「よお。司。久し振り」
スーツ姿のあきらは止まり木に腰を下ろしている司の隣へ座った。
そしてバーテンダーにスコッチを注文するとポケットから煙草を取り出し咥え、火を点けふぅっと煙を吐き出した。
「それにしても最近は堂々と煙草が吸える場所が少なくなったな。やっぱ煙草吸わねぇと寛げねぇよな。昔は民間機の中でも吸えてたのが嘘みてぇだ」
あきらは美作商事の専務として司と同じように忙しく海外を飛び回っていた。
そんなあきらとは電話で話しをすることはあるが、最後に話しをしたのは姪の美奈が牧野つくしのことでメールを送って来た日。
あの時のあきらは会えないかと言ってきたが、美奈との約束がありそちらを優先した。
そして久し振りにかかってきた電話は、昔よく行った六本木の店で飲まないかという誘いだった。
「これ。土産だ。シングルモルトだ。今度うちでスコットランドの蒸留所のウィスキーを扱うことになったんだがこれがそれだ」
あきらがテーブルの上に置いたのは、本場スコットランドのシングルモルトウィスキー。
シングルモルトウィスキーは大麦麦芽のみを使用し、尚且つ一つの蒸留所で作られたものをそう呼ぶが、つまりそれはワインと同じでそれぞれの蒸留所が置かれた環境を生かす地酒と言われていた。
「それにしてもスコットランドはいい場所だがさすがに遠いな。お前は行ったことがあるか?」
「スコットランドか?いや。ねぇな」
「そうか?モルトウィスキーが好きなら行ってみる価値はあるが、お前はニューヨーク暮らしが長かったからバーボンが好みだよな?」
確かに司はアメリカ暮らしが長かったせいかウィスキーはバーボンを好んで飲んでいた。
ストレートで飲むかオンザロックが殆どだが、ソーダで割ることもあった。だがどんな飲み方をしても、どれだけの量を飲もうと酔うことはなかった。そして今、口にしているのはオンザロックだった。
そしてあきらが司に会いたかったのはスコットランドの土産を渡すためではない。
実はな、と話し始めたのは、あきらの妹たちのこと。
あきらには年の離れた双子の妹がいるが、彼女たちは結婚適齢期と言われる年になり、縁談話といったものが持ち上がるようになった。
二人は美人姉妹と言われ美作商事社長であるあきらの父親も、かわいいと言われる母親も目の中に入れてもいたくないほどの可愛がりようだ。だがそれはあきらも同じだ。
美作家の妖精と言われた幼い頃の妹たちは兄であるあきらに甘え、いつも傍にいたがり、あきらとしては少々面倒くさい、うんざりと思うことがあったとしても、嫁に行くまでは兄である自分が妹たちの面倒を見るつもりでいた。
だがそんな妹たちが本当に結婚するとなると、寂しいといった気になるのは、もしかすると自分はシスコンなのではといった思いがしないでもないが、慌ててその思いを打ち消していた。
そして司に妹たちの話をしたのは、仲間内で唯一司に女の姉妹がいるからだ。だから司なら同じように女の姉妹を持つ自分の気持ちが分かってもらえると思い、話をしたいと思っていた。
何しろ、司は姉である椿に育てられたようなもので、姉だけには心を開いていた。
だから姉が嫁いで行ったとき、寂しさを感じた。喪失感というものを感じたはずであり、自分の気持も分ってもらえるのではないかと思っていた。
「そうか。双子たちも嫁に行く年頃か?」
「ああ。あいつらももう26だ。適齢期と言えば適齢期だろ?母親はまだまだ手放したくないようだが、父親はそうでもねぇな。娘が幸せになるなら早いとこ嫁にやってもいいって感じだ。まあうちの親父はお前のお袋さんと違って無理矢理嫁がせるなんてことはしねぇからな。縁談話が来たとしても、本人の意思に任せるって言ってる。だから双子も割とサバサバしてるって言うのか?見合いってのを楽しみにしてる節があるな」
