出逢いは嵐のように 15

進から送られて来た荷物は、沢山の野菜。
『姉貴。荷物送ったからな。腐らせるなよ』
に対しての返信は『今届いたよ。いつもありがとう。絶対に腐らせないから大丈夫』
だがそうはいっても、一人で食べる量など知れているのだから、大きなキャベツが４玉というのは明らかに多すぎであり、青虫ではないのだから毎日野菜炒めという訳にもいかず、隣の岡村恵子の所へキャベツ２玉とアスパラガスとブロッコリーとズッキーニを持参した。




「わあ！いつもありがとうございます。ホント助かります。長野直送の野菜。新鮮でおいしですよね？弟さんに御礼言って下さいね！」

「いつも」の言葉が示す通り、進から送られてくる沢山の野菜を腐らせないためにも、恵子にお裾分けしていた。
そしてつくしの訪問に嬉しそうに足元でジャンプをするのは、チワワのレオン。
恵子に飼い主がどっちなのか分からないわ。と言われるほどつくしに懐いているレオンはつくしの出現に嬉しさの余りクルクルと周り始めると、ワンワンと鳴いたが、それはまるで中に入ってよ、とつくしを誘っていた。

「もう！ホントにこの子は牧野さんの方が飼い主だと思ってるのね？もしかして私のことはシッター程度にしか思ってないのかも。なんか悔しい！」

と、いつもの台詞が恵子の口から漏れ、ご飯まだですよね？と言い今日はパスタなんですが食べますか？と誘われれば勿論と答えていた。





看護師の恵子は日勤を終えつくしより少し早めの帰宅をしていた。
そして早い時間にレオンの散歩に行ったと言うが、食事をしながら話題になったのは、つくしの新しい職場についてと管理室の掲示板に貼られている不審者情報。
だが職場については、仕事の内容について詳しく話すことは出来ないが、親しくしてくれる女性の同僚が出来たということ。そして当然のように訊かれた副社長である道明寺司についての話。
だが副社長には初日に会ったきりで、特段何か話題になるようなこともなく、いい男でしたか？の問いに「うん。人形のような綺麗さだった」と答えることしか出来なかった。

そして今夜耳にした不審者情報。
以前も同じようなことがあったと記憶しているが、それはマンションに住む高校生の女の子が恋人の男子学生と暗がりで話しをしていたのだが、それはそれで何かあってはという話になったことがあった。だがだからと言って車の持ち主以外は駐車場に入るなと言うことも言えず、今も誰でも立ち入ることが出来る。
だがさすがに暗闇に紛れる様に駐車場に立つ男というのは、怖いものがあった。


「お互いに一人暮らしですし、気を付けなきゃいけませんよね？こんな時男の人が一緒にいてくれたらってこと、よくあるんですけど、彼も忙しい人でなかなかゆっくり会えないんです。それに私も看護師ですからシフトの関係上日曜が休みとは限らないのでタイミングがずれるというのか、なかなか会えないんですよね？」

恵子に恋人がいることは知っているが、相手がどんな人間なのかは知らなかった。
それに訊くつもりはなかった。だが話しの感じからなんとなくではあるが、訳アリのような気がしていた。

もしかすると不倫なのかもしれないと思ったが、そうなるとまるで他人事のようには思えなかった。だがそれはつくしが不倫をしているからではない。
あらぬ濡れ衣を着せられたことがあるからで、もし恵子が不倫をしていたとすれば、もしかすると妻が職場や自宅に乗り込んで来ることが考えられるからだ。
となると、恵子はどうするのだろう。つくしの場合は濡れ衣であり、知りません。私は違いますと一蹴したが、恵子は認めるのだろうか。だがいくらよき隣人であっても、どんなに親しい友人でも踏み込んでいいことと悪いことがある。
本人の口から話されない限り決して踏み込んではいけないことが。

