二週間がたった。
3人は月曜の朝に東京を出発した。
つくしは社用ジェットに乗るのはもちろん初めてだった。
そして窓の外を眺めながら気持ちを落ち着かせようとしていた。
7時間程のフライトを経て尾翼に「D」のマークをつけたガルフストリーム社のジェットは
空港の北端で停止した。
一台の黒塗りのメルセデスがジェット機に近づくと、運転手が降りて来て直立不動の
姿勢で立っている。
その傍らで空港の係員が機体にタラップをつけるために作業をしている。
そこはA国北西部の港湾都市にあるP国際空港だった。
キャビンのドアが開き、一人の男が外の様子を確認するとキャビンのなかを振り向き頷いた。
ほどなく特徴的な黒い髪をした長身の男が戸口に立つと乾燥した空気と強い陽射しのなか
タラップを降りて来た。
運転手の男は司と彼に付き従う秘書と思わる男と一人の女性を乗せると目的地に向かって動き出した。
彼らよりも先に到着していた旅客機の乗客は長い列にならび、通関手続きを取るはずだ。
空調のきいた涼しい機内から踏み出した大地は年間を通じて降水量が少なく、昼夜の気温差が激しい土地だ。
そして車は真っ赤なベンガラ色のような大地のなか、にぎやかな通りへと進んでいた。
司と西田とつくしは買収先となった鉱山の現地法人を訪れるために北西部の都市を訪れていた。
そしてその街は1960年代から鉄鉱石の積み出し港として栄えて来た港湾都市だ。
車は街路樹の連なる通りに入ると少しスピードを落としていた。
運転手の隣に座っていた西田が後ろを振り返ると話しはじめた。
「支社長、A国は禁煙法が施行されており全面的に禁煙の場所がほとんどです。政府が所有する建物は全面禁煙ですし、こちらの州でも公共施設内での喫煙は出来ません」
西田は司が自分に都合の悪いことはすでに忘れているかもしれないと思い言い添えた。
「ああ、わかってるよ!この国には何度も来てるからわかってるぞ!」
「では、暫く滞在するのですからこの際支社長も禁煙に挑戦されてはいかがですか?」
つくしは司の頑固そうな自信顔を見て黙っていられなくなった。
「そうですよ、支社長ってヘビースモーカーですよね?」
つくしは確信をこめて言った。
司は隣に座るつくしの目をひたと見つめた。
「そうですよって下じゃ煙草は吸ってねぇぞ?」
「吸っていなくても匂いが染みついていますからわかります」
つくしがそう言うと司は急に黙り込んだ。
司のだんまりは西田にとっては悪しき兆候だった。
「支社長、言っておきますがホテルの浴室で煙草を吸うのはおやめください。ペナルティーが課せられますし、換気扇を通じで匂いが拡散しては困ります。子供ではないのですから隠れて吸うなどおやめ下さい。
ご承知かと思いますがホテルは館内はもとより客室も全面禁煙ですので必ず指定された場所でお吸いになって下さい。ホテルによっては敷地内全部が禁煙と言うところもあるくらいですから、まだましだと思っていただきたい」
「クソッ!おい西田、じゃあ禁煙ガムでも買って来い!」
自己修練なんてくそくらえだ!
西田も俺が煙草をやめられない事についてはよく承知してるはずだぞ!
「はい。ご用意させていただいております。煙草が吸えないくらいで周りにあたられては困ります」
「牧野さん、申し訳ございませんがこちらのガムを牧野さんにお預けしますので、支社長がイライラしてきましたら与えて下さい」
西田はそう言うと鞄から箱を取り出しつくしに渡した。
「西田!与えて下さいって俺は畜生か?」
司が言い返した。
「ご不満ですか?」
「いや・・まっ仕方ねぇよな?」
司は一度歯を食いしばると喉元に出かかっていた言葉を飲み込んだ。
司は思った。牧野からガムを与えられている俺か・・・
『 支社長おくちをあーんとしてね♡ 』
『 お、おう。牧野もっと近くに来ないと俺のくちに届かないぞ? 』
・・・・いいんじゃねぇの?