司はあきらの話に椿が母親の思惑通りに結婚させられた時ことを思い出していた。
当時の司は結婚というものに何の関心もなかった。それに自分が将来誰かと結婚することなど頭の片隅さえなかった。だがいずれ自分が財閥のためにどこかの女と結婚させられるであろうことだけは分かっていた。そしてその決定に自らの意思が必要ないことも知っていた。
「俺はこの年になってこんな思いをするとは思わなかったが、いざ自分の妹が結婚するってなると複雑な思いがある。いつまでもチビで俺に纏わりついていたと思ったら、いつの間にか大人の女になってた。まあ大人ってもまだまだ子供っぽいところがあるが、女には変わりねぇ。いつか好きな男が出来てその男と結婚したいと言い出すことも分かっているが、まるで兄貴って言うより親の気分だ。それにいくら親父は無理矢理嫁がせるつもりは無いって言っても持って来る縁談は美作にとって利益をもたらす会社の跡取りばかり選んでる。だから結果としてその中の誰かを選んでくれればいいってだけの話だ。つまり選択肢の幅があるだけで、司の姉ちゃんの時と同じようなものだ。まあ、これが俺たちジュニアの運命と言えばそうなんだろうが、妹たちには家の犠牲になるような結婚だけはさせたくない」
そう言ったあきら自身も父親から結婚を急かされているが、仕事の忙しさを理由に拒んでいた。
「そうだな。俺たちの結婚相手は会社のために用意されているのが当たり前だった。あの当時の姉ちゃんもそれは分かっていた。だから最後には諦めにも似た気持ちで嫁いで行った」
だが椿の娘であり司の姪の美奈は自らの意思を貫き白石隆信と結婚した。
しかしその美奈の結婚生活はたった2年で暗礁に乗り上げている。
それが意味することは、結婚というのは自らの意思を通したとしても必ずしも幸せになるとは限らないと言うこと。何しろ美奈は若さを武器に強行突破するような結婚をしたが、今は不倫をする夫の気持を取り戻そうと叔父である司に助けを求めていた。
だがいくら司が相手の女を白石隆信から引き離したとしても、夫である隆信の気持が美奈から離れてしまっているなら夫婦の仲は終わりだ。同じ屋根の下に暮らしていたとしても、それは夫婦ではなく単なる同居人だ。
そのことを美奈がどう考えているのか分からないが、隆信とは別れたくないというのだから、本人の意思を尊重してやるしかない。
「そうだったな。姉ちゃんは最後は受け入れた。でもあの家にお前をひとり残していくことは悔やんでたはずだ。何しろお前にとって姉ちゃんは姉じゃなくて母親以上の存在で、あの家でお前を唯一理解してたのは姉ちゃんだった」
確かにそうだ。
司があの家で唯一心を許せたのは姉。そして彼のことを理解出来たのも姉ひとり。
それこそ幼い頃から姉に甘え、シスコンかと言われたこともあったくらいだ。
「そういやあお前に電話をしたとき、美奈ちゃんと会う約束があるって言ってたよな?何かあったのか?」
「ああ。まあな。何かあったと言われればそうだな」
司はあきらに美奈が抱えている問題をどう思うか聞いてみることにした。
「実はな、美奈の夫は他に女がいる」
「おいおい。女がいるって、それって浮気してるってことか?でもまだ結婚してそんなに時間は経ってなかったよな?」
「2年だ。2年しかたってねぇ。そのうちの1年は別の女の存在があったってことだ」
「結婚して1年で浮気か…..美奈ちゃんかなりショックだろ?それであれか?美奈ちゃんは夫を問い詰めたんだろうな?」
あきらも椿の娘の美奈の事は知っている。
母親の椿に似た美人で性格も母親譲り。物事の白黒をつけたがる性格は叔父である司にも似ていた。つまりひと言で言えば、名前は道明寺ではなくとも、道明寺家の人間らしい人間だと感じていた。
