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2018
04.20

出逢いは嵐のように 3

司がNYから東京へ住まいを移したのは、日本で立ち上げた新規プロジェクトの指示を出すため、二つの国の間を往復することを止めたからだ。

世間が思い描く独身30半ばの男の独り暮らしと言えば、猥雑な部屋での暮らしといったものを想像するかもしれないが、彼は道明寺財閥の後継者で道明寺ホールディングスの副社長であり大金持ちの男。
そんな男の広々とした部屋には本物の絵画がかかり、一流のインテリアコーディネーターのセンスが光る空間には、シンプルだが選び抜かれた調度品が並べられていた。

だが彼には世田谷に大きな邸があり、そこには大勢の使用人がいて日常生活に不自由することはないのだが、東京に住むことを決めたとき、誰かれなく訪ねてくることがある世田谷の邸ではなく、決められた人間だけが足を踏み入れることが出来るペントハウスに暮らすことを決めた。

それは、身の回りの雑事である洗濯や掃除する使用人といった類の人間以外の出入りは禁じられるということ。だからのんびりとした日曜の朝を迎えることが出来るのだが、休みだからといって世界の全てが休んでいるという訳ではない。

財閥のビジネスはグローバルビジネスであり、東京が日曜だからといって、他の場所が同じように日曜であると考えては駄目だ。つまりビジネスに休みはないということだが、それでも優秀な社員が集まれば、全てが司の指示を待つということもない。だが、送られてくるメールの中には重要案件も含まれていて、気に留めるべきこともあった。

司はベッドから出るとバスローブを羽織り書斎に向かった。
そしてノートパソコンを立ち上げパスワードを入力したが、隣に置かれたスマートフォンに着信があったことを知らせるライトが点滅していることに気付くと軽く舌打ちした。

それは司のプライベートな電話。
その番号を知る人間はごくわずか。
そして電話をかけてくる相手の見当はついていた。
だがその相手を確認することを後回しにした男は、煙草を吸いたい衝動を抑え、部屋を出てダイニングルームに続くキッチンスペースへと足を向けた。そして冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを取り出し蓋を開け傾けた。

ガス入りの水は心地よい刺激を喉に与えるが、昨日の酒が残っているというのではない。
それに男は二日酔いといったものを経験したことがない。どんなに飲んでも酒に飲まれることも、アルコールで顔が火照るといったこともない。

そんな男は昨夜ちょっとしたパーティーに参加したが、楽しもうと思った訳ではない。
それがどうでもいいものだとしても、ビジネスには時として受けなければならない接待というものがある。
そしてそのパーティーの主催者が司のために女を用意したと言ったが興味がなかった。
だが彼は禁欲主義者ではない。36歳の男に経験がない方がおかしい。
だが仕事がらみのパーティーで女を調達しようとは思わない。女を斡旋されてまで抱きたいとは思わないこともだが、パーティーピープルと呼ばれる類の女に興味はなかった。

そんな男が付き合っていた女と別れたのは2年前。

『ツカサは結婚する気がないのよね。多分誰とも結婚するつもりはないのよね?でも私は誰かと結婚したいの。それにツカサと付き合ってても、あなたと話をするより秘書の方と話をする方が多かったわ。まるで私の恋人は秘書の方だった。だから別れましょう。私はツカサには似合わないし、ツカサも私には似合わない。だからおしまいにしましょう』

それは揉めることも、禍根を残すこともない実に円満な別れ。
それから彼女は別の男と付き合い結婚し、双子の女の子の母親になった。
そして幸せな結婚生活を送っている。

恋人と別れひとりになった司が独身女性の垂涎の的であることは当然。
彼を射止めようとする女は大勢いた。だが誰かと付き合おうという気にはならなかった。
そして当然だが結婚する気がないのだから、どんなにいい女と言われる女が目の前にいても視界に入ることはなかった。

そしてその気になれば、どんな女もモノにすることが出来る男は、書斎まで戻ると届いたメールに目を通していた。
そしてビジネスメールに紛れ届いている1通のメールに目を留めた。

差出人は姪。
姪の母親は司の姉である椿。
椿は大学を卒業すると同時にロスに拠点を持つホテルチェーンの経営者と結婚した。そしてロスと東京を行き来しながら生活していたが、今はもっぱらロス暮らしだ。
そして姪の下にも男の子が二人いて、彼らも母親と同じアメリカで暮らしているが、姪は日本で暮らしていた。

