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2018
04.24

出逢いは嵐のように 7

扉をノックし、ひと呼吸置き、どうぞという声が無かったとしても扉を開けるタイミングは間違えてはいないはずだ。
つくしは中に入ると静かに扉を閉め挨拶をした。

「失礼いたします。営業統括本部の牧野と申します」



応接室でつくしを待っていたのは二人の男性。
ひとりはソファに座り、もうひとりはソファから離れた場所に立っていた。
二人とも黒っぽいスーツにネクタイ姿だが、立っている男性は銀縁の眼鏡をかけ、髪を後ろに撫で付けていて、ソファに腰をおろした男性が道明寺司であることは疑う余地はないが、思わず見入ってしまったのは、これまでに出会った男性の中で圧倒的な存在感が感じられたからだ。

それは長い脚をこれ見よがしに組んでいるからなのか。
それとも肘掛に片肘を乗せた態度に感じられる鷹揚さからなのか。
どちらにしても、これほどまでに整った顔を見るのは初めてだった。
雑誌やテレビで見たことはあるが、本物の道明寺司は彫刻されたようだ、としか言えなかった。

そして身に付けているものが既製品でないことは分かるが、非の打ち所がない容姿は、どんな物を纏ったとしても一流に変えてしまうだけのオーラがあり、意図を持ってセットされているはずの黒髪は癖があるのか捲いているが、その癖も男の美しさを損なうことはなかった。
そしてその顔が無表情でじっとつくしの顔を見つめていたが、どうぞお掛け下さいと言われない限りその場所で立ち尽くすことしか出来ず、そのまま真剣な面持ちで相手の凝視を受け止めていた。


桜子ほど目の前の人物に詳しい訳ではないが、会社が道明寺HDに買収されると訊いたとき、経営トップがどんな人物であるか調べたが、副社長である道明寺司は、つくしよりひとつ年上で長い間ニューヨークで暮らしていたが新規プロジェクト指示のため帰国した。

そんな男のビジネスに於いての評判はいい。
だが私生活や人柄といったものは、週刊誌に書かれることを鵜呑みにする訳ではないが、一般人が耳にするといえば、やはりそういったマスコミからの情報であり、その容貌とステータスから臆測を呼ぶような記事が書かれることもあった。

美人モデルを伴った海外旅行。
新人女優と一晩を過ごした。
深窓のご令嬢とのデート。
週刊誌に書かれていることを信じるなら、私生活は充実しているようだ。

だが道明寺司が雲の上の存在であり一般人には縁のない世界の住人であることは間違いなく、1年前に買収した会社を突然訪問する理由が何であったとしても、そこで働く社員が詮索することではない。
そして、座ってもいいと言われるまで座ることが出来ない立場の人間を、それこそ悪さをして呼び出した学生のように、いつまでも立たせたままにしておくと決めたのなら、それに従うしかないのが会社勤めの人間の当たり前の光景だ。

そして、何故か目の前の男性から感じられるのは敵意とまでは言わないが冷やかな感情。
スッと細められた瞳は、目の前の女の身体を上から下へと値踏みするように見た。
決して身構える訳ではないが、その視線は性的なものと言うよりも、バカにしたように感じられたのはつくしの思い込みかもしれないが、つまり呼んでおきながら歓迎していないのではないかと感じられた。

そしていつまで経っても口を開こうとしない男に、じっと立つ女という構図の先にあるのは何なのか。
つくしがここに呼ばれた理由は、女性の視点での今の会社の現状といったものが訊きたい。
女性の目で見た職場環境を知りたいと言うことだったが、それが本当なのだろうかと思い始めていた。

もしかすると何か別の意図があるのではないかと。

だがその時、彫刻された口が開いた。

「君が牧野さんか.....。座ってくれ」

「はい。ありがとうございます。失礼いたします」

その受け答えが正しいかどうかなどこの際関係ないのだが、ホッとした気持ちがあった。
そして座ることを許された女に訊きたいことがあるなら早く訊いて欲しいと思う。
何故なら長い沈黙と執拗な視線にさらされるというのは、正直居心地のいいものではないからだ。そして初めて聞いた声は深みのある声。
それは人を思いのままに動かすことが出来る声で強い要求を感じさせた。
つまり彼が命令すれば人は絶対に従うと確信している声だ。



