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2018
04.26

出逢いは嵐のように 9

滝川産業で年に2度ある大きな人事異動は3月と9月。
全国の主要都市に支店があり、異動になれば4月1日付けと9月1日付けでの着任となるが、この度発表されたのは5月。それは同社にとってこれまでにない画期的な抜擢。
特に女性社員のあいだで大きな話題になっていた。

なぜならこの会社から一人の女性が道明寺本社へ1年間出向することになったから。
その女性は営業統括本部の牧野つくし。
仕事は営業のサポート。
産業機械専門商社としての商品の受注、納期の管理、請求書の作成から資料作成といったことを主な仕事としてこなしていた彼女がどうして道明寺へ出向するのか。
もしかすると先日の道明寺副社長の訪問と関係があるのか。
それとも道明寺副社長と個人的な関係があるのか。
社内ではそんな臆測が飛び交っていた。


あの日の朝。
女性社員がいくら化粧を頑張ったところで、道明寺司に会うことは出来なかった。
何故なら彼は、会社が始まるよりかなり前の時間に社内にいたからだ。
だが帰りはざわめきの中、大勢の人間が彼を見送ったが、その時の道明寺司の容姿とオーラとカリスマ性に人間は平等ではないことを改めて知った。

そしてあの時応接室に呼ばれた女は、女性の目で見た職場環境が知りたいという道明寺副社長との面談をこなした。
だが何故女が選ばれたのか。
人選をした専務によれば、副社長の秘書から営業に近い立場にいる30代半ばの中堅社員がいいと言われたからだが、それを聞いて悔しがったのは三条桜子だ。


「どうして先輩が選ばれたんですか?もし私が先に化粧室から出ていれば私が選ばれかもしれないんですよね?呑気に髪を梳かしている場合じゃなかったんですよね?」

と、帰り支度をするロッカールームで桜子は言ったが、あの時専務は、落ち着いた女性がいいと言った。
それを言葉そのまま桜子に伝えれば、どうしてですか!私だって落ち着いた大人の女性です!と憤慨することは目に見えている。だから言わなかった。

「あのね、桜子。たまたま私がそこにいたからよ?だって始業時間より前だったし、たまたまよ。たまたま。ホント。たまたま私がそこにいたからよ?もし桜子が一緒にいたら絶対桜子の方が選ばれてたはずよ?そうよ。絶対そう。そうに決まってるから」

桜子を慰めるではないが、何故かそう答えていた。
だが三条桜子との会話は、あくまでも冗談半分で屈託がない。

「本当ですか?」

そして受け答えをする桜子も決して本気ではない。

「そうよ。それにね、道明寺副社長もお忙しい方だから、桜子のこと待っていられなかったのよ?」

と、言えば桜子はプライドが満たされると言う訳ではないが膨らませていた頬を緩めた。

「あ~あ。でも私も道明寺副社長に会いたかった!先輩は信じられないくらいの幸運の持ち主ですよね?あの道明寺副社長と応接室で二人切りだったんですよね?二人切り!」

そう言った桜子の最後の言葉は、やたらと強調されていたが、二人の間に何かあったとでも思っているのだろうか。

「あのね、桜子。二人切りじゃなかったって言ったでしょ?秘書の人もいたの。銀縁眼鏡をかけた堅苦しそうな男性秘書がいたの。それにたとえ二人切りだったとしても道明寺副社長が何かするはずないじゃない」

名前は知らないがその男性が秘書であることは明らかで、ただじっとその場所に立っていることにまごついた訳ではないが、いつもこうして道明寺司の傍に控えているのだろうと想像するに容易かった。

「そんなこと言いますけど、道明寺副社長だって男ですからね。男と女が二人切りで....それもあんなにいい男ですよ?想像しちゃうじゃないですか!
でもどうして牧野先輩が出向なんでしょうね?それも5月ですよ?異動なら4月が通例ですけど、道明寺のような大きな会社になると例外があることも分かりますけど、それにしても急ですよね?」

と言って桜子の視線がつくしの顔をじっと見つめ、その先の言葉は彼女らしい想像力が働いていた。

「もしかして。先輩。個人的に道明寺副社長と話しをされたんですか?今の仕事が不満だとか。私を道明寺で働かせて下さいとか。だって道明寺で働けるなんてエリートですよ?あの会社で働きたいって女性は国際的に活躍したいって考えている人が多いんですよ?だから自ずと帰国子女の割合も高くて英語は出来て当然。他の国の言葉が話せるのも当たり前って感じの会社ですからね?海外勤務希望の女性も多いっていいますよ。
それに女性でもその気になれば道が開かれるって会社ですから仕事のやりがいは十分あります。実は私も就職先として考えたんですけど、ちょっと難し過ぎて無理でした」