「ああ。美奈は夫から相手の女が誰だか訊き出し、その女の会社に乗り込んだ。そこで女に1億の小切手を示して別れてくれって言った。けど女は別れるもなにもそんな男は知らねぇって突っぱねたそうだ」
「突っぱねた?そりゃあ相手は相当な鉄面皮だな。会社に乗り込んできた男の妻からの1億の金を提示されて突っ返せるってことは、相手の女はあれか?やり手の女実業家か?」
司は美奈から牧野つくしについて訊かされ、その女に会うため滝川産業まで出向いた時のことを思い出していた。応接室の扉を開け入って来た女の見た目はごく普通であり、年齢よりも若く見え、一見して真面目な女は妻のいる男と付き合うようには見えなかった。
「いや。女は普通の会社員だ。それもうちが1年前に買収した会社で働いていて俺たちよりひとつ下だ。だから俺はその女の顔を見るためその会社まで出向いた」
「おい。グループ会社内での不倫か?確か美奈ちゃんの旦那って道明寺の関連会社の役員だったよな?なんか繋がりがありそうだな?それに俺たちよりひとつ年下ってことは35か?これもまた信じられねぇな。若い女と結婚した男は妻とかけ離れた年上の女に夢中ってことか?となると、その女余程の美人か?それとも身体の相性がいいってことか?どうなんだよ司。お前その女を見てどう思った?」
苦々しい思いで司は唇を歪めた。
「痩せた女で化粧も最低限。年よりも若く見える真面目な雰囲気がする女だ。お前がいつも付き合ってる人妻とはタイプが違う地味な女だ」
実際女に会うまでは男に色気を振りまくような女だと思っていた。だが身体の線も細く色気など全く感じられない女だった。だがそんな女でも美奈の夫には魅力的に思える何かがあったのだろう。
「それにあの二人が仕事上の繋がりを持つことはない。女の会社は産業機械専門の商社で美奈の夫は不動産開発だ。だから仕事の繋がりから二人が知り合ったとは考えられねぇな」
「そうか?けど男と女の関係はごく些細なことがきっかけになるもんだ。思いもしないことがきっかけだったってこともあるからな?例えば航空機の中で隣同士に座った見ず知らずの男女が12時間かけて目的地に着いたら結婚することを決めたって話もある。
それでその女をどうするつもりだ?お前が女にひとこと忠告すれば別れるんじゃねぇのか?それにその女。自分の男がお前の姪の夫ってこと知ってんだろ?それに美奈ちゃんは姉ちゃんにも話したんだろ?」
「いや。美奈は母親には言ってねぇ。美奈は白石隆信と結婚するとき、未成年の大学生だった。今も大学生だがそんな状況での結婚話に当然姉ちゃんは反対した。だが美奈はどうしても結婚したいと意思を曲げなかった。それに姉ちゃんにしてみれば、自分は母親に好きでもない男との結婚を強要された経緯がある。今のあの夫婦はそんなことは感じられねぇけどな。とにかく、娘には自分の好きな男と結婚させてやりたいってのが姉ちゃんの思いだった。だから認めた経緯がある。それに美奈も自分の我儘を認めさせて結婚したことは理解している。だから夫が浮気してるとは母親には言えないってことだ。そんな美奈は俺に二人を別れさせて欲しいと言ってきた。それにあの女は隆信の妻が俺の姪だってことは知らないようだ。もし知ってるとすれば、あの女相当な女優だ」
「….そうか。美奈ちゃんは女の所へ夫と別れてくれと直談判をしに行ったが相手の女がシラを切ったことに腹が立ったってことか….。それで姉ちゃんには言えないが叔父であるお前ならなんとかしてくれるはずだと頼んで来たって訳か。二人を別れさせて欲しいって頼まれたってことか。それなら簡単だろ?いきなり会社をクビにすることは出来なくても、その女を男と会えない遠くに飛ばせばいい。南の島でも北の大地でもお前の所のグループ会社なら幾らでもあるだろ?」
道明寺グループの企業は末端まで含めればかなりの数にのぼる。