「牧野さん。早速だが今日こちらに来て頂いたのは、この会社での女性の目で見た職場環境を知りたいからだ。君はここに勤めて何年になる?」

「はい。13年になります」

「大学を卒業してから?」

「はい。そうです」

「そうか。それでどうだ?この会社は女性にとって働きやすい環境か?それともそうでもないか。君は13年働いているが、入社した頃と今では環境の変化があったはずだがどうだ?」

質問は想定していたもので、答えは決まっていた。
そして会話が始まったことで、先ほどまで感じられた冷たさといったものが薄れたように感じられた。

「はい。女性にとって働きやすい環境かというご質問ですが、それについては問題ありません。この会社は歴史のある会社ですが考え方が古いといったことはありません。男性が多い職場ですが、女性が蔑ろにされるといった感じではなく、どちらかと言えば大切にされていると思います。それは女性が少ないからなのかもしれませんが、女性を怒らせて頼んであった仕事をしてもらえなくなれば困るのは男性ですから。それに女性だからといった差別はありません」

組織の仕事とはチームワークが必要だ。
だから信頼の置ける仲間であれば差別も区別もない。

「そうか。それでは別の質問をさせてもらう。女子社員の間でパワハラやセクハラといったことも話題として上がると思うがどうだ?そういった話を耳にしたことはないか?」

その質問も訊かれるだろうと思っていた。
だから躊躇することなく答えることが出来た。

「パワハラやセクハラは世間的にも大きな問題として取り上げられることがありますが、この会社ではそういった問題はないと思います。ですが、私が社内の女性社員の全てを知っている訳ではありませんので、正直な話分かりません。それから多分ひと昔前なら結婚退職を暗黙に促すようなこともあったかもしれませんが、この会社ではそういったこともありません。むしろ長く勤めてもらいたいといった考え方の会社です」

つくしの勤める会社は女性社員が若ければ若い方がいいといった考え方をする会社ではない。事実、今つくしと同じ部署にいる一番の若手と言われる女性社員は28歳。
彼女は一生ここで働きます。牧野先輩、三条先輩よろしくお願いしますと言った。
つまりそれは、つくしも桜子もこの会社に生涯を捧げていると思われたということだ。

「そうか。では君は….ごく個人的なことを訊くがいいか?不快感を覚えるかもしれないが、君も一生ここで働くと考えていいのか?」

その訊き方は興味半分といったところだが、不快感を覚えるかもと断わりを言われたのだから答えてもいいと思った。そして副社長のこの発言は、目の前の女が独身であることを知っていての発言ではないかとつくしは捉えていた。だが独身であろうと既婚であろうと定年まで働くつもりでいるのだからその思いを伝えた。

「ええ。そのつもりです。ただ、うちが買収されることが決まったとき、もしかするとリストラされるのではと思いました。でもそうならなかったことを感謝しています」

そう答えたのは本心からだ。
買収された会社は、バラバラにされる可能性もあるのだから、そうされなかったことに感謝しかないが、それはこの会社の社員全員が思っているはずだ。

そしてそこから先は、当たり障りのない会話が続いた。
それはつくしについてではなく、女性社員なら誰もが思っているようなこと。たとえば、産休や親の介護についてといった話だったが、今のところつくしには結婚の予定もなく、両親は既に亡くなっていて、もし義理の両親という存在が現れたとすれば、介護問題といったものが無いとは言えないが、今のところどちらも直接的には関係がない話だった。

だがつくしが話しをする間、男は熱心に耳を傾けて目を離さなかった。それはこの部屋に入った時のどこか冷たいと感じられた態度とは違っていた。そして話し終わると意外な行動が取られた。

「君の考えはよく分かった。牧野さん。女性社員の皆さんにはこれからも今以上にしっかり働いてもらえるような職場環境が必要だということだな。今日は有意義な時間が持てたことに感謝する」

と言って薄く笑みを浮かべテーブル越しに手を差し出してきた。
それは、つくしがその手を掴むまで引っ込めるつもりはないといった態度。
そして握手とは原則として目上の人間が先に手を出すのがマナー。
だが握手の相手が女性なら、女性の立場がどうであろうと、女性から手が差し出されるまで男性は手を出すことはしないのがマナー。
だが目上の副社長に手を差し出されて取らないという失礼なことが出来るはずがない。
つくしは差し出された手をおずおずと握った。
そしてすぐに離そうとしたが、しっかりと握られ離してもらえなかった。やがてそこに力が加わった途端、頬がじわじわと熱くなり、握られた手が熱をもったように感じられ、視線を手から副社長に合わせた。