「では、牧野さん申し訳ございませんがよろしくお願いいたします」
「え?あの、ちょ、ちょっと待って下さい西田さん!でもそれは・・・」
「牧野さん、あなたは支社長の部下ですね?」
西田はかすかに眉をあげて言った。
「はい。そうです・・」
「こちらの国にご同行いただいているのも牧野さんに今後の事業展開の勉強をして頂きたいという支社長のご意向もあります。我々は常に同一行動となる訳ですが、わたくしでは目の届かないところもありますからそこはやはり女性としての心配りと言うものが必要ではないかと思いますが」
西田はまるで押しの強いセールスマンのようにつくしに語りかけた。
「はい・・」とつくしは言葉を返すので精一杯だった。
「ではこれからの滞在中よろしくお願いいたします」
********
司は西田の用意周到な計画に感心していた。
二週間まえ、A国から送られてきた調査書類を検討した。
その結果やはり一度現地へ飛んで視察をするべきだと言うことになった。
それを勧めたのは西田だった。
このプロジェクトの潜在的な収益率を考えるなら今、訪問するべきだと。
先行の人間はすでに現地の鉱山の視察に入っていた。
そして今回この新規プロジェクト、未開発鉱区の開拓に関して西田は牧野を俺のサポートに付けてきた。
西田のやつ、いいとこあるじゃねぇか?
ここなら類にも邪魔されることもなく牧野のことを口説けるぞ。
こう言うシチュエーションはなんて言うんだ?
社内恋愛ってか?
それともオフィスラブか?
なんかいいな、その響き!
俺と牧野の二人っきりで遅くまで残業していつの間にかいい雰囲気になって、机の上に押し倒す・・・
あ、やべぇ・・・
牧野っ、おまえ俺の頭ん中じゃとんでもねぇことになってんぞ!
こうして車内で隣に座ってこいつのシャンプーだかなんだか知らないが何かの匂いを嗅ぎ
牧野の髪に顔を埋めてみたい衝動と闘ってるんだから、俺も相当我慢強いんじゃねぇか?
そんな思いが司の頭を駆け巡るうちに彼らの乗ったメルセデスは堂々としたたたずまいのホテルの前で停止した。
A国北西部は大河原との合弁会社の時とは異なり時差は日本より1時間遅くなる。
ホテルに着いた時は現地時間で昼と夜との間ほどの時間だった。
過去に一度も自分でチェックインをしたことがない司はつくしがフロントへと歩いて行く姿を見てあいつどこへ行くんだと思っていた。
「おい西田、牧野はどこへ行ってるんだ?」
「チェックインですが?」
「なんだよそれ?」
司は抑揚のない声で言った。
「ですから、ご自分の宿泊の手続きです」
「西田、なんで牧野だけ自分でチェックインしてるんだ?」
「なぜと言われましても、一般の宿泊客はそのようにするのが常ですが?」
「そのくら俺だって知ってるぞ!」
「ではなにが?」
西田は眉をひそめて司を見た。
「だ、だから牧野の部屋だけどよ?」
「牧野様は司様とはフロアを別にご用意しております」
「なんでだよ!」
「なんでと申されましても、何か不祥事が起きては困りますので」
西田は穏やかに言った。
何だよ不祥事って?司は思った。
「西田、おまえこの出張に牧野を同行させるようにしたのはおまえだよな?その意図はいったいなんなんだ?」
「意図と申しますと?」
西田は辛抱強く聞いた。
「だから!おまえは俺の・・」
「わたくしは司様の初恋を応援してはいますが、ビジネスと恋は一緒にするべきではありません。ビジネスはビジネスです。恋と戦争は手段を選ばないとは申し上げましたがビジネスがおろそかになるようでは応援は致しかねます」
「きっ、禁煙ガムはどうすんだよっ!あいつから貰えっておまえ言ったよなっ?」
司が言葉を差し挟んだ。
「司様、ホテルの部屋の中で牧野様にそのようなことを求められてはあの方も困惑されるどころか不審な思いで司様をご覧になりますよ?ガムが与えられるのはあくまでも公共の施設で煙草が吸えない場合です」
司は黙り込んだ。
「この出張で牧野様のお気持ちがご自分に向くように努力されてみてはいかがかと思いましたがご不満でしょうか?」
司は西田の厳しい目を見ながらことビジネスに関してこの男は融通が利かないということを思い出していた。
そしてあきらめと苛立ちの混じった声で言った。
「ちくしょう!おい西田、ガムはミント味にしろ!」
束の間、静寂の時が流れた。
「 御 意 」
西田はゆっくりと頭を下げた。