そして地方の営業所やその取引先まで引き受け先なら幾らでもある。
会社をクビに出来ないならどこかへ飛ばし、男と会えなくすればいい。それは実に簡単なことだが、姪が望んでいるのはそういったことではなかった。
「いや。そんな単純なことじゃねぇんだ」
「どういう意味だ?」
「美奈は相手の女がただ別れるだけじゃ納得出来ないそうだ。相手の女にも自分と同じ心の痛みを感じさせることを望んでる。つまり俺にその女を誘惑して虜にして弄んで捨てて欲しそうだ」
二十歳の娘が考えるにしては、ちゃちな発想であり悪どい計画とも言えるが、目に涙を浮かべ懇願されれば望みを叶えてやりたいと思った。
「おいおい、美奈ちゃん考えることが下衆だな。けどさすが椿姉ちゃんの娘で道明寺司の姪だ。妻としてのプライドを傷つけられた女の逆襲は自分の心の痛み以上に女が傷付くことを望んでるってことか。で?その女はお前の欲望の対象になる女か?それでいつから始めるんだ?その女を虜にして弄んで捨てる作業は?」
「もう始めてる。その女を道明寺へ出向させて俺の目の届く場所に置いた。それに来週からニューヨークへ行くが連れて行くことにした」
「そうか。お前の手にかかればどんな女も簡単に堕とせるだろうよ。それにお前のような男に言い寄られて拒める女もいないはずだ。何しろお前は美奈ちゃんの夫のはるか上を行く男だ」
だがあきらは沈思黙考するように長めの沈黙を挟み、吸殻を灰皿の中でぐいっと捻り潰し言った。
「だがな司。気を付けろ。女は魔物だ。見た目が大人しい子ネズミのような女でも窮鼠猫を嚙むだ。それからお前が美奈ちゃんを大切に思う気持も分かるが、極端なほどの身内思いは禁物だぞ?俺も妹のことは可愛い。時に血の繋がりってのは身贔屓が強すぎることもある。つまりそれは先入観の元ってことだからな」

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スーツ姿のあきらは止まり木に腰を下ろしている司の隣へ座った。
そしてバーテンダーにスコッチを注文するとポケットから煙草を取り出し咥え、火を点けふぅっと煙を吐き出した。
「それにしても最近は堂々と煙草が吸える場所が少なくなったな。やっぱ煙草吸わねぇと寛げねぇよな。昔は民間機の中でも吸えてたのが嘘みてぇだ」
あきらは美作商事の専務として司と同じように忙しく海外を飛び回っていた。
そんなあきらとは電話で話しをすることはあるが、最後に話しをしたのは姪の美奈が牧野つくしのことでメールを送って来た日。
あの時のあきらは会えないかと言ってきたが、美奈との約束がありそちらを優先した。
そして久し振りにかかってきた電話は、昔よく行った六本木の店で飲まないかという誘いだった。
「これ。土産だ。シングルモルトだ。今度うちでスコットランドの蒸留所のウィスキーを扱うことになったんだがこれがそれだ」
あきらがテーブルの上に置いたのは、本場スコットランドのシングルモルトウィスキー。
シングルモルトウィスキーは大麦麦芽のみを使用し、尚且つ一つの蒸留所で作られたものをそう呼ぶが、つまりそれはワインと同じでそれぞれの蒸留所が置かれた環境を生かす地酒と言われていた。
「それにしてもスコットランドはいい場所だがさすがに遠いな。お前は行ったことがあるか?」
「スコットランドか?いや。ねぇな」
「そうか?モルトウィスキーが好きなら行ってみる価値はあるが、お前はニューヨーク暮らしが長かったからバーボンが好みだよな?」
確かに司はアメリカ暮らしが長かったせいかウィスキーはバーボンを好んで飲んでいた。
ストレートで飲むかオンザロックが殆どだが、ソーダで割ることもあった。だがどんな飲み方をしても、どれだけの量を飲もうと酔うことはなかった。そして今、口にしているのはオンザロックだった。
