司の周りの女たちは、自分の身体を磨き立て男に見せびらかす。
女らしさを武器にして男をたぶらかそうとする。
だが牧野つくしという女は、司に対しては、一切そういったことが感じられなかった。
一般的に男というのは、可愛げがあり、甘えたところを見せる女が好きだ。
そして少し我儘な女の方が可愛いと言う。
そんな女に振り回される自分が楽しいという男もいる。
だが女たちのその態度は、計算されたものであり、演じている女も多いのが事実だ。
自分が男の目にどう映るか。それを計算して行動する女たちはいずれ主導権を握り、男を自分の思い通りに操ろうとする。
実際世の中には男を操縦できると思う女は多いが、司は違う。
女たちが恋の勝利者になることは絶対にない。
司は女に操られたこともなければ、主導権を握られたこともない。
そして司は女の拒絶というものにあったことがなかった。
昨日の夜。
厳密に言えば日付が変わっていたことから、今日と言えばいいのか。
午前1時過ぎだった。
司はリビングでソファに座り、グラスを片手に天井を眺めながら煙草をふかしていたが、扉が開く音に顔をそちらに向ければ、そこにいたのは、寝間着替わりにしたのだろう。バスローブの紐をきつく結んだ牧野つくしだったが、ここに来た時は青ざめていた顔もいつもの顔色に戻っていた。
まさか司がそこにいるとは思わなかったのだろう。
驚いた表情でお水をいただけませんか、と言った女は、司が煙草を揉み消し、キッチンまで行き、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し渡すと、「今夜は本当にありがとうございました」と頭を下げた。
司は「ああ」と答え、そのまま女が部屋を出て行くのを待った。
だが女はすぐに部屋に戻るかと思ったが、そうではなかった。
まだ何か言いたそうにそのまま動かなかった。
「どうした?眠れないのか?」
と訊いたが、女は首を横に振った。
そして司が訊ねるまでもなく言葉を継いだ。
「ミュージカルを見に出かけたんですが、帰りはタクシーでと思ったんです。でも終ったばかりの時間はタクシーがつかまえにくいと言われたので、少し時間を置いて帰ろうと思ったんです。だからそれまで近くのホテルで時間を潰そうと思っていたんです。それでホテルまで行く途中だったんです。でも気づいたら道を間違えたみたいで….」
と、そこまで言うと言葉に詰まった。
司は説教をするつもりはないが、それでも女の行動に言いたいことがあった。
どんな理由にしろ、ニューヨークで女がひとり夜道を歩くことは、何があってもおかしくはないということを頭に叩き込んでおかなければならない。
それに自分の身は自分で守らなければならないのが、この国が誕生した時からの決まり事だ。だが司が牧野つくしを見かけたとき、女は考え事をしていたようだ。
頭の中のことに気を取られ、周囲の状況を把握しきれていなかった。
犯罪を行おうとする人間は、隙がある人間を簡単に見分けることが出来る。
心ここにあらずといったアジア人の小柄な女など、どうにでもなると考える。
だがもし傍に男がいれば、また状況は違ったことになる。
それは司やグンター・カールソンのような男が傍にいることが女に対して行われる犯罪の抑止力となるということだ。
そんな思いから、お前の男は、グンター・カールソンはどうしたという言葉が口をつきそうになったが、司が口を開く前に思い詰めた表情になった女が口を開いた。
「副社長。本当にありがとうございます。ここに泊まれと言われた時はホテルまで送って下さいと言おうと思いました。でも考えてみれば、一人であの広い部屋に戻っても眠れなかったと思います。誰もいない広い部屋は他の部屋に誰かが潜んでいる。疑心暗鬼とまでは言いませんが、そんな思いに囚われていたと思います。何しろあの部屋は、私のマンションの部屋とは比べものにならないほど広いですから、ネズミに引かれるような気がしてたんです。でもこうして拝見する副社長のご自宅はもっと広いですよね」
女はまるで急かされるようにひと息に喋ると顔に小さく笑みを浮かべた。
来たことがある司の住まいだが、ゲストルームが何室もあるペントハウスの広さはホテルのスィートよりも広い。だが司にとっては、世田谷の邸に比べればこの部屋は大した広さではない。
そして次に女が口を開いたとき、一瞬言葉に詰まったものの、頭を下げながら言った。
「…..あの。副社長。3日間お世話になりますがよろしくお願いいたします」
丁寧にお辞儀をした女は、それだけ言うと今度はためらうことなく踵を返し、自分の部屋へ戻った。
真夜中に交わされた会話はそれで終わったが、司は女が部屋を出て行くと、暫くぼんやりとその場に佇んでいた。
