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2018
05.24

出逢いは嵐のように 28

ホテルにチェックインしたのは夕方4時。
ホテルに着いたらゆっくり休めと言われ、勿論そのそつもりでいた。
だが案内された部屋が立派過ぎて驚いた。

なんとそこはスイートルーム。
贅沢な黒革のソファが置かれたリビングルーム。大きな長方形のテーブルが置かれたダイニングルーム。そしてドレッシングルームに大きなダブルベッドが置かれたベッドルームとバスルームから構成されているが、つくしにはドレッシングルームのハンガーに吊るされるドレスもなければ、棚に並べる靴もなく、その部屋はただ髪を乾かすだけの部屋になりそうだった。そしてそこにあったドライヤーにはメープルのロゴが入れられ、コストがかかっていることをうかがわせた。

それにバスルームは見たこともないようなセレブさが感じられ、大きなバスタブにお湯を溜めるとなれば時間がかかりそうだ。いやそれ以前にホテルにありがちなバスタブにあるはずの蛇口がなく、それならどうやって湯を溜めればいいのかと思うが、壁に埋め込まれたタッチパネルから操作するようになっていた。そして試しに押してみればバスタブの底から湯がわき上がるように流れ出すのを見てスイッチを切った。

それにしてもどの部屋も贅沢な広さが取られ、ひとりで泊るとするとネズミに引かれるのではないかと思えたが、スイートという部屋の構成から考えれば、つくし一人ではなく副社長も一緒に泊るのかと思ったのは言うまでもない。なにしろ副社長はつくしに惚れたと言った男だ。そのくらいのことは平気ですると思った。だが副社長はこの街に自分の住まいがあると言い、ホテルには泊まらないと言われホッとした。

そして移動初日は何も予定はないから休めばいいと言われ、広さを持て余すこの部屋でのんびりできるかと思ったが、食事に行くから7時に迎えに来ると告げられれば、ゆっくり休めの言葉は打ち消されたのも同じだ。

「はぁ…..全然ゆっくり出来ないじゃない。言ってることとやってることが違うじゃない」

それにしても公然とつくしに惚れたという男にどう対応すればいいのか。
それに7時に迎えに来る食事にドレスコードといったものは無いのか。
何も言われなかったのだからこのままでもいいのだろうか。

つくしはチャコールグレーのスーツ姿の自分を広すぎるドレッシングルームの鏡に映したが、これではまるでビジネスディナーだ。
だが何も言われなかった。それに副社長のためにおしゃれをする必要はない。
けれど、日本を出て10時間以上着ていたスーツが、くたびれた感じがするのは否めなかった。
機内での副社長はジェットが離陸すると背広を脱ぎ、書類を手にしていた。
そして暫くするとシートを倒し気怠そうに脚を投げ出していた。
その時、横を向いた男から上着を脱げばいいと言われたが脱がなかった。脱がなかったというよりも身を固くして座っていたたこともだが、脱ごうという気になれなかった。

「はぁ….」

つくしは鏡の中の自分に向かって再び溜息をつくと、自分が知らず知らずのうちに溜息ばかりついていることに気付いた。

「気が重いけど相手はこれから2週間避けることが出来ない人だものね。気持ちは嬉しいですけどって断るしかないのよね」








***








食事に行くからと連れてきたのはマンハッタンにある司のペントハウス。
大きな窓に張り付いた漆黒の闇の向うには、マンハッタンの夜景が見えるが、昼間見れば成功と大金のある場所と言われるビッグアップルの摩天楼が見えるはずだ。
そしてそれは誰もが一度は見たいと思う景色。但しその意味はただこの場所から見える夜景が見たいというのではない。司と一緒に見ることを女たちは望んでいた。
だが長年暮らした場所に女を招き入れたことはなかった。
そこに日本料理の料理人を呼び料理をさせた。その店は銀座に店を構える懐石料理の店。
一流の料理人の見事な包丁さばきで丁寧かつ繊細に調理された食材が器に映える和食は、ニューヨーカーにも人気があり数カ月先まで予約が取れないと言われていた。
そんな店に無理が効くのは、長年贔屓にしている司の依頼であり、道明寺の名前が持つ影響力が働いているのは当然だ。



「とりあえず乾杯だ」

ニューヨークの道明寺邸から派遣されて来た使用人が食前酒を運んで来ると、司は小さなグラスを手にした。

「…..あの。何に乾杯するのでしょうか?」

「何ってお前はニューヨークに来るのははじめてだろ?それならそれに乾杯だ」

司がそう言ってグラスを掲げ持てば、女はグラスを合わせた。
もろみを発酵させた微発泡うすにごりの日本酒はゆずの香りがした。


緊張した面持ちの女は司の指示に従うしかない状況にいる。食事に行くと言われれば行くしかないのだが、まさかペントハウスに招かれるとは思わなかったようだ。何しろ使用人が料理を運んで来るとはいえ、ここにいるのは二人だけ。
そして気を遣ったのか女は服を着替えていた。だがそれは司がドレスコードについて言わなかったことから無難な服装を選んだのだろう。めりはりのない細い身体を包んでいるのは、紺色のスーツだった。