そしてあきらが司に会いたかったのはスコットランドの土産を渡すためではない。
実はな、と話し始めたのは、あきらの妹たちのこと。
あきらには年の離れた双子の妹がいるが、彼女たちは結婚適齢期と言われる年になり、縁談話といったものが持ち上がるようになった。
二人は美人姉妹と言われ美作商事社長であるあきらの父親も、かわいいと言われる母親も目の中に入れてもいたくないほどの可愛がりようだ。だがそれはあきらも同じだ。
美作家の妖精と言われた幼い頃の妹たちは兄であるあきらに甘え、いつも傍にいたがり、あきらとしては少々面倒くさい、うんざりと思うことがあったとしても、嫁に行くまでは兄である自分が妹たちの面倒を見るつもりでいた。
だがそんな妹たちが本当に結婚するとなると、寂しいといった気になるのは、もしかすると自分はシスコンなのではといった思いがしないでもないが、慌ててその思いを打ち消していた。
そして司に妹たちの話をしたのは、仲間内で唯一司に女の姉妹がいるからだ。だから司なら同じように女の姉妹を持つ自分の気持ちが分かってもらえると思い、話をしたいと思っていた。
何しろ、司は姉である椿に育てられたようなもので、姉だけには心を開いていた。
だから姉が嫁いで行ったとき、寂しさを感じた。喪失感というものを感じたはずであり、自分の気持も分ってもらえるのではないかと思っていた。
「そうか。双子たちも嫁に行く年頃か?」
「ああ。あいつらももう26だ。適齢期と言えば適齢期だろ?母親はまだまだ手放したくないようだが、父親はそうでもねぇな。娘が幸せになるなら早いとこ嫁にやってもいいって感じだ。まあうちの親父はお前のお袋さんと違って無理矢理嫁がせるなんてことはしねぇからな。縁談話が来たとしても、本人の意思に任せるって言ってる。だから双子も割とサバサバしてるって言うのか?見合いってのを楽しみにしてる節があるな」
司はあきらの話に椿が母親の思惑通りに結婚させられた時ことを思い出していた。
当時の司は結婚というものに何の関心もなかった。それに自分が将来誰かと結婚することなど頭の片隅さえなかった。だがいずれ自分が財閥のためにどこかの女と結婚させられるであろうことだけは分かっていた。そしてその決定に自らの意思が必要ないことも知っていた。
「俺はこの年になってこんな思いをするとは思わなかったが、いざ自分の妹が結婚するってなると複雑な思いがある。いつまでもチビで俺に纏わりついていたと思ったら、いつの間にか大人の女になってた。まあ大人ってもまだまだ子供っぽいところがあるが、女には変わりねぇ。いつか好きな男が出来てその男と結婚したいと言い出すことも分かっているが、まるで兄貴って言うより親の気分だ。それにいくら親父は無理矢理嫁がせるつもりは無いって言っても持って来る縁談は美作にとって利益をもたらす会社の跡取りばかり選んでる。だから結果としてその中の誰かを選んでくれればいいってだけの話だ。つまり選択肢の幅があるだけで、司の姉ちゃんの時と同じようなものだ。まあ、これが俺たちジュニアの運命と言えばそうなんだろうが、妹たちには家の犠牲になるような結婚だけはさせたくない」
そう言ったあきら自身も父親から結婚を急かされているが、仕事の忙しさを理由に拒んでいた。
「そうだな。俺たちの結婚相手は会社のために用意されているのが当たり前だった。あの当時の姉ちゃんもそれは分かっていた。だから最後には諦めにも似た気持ちで嫁いで行った」
だが椿の娘であり司の姪の美奈は自らの意思を貫き白石隆信と結婚した。
しかしその美奈の結婚生活はたった2年で暗礁に乗り上げている。
それが意味することは、結婚というのは自らの意思を通したとしても必ずしも幸せになるとは限らないと言うこと。何しろ美奈は若さを武器に強行突破するような結婚をしたが、今は不倫をする夫の気持を取り戻そうと叔父である司に助けを求めていた。