腕時計を見た。牧野つくしがここに来て司と話した時間は15分。短く感じられたが、いつの間にか15分が経っていた。
その15分の間で司の中には牧野つくしに対し釈然としない何かが感じられた。
謝り方にしてもだが、印象が変わったような気がするのだ。
それは女の態度が変わったからだ。それまでいくら司が好きだ、惚れたと言っていても、その気はないと突っぱね言葉にも警戒心が感じられた。
だが今はそういったものは感じられなかった。
そう気付いてみると、牧野つくしの表情の目まぐるしい変化というものにも気付いた。
きまり悪そうな顔や思い詰めたような顔。
叱られたような顔や照れた笑み。
それは今まで司の前では見せなかった幾つかの表情。それを知った。
司はその日、牧野つくしに仕事は休めと言ったが、出勤前、女が泊っているゲストルームの前で足を止め、ドアをノックしようとしたが止めた。
部屋の中から物音はしなかった。まだ寝ているのだろう。
思案することは何もないはずだが、やはり朝起きても不可解な気持ちといったものを抱えていた。

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女らしさを武器にして男をたぶらかそうとする。
だが牧野つくしという女は、司に対しては、一切そういったことが感じられなかった。
一般的に男というのは、可愛げがあり、甘えたところを見せる女が好きだ。
そして少し我儘な女の方が可愛いと言う。
そんな女に振り回される自分が楽しいという男もいる。
だが女たちのその態度は、計算されたものであり、演じている女も多いのが事実だ。
自分が男の目にどう映るか。それを計算して行動する女たちはいずれ主導権を握り、男を自分の思い通りに操ろうとする。
実際世の中には男を操縦できると思う女は多いが、司は違う。
女たちが恋の勝利者になることは絶対にない。
司は女に操られたこともなければ、主導権を握られたこともない。
そして司は女の拒絶というものにあったことがなかった。
昨日の夜。
厳密に言えば日付が変わっていたことから、今日と言えばいいのか。
午前1時過ぎだった。
司はリビングでソファに座り、グラスを片手に天井を眺めながら煙草をふかしていたが、扉が開く音に顔をそちらに向ければ、そこにいたのは、寝間着替わりにしたのだろう。バスローブの紐をきつく結んだ牧野つくしだったが、ここに来た時は青ざめていた顔もいつもの顔色に戻っていた。
まさか司がそこにいるとは思わなかったのだろう。
驚いた表情でお水をいただけませんか、と言った女は、司が煙草を揉み消し、キッチンまで行き、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し渡すと、「今夜は本当にありがとうございました」と頭を下げた。
司は「ああ」と答え、そのまま女が部屋を出て行くのを待った。
だが女はすぐに部屋に戻るかと思ったが、そうではなかった。
まだ何か言いたそうにそのまま動かなかった。
「どうした?眠れないのか?」
と訊いたが、女は首を横に振った。
そして司が訊ねるまでもなく言葉を継いだ。
「ミュージカルを見に出かけたんですが、帰りはタクシーでと思ったんです。でも終ったばかりの時間はタクシーがつかまえにくいと言われたので、少し時間を置いて帰ろうと思ったんです。だからそれまで近くのホテルで時間を潰そうと思っていたんです。それでホテルまで行く途中だったんです。でも気づいたら道を間違えたみたいで….」
と、そこまで言うと言葉に詰まった。
司は説教をするつもりはないが、それでも女の行動に言いたいことがあった。
どんな理由にしろ、ニューヨークで女がひとり夜道を歩くことは、何があってもおかしくはないということを頭に叩き込んでおかなければならない。
それに自分の身は自分で守らなければならないのが、この国が誕生した時からの決まり事だ。だが司が牧野つくしを見かけたとき、女は考え事をしていたようだ。
頭の中のことに気を取られ、周囲の状況を把握しきれていなかった。
犯罪を行おうとする人間は、隙がある人間を簡単に見分けることが出来る。
心ここにあらずといったアジア人の小柄な女など、どうにでもなると考える。
だがもし傍に男がいれば、また状況は違ったことになる。
それは司やグンター・カールソンのような男が傍にいることが女に対して行われる犯罪の抑止力となるということだ。
そんな思いから、お前の男は、グンター・カールソンはどうしたという言葉が口をつきそうになったが、司が口を開く前に思い詰めた表情になった女が口を開いた。