だが一般的な意見としてならどうだろう。
つくしはそんな思いから思い切って訊いてみることにした。
それにもし、恵子が仮に不倫をしていたとして、つくしが言いがかりをつけてきた妻に対して取った態度がよくないなら、そのことを指摘して貰えたらと思う。
だが何故そんなことを考えたのか。それは管理人の桐山が駐車場で見た男というのがどうも気になっていたからだ。


「ねえ、恵子ちゃん。実は私ね、少し前だけど女の人が私の夫と別れて下さいって会社まで押しかけて来たことがあるの。そんなこと言われる筋合いのない誤解なんだけどね。ちょっとびっくりしたっていうことがあったの。それでね、相手の女性には私はあなたのご主人のことは知りませんって言ったんだけど信じて貰えなかった。でも突っぱねたの。それでそれっきりなんだけどね。それでいいと思う？」

沈黙が１０秒ほど流れ、訊いてはいけない、口にしてはいけないことを言ったのではと思い焦ったが、恵子の口がゆっくりと開かれた。

「…….そうですか。そんなことがあったんですか？でも牧野さんは不倫するような人には見えませんし、髪を振り乱しての修羅場とか似合わないし縁がなさそうですし、旦那さんの不倫相手と間違えられたとしたらいい迷惑ですよね？」

案外あっけらかんと答えが返されたと思えば、実は、と言って過去に不倫したことがあるんですと告白された。
それは今の病院に移る前、ドクターと３年近く交際が続き別れたという話。
だがそれは２年も前の話であり、今の恋人は不倫じゃありませんからと笑って言った。

「不倫はねぇ。初めは燃え上がるんですよ。たとえ相手に奥さんがいても構わないってね。この人本当は私のことが好きで奥さんのことは子供がいるから仕方なく続けてるんだって。いつか奥さんと別れて私と一緒になってくれるんだって思っちゃうんですよ」

「え？え？恵子ちゃん子供がいるお医者さんだったの？」

まさかと思っていたが、今ではなくとも過去に不倫をしていたことを告白されるとは思わなかったが、缶ビールを開けた恵子は滑らかに語り始めた。

「ええ。そうですよ？あの先生は１０歳と５歳の息子さんがいらっしゃいました。すっごいイケメンの外科医でした。今思えばどうしてと思うこともあるんですよね….でも付き合ってる時は分からないものなんです。不毛の恋なのにね？」

恵子は目の前のカルボナーラをクルクルとフォークに巻き付け、そして食べ終えるとフォークを置いてゴクゴクと缶ビールを呷り「やっぱり仕事の後のビールは美味しいですよね？」と言い言葉を継いだ。

「牧野さん。私は奥さんにバレずに終わりましたけど、もしバレてたら私刺されたかもしれません」

その言葉につくしが驚いた顔をすると、

「だって奥さんって病院長の娘さんで凄い綺麗な方でしたから。それにあの二人、奥さんの方の愛が大きくて、旦那、つまり元カレの方はそうでもなかったって言ったら変ですが、私と付き合い始めた頃は少なくとも冷めてましたね。でも奥さんにすれば、そんなの許されなかったでしょうね。恋とか愛って相手に対しそれが大きな方が負けなんですよ。それに愛が自分に向いてないことが分かると、その愛を奪った相手が憎いって思っちゃうんですよ。だから牧野さんのことを旦那の不倫相手だと思ってきた奥さんは、きっと旦那より牧野さんの方が憎いってことですね？でも大丈夫ですか？いくら間違いだって否定しても嫉妬に狂った女って執念深いですから。うちの病院にも不倫のいざこざで刺されて運ばれて来た女性がいましたから」

恵子はビールが空になったのか、立ち上がって冷蔵庫まで行くと、新しい缶を二つ持ってきた。そしてひとつをつくしに渡そうとしたが、水でいいと断わると、じゃあ私が頂きますねと言い自分の目の前に二つ置き、ひとつのプルトップを開けた。
そして口を付ける寸前「あっ！」と声を上げ「もしかすると、駐車場に現れた男って奥さんの命を受けた殺し屋で牧野さんを狙ってたりして！」と笑いながら言ったが、冗談だとしても笑えなかった。





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