者を見るような視線を向けていると感じていた。
「支社長、西田さんはどこですか?西田さんと支社長でこの部屋を使ってもらって私が西田さんの部屋に移ります」
つくしは言い切った。
「西田か?」
「 はい 」
「西田は午後から東部の大河原との合弁会社へ飛んだぞ?」
「 い、いつ?!」
「昼飯すんでからだったな?」
と答えた司の声は至極まじめだった。
「西田さんこれから暫く3人同一行動ですって言ってたじゃないですか!」
なんだか面白いことになってきたぞ。
「そう・・だったか・・?ホテル側としては二部屋も空いたんだからよかったじゃ・・・」
「良くない!」
つくしは即座に反論した。
「どうするんですかっ!わたし泊まるところがないじゃないですか!」
司自身は世界中のどこへ行っても部屋がないなどと言う経験はしたことが無かった。
これは司にとってこれまでの人生中で最も重要度の高い事案に思えてきた。
「いいんじゃねえの?この部屋他にもベッドルームがあるんだし牧野が使っても俺は問題ないぞ?」
司はつくしの切羽詰まった必死さに笑いそうになっていた。
こいつが今までにこんなに感情を出すなんて俺といたときにあったか?
無かったよな・・・
「支社長なに言ってるんですか!私が問題があります。どっかのドラマじゃあるまいし
だ、男性と同じ部屋を分け合うとか、そんな非常識なことが・・」
つくしは赤面しないようにと自らに言い聞かせた。
「じゃあどうするんだ?」
「・・・・・・」
つくしはしばし黙り込んだ。
「まったく知らない人間じゃあるまいし、おまえなに心配してるんだ?」
「いいですか支社長、孔子の教えに『男女7歳にして席を同じゅうせず』と言うことわざがあります」
「牧野も西田から勉強したのか?孔子か!俺も知ってるぞ!君子危うきに近寄らずだろ?」
司は思わず笑いそうになったがこれ以上つくしを苛立たせないように無表情をつくろった。
「違います!」
「他にも知ってるぞ膝を割って話すだろ?」
司は真剣に言った。
「ひ、膝を割ってどうするんですかっ!それを言うなら膝を交えてですけどっ?」
つくしは反感を示すために、皮肉っぽく言った。
「とにかく家族でも親戚でもない男女が一緒に密室にいるなんてことは、も、問題が起きてからじゃ遅いんです!」
つくしは思った。どうしよう!なんでこんな状況に?
ただでさえ滋さんからあんなことを聞かされているだけに意識するなって言うほうが無理なのに。それも最近必要以上にやたらと近くに寄って来るように感じていた。
私だって滋さんにあんなこと言われて意識していないわけじゃないのに・・・
外国でしかも同じ部屋になんて例え無駄に広いスイートでも泊まれるわけがないじゃない!
「牧野、落ち着け。そんなに言うなら俺がフロントに確認してやるよ。どうしてこんな状況になったんだかってな?」
つくしは司がフロントと電話で話す様子を黙って聞いていた。
司は話しを終えたのか受話器を戻していた。
「西田だ」ようやく口を開いた。
「 え? 」
つくしが小さく言うと司は面白がるようにつくしを見た。
「西田だ。あの男がおまえの部屋替えを了承したらしいぞ?」
「でもっ、さっき電話したら知らないって・・・」
二人は互いの顔を凝視した。
司自身も驚いているようだった。
そしてゆっくりと意図的に口角を上げていた。
「そ、そうですか・・」
つくしは弱々しい声で返事をしていた。
そして会話はようやく終を迎えていた。
つくしは手に握りしめていた携帯電話をぼんやりと見つめると自分の鞄のなかにしまった。
太陽が昇るような気持。
とても簡単で、しごく単純で世界中の誰もが知っていることだ。
牧野とこうして話しているうちにこいつの硬さが霧のように消えた。
今までこいつはどこか俺に壁を作ったような態度だった。
今は司が特別の努力を払わなくても会話が自然に弾んだ。
膝を交えるか・・ようはこう言うことだよな? いい言葉だと思った。

