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2018
05.29

出逢いは嵐のように 32

「牧野?」

名前を呼ばれた女は振り返ったが、顔が赤く染まっていた。
司は鋭い眼差しで牧野つくしの後ろに立つ男を見た。
金髪で青い瞳の男の顔立ちは整っていて上背が司と同じくらいあるが、全身を眺めた後その男と視線を合わせた瞬間感じたのは、その顔の何かが変化したこと。だがそれは些細な変化で殆どの人間が気付かないはずだ。だが司には分かった。男がつい今しがたまで女に見せていた柔和な瞳が一瞬で青が本来持つ冷たい色に変わったのを。
そして司を見つめる男は、動じることなく彼の視線を受け止めた。

「これは道明寺副社長。はじめてお目に掛かります。私はオルソンのグンター・カールソンと申します」

三人の中ではじめに口を開いたのは青い瞳の男だった。
それも流暢な日本語がスラスラと口をついたのは意外だった。
そして上着の内ポケットから名刺入れを出し上質な紙で出来た名刺を差し出した。

オルソンと一括りに言ったが、オルソングループは産業機械企業の世界的トップブランドを保有するヨーロッパの老舗企業であり、ヨーロッパや北米に主な営業拠点と生産拠点を持つコングロマリットでありその名前は広く知られており司も知っていた。そして日本にも拠点があることも知っていた。

かつてオルソン社は、恐竜の発掘調査に鉱山採掘で培った採掘技術と自社の機械を提供したことから、確認されたことがない恐竜の化石が発見されたとき、オルソンの名前が付けられたことがあるが、企業名が学名に使われるということは、大変名誉な話であり、それだけオルソンという会社の活動を社会が認めているということだが、大企業なら求められる社会貢献を早くから行っていたオルソン社だからこそだ。そうでなければ一企業の名前が学名に使われることはないはずだ。
事実オルソン社は、自社の技術を使い、長年飲料水に恵まれない地域やアフリカで井戸を掘る作業を無償で続けて来ており、社会貢献としては実に有意義なことであり誰もが称賛することだ。

そして牧野つくしが語った一番印象に残った仕事は海外から納入された機械のトラブル。訊かされたあの手の機械を作っている会社はそう多くはなく、オルソン社のものであることは察しがついていたが、そのオルソン社の副社長と親しげに話していた牧野つくしはその男とどういった関係なのか?







『ミスター・カールソン。生憎私は名刺を持ち歩いておりませんのでお渡しすることは出来ませんが、もしご入用でしたら秘書に持たせましょう』

司は相手が流暢な日本語を話せることは、その口振りから理解したが英語で返した。
だがそれに対し相手は日本語で返してきた。

「いえ。とんでもない。ここでこうしてお会い出来ただけで光栄です。それにこの度は御社の鉱山開発に我社の機械をお使い頂くことになり、御礼方々打ち合わせにお邪魔した次第ですからお気遣いは無用です」

と言った男の顔は牧野つくしと向き合っていた時とは違い引き締まっていた。

『そうでしたか。それにしても副社長が自ら御礼に訪れるとはこれはまたご丁寧なお話ですね?』

「当然のことです。今の私は副社長ですが、スタートはただのエンジニアでした。そこから営業職を経て今に至ります。ですから嬉しかったんですよ。御社で我社の機械を使って頂けることが」

いかにも叩き上げといった風に言ったが、名刺にあるカールソンの名はオルソン社CEO(社長兼最高経営責任者)である男の名前と同じであり、グンター・カールソンが男の息子であることは間違いないはずで、いずれ父親の跡を継ぎ会社のトップに立つ男だ。
そんな男がなぜ牧野つくしと親しげに話をしていたのか?


「ところで道明寺副社長。私は日本で暮らしていたことがあり日本語は話せます。それに牧野さんは日本語の方が得意ですから、ここにいる彼女に理解出来ない話しをするのは彼女に失礼になりますから、日本語でお話いただければと思います」

男二人の話を黙って訊いている女は、自分の名前が出たことに戸惑ったのが分かる。
そして司は、カールソンが日本語で話していいといった一語に微かな反発を覚えていた。
それに男の口から牧野という名前が淀むことなく出たことに、二人が以前からの知り合いであることを確信したが、どういった繋がりがあるのか。
カールソンは司のそんな思いを汲み取ったように話を継いだ。

「牧野さんと私は随分前に仕事で知り合いましてね。先ほどもお話した通り、私は若い頃はエンジニアとして働いていましたが、その頃日本から修理依頼が来ましてね。日本を訪れたその時彼女と知り合いました。そんな彼女とまさかここで出会うとは思いもしませんでしたが、嬉しい驚きです。懐かしさでつい話し込んでしまいましたが、彼女は滝川産業からこちらへ出向していると言っていましたが、だとすれば牧野さんは大変な出世をしたことになりますがそうですか?もしかして牧野さんは道明寺副社長の部下ですか?」