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いつも応援有難うございます。
昨日はご心配をおかけ致しました。
そして沢山のお見舞いのお言葉と励ましの拍手を有難うございました。
いつも淡々とお話しか書いていないのに気に留めて頂き有難うございます。
本日は昨日の分とまではいきませんが気持ち長めに書いてみました。
皆様も季節の変わり目ですので体調の変化にはご留意下さいませ。 *アカシア*
3人は月曜の朝に東京を出発した。
つくしは社用ジェットに乗るのはもちろん初めてだった。
そして窓の外を眺めながら気持ちを落ち着かせようとしていた。
7時間程のフライトを経て尾翼に「D」のマークをつけたガルフストリーム社のジェットは
空港の北端で停止した。
一台の黒塗りのメルセデスがジェット機に近づくと、運転手が降りて来て直立不動の
姿勢で立っている。
その傍らで空港の係員が機体にタラップをつけるために作業をしている。
そこはA国北西部の港湾都市にあるP国際空港だった。
キャビンのドアが開き、一人の男が外の様子を確認するとキャビンのなかを振り向き頷いた。
ほどなく特徴的な黒い髪をした長身の男が戸口に立つと乾燥した空気と強い陽射しのなか
タラップを降りて来た。
運転手の男は司と彼に付き従う秘書と思わる男と一人の女性を乗せると目的地に向かって動き出した。
彼らよりも先に到着していた旅客機の乗客は長い列にならび、通関手続きを取るはずだ。
空調のきいた涼しい機内から踏み出した大地は年間を通じて降水量が少なく、昼夜の気温差が激しい土地だ。
そして車は真っ赤なベンガラ色のような大地のなか、にぎやかな通りへと進んでいた。
司と西田とつくしは買収先となった鉱山の現地法人を訪れるために北西部の都市を訪れていた。
そしてその街は1960年代から鉄鉱石の積み出し港として栄えて来た港湾都市だ。
車は街路樹の連なる通りに入ると少しスピードを落としていた。
運転手の隣に座っていた西田が後ろを振り返ると話しはじめた。
「支社長、A国は禁煙法が施行されており全面的に禁煙の場所がほとんどです。政府が所有する建物は全面禁煙ですし、こちらの州でも公共施設内での喫煙は出来ません」
西田は司が自分に都合の悪いことはすでに忘れているかもしれないと思い言い添えた。
「ああ、わかってるよ!この国には何度も来てるからわかってるぞ!」
「では、暫く滞在するのですからこの際支社長も禁煙に挑戦されてはいかがですか?」
つくしは司の頑固そうな自信顔を見て黙っていられなくなった。
「そうですよ、支社長ってヘビースモーカーですよね?」
つくしは確信をこめて言った。
司は隣に座るつくしの目をひたと見つめた。
「そうですよって下じゃ煙草は吸ってねぇぞ?」
「吸っていなくても匂いが染みついていますからわかります」
つくしがそう言うと司は急に黙り込んだ。
司のだんまりは西田にとっては悪しき兆候だった。
「支社長、言っておきますがホテルの浴室で煙草を吸うのはおやめください。ペナルティーが課せられますし、換気扇を通じで匂いが拡散しては困ります。子供ではないのですから隠れて吸うなどおやめ下さい。
ご承知かと思いますがホテルは館内はもとより客室も全面禁煙ですので必ず指定された場所でお吸いになって下さい。ホテルによっては敷地内全部が禁煙と言うところもあるくらいですから、まだましだと思っていただきたい」
「クソッ!おい西田、じゃあ禁煙ガムでも買って来い!」
自己修練なんてくそくらえだ!
西田も俺が煙草をやめられない事についてはよく承知してるはずだぞ!
「はい。ご用意させていただいております。煙草が吸えないくらいで周りにあたられては困ります」
「牧野さん、申し訳ございませんがこちらのガムを牧野さんにお預けしますので、支社長がイライラしてきましたら与えて下さい」
西田はそう言うと鞄から箱を取り出しつくしに渡した。
「西田!与えて下さいって俺は畜生か?」
司が言い返した。
「ご不満ですか?」
「いや・・まっ仕方ねぇよな?」
司は一度歯を食いしばると喉元に出かかっていた言葉を飲み込んだ。
司は思った。牧野からガムを与えられている俺か・・・
『 支社長おくちをあーんとしてね♡ 』
『 お、おう。牧野もっと近くに来ないと俺のくちに届かないぞ? 』
・・・・いいんじゃねぇの?