司は、ことさら牧野つくしのことが気になっているといった態度は見せなかった。だが出された先付けをつぎつぎに平らげていく女の口許を見ていた。旺盛な食欲はステーキを食べた時にも感じたが、歓迎会でもそうだった。綻んだ口許は料理が美味いということだろう。
そしてその時気付いたのは、この女は食べることが好きということ。
男の捕まえるなら胃袋を掴めという言葉があるが、まさか女の気持を掴むため必要とされるのが美味い料理とは思いもしなかった。だが箸を口に運び味わう姿は紛れもなく食事を楽しんでいた。

そして料理を食べる女が箸を止めて司の顔を見るのは、彼が投げかける質問に答える時だ。
ホテルの部屋は問題ないか?と問えば、広すぎて豪華過ぎです。と答えたが、女から積極的に話そうという気はないようだ。それなら司が話せばいいだけだ。

「それで?今までの仕事の中で一番印象に残っているのはなんだ?」

司が訊いたのは、牧野つくしが滝川産業で働き始めてからどの仕事が一番印象に残っているのかだ。これは個人的な話ではない。仕事の話だ。ばかげた甘い言葉を囁くわけでもない。
だが「え?」と怪訝な顔をする女は司がそういった話をするとは思わなかったのだろう。
今までどこか身構えていた姿勢が緩んだ。

「今までの仕事の中で…..ですか?」

「ああ。そうだ。滝川での仕事の中でどの仕事が一番印象に残ってる?」

ビジネスで印象に残るのは成功よりも失敗。
それは人生も同じ。
人は同じ轍を踏まないように失敗から学び、それを教訓とする。
そしてそれは恋愛に於いても同じはずだ。成就する恋よりも実らなかった恋の方が印象に残る。失恋というのは苦い想い出となって澱のように心の中に沈んで行く。そして年をとってもあの時は、と失った恋を懐かしむか傷ついた心を慰めるかどちらかだ。

司が牧野つくしに与えたいのは懐かしいと想えるような恋ではない。
寝る男を間違え妻がいる男と付き合ったばかりにその後に訪れた恋は懐かしめるようなものではなく苦い思いだ。
そして司が別室の仲間の前で牧野つくしにお前に惚れたと言ったのは、司に捨てられたとき、彼らから哀れみの目を向けられることが望ましいからだ。


「それで?過去の仕事で一番印象に残っているものはなんだ?」

司は女が逡巡する様子を見ていた。
そして女が考えた末に喋り始めた話の内容を興味深そうな態度で訊いた。

「私が滝川産業に入社してから最初に担当したのは、飲料メーカーに納めるコンプレッサの手配でした」

名前を上げれば誰もが知っている飲料メーカーが水の美味しいと言われる場所に採水する工場を建設し、ミネラルウォーターの製造を始めることになった。
そしてそこに納められた機械はペットボトルを形成するために使われるもので、そのメーカーだけのために製造された世界に一台しかない受注生産品で海外からの輸入品。それをつくしは手配した。

「納入後試験運転を始めてボトリングされた水からオイルの匂いがすると苦情が来たんです。水にオイルが混ざることは絶対ありません。ですからペットボトルが原因ではないかと言われ焦りました。つまりペットボトルが匂いを発しているということです。
でも機械はうちが作ったものではありません。ですが手配して納入したのはうちの会社です。工場が稼働を開始する日は決まっていてその日を変更することは出来ません。問題を解決するための時間はあまりありませんでした」

エンドユーザーである顧客とサプライヤーである製造会社との間に立つ専門商社は、仲介役であるがゆえ板挟みになることが多い。つくしは営業ではないが、専門商社は細かな実務を任されることが多く、営業事務だからこそ営業担当よりも顧客と密に連絡を取る。
そして両社の要望を訊きどちらも顔が立つようにすることが仕事であり、対処の仕方によっては今後の受注を逃すことになる。それにもともと真面目で責任感の強いつくしは、問題を解決しようとする営業に付き合い夜遅くまで会社に残ったことがあった。