だがいくら司が相手の女を白石隆信から引き離したとしても、夫である隆信の気持が美奈から離れてしまっているなら夫婦の仲は終わりだ。同じ屋根の下に暮らしていたとしても、それは夫婦ではなく単なる同居人だ。
そのことを美奈がどう考えているのか分からないが、隆信とは別れたくないというのだから、本人の意思を尊重してやるしかない。
「そうだったな。姉ちゃんは最後は受け入れた。でもあの家にお前をひとり残していくことは悔やんでたはずだ。何しろお前にとって姉ちゃんは姉じゃなくて母親以上の存在で、あの家でお前を唯一理解してたのは姉ちゃんだった」
確かにそうだ。
司があの家で唯一心を許せたのは姉。そして彼のことを理解出来たのも姉ひとり。
それこそ幼い頃から姉に甘え、シスコンかと言われたこともあったくらいだ。
「そういやあお前に電話をしたとき、美奈ちゃんと会う約束があるって言ってたよな?何かあったのか?」
「ああ。まあな。何かあったと言われればそうだな」
司はあきらに美奈が抱えている問題をどう思うか聞いてみることにした。
「実はな、美奈の夫は他に女がいる」
「おいおい。女がいるって、それって浮気してるってことか?でもまだ結婚してそんなに時間は経ってなかったよな?」
「2年だ。2年しかたってねぇ。そのうちの1年は別の女の存在があったってことだ」
「結婚して1年で浮気か…..美奈ちゃんかなりショックだろ?それであれか?美奈ちゃんは夫を問い詰めたんだろうな?」
あきらも椿の娘の美奈の事は知っている。
母親の椿に似た美人で性格も母親譲り。物事の白黒をつけたがる性格は叔父である司にも似ていた。つまりひと言で言えば、名前は道明寺ではなくとも、道明寺家の人間らしい人間だと感じていた。
「ああ。美奈は夫から相手の女が誰だか訊き出し、その女の会社に乗り込んだ。そこで女に1億の小切手を示して別れてくれって言った。けど女は別れるもなにもそんな男は知らねぇって突っぱねたそうだ」
「突っぱねた?そりゃあ相手は相当な鉄面皮だな。会社に乗り込んできた男の妻からの1億の金を提示されて突っ返せるってことは、相手の女はあれか?やり手の女実業家か?」
司は美奈から牧野つくしについて訊かされ、その女に会うため滝川産業まで出向いた時のことを思い出していた。応接室の扉を開け入って来た女の見た目はごく普通であり、年齢よりも若く見え、一見して真面目な女は妻のいる男と付き合うようには見えなかった。
「いや。女は普通の会社員だ。それもうちが1年前に買収した会社で働いていて俺たちよりひとつ下だ。だから俺はその女の顔を見るためその会社まで出向いた」
「おい。グループ会社内での不倫か?確か美奈ちゃんの旦那って道明寺の関連会社の役員だったよな?なんか繋がりがありそうだな?それに俺たちよりひとつ年下ってことは35か?これもまた信じられねぇな。若い女と結婚した男は妻とかけ離れた年上の女に夢中ってことか?となると、その女余程の美人か?それとも身体の相性がいいってことか?どうなんだよ司。お前その女を見てどう思った?」
苦々しい思いで司は唇を歪めた。
「痩せた女で化粧も最低限。年よりも若く見える真面目な雰囲気がする女だ。お前がいつも付き合ってる人妻とはタイプが違う地味な女だ」
実際女に会うまでは男に色気を振りまくような女だと思っていた。だが身体の線も細く色気など全く感じられない女だった。だがそんな女でも美奈の夫には魅力的に思える何かがあったのだろう。
「それにあの二人が仕事上の繋がりを持つことはない。女の会社は産業機械専門の商社で美奈の夫は不動産開発だ。だから仕事の繋がりから二人が知り合ったとは考えられねぇな」