「では、牧野さん申し訳ございませんがよろしくお願いいたします」
「え?あの、ちょ、ちょっと待って下さい西田さん!でもそれは・・・」
「牧野さん、あなたは支社長の部下ですね?」
西田はかすかに眉をあげて言った。
「はい。そうです・・」
「こちらの国にご同行いただいているのも牧野さんに今後の事業展開の勉強をして頂きたいという支社長のご意向もあります。我々は常に同一行動となる訳ですが、わたくしでは目の届かないところもありますからそこはやはり女性としての心配りと言うものが必要ではないかと思いますが」
西田はまるで押しの強いセールスマンのようにつくしに語りかけた。
「はい・・」とつくしは言葉を返すので精一杯だった。
「ではこれからの滞在中よろしくお願いいたします」
********
司は西田の用意周到な計画に感心していた。
二週間まえ、A国から送られてきた調査書類を検討した。
その結果やはり一度現地へ飛んで視察をするべきだと言うことになった。
それを勧めたのは西田だった。
このプロジェクトの潜在的な収益率を考えるなら今、訪問するべきだと。
先行の人間はすでに現地の鉱山の視察に入っていた。
そして今回この新規プロジェクト、未開発鉱区の開拓に関して西田は牧野を俺のサポートに付けてきた。
西田のやつ、いいとこあるじゃねぇか?
ここなら類にも邪魔されることもなく牧野のことを口説けるぞ。
こう言うシチュエーションはなんて言うんだ?
社内恋愛ってか?
それともオフィスラブか?
なんかいいな、その響き!
俺と牧野の二人っきりで遅くまで残業していつの間にかいい雰囲気になって、机の上に押し倒す・・・
あ、やべぇ・・・
牧野っ、おまえ俺の頭ん中じゃとんでもねぇことになってんぞ!
こうして車内で隣に座ってこいつのシャンプーだかなんだか知らないが何かの匂いを嗅ぎ
牧野の髪に顔を埋めてみたい衝動と闘ってるんだから、俺も相当我慢強いんじゃねぇか?
そんな思いが司の頭を駆け巡るうちに彼らの乗ったメルセデスは堂々としたたたずまいのホテルの前で停止した。
A国北西部は大河原との合弁会社の時とは異なり時差は日本より1時間遅くなる。
ホテルに着いた時は現地時間で昼と夜との間ほどの時間だった。
過去に一度も自分でチェックインをしたことがない司はつくしがフロントへと歩いて行く姿を見てあいつどこへ行くんだと思っていた。
「おい西田、牧野はどこへ行ってるんだ?」
「チェックインですが?」
「なんだよそれ?」
司は抑揚のない声で言った。
「ですから、ご自分の宿泊の手続きです」
「西田、なんで牧野だけ自分でチェックインしてるんだ?」
「なぜと言われましても、一般の宿泊客はそのようにするのが常ですが?」
「そのくら俺だって知ってるぞ!」
「ではなにが?」
西田は眉をひそめて司を見た。
「だ、だから牧野の部屋だけどよ?」
「牧野様は司様とはフロアを別にご用意しております」
「なんでだよ!」
「なんでと申されましても、何か不祥事が起きては困りますので」
西田は穏やかに言った。
何だよ不祥事って?司は思った。
「西田、おまえこの出張に牧野を同行させるようにしたのはおまえだよな?その意図はいったいなんなんだ?」
「意図と申しますと?」
西田は辛抱強く聞いた。
「だから!おまえは俺の・・」
「わたくしは司様の初恋を応援してはいますが、ビジネスと恋は一緒にするべきではありません。ビジネスはビジネスです。恋と戦争は手段を選ばないとは申し上げましたがビジネスがおろそかになるようでは応援は致しかねます」
「きっ、禁煙ガムはどうすんだよっ!あいつから貰えっておまえ言ったよなっ?」
司が言葉を差し挟んだ。
「司様、ホテルの部屋の中で牧野様にそのようなことを求められてはあの方も困惑されるどころか不審な思いで司様をご覧になりますよ?ガムが与えられるのはあくまでも公共の施設で煙草が吸えない場合です」
司は黙り込んだ。
「この出張で牧野様のお気持ちがご自分に向くように努力されてみてはいかがかと思いましたがご不満でしょうか?」
司は西田の厳しい目を見ながらことビジネスに関してこの男は融通が利かないということを思い出していた。
そしてあきらめと苛立ちの混じった声で言った。
「ちくしょう!おい西田、ガムはミント味にしろ!」
束の間、静寂の時が流れた。
「 御 意 」
西田はゆっくりと頭を下げた。

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そして沢山のお見舞いのお言葉と励ましの拍手を有難うございました。
いつも淡々とお話しか書いていないのに気に留めて頂き有難うございます。
本日は昨日の分とまではいきませんが気持ち長めに書いてみました。
皆様も季節の変わり目ですので体調の変化にはご留意下さいませ。 *アカシア*
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