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2018
06.15

出逢いは嵐のように 45

コーヒーを淹れ終えた早川が帰った部屋にいるのは、司と牧野つくし。
人間の感情は計算からは生まれないと言うが、それは本当なのかもしれない。
何故なら、真正面に座る女から何かにつけて感じられた頑なな態度も今はなく、感じられるのは恐縮しているという感情だからだ。
そして女はその思いを口にした。

「あの…副社長…靴をありがとうございました」

白い頬に少し赤味がさした牧野つくしは、そう言って頭を下げた。

「これ高いですよね?革も上等ですし、とても軽いですし、私が履いていた靴とは全然違います。あの靴の代わりにと思って下さったのは嬉しいんですが、本当に頂いてよろしんでしょうか?」

その口調は真剣だ。
精神と感情が同じ方向を向いているからこそ気持ちが言葉に表れ表情にも表れる。
だから口先だけの言葉は心に響かないと言うが、それは心に訴える感情というものがないからだ。
だが女の口から出た感謝の気持が込められたその言葉に嘘はない。だから司も気持ちそのまま返事をした。

「ああ。お前が履いていた靴はタッセルが取れた状態だ。それに傷だらけだったろ?靴は履く人間を表す。どんな人間かを見極めるとまで言わないが、その人間の生活が現れる。古くても手入れがされた靴ならいいが、あの靴は修理してまで履かなくてもいいはずだ」

そうは言ったが、女のために靴を買った自分のことが不可解だと感じていた。
だがそれは、多くの傷が付き、タッセルがちぎれてなくなった靴はあの出来事を思い出させるからだ。だから司は新しい靴を用意した。
ただ考えてみれば、その思いと共にあるのは、お人好しの無用心さを持つ女の生活の一部が靴に現れていたからなのか。
だがそれは司にとっては今までにない奇妙な混乱だ。大袈裟な言い方をすれば、女を助けたことで、その女の全ては自分のものであるように勘違いしたのかもしれない。

そして牧野つくしは、そんなことを思っている司の言葉に素直にありがとうございますと再び礼を言ったが、司は牧野つくしが履いていた靴がローファーであったことに意外性を感じていた。
ローヒールの靴を好む人間はしっかりとした考えを持ち、周りに流されないタイプで堅実な一面を持つと言われる。そしてハイヒールを好む人間は自己顕示欲が強く、存在感をアピールしたいという欲求が強い。
男をたぶらかすような女は旅先だろうと関係なく自己アピールをする。だが私服の牧野つくしは、地味な服装で靴はローファーだった。それはグンター・カールソンと会った時と同じ服装で、その恰好は男がそそられるどころかよくて女子大生並だ。いや。同じ女子大生なら美奈の方が余程大人っぽい服装をしている。

そして今の服装が牧野つくしの普段着だとすれば、どこにでも売られている丸首のカットソーにカーディガンを羽織り、膝が隠れるスカートを履いているが、それも色からして地味で派手さはない。
美奈の夫である白石隆信は、道明寺グループの関連会社である不動産会社の役員であり、持ち物が派手とは言わないがそれなりの物を持っている。
その隆信と牧野つくしの地味さは、知れば知るほど相容れることがない相手のように思えるのだ。それに牧野つくしが隆信の愛人なら、それなりの物というのも持っているはずだが、腕時計は国産のどこにでもあるもので、身に付けていてもよさそうな貴金属といったものは見当たらず、それなりの財産を持つ男と付き合っている女には見えなかった。
それに何度かした食事にしても、とても美食を重ねてきた女には思えないほど、出される食べ物に対して素直においしいと言える女だった。

「牧野_」

「副社長_」

同時に声を発したが、「すみません。どうぞ」と言ったのは女の方だ。

「訊きたいことがある。俺がお前のことを好きだ、惚れたと言ったのは覚えているよな?」

司の問いかけに女は何も言わなかったが、司は話しを続けた。

「そのことだが、グンター・カールソンとデートはどうだった?お前はグンターから交際を申し込まれているんだろ?それであの男と付き合うことにしたのか?」

司はグンター・カールソンが牧野つくしにデートを申し込んだとき傍にいた。
そしてグンターを挑発するような言葉を放ち、過去にフラれたことがある男が今更だと言った。
それに対し牧野つくしは、司には関係ないと言いカールソンとデートをすると言った。
それならカールソンとデートをして二人の男を比べてくれと言い、そしてカールソンに負けるつもりはないと言った。

そして今の牧野つくしは、その答えを求められている。
司の言葉に沈黙しているが、それは言葉を選んでいるのか。
だがやがておずおずといった形で口が開かれた。

「….あの私とグンターのことですが、あの日はニューヨークの街を案内してもらったんです。自由の女神の見学やタイムズスクエアに連れて行ってもらいました。お昼は中華を食べて夜はエンパイアステートビルから夜景を眺めました。それから食事をしました」