「副社長。本当にありがとうございます。ここに泊まれと言われた時はホテルまで送って下さいと言おうと思いました。でも考えてみれば、一人であの広い部屋に戻っても眠れなかったと思います。誰もいない広い部屋は他の部屋に誰かが潜んでいる。疑心暗鬼とまでは言いませんが、そんな思いに囚われていたと思います。何しろあの部屋は、私のマンションの部屋とは比べものにならないほど広いですから、ネズミに引かれるような気がしてたんです。でもこうして拝見する副社長のご自宅はもっと広いですよね」
女はまるで急かされるようにひと息に喋ると顔に小さく笑みを浮かべた。
来たことがある司の住まいだが、ゲストルームが何室もあるペントハウスの広さはホテルのスィートよりも広い。だが司にとっては、世田谷の邸に比べればこの部屋は大した広さではない。
そして次に女が口を開いたとき、一瞬言葉に詰まったものの、頭を下げながら言った。
「…..あの。副社長。3日間お世話になりますがよろしくお願いいたします」
丁寧にお辞儀をした女は、それだけ言うと今度はためらうことなく踵を返し、自分の部屋へ戻った。
真夜中に交わされた会話はそれで終わったが、司は女が部屋を出て行くと、暫くぼんやりとその場に佇んでいた。
腕時計を見た。牧野つくしがここに来て司と話した時間は15分。短く感じられたが、いつの間にか15分が経っていた。
その15分の間で司の中には牧野つくしに対し釈然としない何かが感じられた。
謝り方にしてもだが、印象が変わったような気がするのだ。
それは女の態度が変わったからだ。それまでいくら司が好きだ、惚れたと言っていても、その気はないと突っぱね言葉にも警戒心が感じられた。
だが今はそういったものは感じられなかった。
そう気付いてみると、牧野つくしの表情の目まぐるしい変化というものにも気付いた。
きまり悪そうな顔や思い詰めたような顔。
叱られたような顔や照れた笑み。
それは今まで司の前では見せなかった幾つかの表情。それを知った。
司はその日、牧野つくしに仕事は休めと言ったが、出勤前、女が泊っているゲストルームの前で足を止め、ドアをノックしようとしたが止めた。
部屋の中から物音はしなかった。まだ寝ているのだろう。
思案することは何もないはずだが、やはり朝起きても不可解な気持ちといったものを抱えていた。

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司*****E様
おはようございます^^
美奈の夫と不倫をしているという思いでつくしに接してきた司でしたが、 真夜中の会話で印象が変わってきたようです。
そしてつくしは吊り橋効果!(≧▽≦)
そうですねぇ。素直な気持ちで接することが出来たのは、そんなこともあるかもしれませんね?
互いの印象は少しずつ変化している?
司はこの先、再調査をするのか?グンターのことも気になりますものね?(笑)
コメント有難うございました^^
おはようございます^^
美奈の夫と不倫をしているという思いでつくしに接してきた司でしたが、 真夜中の会話で印象が変わってきたようです。
そしてつくしは吊り橋効果!(≧▽≦)
そうですねぇ。素直な気持ちで接することが出来たのは、そんなこともあるかもしれませんね?
互いの印象は少しずつ変化している?
司はこの先、再調査をするのか?グンターのことも気になりますものね?(笑)
コメント有難うございました^^
アカシア
2018.06.12 23:27 | 編集

童*様
司はつくしとの真夜中の会話で何かが変わって来たようです。
早く誤解が解けるといいのですね。
コメント有難うございました^^
司はつくしとの真夜中の会話で何かが変わって来たようです。
早く誤解が解けるといいのですね。
コメント有難うございました^^
アカシア
2018.06.12 23:32 | 編集

さ***ん様
15分の真夜中の会話。
その会話の中で何かが変わった。
今まで見たことがないような表情を浮かべる女に何かを感じる男。
釈然としない何かは何?
「こいつ本当に不倫できるような女なのか?」と思っているのでしょうか。
そうですねぇ。つくしを助けてからの司は演技はしてませんね。
そして牧野つくしは、今まで司が思っていた悪女なのか。
それとも目の前の姿が本当の姿なのか。
司の頭の中は何を思っているのでしょうね?
コメント有難うございました^^
15分の真夜中の会話。
その会話の中で何かが変わった。
今まで見たことがないような表情を浮かべる女に何かを感じる男。
釈然としない何かは何?
「こいつ本当に不倫できるような女なのか?」と思っているのでしょうか。
そうですねぇ。つくしを助けてからの司は演技はしてませんね。
そして牧野つくしは、今まで司が思っていた悪女なのか。
それとも目の前の姿が本当の姿なのか。
司の頭の中は何を思っているのでしょうね?
コメント有難うございました^^
アカシア
2018.06.12 23:42 | 編集
