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2018
06.01

出逢いは嵐のように 35

6月のニューヨークと10月のニューヨーク。
どちらも観光にはベストだと言われるが、6月のその日は晴れて初夏らしい天気だと言われた。だが今頃東京は灰色の雲が空を覆っているはずで傘が手放せないはずだ。

つくしは、ホテルのロビーのソファに腰を下ろしグンターが来るのを待っていた。
腕時計を見た。午前9時半。待ち合わせの時間まであと30分はあるが、部屋で時間を潰すよりもと早めに降りてきた。

ロビーには大勢の人間がいるが、チェックアウトを済ませたのだろうか。
大きなスーツケースとは別に土産物が入れられているのだろう大きな鞄を肩にかけた女性がつくしのすぐ前を通り過ぎて行った。
聞こえて来る言語は、スペイン語やフランス語。言い争っているように聞こえる中国語やそれこそ喧嘩をしているようなロシア語といった耳に馴染みのあるものから、どこの国の言葉だろうという言語まで聞こえて来たが、多種多様な言語と人々の姿はニューヨークという街そのものだった。

正面玄関の広大な車寄せには、タクシーが止り人の乗り降りが繰り返され、その度に別れを惜しんでいるのか。抱き合っている男女の姿や、手を振り見送る姿があった。
つくしはこの街に滞在して6日目になるが、観光や楽しみのための滞在でない以上、ああいった光景を経験することはない。
だが唯一その可能性があるとすれば、これから会う男性との間にということになる。

グンター・カールソンの誘いにイエスと言ったのは、副社長の発した彼女はあなたとはデートはしないと決めつけた言葉にムカついたからだ。
上司だからといって人の心まで自由に出来ると思っているならそれは大きな間違いだ。
この出張にしてもそうだ。考えてみれば全く何の関係もない部署に出向させられたと思えば、今度は海外、それもニューヨーク出張だ。

出向にしても出張にしても全てが副社長の一存で行われたことであり、そうすることが出来るのだから、どうこう言ったところで、どうにもならないのだから従うしかないのだが、こうなったのは、副社長がつくしに惚れたという理由であり公私混同も甚だしいとしか言いようがないが、どうしてこんなに自分が頭を悩ませなければならないのか。
それにあの言葉と自信はどこから来るのか?

『あの男と俺とどっちがいいか比べてもらって構わない。カールソンに負けるつもりはない』

『思い通りにいかなかったら?そんな言葉は俺の辞書にはない。それに俺が一度こうだと決めたらそうなるはずだ』

男性というのは必要があれば感じよく振る舞うことが出来る。
だが必要がなければ感じよく振る舞うことが出来ない生き物だと思っているが、今の副社長は一体どちらなのか。
昨日は土曜で本来なら仕事は休みだが違った。だがそれは突然決まったのではない。日本を発つ前から決まっていた買収先であるニューヨーク州北部の半導体製造工場視察だったが機嫌が悪かった。

今のつくしは秘書見習いという立場であり、自分に対して社交的に振る舞うことを期待しているのではない。だから上司の機嫌が悪かろうと良かろうと仕事として割り切ることが出来るが、機嫌の悪さの原因がつくしのデートだとすれば嫉妬ということになるが、あんなに自信満々の態度の男が嫉妬をするとは思えなかった。
そして昨日の夜は、一緒に食事をすることはなかった。

それにしても、どうしてこんなに副社長のことを気にしなければならないのか。
いや違う。気にしているのではない。気になってはいない。
それなら一体何なのか。
それに今気にしなければいけないのは、副社長ではなくグンターのはずだ。

グンター・カールソン。
渡された名刺に書かれていたExecutive Vice President(副社長)の肩書は13年前には無かったもので、あの頃の陽気なスウェーデン人男性は今では一流のビジネスマンだ。
そしてオルソングループの規模は道明寺財閥と肩を並べると言ってもおかしくないほどで経営は堅実。日本ではそれほどではなくとも海外での知名度は高く優良企業であり、まさかあの時のエンジニアの男性がとしか言えなかった。