司は牧野つくしに付けた人間の報告から知っていた。
だから女が嘘を言ってはいないことは分かる。そのことからも、この女はやはりバカ正直なところがある。
だが夜の食事を済ませ、ホテルの部屋へ二人が消えたところから先は、男と女の話であり、話そうが話すまいがそれは勝手だ。
それに司が訊いたところで、本当のことを話すかどうか疑わしいところがある。それでも今の牧野つくしは、嘘を言うような女には見えなかった。

もしかするとそれは、「吊り橋の理論」なのかもしれない。
それは不安や恐怖を感じている時に出会った人間に恋愛感情を抱くことを言うが、司が牧野つくしが襲われていた所を助けたことで、恋愛感情とまでは言わないが、司のことを信頼出来る相手だと思っているようだ。
そしてあのことが女の態度を変えるきっかけだとすれば、あの出来事が偶然だとしても、今の牧野つくしは司に対し信頼を置いていることに間違いはない。


「それから部屋まで送ってもらってコーヒーを飲みました。そのとき、ミュージカルの話になって、見たい舞台があるならチケットを取ってあげると言われて見ることが出来たんです。私とグンターは友達です。でもたとえ友達でも男を部屋に招き入れることはするもんじゃないと怒られました。それからグンターは恋人になりたいと言いましたが、やっぱり彼のことは友達としか考えられないんです。それが私とグンターのデートの結末です」

そこで一旦言葉を切ると、女はテーブルの上に置かれている2杯目のコーヒーをひと口飲んだ。

「副社長。私は男性とお付き合いした経験が少ないんです。それは私の性格がそうさせるのかもしれませんが、友人にも奥手だと言われます。だから副社長が私のことを好きだと言って下さったことに戸惑いがあるんです。それに副社長は私のことを好きだと言いましたが、本気のようには思えない……言葉に心があるようには思えなかったんです」

それは疑わしい声だった。
司はまるで仕事の分析をするように牧野つくしの声を訊いていたが、言葉に心があるように思えなかったの言葉は、司自身、口先だけの言葉は心に響かないと思っていることと同じであり、牧野つくしが司の言葉を深く考えていたことを知った。

「だからカールソンの誘いを受けたって言いたいのか?」

「はい。あれは…..つい…..」

「つい?」

「……つい言ってしまったんです。副社長は私がご自分の秘書だからグンターとデートするはずがない。私のことをまるでご自分の付属品のようにおっしゃいました。それにいつも思っていました。副社長の言葉は心から出ているようには感じられませんでした。そう思うとムカついたんです」

「ムカついた?」

「そうです。たとえ好きな人の前でも本当の心を見せることがない人だと思ったんです。
それにグンターにも言われたんです。副社長の言葉にカチンと来たからデートしてくれたんだよねって。
それからこうも言われたんです。副社長はひと前ではあらわな愛情表現をしない人だって訊いてるって….。だから余計分からなくなったんです。好きだと言ったり、急に突き放したような態度を取られる副社長の態度もですが、私は…..自分の気持が…それにグンターと一緒にいても副社長のことばかりが頭を過ったんです」


今、司の前で話しをする女は真剣な表情で彼を見つめていた。
そして今は牧野つくしという女の本質を知るために設けた時間だが、思わぬ方向へ話しが進んでいた。
そしてこの状況は、司が目的を持って牧野つくしに近づいたことを考えれば願ったり叶ったりのはずだ。女を虜にして弄んで捨てる。それが美奈の願い。そして司もそうするつもりでいた。
だが、今抱いている感情はそういった企みを実行しようとするよりも別の感情だ。
そして目の前の女は、人を疑うことのないまっすぐな瞳で司を見つめていた。





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コメント
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dot 2018.06.15 07:17 | 編集
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dot 2018.06.15 10:05 | 編集
童*様
先入観にとらわれた男。そうですね。彼は姪の言葉を妄信的にとは言いませんが信じていました。
それが少しずつ変わってきた。でも自分が仕掛けた策に溺れていたとしても仕方がありません(笑)
そもそも始まりが間違っているのですからねぇ(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.06.15 22:45 | 編集
司*****E様
おはようございます^^
とても牧野つくしが不倫をしているようには思えない。
やっとそう思えるようになって来た司。
それにしても先入観というのは恐ろしいですね?
それが可愛い姪の言葉となると信じてしまうんですね?
何故靴を贈ったのか。女性と恋愛をしたことがない男は自分の行動が理解出来ていません(笑)
そして話は思わぬ方向へ動き出し、この先困惑するのはどちらなのでしょうね?
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.06.15 22:52 | 編集
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