「そうか?けど男と女の関係はごく些細なことがきっかけになるもんだ。思いもしないことがきっかけだったってこともあるからな?例えば航空機の中で隣同士に座った見ず知らずの男女が12時間かけて目的地に着いたら結婚することを決めたって話もある。
それでその女をどうするつもりだ?お前が女にひとこと忠告すれば別れるんじゃねぇのか?それにその女。自分の男がお前の姪の夫ってこと知ってんだろ?それに美奈ちゃんは姉ちゃんにも話したんだろ?」
「いや。美奈は母親には言ってねぇ。美奈は白石隆信と結婚するとき、未成年の大学生だった。今も大学生だがそんな状況での結婚話に当然姉ちゃんは反対した。だが美奈はどうしても結婚したいと意思を曲げなかった。それに姉ちゃんにしてみれば、自分は母親に好きでもない男との結婚を強要された経緯がある。今のあの夫婦はそんなことは感じられねぇけどな。とにかく、娘には自分の好きな男と結婚させてやりたいってのが姉ちゃんの思いだった。だから認めた経緯がある。それに美奈も自分の我儘を認めさせて結婚したことは理解している。だから夫が浮気してるとは母親には言えないってことだ。そんな美奈は俺に二人を別れさせて欲しいと言ってきた。それにあの女は隆信の妻が俺の姪だってことは知らないようだ。もし知ってるとすれば、あの女相当な女優だ」
「….そうか。美奈ちゃんは女の所へ夫と別れてくれと直談判をしに行ったが相手の女がシラを切ったことに腹が立ったってことか….。それで姉ちゃんには言えないが叔父であるお前ならなんとかしてくれるはずだと頼んで来たって訳か。二人を別れさせて欲しいって頼まれたってことか。それなら簡単だろ?いきなり会社をクビにすることは出来なくても、その女を男と会えない遠くに飛ばせばいい。南の島でも北の大地でもお前の所のグループ会社なら幾らでもあるだろ?」
道明寺グループの企業は末端まで含めればかなりの数にのぼる。
そして地方の営業所やその取引先まで引き受け先なら幾らでもある。
会社をクビに出来ないならどこかへ飛ばし、男と会えなくすればいい。それは実に簡単なことだが、姪が望んでいるのはそういったことではなかった。
「いや。そんな単純なことじゃねぇんだ」
「どういう意味だ?」
「美奈は相手の女がただ別れるだけじゃ納得出来ないそうだ。相手の女にも自分と同じ心の痛みを感じさせることを望んでる。つまり俺にその女を誘惑して虜にして弄んで捨てて欲しそうだ」
二十歳の娘が考えるにしては、ちゃちな発想であり悪どい計画とも言えるが、目に涙を浮かべ懇願されれば望みを叶えてやりたいと思った。
「おいおい、美奈ちゃん考えることが下衆だな。けどさすが椿姉ちゃんの娘で道明寺司の姪だ。妻としてのプライドを傷つけられた女の逆襲は自分の心の痛み以上に女が傷付くことを望んでるってことか。で?その女はお前の欲望の対象になる女か?それでいつから始めるんだ?その女を虜にして弄んで捨てる作業は?」
「もう始めてる。その女を道明寺へ出向させて俺の目の届く場所に置いた。それに来週からニューヨークへ行くが連れて行くことにした」
「そうか。お前の手にかかればどんな女も簡単に堕とせるだろうよ。それにお前のような男に言い寄られて拒める女もいないはずだ。何しろお前は美奈ちゃんの夫のはるか上を行く男だ」
だがあきらは沈思黙考するように長めの沈黙を挟み、吸殻を灰皿の中でぐいっと捻り潰し言った。
「だがな司。気を付けろ。女は魔物だ。見た目が大人しい子ネズミのような女でも窮鼠猫を嚙むだ。それからお前が美奈ちゃんを大切に思う気持も分かるが、極端なほどの身内思いは禁物だぞ?俺も妹のことは可愛い。時に血の繋がりってのは身贔屓が強すぎることもある。つまりそれは先入観の元ってことだからな」

