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2018
04.28

出逢いは嵐のように 11

出向先は道明寺副社長が指揮を取るプロジェクト。
4月の異動があった後の再びの異動は誰もが驚くことであり、つくし自身も驚いているが、目の前にそびえ立つ地上55階地下4階建てのビル全てが道明寺ホールディングスのものだということにも、今更ながら驚いていた。

カルチャーショックとまでは言わないが、道明寺という会社の規模から当然と言われればそれまでだが、8階までしかなかったビルの中にあった滝川産業とは規模が違う。
そして従業員300名ほどの会社から4万人を抱えるコングロマリットの本体で働くことが、それがたとえ1年間のいう限られた期間であっても、チャレンジになることは分かっていた。


受付けで名前を名乗り、入館証を渡され、行き先は最上階の秘書室ですと言われ、そこにいたのは秘書室長であり道明寺司の秘書の男性。
つい先日滝川産業の応接室で顔を合わせた銀縁眼鏡の男性は、お待ちしておりましたと言ったが、一切の感情は見せず淡々と言われ、その人が道明寺司の懐刀と呼ばれる西田という男性だと知った。

「牧野さん。あなたのIDカードですがこちらになります。ですからそちらの入館証は受付けでお返し下さい」

と渡されたのは、写真入りのIDだが写真は滝川産業のものと同じだったが、どうやって手に入れたかなど考えても無駄だ。
同じグループ会社の中でのこと。どうにでもなるということだ。

「では、副社長室へご案内いたします。それから牧野さんの立場ですが、副社長付になります」

と言われ長い廊下の先にある執務室に案内されたが、黒檀で作られた家具と黒革のソファが置かれた部屋は、重厚さを感じさせ他人を圧倒する雰囲気があった。

「副社長。本日から勤務していただく牧野つくしさんです」

秘書がそう言ったが、デスクに向かっている男は顔を上げることはなかったが口を開いた。

「今手が離せない。そこのソファで待ってくれ」

とだけ言われ、つくしは秘書に促されソファに腰を下ろしたが、男は一度もこちらを見ようとはしなかった。

「では牧野さん。暫くお待ち頂きますがよろしいですね?」

「えっ?ええ勿論構いません」

別に待つのは構わなかった。
それに待つだの待てないだの言える立場ではないのだから。
だが人事交流での出向で副社長付になったのは、いったいどんな意味があるのか。
それはそのままの意味で受け取れば、つくしの立場は副社長補佐や特命事項の担当ということになり、新規事業や新規部門の立ち上げの前段階での呼称として考えればいいのだろうが、そういった立場を与えられることはおこがましい思いがしていた。

そんなつくしの思いをよそに、骨の髄まで完璧な秘書は、表情を変えず手にしていた書類をデスクに置くと「それでは牧野さん。後は副社長の指示に従って下さい」と言い執務室を後にした。




それにしても考えるは、何故自分が道明寺副社長と仕事をすることになったのかということだ。
だが副社長は、自分の会社の人事を好きに出来ると言えば語弊があるにしても、実際気に入らなければ飛ばすことも出来れば、逆に気に入れば傍に置くことも出来る。
仮にこの人事が副社長の気まぐれだとしても、この場所で働くことになった以上最善を尽くすしかないのだが、仕事の内容は畑違いもいいところだった。

かつて道明寺財閥が唯一持っていなかった事業として石油事業があったが、それを変えたのが副社長であり財閥の後継者である道明寺司だ。

彼がアブダビの石油王と提携を結んだのは、NYで暮らし財閥の経営を学んでいた二十歳の頃の功績で大きなニュースとして取り上げられた。
当時つくしは大学生で、ビジネスについて詳しくはなかったが、同じ年頃の青年が大きな契約を纏めたということが、学生の間でも話題になったことは記憶している。
そして彼が表紙を飾った経済誌は独占記事が載ったこともあり、その分野の雑誌としては、驚異的な売り上げがあったと訊いた。
それは、普段そういった雑誌には縁のない大勢の女性たちが購入したからだ。

だが石油王との提携は、あくまでも提携関係であり25年間という契約期間が決められている。そしてその契約期間のうち16年の歳月が流れ、残り9年となったところでの契約の延長というものが必要となるが、財閥としては更に25年の延長の合意を望んでいた。

そしてアブダビだけに頼ることなく、別の石油に関しての事業といったものを進めていたが、それがこのたび実を結んだ。

それは、北にはロシア。南にはイラン。
西にはジョージア、アルメニア、トルコ、黒海。
東はカスピ海に面し、南コーカサス地方と呼ばれ、長らくソビエト連邦だったアゼルバイジャン共和国に於けるカスピ海での油田開発事業に於いて新たな石油採掘の権利を取得したことだ。
アゼルバイジャンと言えば、ソビエト連邦以前の帝政ロシアの頃から石油の産出地として有名なバクー油田があり、ペルシャ湾の油田が見つかるまでは、世界一の油田と呼ばれていた場所だ。