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未開発鉱区の開発にかかる工費の仮見積もりが出ていた。
どうするか・・・
このプロジェクトは道明寺HDが今まで手がけてきた事業の中でも最も野心的な分野になることは間違いないと思っていた。
近隣鉱区のなかにはすでに資本比率の半分が中国資本にとって代わっているところもある。
日本の産業と経済の発展の為にも道明寺HDでの開発は欠かせないだろう。
もしこの国からの鉄鉱石の輸出がストップすれば日本の経済は今以上に困窮するだろう。
1960年代にここA国の鉄鉱石資源が確保されてから今日まで日本の需要の約60パーセントを賄っている。
だからこそ道明寺でこの産業の一翼を担い、ゆくゆくはメジャー2社の先を行くシェアを日本で得たいと考えていた。
戦後日本の経済回復と発展をけん引した産業は鉄だ。
その頃は国内製鉄所の近代化とともに海外の製鉄原料の確保が大きな課題だった。
今は安価な海外製品にシェアを奪われつつあるが、いつまでも海外に依存していては産業の空洞化を招くのは目に見えている。
花沢物産と美作商事は日本の大手製鉄会社の代理としてメジャー2社との価格交渉をおこなっていた。類はその為の交渉でA国を頻繁に訪れていたわけだろうが・・・
類・・幼なじみだからと言って仕事も女のこともあいつに負けるわけにはいかない。
広いプレジデンシャルスイートのどこかで物音がするのを感じ取った司はメールを保存すると居室から隣のリビングルームへと通じるドアを開けた。
どこかで誰かが歩き回る音と何かを開け閉めする音がしていた。
司はその音のする方へと歩いて行くとひとつの部屋の前で足を止めドアノブをぐっと握りしめると一気に開け放った。
そこには女がいてしゃがみこんでなにかをしていた。
「いったいここで何をやってるんだ?」
低い声がつくしの後ろから聞こえてきた。
司はそこにいるはずがないつくしの姿を見て驚いていた。
「牧野どうやって入ったんだ?」
つくしは驚いて振り返った。
「なにやってるんだじゃないですよ!」
つくしは立ち上がりそして近づいてくる司を見た。
「西田さんに電話して聞いても知らないって言われるし!」
つくしは手にしていた携帯電話を司に向けてきた。
「なんのことだよ?」
司が聞いた。本当になんのことだか分からなかった。
ただどうして牧野がここにいるのかが不思議だった。
「さっき外から帰ってきて部屋に入ろうとしたらカードキーが反応しないからフロントに確認に行ったんです。そうしたらミス牧野のお部屋は変わりましたって言われました!それで新しいカードキーを渡されたので・・」
「そんなこと海外じゃよくある話しじゃないか?」
司は何をそんなに慌てているんだとつくしを見ていた。
「ええ、それはもちろん知ってます。よくあることです」
「で、今度は何号室になったんだ?」
「だからと言ってどうして私の部屋が支社長と同じ部屋になるんですかっ!」
つくしは何を言ってんだこいつはという顔で自分を見る男を見ていた。
「はぁ?なんのことだよ?」
「ちょっと来て下さい!」
つくしは思わず司の腕を掴むと部屋の奥まで引っ張って行った。
「ほら!私の荷物があるじゃないですかっ!」
そう言ってつくしが指差した先には彼女のスーツケースが置かれていた。
「あれ、おまえの荷物?」
「そうですよっ!」
「なんでここにあるんだ?」
「それはこっちが聞きたいです!」
つくしの剣幕に司は心ならずも怯みそうになった。
「フロントで新しいカードキーを渡されてミス牧野のお部屋はこちらですって言われたとき、助かりましたなんて言われたから何のことかと思って聞いたら、ホテルがオーバーブッキングで予約を受けていて私が支社長と同じ会社の人間だからスイートに宿泊している支社長と同じ部屋をシェアして宿泊してくれって!」
「なんだそりゃ?」
司も怪訝な表情で答えると、自分の視線の下に立つつくしを見た。
「そんなのありますか?いくら同じ職場の人間だからって男と同じ部屋ですよ?