「その機械を製造した会社は日本に拠点を持っています。でも当時はその機械はまだ日本にはありませんでした。ですからそういった事例が他に無く何が原因か調べるのに海外の工場からエンジニアを呼ぶとことになりました。私はまだ入社して間もなかったこともですが、海外との直接的なやり取りも苦手でしたので営業担当が殆ど交渉してくれたんですが、もし工場が予定通りに稼働しなければ、損害賠償問題になっていたかもと訊きました。私は問題が解決されるまで毎日緊張した日々でした。それが一番印象に残っています」

つくしは訊かれたからペラペラと喋ったが、副社長のように石油事業を手掛ける男にこんな小さなビジネスの話をしたところで何も感心されないと思った。

「副社長のお仕事からすれば大した仕事ではありませんよね?」

だが話題が自分のこと以外なら仕事の話でも天気の話でも何でも良かった。
そして目の前の男性の興味が自分以外に向くことを願った。

「仕事に大きいも小さいもない。それにその飲料メーカーは今も顧客だろ?」

司が訊かされた会社の名前は、非上場だが知名度もありビールや洋酒も販売する会社で今も顧客として取引があると言う。つまり顧客は仲介役である専門商社の対応に満足した。
そして今も関係が続いていることがビジネスとしては重要であり、このまま良好な関係を続けていくことがビジネスとしては成功といえるはずだ。何しろちょっとした手違いから顧客を怒らせ、それまであった取引は全て中止になり、出入り禁止になることもあるからだ。

ここまで深くこの女と話しをしたことはなかったが、私生活は別として仕事に取り組む姿勢は文句がつけようがない。そうなるとただ残念なのは、妻がいる男と付き合っていることだ。それが姪の夫であるから尚更悪い。

そこから話しはニューヨークの話題に移ったが、暫くして話しが途切れたことで、女は次に何を訊かれるのかと構えたが、司に何か言われる前にと思ったのか口を開いた。

「あの。副社長。この出張の意味は別として、お気持ちは嬉しいんですが、今の私は誰かと付き合うことを考えていません。ですから申し訳ありません。私のことは諦めて下さいというと言葉は違うかもしれませんが….お気持ちだけいただいておきます」

司は自分の前で頭を下げる女を見ていたが、この数分間でこれまでのアプローチにも全くと言っていいほど動じない女に対する思いは全て変わった。
惚れたと言ったとき上司と部下でいい。上司と部下の距離を保つと言ったが、これからはぴったりと張り付くことにしようと決めた。

「俺はそういうお前が益々気に入った。俺の周りには自分を売り込む女ばかりだ。そんな女を相手にしてどこが面白い?それに言ったはずだ。応接室にお前が入って来たとき全神経がお前に向いたってな。それに男というものは不思議なもので、自分のことを避ける女に惹かれるものだ」

その言い方はどこか屈折した言い方だが、あの日全神経が向けられたのは嘘ではない。
それは白石隆信の浮気相手が司に対しどんな態度を取るのか見極めるだめだった。
だが今は美奈からの依頼は別として自分を避けようとする女を必ずものにしてやるといった強い思いが湧き上がっていた。

「牧野つくし。男と女の関係は単純なことだ。好きならその女を自分のものにする。嫌いなら別れればいい。今の俺の望みはお前だ」





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コメント
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dot 2018.05.24 06:03 | 編集
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dot 2018.05.24 14:56 | 編集
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dot 2018.05.24 18:06 | 編集
司*****E様
つくしは司の考えていることが分からない...。
はい。確かにそうですよね?
司は白石隆信の不倫相手であり自分に靡かない女を堕とすことが目的ですが、アプローチの仕方は黙っていてもモテるの傲慢さが感じられます。
そして徐々に現れる征服欲(笑)
司の心境が少しだけ変わってきたかもしれませんね?
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.05.25 00:11 | 編集
さ***ん様
やんわりと、でもはっきり断るつくし。
しかし強気発言の司。
何しろどんな女も求めなくても手に入れることが出来るのですから、強気にもなるでしょうねぇ(笑)
何としても堕として見せる。本当に堕とせるのでしょうか?
いつかその鼻が折られる時が来るのでしょうか(笑)
コメント有難うございました^^

アカシアdot 2018.05.25 00:15 | 編集
司*****E様
こんばんは^^
( ..)φメモありがとうございます!
そして丁寧に書いて下さるのでよく分かります!
しかし、本当にこの御曹司はおバカですね?でも愛すべきおバカでエロい御曹司です。
はい。日曜公開です。息抜きにと思ってこのようなお話を始めてしまいましたが、楽しんでいただけて何よりです。
そうです(笑)司の欲望が満たされることが道明寺HDの発展に繋がる!つくしと愛し合うことは司の活力剤、アンプルです!
アンプル注入しているのは司の方ですがねぇ(≧▽≦)
そしてこの男。次なる妄想を考えている....かもしれません(笑)
アカシアdot 2018.05.25 00:25 | 編集
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