「それにしても、まさかこの街で会うなんて思いもしなかったな…..」

口から勝手に言葉が出たがそれが正直な気持ちだ。
そしてその時、人が前に立ち止まった気配がしたが、ぼうっとしていて二度名前を呼ばれるまで自分が呼ばれたことに気付かなかった。

「牧野さん?…..牧野さん?」

「グンターさん….」

見上げてみれば、今日待ち合わせの人物がそこに立っていたが、さぞや間の抜けた言い方になっていたはずだ。

「おはよう。牧野さん」

グンターはスーツを着ていなかったが、着ているシャツは13年前と同じカジュアルだが明らかに高価なものだった。広い肩にぴったりと合うように作られたものはオーダーだろう。

「ごめん。遅くれて。道が混んでてね。この街の道路はどこもかしこも混んでることが多いけど、今日は天気がいいから出掛ける人が多いようだ」

遅れたことを申し訳なさそうに謝ったが、時計はまだ約束の10時にもなっておらず、遅刻などしていなかった。だがグンターの中では女性を待たせることは許されないことのようだ。

「車を待たせているから行こうか」

行こうと言われソファから立ち上がった拍子に、膝の上に置いていたバッグが床に落ちた。
するとグンターが素早く腰をかがめそれを拾い上げた。

「はい。これ」

「ご、ごめんなさい。ありがとう....」

「どうしたの?大丈夫?もしかして昨日の疲れが取れなかったのかな?昨日は北部へ行ってたんだよね?それとも道明寺副社長が今日のことで何か言った?」

「うんうん。疲れてないから大丈夫。昨日は早く休んだし、それに副社長にも別に何も言われなかったわ」

仕事は疲れてはいない。だが副社長に何も言われなかったというのは嘘だ。
あの男と俺とどっちがいいか比べてもらって構わない。カールソンに負けるつもりはないと自信満々な態度を取られたことが癪に障った。少なくともグンターは、自分の気持を真摯な態度で伝えようとする人間だ。副社長のように自分が惚れたら相手も惚れるはずだと思うような人間ではない。強引に人の心に入ってくるような人ではない。
それにグンターは日本で過ごした少年時代があったからか。どこか日本人の持つ謙虚さといったものが感じられた。だが逆に日本人だが人生の半分をニューヨークで過ごした男に謙虚さは感じられず、そしてその言葉は似合わなかった。

「そう?それならいいけど。でも僕とデートすることを決めてくれて嬉しいよ。今日一日は僕とニューヨーク巡りだ。楽しめるようにするよ」

そうだ。今日は晴れた日曜日だ。
せっかくの休日だ。
それも多分最初で最後のニューヨークの休日だ。
グンターには付き合えないと言うつもりだが、副社長の言葉を気にする時間があるならグンターと楽しめばいい。

「じゃあ行こうか?」

つくしはグンターについて正面玄関に向かいながら道明寺司のことを頭の中から締め出した。そして異国の地での初めてのデートを純粋に楽しむことに決めた。





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コメント
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dot 2018.06.01 06:08 | 編集
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dot 2018.06.01 18:16 | 編集
司*****E様
おはようございます^^
グンターとのデート。
しかし頭の中に司のことが....。
副社長の不可解な態度が気になるようです。
グンターは真っ直ぐにぶつかって来る人ですが司は分かりにくい。
それも好きだと言う割りには、視線が冷たい。
そんな司のことは頭から追いやりグンターとデート。
さて、どんなデートになるのでしょうねぇ^^
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.06.01 22:19 | 編集
司*****E様
こんにちは^^
最後のメモをありがとうございました(低頭)
本当に分かりやすく纏めていただき、ありがとうございました。
これでどんなお話を書いたか分かります(´Д⊂ヽ
長いだなんてとんでもないです。書いた本人は、そうか、そんなお話だったかと頷いています(笑)
「君主論」後半は....そうでした!色々な場所で致しているお話でしたがアグレッシブ過ぎですね?(笑)彼、猛獣ですね?
そしてこんな御曹司を楽しんでいただき、ありがとうございます!
次回の御曹司は....彼、何を企んでいるのでしょうねぇ(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.06.01 22:43 | 編集
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