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2018
05.01

出逢いは嵐のように 13

「部屋の広さのわりには人がいないと思ったでしょ?なにしろここは別室だから。本体は別の場所にあるの。そこには部長もいるし役職者もいる。でもここは副社長がご自分の執務室では出来ないことが出来るようになってるの。だって大きなホワイトボードを執務室へ置くことは出来ないでしょ?」

そう言えば、と視線を巡らせてみればただ広いだけのオフィスだと思っていたが、そうでもなかったことに気付いたのは翌日だった。
何しろ初日は沢田という若い社員が溜め込んでいた資料や図書を返却することに手を取られ、周りを見回す余裕といったものはなかった。

紅一点の佐々木純子は、進行中のプロジェクトや社内のことについて説明してくれたが、彼女は結婚していて、つくしより二つ年上であることを知ったのは、やはり翌日だったが、この2週間彼女と仕事を共にしてみて、気風のよさ、つまりさっぱりとした気性は慣れない職場環境にいるつくしにとって有難いものだった。
そして年が近いこともあり、ざっくばらんに話が出来るというのも彼女の性格といったものがそうさせるのだろうか。とにかくつくしにとっては親しみやすい人間だった。

そして教えてもらったのは、ここにいる4人はそれぞれ専門分野というものがあり、最年長の田中という男性は技術、小島は財務、初日に副社長から怒られていた沢田はのどかな容貌だがああ見えて法務、そして佐々木は経理が専門の人間だという。
つまりここにいる人間はプロジェクトためにそれぞれの専門分野を持ち寄り、副社長の質問に答えることが彼らの仕事だ。
そして今、男性三人はそれぞれ自分たちの本来の部署へ戻っていて、部屋にいるのはつくしと純子だけだった。

そんな折に聞かされたのは、この会社では出向といったことはよくあることで、つくしがここにやってくる事に抵抗はなかったという。
実際純子も20代後半で2年間タイにいたことがあると言う。それは子会社へ出向であり、そこで現地法人の日本人社長の秘書として働いたことがあると言った。

「タイの会社はね、本当にタイ人しかいないの。日本人は社長と私だけ。当然だけど言葉はタイ語よ?当時私の知ってたタイ語なんてこんにちはのサワディー位でね、英語と日本語が話せる社員はほとんどいなくて大変だったわ。
それに私の仕事は経理よ?だから当然向うでも経理の仕事だと思ったら秘書だったの。
それに初めは相手にされなかったわ。いくら社長の秘書だといっても日本人の若い女の子に反感があったんでしょうね。私が社長の言葉を伝えたとしても、そんな話は訊いてないと言われたこともあったわ。つまり無視されたの。でもね、そのうちっていうの?付き合っていけばいい人たちなのよ?それにタイの人たちは信心深くて温和で親切なのよ。マイペンライって言葉があるじゃない?大丈夫。問題ないよ。気にしないって言葉。あの言葉に助けられたっていうの?2年間色々と大変だったけど、いい経験をさせてもらったと思うわ。牧野さんもそれと同じだと思うの。まったく別の仕事をするとしても、副社長もおっしゃってたけど、それがあなたのためになるはずよ?」

純子はそれから今メールを送ったから見てちょうだいと言ったが、いったい何が送られて来たのか。
まだてのひらに慣れないマウスを握り送られてきたメールを開き、添付されているファイルを開いた。

「それね。副社長が石油事業に関わった今までのスケジュール、つまり過去1年の行動予定表よ。見ての通り1ヶ月のうち2週間から3週間は海外。アブダビだったりバクーだったりNYだったりロンドンだったりするの。今はロンドンだけどとにかく副社長はお忙しい方で、この部屋で一緒に仕事をすることはないのが実情なのよ?」

そう言えば初日以来副社長を見かけたことがないが、ロンドン出張とは知らなかった。
何しろ今は覚えなければならないことが幾らもあり、周りの状況を気にかける余裕はなかった。そうだ。今の気分はまるで新入社員だ。だが今までとはまったく関係ない仕事をすれば、そう感じるのも当然だ。

「それから知ってると思うけど道明寺は石油事業だけはなかなか上手くいかなくてね。でも副社長が自ら提携関係を結んだことに大きな意義があるのよ。副社長の少年時代はやんちゃだったって言われててね、そんな少年が将来の道明寺を牽引していくことが出来るのかって心配されてたの。でもアブダビの功績は大きかったわね。それからよ。誰もが副社長を後継者だと認めたのは」

それが経済誌の表紙を飾った二十歳の頃の話だということは、つくしも知っていた。
だが少年時代がやんちゃだったとは知らなかった。
しかし大財閥の後継者というものは、求められるものが大きいため、プレッシャーといったものが半端ではないということもなんとなくだが理解出来た。
だからやんちゃと言われた頃があったのだろう。