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金**様
そうです(笑)司は自分に靡かないつくしにイライラすることは間違いありません。
そして司は過去に女性を射止めるための努力をしたことはありません。
ハイスペックな男は自分に靡かない女に対しどんな態度を取るのでしょう。
ミイラ取りがミイラになったと自覚したとき、司はどうするのでしょうねぇ(笑)
コメント有難うございました^^
そうです(笑)司は自分に靡かないつくしにイライラすることは間違いありません。
そして司は過去に女性を射止めるための努力をしたことはありません。
ハイスペックな男は自分に靡かない女に対しどんな態度を取るのでしょう。
ミイラ取りがミイラになったと自覚したとき、司はどうするのでしょうねぇ(笑)
コメント有難うございました^^
アカシア
2018.05.22 00:10 | 編集

司*****E様
おはようございます^^
>身贔屓が強すぎると先入観の元になる
あきら、いいこと言いますね?しかし司は身内のことになると贔屓目が働いてしまったようです。
自分で再調査をするのかしないのか。それは今後の展開によると思われます(笑)
そしていよいよNYへ!
運命の2週間となるのでしょうか?(笑)
そしてメモをありがとうございます。
本当に忘れてます(笑)そんなこと書いてたんですかっ?(≧▽≦)
自分で読むことがないので書いていただくと客観的に見ることが出来るのですが、かなり恥ずかしい内容ですね?
本当にこんな男でごめんなさい(´Д⊂ヽ
コメント有難うございました^^
おはようございます^^
>身贔屓が強すぎると先入観の元になる
あきら、いいこと言いますね?しかし司は身内のことになると贔屓目が働いてしまったようです。
自分で再調査をするのかしないのか。それは今後の展開によると思われます(笑)
そしていよいよNYへ!
運命の2週間となるのでしょうか?(笑)
そしてメモをありがとうございます。
本当に忘れてます(笑)そんなこと書いてたんですかっ?(≧▽≦)
自分で読むことがないので書いていただくと客観的に見ることが出来るのですが、かなり恥ずかしい内容ですね?
本当にこんな男でごめんなさい(´Д⊂ヽ
コメント有難うございました^^
アカシア
2018.05.22 00:24 | 編集

か**り様
>あきらの言うことをよく考えて
身贔屓が強過ぎるのは先入観の元。
どんなに有能な経営者でも我が子のことになると、ビジネスとは別の一面(親バカ)を見せることがありますので、今の司はそういった男のひとりなのかもしれませんね?
これからの展開はNYで!
え?あきらがまだマダム専科なのか?どうなんでしょうか?(笑)
コメント有難うございました^^
>あきらの言うことをよく考えて
身贔屓が強過ぎるのは先入観の元。
どんなに有能な経営者でも我が子のことになると、ビジネスとは別の一面(親バカ)を見せることがありますので、今の司はそういった男のひとりなのかもしれませんね?
これからの展開はNYで!
え?あきらがまだマダム専科なのか?どうなんでしょうか?(笑)
コメント有難うございました^^
アカシア
2018.05.22 00:31 | 編集

t****o様
つくしへの疑いが晴れるのはいつなのか?
そうですねぇ。決定的な何かがなければ難しいような気がしますが、自分の間違いに気付いた時、男はどうするのでしょうねぇ。
拍手コメント有難うございました^^
つくしへの疑いが晴れるのはいつなのか?
そうですねぇ。決定的な何かがなければ難しいような気がしますが、自分の間違いに気付いた時、男はどうするのでしょうねぇ。
拍手コメント有難うございました^^
アカシア
2018.05.22 00:36 | 編集