「あ、あの。副社長_」

どぎまぎと口を開いたところでつくしの手を握っていた手は離れた。
握られていたのは、ほんの数秒だったが随分と長い間握られていたような気がした。
それから立ち上がり挨拶をして部屋を出たが、下げた頭を上げて前を見た瞬間、目の前の顔は部屋に入って来た時と同じ無表情に見えたがそれは一瞬のことで、唇の端には先程と同じ薄い笑みが浮かんでいた。











「西田。どう思う?」

問われた司の秘書は抑揚のない口調で話し始めた。

「はい。牧野さんはお話の最中副社長が見つめられても頬を染めることはございませんでした。それに女性が見せる媚びを売るという視線もございません」

「それはどういう意味だ?」

西田の言葉をそのまま受け取れば、外見のいい金持ちの男には興味がない。
好きな男以外に興味がない一途な女という意味になる。
だが今まで司の周りにそんな女がいたことはない。誰もが何らかの打算的な思いを持ち近づいて来た。人間誰しも多かれ少なかれ欲というものを持っているはずだ。
それも、今手にしている以上に自分の欲望を満たしてくれる人間が現れれば、そちらになびくはずだ。だが西田は違うという。

「はい。わたくしは、副社長秘書として大勢の人間を目にしてまいりました。その殆どの人間。いえ全ての人間は皆副社長に惹かれます。そして自分に興味を持って欲しいという態度を示します。しかし牧野さんの態度は副社長に手を握られるまで目の前にいる男性がどのような人物であろうと、ビシネスライクに接していらっしゃいました。所謂上司と部下という関係そのものです。それ以外の何ものでもないといった受け答えでした。
ですが手を握られた途端、頬が染まっていくのが分かりました。身体が反応したということでしょう。あの時は明らかに牧野さんの意識は握られた手を通して副社長の方へ向いていました」

西田はそこで一旦言葉を切り、銀縁眼鏡の縁を持ち上げる仕草をしながら言葉を継いだ。

「女性の心変わりというものは世間ではよくある話です」

司はたっぷり1秒間考え、そして握っていた女の手の感触を思い出すようにこぶしを握った。あのとき、司も女の反応を確かめるように手に力を加えていたが、その時の女の視線は握られた自分の手を見つめていて、たかが握手くらいで頬を染まっていく様子がおかしかった。
妻のいる男と付き合う、不倫をするような図々しい女が男に手を握られただけで頬を染めることが滑稽だと感じられた。

「西田。牧野つくしは俺に興味は持ったということか?」

「はい。間違いございません」









司が牧野つくしに近づくのは、姪の結婚生活からあの女の影を取り除くことが目的。
恋を仕掛けて夢中にさせ、虜にして捨てる。
それがあの女の存在に傷つけられた姪の望みだから。
だから牧野つくしが興味を持ってくれるのは結構なことだ。
その方が誘惑しやすい。

そしてどんな女も司の傍に寄りたがる。
それは例外なくということ。
だから牧野つくしが司に興味を持つのは当然の話。
そして今日のこの面談という場所で彼女を誘惑するのに何の問題もないことが分かった。
しかし自分の不倫相手の妻が道明寺司の姪だと知っていれば警戒されるはずだ。だがどうやらそれは無いと見た。
何しろ、美奈と会っても全く動じなかったということは、白石隆信は自分の妻がどこの誰であることを告げていないということになる。
だが考えてみればそうだ。道明寺グループの企業で働きながら、道明寺楓の孫と結婚している男と不倫が出来る女というのは、尋常ではない神経の持ち主ということになるからだ。

どちらにしろ、女は美奈の夫である白石隆信と別れ、道明寺司にも捨てられるはめになる。
だがそれは仕方がない。
付き合った相手が悪いのだから。




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コメント
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dot 2018.04.24 06:23 | 編集
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dot 2018.04.24 21:07 | 編集
司*****E様
おはようございます^^
仕組んだ面談でつくしの事を観察した男。
不倫をするような女には見えなかったはずですが、どうなんでしょうねぇ。
そして西田秘書はいつも冷静です。
久し振りにお見かけしましたが、やはり西田秘書はあの方でなければと思いました。
恋の駆け引きとなるでしょうか(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.04.25 00:27 | 編集
ゴ**子様
はじめまして。こんばんは^^
黒いですか?(笑)
可愛い姪っ子の頼みだと無条件で信じるのでしょうねぇ(笑)
え?全てがつくしにバレて人間性を疑われてしまえ?(笑)
いつかそんな日が来るのでしょうか。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.04.25 00:34 | 編集
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