確かに道明寺ホールディングスの本体である道明寺という会社で働けることが誇りだと考える人間も多いが、つくしはこの急な出向に疑問を感じたとしても、会社が決めたことなら受け入れるしかないのだから、理由を考えるだけ無駄だと思っている。
そしてそれが、道明寺副社長との面談がきっかけだとしても、1年間だけの話でまた戻ってくるのだから勉強だと思えばいい。

「それで、牧野先輩は道明寺でどんな仕事をするんですか?」

「うん。道明寺副社長が指揮を取る新規プロジェクトのチームの一員だって」

「えっ?!それって道明寺副社長と一緒に仕事をするってことですか?牧野先輩!それって凄いことじゃないですか!でもホントどうして牧野先輩なんでしょうね?もしかして昔上司だった専務の推薦ですか?」

「よく分からないけど…多分違うと思う….だって専務だったら絶対前もって打診をしてくれるはずよ?それなのにそんな話もなくいきなりだから驚いたっていうのが正直な気持ちなんだけどね….」

専務は入社した頃は事業部長で、かつての上司だ。
だから専務なら事前に言ってくるはずだ。だが何も言われずいきなりだった。

「……そうですか。じゃあもっと上の上層部で話しがあったってことですね?専務じゃなければ社長ってことになりますけど。でも仕方ないですよ。これが道明寺側からの申し出だとすれば社長は断われませんし、社長じゃなくても所詮うちの会社は道明寺グループの一員になったんですから親会社の言うことを訊くのが当たり前ですから」

勿論分かってる。
桜子の言う通りで社員は黙って上の言うことを訊くか、もしくは異議を唱えるかどちらかだが、企業組織を理解していれば異議を唱えても無駄だ。何しろ日本は長いものには巻かれろの社会なのだから。

「それにしても1年も向うの会社ですか。なんだか寂しいですね。牧野先輩がいなくなると。こんなこと言ったらアレですけど、こうして仕事終わりに先輩と話すのも、食事に行くのも楽しかったんですよね…….でもこれから1年はお預けってことですよね?
あ!先輩向うの会社でいい男見つけたから会社辞めるなんて言わないで下さいよ?抜け駆け反対!絶対反対ですからね!いい男がいたら私にも紹介して下さいね!絶対ですからね?」

「はいはい」

「も~。そんな投げやりな返事しないで下さい。言いたくはありませんが先輩も私も世間から見れば行き遅れなんですからね?いい男に巡り合えたら迷うことなく捕まえなきゃダメなんですからね?分かってますか先輩?」

「分かってるって」

桜子の強い出方の前では、反論など出来るはずもなく、投げやりではないが、ついああいった話し方になってしまった。

「でも道明寺副社長指揮の元で仕事をするとなると、かなりの時間一緒にいるってことですよね?それってもしかしたら微笑みかけられるかもしれませんよね?羨ましいです牧野先輩。あの道明寺副社長に微笑みかけられたら私死んでもいいです。
だって道明寺副社長ってひと前で笑わないんですよ?もし笑顔が見れたら息が止っちゃうかもしれません。いえ死んだら元も子もなくなりますから、仮死状態くらいで止めておきますけどね?」










つくしは、マンション入り口のオートロックを解除すると郵便ボックスの中を確認した。
そして届いていた封筒を取り出し鞄に入れエレベーターの前まで来ると、ボタンを押し点滅を繰り返す階数表示を眺めながらロッカーで桜子と交わした話を思い出していた。

桜子は道明寺司が笑わないと言ったがあの時、唇の端に薄い笑みが浮かんでいた。
それならあの笑みは非常に珍しいものということになるのだろうか。
つくしはそんなことを思いながら「笑わないなんて言うけど、笑ってたし」と独り言が口をついて出た。
だが今はそんなことより今夜の献立について考えを巡らせなければならないはずだ。
道明寺司の微笑みよりも冷蔵庫に何があったかを思い出す方が重要だ。
そんなことを考えながら、到着したエレベーターの扉が開き乗り込もうとした瞬間、後ろから声をかけられた。

「お帰りなさい。牧野さん」





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コメント
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dot 2018.04.26 06:15 | 編集
司*****E様
おはようございます^^
1年間の道明寺への出向が決まったつくし。
桜子との会社でのおしゃべりやランチはお預けになりますねぇ。
でもいい男を紹介してもらうため、桜子はつくしを誘うでしょう(笑)
そしてマンションに帰ってきたつくしに声をかけて来たのは誰なのか。
え?まだです!(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.04.26 23:22 | 編集
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