トランスファー(近くの他のホテルの手配)をしてくれって言ってもどこのホテルも満室で同じだって言われたんですよ?」
司がなかなか言葉を差し挟むことが出来ないほどつくしは喋っている。
「どうしてこんなアホなことが起きるんでしょうね!」
司はつくしが懸命に話す様子を見ていてなんとも愛らしと思っていた。
「なんで満室になったんだって聞いたら近くのコンベンション施設で国際学会の年次総会の本会議があって世界中から人が集まってきてるんだって・・」
つくしは司がまるで何かの被害者を見るような視線を向けていると感じていた。
「支社長、西田さんはどこですか?西田さんと支社長でこの部屋を使ってもらって私が西田さんの部屋に移ります」
つくしは言い切った。
「西田か?」
「 はい 」
「西田は午後から東部の大河原との合弁会社へ飛んだぞ?」
「 い、いつ?!」
「昼飯すんでからだったな?」
と答えた司の声は至極まじめだった。
「西田さんこれから暫く3人同一行動ですって言ってたじゃないですか!」
なんだか面白いことになってきたぞ。
「そう・・だったか・・?ホテル側としては二部屋も空いたんだからよかったじゃ・・・」
「良くない!」
つくしは即座に反論した。
「どうするんですかっ!わたし泊まるところがないじゃないですか!」
司自身は世界中のどこへ行っても部屋がないなどと言う経験はしたことが無かった。
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司はつくしの切羽詰まった必死さに笑いそうになっていた。
こいつが今までにこんなに感情を出すなんて俺といたときにあったか?
無かったよな・・・
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だ、男性と同じ部屋を分け合うとか、そんな非常識なことが・・」
つくしは赤面しないようにと自らに言い聞かせた。
「じゃあどうするんだ?」
「・・・・・・」
つくしはしばし黙り込んだ。
「まったく知らない人間じゃあるまいし、おまえなに心配してるんだ?」
「いいですか支社長、孔子の教えに『男女7歳にして席を同じゅうせず』と言うことわざがあります」
「牧野も西田から勉強したのか?孔子か!俺も知ってるぞ!君子危うきに近寄らずだろ?」
司は思わず笑いそうになったがこれ以上つくしを苛立たせないように無表情をつくろった。
「違います!」
「他にも知ってるぞ膝を割って話すだろ?」
司は真剣に言った。
「ひ、膝を割ってどうするんですかっ!それを言うなら膝を交えてですけどっ?」
つくしは反感を示すために、皮肉っぽく言った。
「とにかく家族でも親戚でもない男女が一緒に密室にいるなんてことは、も、問題が起きてからじゃ遅いんです!」
つくしは思った。どうしよう!なんでこんな状況に?
ただでさえ滋さんからあんなことを聞かされているだけに意識するなって言うほうが無理なのに。それも最近必要以上にやたらと近くに寄って来るように感じていた。
私だって滋さんにあんなこと言われて意識していないわけじゃないのに・・・
外国でしかも同じ部屋になんて例え無駄に広いスイートでも泊まれるわけがないじゃない!
「牧野、落ち着け。そんなに言うなら俺がフロントに確認してやるよ。どうしてこんな状況になったんだかってな?」
つくしは司がフロントと電話で話す様子を黙って聞いていた。
司は話しを終えたのか受話器を戻していた。
「西田だ」ようやく口を開いた。
「 え? 」
つくしが小さく言うと司は面白がるようにつくしを見た。
「西田だ。あの男がおまえの部屋替えを了承したらしいぞ?」
「でもっ、さっき電話したら知らないって・・・」
二人は互いの顔を凝視した。
司自身も驚いているようだった。
そしてゆっくりと意図的に口角を上げていた。
「そ、そうですか・・」
つくしは弱々しい声で返事をしていた。
そして会話はようやく終を迎えていた。
つくしは手に握りしめていた携帯電話をぼんやりと見つめると自分の鞄のなかにしまった。
太陽が昇るような気持。
とても簡単で、しごく単純で世界中の誰もが知っていることだ。
牧野とこうして話しているうちにこいつの硬さが霧のように消えた。
今までこいつはどこか俺に壁を作ったような態度だった。
今は司が特別の努力を払わなくても会話が自然に弾んだ。
膝を交えるか・・ようはこう言うことだよな? いい言葉だと思った。

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コメント
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a***ana様
西田さんナイスですか?
きっと色々と考えた結果そうしたのでしょう。
今、東部へ出張中ですが戻って来たときに何か言うかもしれません。
子牛ときみこの話を思いだしました?(笑)
わたくしもあのお話を読んだ時は笑えました。
続きを楽しみにして頂いて有難うございます。
西田さんナイスですか?
きっと色々と考えた結果そうしたのでしょう。
今、東部へ出張中ですが戻って来たときに何か言うかもしれません。
子牛ときみこの話を思いだしました?(笑)
わたくしもあのお話を読んだ時は笑えました。
続きを楽しみにして頂いて有難うございます。
アカシア
2015.10.31 22:02 | 編集
