2018
05.02

出逢いは嵐のように 14

『本気で嫌われないように気を付けてね?』

それは一体どういう意味なのか。
佐々木はそう言ったあと笑い「じゃあこれ目を通しておいてくれる?」と言って書類を渡してくると掛かってきた電話に出た。そして副社長の話題はそれきりになった。






腕時計を見ると午後の8時を過ぎたところだった。
以前の職場と通勤距離はさして変わらず、今のところ会社に遅くまで残ることはないのだが、今日は近くのスーパーで買い物をしたため帰りがいつもより遅くなっていた。
マンションのオートロックを解除し、いつものように郵便を確認したが、今日は何も届いていなかった。

「お帰りなさい、牧野さん。丁度よかった。牧野さん宛に荷物が届いていてお預かりしていますが、今からお部屋までお持ちしてもいいですか?」

とエレベーターに向かいかけていたつくしに声をかけてきたのは管理人の男性。
このマンションの管理人は、管理会社から派遣されている管理人が朝9時から午後8時まで管理室にいるが、時計は8時を過ぎていることから帰ろうとしていたところを、管理室の前を通りかかったつくしに気付き声をかけてきた。

「いつもすみません。荷物って牧野進からですか?」

「ええ。そうです。かなり大きな段ボールひと箱ですが重いですからお部屋までお持ちしましょう」

「すみません。助かります。お時間大丈夫ですか?もうお帰になられる時間ですよね?」

「いえ構いませんよ。これが私の仕事ですから」

と言って管理室から大きな段ボールを抱え出て来た男は「では行きましょう」とつくしを促し、エレベーターの前に立つと、最上階まで上がっていた箱が降りて来るのを待った。


管理人は桐山という男性。
管理人と言えば高齢の男性といったイメージがあるが、桐山は中肉中背で30代後半から40代前半といった風貌をしていた。
そして時々つくし宛に弟の進から送られて来る大きな荷物を預かり部屋まで届けてくれていた。
今回も数日前に進からメールが届いたが『姉貴。荷物送ったからな。腐らせるなよ』とだけ書かれていた。

「この荷物弟さんでしたよね?」

「ええ。そうなんです。弟は長野の農協に勤めていて営農指導員なんです。だからいつも旬の野菜や果物が出回る時期になると色々詰めて送ってくるんですけど、東京でも買えるからいいって言うんですけどこんな調子なんです」

腐らせるなよ。の意味は野菜や果物を腐らせないでくれ。
そして農家のみんなが心を込めて作ったものだから、絶対に全部食べてくれという意味だが勿論分っている。
食べ物を粗末にするなど出来るはずがない。何しろ物を大切にする家庭で育ったのだから、腐らすなどする訳がない。

「そうですか。姉思いのいい弟さんじゃありませんか。それに野菜や果物が東京で買えるといっても、長野産のものだけを探すとなると大変ですからね。弟さんの好意を素直に受け取ることが姉の役割でもあるんじゃないですか?」

「ええ。まあそうなんですが、弟は子供の頃は農業なんて全く興味がなかったんです。だから不思議な気持ちでいます」

農業どころか野菜が嫌いだった弟。
幼い頃ピーマンをよく残しては、つくしに叱られていた。だがピーマンだけではない。比較的安価な野菜と言われるナスも人参も嫌いと言って麻婆ナスを作っても食べなかった弟。
それが今では立派な農業青年だ。それにしても弟がこれほど変わるとは思いもしなかった。

「まあ人の興味というのは、いつどこでどうなるといったものではありません。ある日突然好奇心の塊のようになることもありますから。人間なんて不思議なものですよ」

そう言われてみれば、そんなものかと思うが、進が現状に満足であり幸せならそれでいい。
弟の進は、東京の農業大学の農学部を卒業後、長野の農協に就職し、営農指導員という仕事に就いていた。
営農指導員とは、農協の組合員のため、作物の育成や病害虫対策などの栽培に関するアドバイスや経営および技術の向上に関する指導を行うのが仕事だが、何故そんな仕事についたのか?

野菜は嫌い。土いじりもしたことがない都会のど真ん中、農業には何の関係もない家に生まれた進が農業に目覚めたきっかけは、中学時代課外授業で房総半島のキャベツ農家を訪ね、青く広がるキャベツ畑と、そのキャベツを使ってご馳走してもらった料理が美味しかったという理由らしい。だがあの時はただの野菜炒めだと訊いたが、そのキャベツは甘かったという。それは春キャベツのことだと思うが、進は芯まで甘いと言われるキャベツの甘みに感動したという。