カールソンは興味深そうな顔つきで司に訊いた。

司があらためて男の態度を見れば、女に対し距離を置いてはいるが、その距離は離れすぎの他人行儀な距離ではなく、だからといって近すぎて無遠慮という距離でもない。
男と女の間に置かれる距離の取り方として、知人よりも近い距離を取っているが、それは名刺を司に渡した後、さり気なく女の隣に立つことをしたからだ。
隣ならどんなに近くにいたとしても前を向いている限り近さは感じられない。それは見知らぬ他人と横並びの席に並んで座ったとしても気にしないといったことと同じ感覚。意識していなければ全く気にならないといった立ち位置。そこから女を見下ろすことが出来る男の顔は司の目をしっかりと見返していた。
そんなカールソンの態度に知り合い以上の感情があるように思え司は反応を探ることにした。


「ええ。そうです。彼女は私の第二秘書として働いてもらっていますが、外出先から戻れば新人秘書が席にいない。まさかとは思いましたがもしかすると社内で迷子にでもなっているのではと思いましてね。探していたところです」

「そうですか。迷子ですか。道明寺副社長は面白いことをおっしゃいますね?確かにこのビルは大きい。でも彼女は大人ですし英語もある程度話すことも出来ますし理解もできます。それは心配し過ぎのような気もしますが?」

司はカールソンの言い方がやんわりと彼の行動を批判しているように感じられた。
だが言葉は丁寧であり柔らかい。それでも微かに言葉の中に感じられる嫉妬とも思われる感情。
なるほど。と思った。グンター・カールソンは間違いなく牧野つくしに好意を抱いている。
そして司が迷子の秘書を探しに来たと言った時点で、カールソンは司を恋敵と見たようだ。
だがこの女はどこにてもいるような女だ。カールソンのような男なら美しいと言われるヨーロッパ女性がいくらでも手に入るはずだ。だがもしかするとこの男はオリエンタルの女が好きだという嗜好の持ち主なのかもしれない。
そして牧野つくしの顔が赤かったのは、カールソンから何らかの言葉を言われたからで、勿論その言葉は察して有り余るほどだ。

もしこの状況が、牧野つくしが美奈の夫と付き合っていなければ、好きにすればいいと思う。
だが今は女をカールソンに渡す訳にはいかない。もし渡してしまえばこの女は苦しむことなく幸せを掴んでしまうからだ。
だからカールソンが傍にいてもらっては困る。なにしろ牧野つくしは司と恋をして捨てられ、美奈が望んだ苦しみを味わってもらわなければならないのだから。


「そう思われますか?ですが迷子になることを心配しただけはないんです。何しろ彼女は可愛らしい女性だ。それに私は彼女のことが好きですから、社内で悪い蟲が付かないかと心配してしまったということです」

「ちょっと!こ.....こんなところでな、何を言ってるんですか!」

二人の男の話を訊いていた女は、司が何を言い出すのかとぴりぴりとした意識を抱えていたのは分かっていた。だがまさか司がカールソンの前でそんなことを言うとは思いもしなかったのか、いきなりの発言に声を上げたが、その声はほとんど叫んでいた。
だが司は慌てふためく女の言葉を無視するように言葉を継いだ。

「何をって俺の気持は伝えたはずだ。それを公言して何が悪い?」

司は日本で牧野つくしの同僚となった別室のメンバーの前で公言したが、社外の人間に言ったことはなかった。だがグンター・カールソンには、自分がこれから行うことを邪魔されないためにもはっきりと口にしておく必要を感じた。

「わ、悪いに決まってるじゃないですか。そんなことここで言わなくてもいいじゃないですか」

司はカールソンの隣で慌てながら真っ赤な顔をした女に笑って見せた。
そしてその視線をそのままカールソンに向けた。

「私は彼女が好きなんですが、御覧の通り彼女は遠慮深くて困りますね。私とは付き合えないというんです。ですがこの出張で彼女の気持を掴みたいと思ってますよ。その為にニューヨークまで同行させたんですから」





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コメント
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dot 2018.05.29 06:30 | 編集
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dot 2018.05.29 16:52 | 編集
司*****E様
おはようございます^^
はい。司とグンターは互いがライバルだと認識したようです。
勿論つくしは驚きです。まさか‼グンターが!
そして司は、これから自分が落とそうとしている女を好きだという男が現れるとは思ってもみなかったことでしょう。
ライバル現る!(笑)
この事態の収拾は出来るのでしょうか?

え?Sなあきら(≧▽≦)
どんなあきらになるのか.....。いい青年のイメージしか湧きませんねぇ(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.05.29 23:24 | 編集
司*****E様
こんにちは^^
この辺りの物語になると、なんとなく覚えています(笑)
でも細かいところまでは覚えていないので、そんなこと書いてましたか(笑)です。
時事を取り混ぜたお話もありますが今回の3作品は特にそうですね?
そしてあの動画は昨年の大ヒットでしたね?
そしてあと9話なんですね?いつも読ませていただき、へぇ~と振り返ることをしています。
ありがとうございます!(低頭)
アカシアdot 2018.05.29 23:34 | 編集
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dot 2018.05.30 12:45 | 編集
さ***ん様
グンターはつくしのことを考えてくれる男ですねぇ。
それに対し、この司はつくしを苦しませることが目的とは!
ええ、ぜひ「この馬鹿野郎っ!」とハリセンで頭を叩いてやって下さい。
そして「手遅れになっても知らんぞ!」と言ってやって下さい。
自分に自信がある男はどこまでも傲慢です!
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.05.30 23:13 | 編集
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