つくしも、子供の頃どうして自分はこの世界に生まれてきたのか。といったことを漠然とだが考えたことがあったからだ。誰によってこの世界へ送り出されたのか。そんなことを誰もが一度は思うはずだ。

そして反抗期というものは、子どもから大人へ成長する上での通過点のひとつで、その頃を振り返ってみれば、そんなこともあったな、と思う程度だが、道明寺司クラスにもなれば、悩むことは大きかったはずだと思えた。だからやんちゃという言葉で一括りにされてはいるが、ここまで来るには色々とあったということだ。
何しろこれだけの規模の会社の後継者ともなれば、背負うものの大きさに何も感じない方がおかしいはずだ。

「あの佐々木さん。ひとつお伺してもいいですか?」

「ええ。どうぞ?なに?」

「あの、副社長って独身ですよね?」

「ええそうよ。あら、牧野さん気になるの?」

純子はつくしが副社長付になったことを男女関係の延長だとは考えていないが、まさか、え?そうなの?といった表情を浮かべた。
だがつくしは変な誤解を与えてはならないと否定をした。決して男という意味で興味があるのではなく、ごく一般的な誰もが気になることを訊きたいと思った。

「いえ。気になるというのではなく、これほど大きな会社の跡取りとなると、その…後継者が必要になると思うんです。でも副社長が結婚しなければ誰か他の方ということになるんですよね?全くの赤の他人が経営を引き継ぐとは思えなくて…」

「ああそのことね?実はね、副社長がまだ高校生の頃、結婚話があったの。相手は大河原財閥のお嬢さん。大河原は石油を持ってるから婚姻関係を結ぶことで石油を手に入れようとしたの。でも高校生の副社長がうんって言うはずないわよね?結局その話しは立ち消えになったんだけど、それから2年でアブダビでの提携を結んだでしょ?だから社長である母親も今は何も言わないわ。我が子の手腕を信頼してるのね。それにいい年した息子に今更親が口出しすることじゃないものね?」

つくしは純子の話を訊きながら高校生の頃から見合い話があることに驚いたが、道明寺財閥と大河原財閥は同じ世界を共有できる家柄であることから、家のための結婚をする。
つまり今の世の中に於いても政略結婚をしなければならない世界があることを知った。
そして整い過ぎた顔を思い浮べながら高校生の頃の副社長を想像してみた。
脚が長く、ウエストは引き締まり、高校生ながら大人の雰囲気を纏った男はさぞかしモテたはずだ。だがあの美貌で制服を着ている姿を想像しようとしたが出来なかった。

「それにね。副社長は女嫌いなの。でも本当に女が嫌いって訳じゃないの。NYにいた頃は恋人がいたけど、なんていうの?それこそ業務提携した恋人っていうのかしら?ビジネスの延長じゃないけど本気の恋人のようには思えなかったわ。勿論噂は色々あるのよ?何しろ副社長って男っぷりが生半可じゃないでしょ?精一杯男をやってる男とじゃ格が違うくらいかっこいいから周りが放っておかないの。だから色々と画策されることもあるみたいね?でも特別な女性じゃなきゃ副社長の目に止まることはまずないわね?それこそどこかの国の王女様とか世界トップクラスの企業のお嬢様とか。とにかく副社長の恋人の席は空いてるわよ?もしよかったら牧野さん狙ってみる?」

「まさか!とんでもない。私はそんなつもりで訊いたんじゃないんですから」

もちろん純子は冗談で言っているに違いないのだが、何故彼女がそんなことを言ったのか。思いも寄らない方向に話が飛び驚いたが、冗談を真面目に受け取るほど馬鹿な事はない。
それにしても、純子がここまで道明寺副社長の話をするとは思わなかったが、どうやら彼女は熱心な副社長の信奉者というところか。ということは、佐々木純子はさしずめ年上の三条桜子といった感じだ。


「でもね、副社長は嫌われたら怖い人って言われる人間だから、本気で嫌われないように気を付けてね?」





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コメント
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dot 2018.05.01 07:40 | 編集
司*****E様
おはようございます^^
佐々木さんという年の近い同僚が出来ました。
つくしと佐々木さんの波長は合うようです。
そして佐々木さんは司のことは副社長として、チームのボスとして尊敬しているようです。
つくしは真面目ですから、彼女の感覚を受け止めながら自分の中で副社長に対してどのように接すればいいかを考えていることでしょう。

え~。ドラマ本物かどうか疑いながら見ましたが、最後の名前で確認しました(笑)
しかし、最近の彼を知っているだけに、え?(笑)と思いましたが、あのパーカーと前髪に類以外の何者でもない空気を感じました。こうなったらF4全員出演して欲しいですねぇ(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.05.01 23:27 | 編集
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