そして進は農業大学で同級生だった女性と結婚し、子供も生まれ幸せに暮らしている。
土に根差した暮らしが性に合っていると言う進は、長野から離れるつもりはないだろう。


やがてエレベーターが来た。つくしは桐山より先に乗り込み「開」のボタンを押し彼が乗り込むのを待った。それから階数ボタンを押した。

「すみません。重いですよね?本当に進ったら沢山詰めすぎなんですよね?」

「いいえ。大丈夫です。このくらいの荷物はどこのご家庭にも届けられるものと変わりませんから。それに箱の重さは弟さんのお姉さんへの気持だと思いますよ。ほら、田舎から都会の大学へ進学した子供へ母親が何でもかんでも詰めて送るのと同じですよ。子供にしてみれば、こんなもの東京でも買えるって物まで送りますからね?私もそうでしたよ?よく田舎の母が荷物の中にサランラップやら洗剤やら詰めて送って来ましたから。でも有難かったですよ、何しろ男ですからそんな物を買いに行くことすら面倒だと思っていましたから」

つくしは、東京生まれの東京育ちであり田舎といったものがない。
それに大学は都内だったから、親元を離れてひとり暮らしを始めたのは大学を卒業し就職してからであり、親から何かを送ってもらうことはなかった。

だが確かに地方から出て来た友人たちは、親の仕送りとは別に、毎月箱詰めされた田舎の食べ物や、日用品といったものが送られてきていたのを覚えている。そして田舎の名物なのよ、と言って饅頭やら漬物やらをご馳走してもらったことがあったが、友人たちは恥ずかしそうにしながらも嬉しそうにしていた。

そして管理人の桐山も田舎からの荷物は嬉しかったと言う。
だから桐山の言う通り、弟からの荷物もそれに近いものなのかもしれない。田舎を持たない忙しい姉を気遣ってくれたとすれば、その気持ちが嬉しかった。

「そうですか。桐山さんも田舎から色々と物が送られてきていたんですね?失礼ですが桐山さんはどちらのご出身ですか?」

こんなことを訊いていいのか分からないが、管理人とこんな会話を交わしたのは初めてだ。
だが管理人は居住者のライフスタイルといったものをある程度把握している。
それは世帯主の名前や勤務先といった個人情報に値するものから、どんなペットを飼っているかということも含むが、その反面居住者は管理人のことについては知らないものだ。

「松江です。島根県の松江市です。東京からは随分と遠い街ですよ、松江は」

「そうですか。松江ですか」

と答えたが、松江と言われてもピンと来なかった。なんとなくあの辺りというところまでは分かるが、特段印象的な場所ではないように感じられた。

やがてエレベーターがつくしのフロアに着くと、部屋に向かいながら鍵を出し扉を開け、玄関に荷物を下ろしてもらった。

「いつもすみません。重たいのにありがとうございました」

「いいえ。気になさらないで下さい。弟さんの想いが詰まった荷物ですから。気持ちの分だけ重さも増しているかもしれませんね?ではこれで失礼します」

と桐山は言ったが、あっと思い出したように言葉を継いだ。

「牧野さん。管理室の掲示板は御覧になられましたか?もしまだでしたら丁度いい機会ですのでお話しておきますが、3日前ちょうどこの時間ですが、駐車場に見知らぬ男がいたんです」

マンションの駐車場は平面駐車場。
夜になれば薄暗い明かりがぼんやりと灯る程度の狭い駐車場であり、入居者の車以外入って来ることが出来ない仕組みになっているが、人は簡単に入ることが出来て、そこからエントランスは丸見えだが、こちらから駐車場ははっきりとは見えない。
だから誰かいたとしても分からないが、その場所に誰かいたという。

「明らかに住人ではない怪しいと思い声をかけましたが、何も言わず直ぐに立ち去りましたがもしかすると不審者の可能性があります。掲示板にはそのことを書いていますが帰りが遅くなるようでしたら気を付けて下さいね」


その時ふと思い出したのは、つくしを夫の不倫相手呼ばわりして会社に尋ねてきた白石と名乗った女性のこと。
新しい職場で働き始めたことであの時の事を忘れた訳ではなかったが、あれからあの女性が何か言って来ることも無ければ、『もしまた夫に近づこうとするなら私にも考えがありますから』と言われたが、当然夫と呼ばれる人物に心当たりもないのだから、何かあった訳でもなく、あの女性の勘違いが解けたのだと思っていた。
だが何故か管理人の言葉が気になっていた。





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コメント
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dot 2018.05.02 08:15 | 編集
司*****E様
おはようございます。
マンション管理人との会話でしたが、進くん農業青年になっていましたねぇ(笑)
そして不審者っぽい人がいたと聞かされました。
そこから美奈のことを思い出しましたが、不審者は誰?(笑)

ドラマ。本物でしたね(笑)
視聴者にとっては嬉しいサプライズでした。
そうでしたか。オファーに対し一番最初にOKしたのは彼だったんですね?そして今回も懐かしさが感じられ、こうなると毎週誰かを期待してしまいます(笑)
コメント有難うございました。
アカシアdot 2018.05.03 22:31 | 編集
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