つくしにとって全く畑違いの石油事業。
だから考えれば考えるほど、何故自分がと思う。
人事交流ならもっと楽な仕事といっては怒られるかもしれないが、何も道明寺副社長が指揮する仕事をしなくてもいいのではないかといった思いがあった。


「どうした?何か不満か?」

「えっ?」

つくしは考え事をしていて気付かなかったが、副社長である道明寺司は執務デスクの向うから悠然とつくしを見ていた。
ビジネスをする道明寺司は獲物を狙う豹のようだと言われるが、黒い瞳は鋭く、見る者を射抜いてしまう迫力があった。
それはあの面談では感じられなかった一面。
そして彼は立ち上がりソファまで来ると、つくしの真正面に腰を下ろした。

「牧野。今日から君のことは牧野と呼ばせてもらう。何しろ君は今日から私の部下になった。これから1年という期間だが出向して良かったと思えるような経験をしてもらえたらと思う。それにうちのグループは女性社員の地位の向上といったものに力を入れている。それから出向が終った時点で考えればいい話だが、君が滝川産業ではなくうちで自分の能力を試したいというなら歓迎する。何か質問はあるか?」

質問したいことがあるかと言われれば、勿論訊きたいことがあった。
どうして自分が人事交流の人材として選ばれたのか。

「あの….お聞きしたかったんです。どうして私がこちらの会社へ出向することになったのか。あの面談がきっかけだったんでしょうか。それ以外に考えられませんから。もしかするとあの時お話した内容で何か気になることがあったのでしょうか?」








司に向けられる眼差しが、真面目そのものであることは感じられた。
だが仕事では真面目な表情を浮かべる女が、別の顔を持つということはよくある話だ。
姪の結婚生活をめちゃくちゃにしようとしている図々しい女。
だが今の女は、あの時と同じ薄い化粧に地味な服装をしていた。
あの時はネイビーストライプのパンツに白いブラウスという服装だったが、道明寺での勤務初日も地味なチャコールグレーのスーツに最小限の化粧だ。

そしてそのスーツの色は、ネズミの色に見え、野ネズミなら野外に生息するネズミであり可愛いいものだが、牧野つくしは人家やその周辺に棲息するドブネズミで家人に被害を与える。
現にその被害を受けたのが姪だ。

仮に女が金と贅沢な暮らしを望んで姪の夫と付き合っているのなら、そのしっぽを掴めばいい話だが、姪が叔父である司に求めたのは、叔父の魅力で女を虜にし、捨てること。
そのために呼ばれたと知ったらこの女はどうするのか。
それを考えたとき、思わず浮かびそうになった笑みを抑え静かに言った。

「うちの会社では人事交流は盛んだ。ただ滝川産業とはまだなかった。だから先日面談をさせてもらったことがきっかけだと思ってくれていい。どうして君に決めたかだが人事考課を参考にしたが、評価が高かったことが決め手だ」

「そうですか…..」

人事考課は配置転換や出向の参考とされており、それに女は納得したのか呟いたが、その言葉はどこか不安そうだった。

「そんなに深く考える必要はない。先ほども話したが、うちで仕事をして続けたいと思えば残ればいい。そのあたりはグループ会社内での話だ。なんとでもなる」

と言ったが心の中では己の言葉に失笑していた。
牧野つくしが道明寺に残る確率などあるはずがないのだから。

女を誘惑し、夢中にさせ虜にする。
そして本性を暴いて捨てる。
そのためには甘い言葉のひとつも必要だな、と司は本来なら蔑みの表情を浮かべるところを、薄く笑みを浮かべていた。





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コメント
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dot 2018.04.28 08:39 | 編集
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dot 2018.04.28 10:49 | 編集
司*****E様
おはようございます^^
ついに一緒に働くことになりました。
触れ合う時間が増えて来るということですね?
自信満々の司がつくしに落ちる。どうなるのでしょうねぇ(笑)

アブダビのお話は、そうですあちらの司を参考にしました。
しかし、あちらの物語は読んでいませんが彼が出ると知りそこだけを読みました。
インスタの写真。教えていただき知りました。
確かにあきら。変わりすぎて分かりませんでした。
司が撮影したとのことでしたが、F4揃った写真がいつか見れるといいですよねぇ。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.04.29 22:12 | 編集
み***ん様
こんにちは^^
つくしが司に落ちるのが先か。それとも司が先か?
え?隣の部屋の恵子さんが怪しいですか?(笑)
姪の言葉を鵜呑みにした叔父(笑)
姉の娘は司にとっては大切な家族。
そんな姪の頼みを訊く叔父。さて、この先司はどうするのでしょう。
恋に変わるのはいつなんでしょうねぇ(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.04.29 22:22 | 編集
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