そんな姪からのメール。
日曜日なら、普段から忙しいと言われている叔父から連絡がもらえると思ったのだろう。日付が変わった途端の時間で送信されていた。
司が東京で暮らすようになり1年になるが、これまで姪からメールが届いたことは一度もなく、もしかすると彼女の母親であり司の姉である椿に何かあったのではないかとクリックした。
だがそこに書かれていたのは姉の事ではなかった。



『叔父様へ
お願いがあります。叔父様だからお願い出来ることなんです。母には言えません。
どうしてもお願いを聞いて欲しいんです。詳しことは会ってお話しします。だから叔父様が都合のいい日に合わせます。お忙しいのは分かっています。叔父様お願いします。』

姪は子供のころ司をお兄ちゃまと呼んでいた。
そして姪は姉の次に自分の近くにいた女性であり、血の繋がりというのは不思議なもので切っても切れない絆というものを感じさせる。
それは両親に対しては感じたことのないまた別の想い。幼いからこそ守ってやらなければならないという心は、相手が女の子だから余計そう感じたのかもしれないが、姉が幼かったらきっとこんな子供だったと思える容貌もあった。

司が幼かった頃、両親は不在で姉の椿は母親代わりだった。
そして少年時代には荒れて迷惑をかけたことがある。
だから今でも姉には頭があがらないところがあるが、そんな姉の娘からお願いがあると言われれば、叔父として話を訊いてやるのは当然だ。
だが姪からのメールに切羽詰まった感はなかったが、切実さというものは感じられた。
だから司はすぐに返信した。

『都合がいいなら今日でもいい。14時に世田谷の邸で会うか?』

司は送信ボタンをクリックした。
すると、待ってましたとばかりにすぐに返事が来た。

『叔父様ありがとうございます。14時に伺います』

そのとき、スマートフォンが鳴り、先ほど着信を残していた人物からの電話だと知り、画面をタップした。

「___ああ。今起きた。何だ?___あ?昨日のパーティーか?面倒くせぇけど行った。ああ、そうだ。案の定女が用意されてた。___あほう。あんな女ども誰が相手にする?それにな、ビジネスと私生活は別だ。商売相手が用意した女なんぞ信じられるか?どれだけ自慢のドレスだか知らねぇけど、めかし込んだ女どものその上っ面が剥がれれば狐だ。あのパーティーにいたのはタヌキ親父が用意したキツネ女だ。______今日か?悪い。今日は14時に約束がある。___いや。女じゃない。姪の美奈だ。どうしても俺に頼みたいことがあるそうだ。だから会う約束をした。____いや。姉ちゃんに何かあったんじゃない。
とにかく、そういうことだ。だから悪いな、あきら」


日本に住まいを移してから、悪友どもと飲みに行くことも多いが、司に特定の女がいないことに余計な心配をする男は昔から世話を焼きたがる。

お前、女無しの生活は大丈夫なのか?
いい歳をした男が2年もヤッてねぇってとなると病気になるぞ。
定期的に出してんのか?まあ、お前の生活の中で何かが先細ることはないと思うが、いくら完全無欠だと言われても女が欲しい時もあるはずだ。いい女を紹介するがどうだ?と言うが余計なお世話だった。


司はそんなあきらからの電話を切り、他にも届いていたメールに目を通していた。
その中には1年前に買収し道明寺グループに加わった滝川産業の社長からのメールも届いていたが、それは司が訪問する日の予定について書かれていた。

買収したはいいが一度も足を運んだことがない会社は多く、日本に居を移したのだから、自分が買った会社を見ることも必要だと思うようになったのはつい最近のこと。
そしてその中のひとつが産業機械専門の商社である滝川産業だ。
滝川産業は1950年創業。従業員300名ほどの会社だが、一部上場であり株価も安定していて業績も悪くない。そして道明寺グループに加わったことにより、今後の経営も安定が見込まれると言われていた。

司は机の上の時計を見た。
世田谷の邸に行くにはまだ早い。
それなら、と秘書から手渡されていた書類に目を落とした。
それは、明日の朝一番に訪問する滝川産業に関する資料。
時間潰しという訳ではないが、姪と会うまでその会社の資料を読み込むことにした。





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コメント
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dot 2018.04.20 06:23 | 編集
司*****E様
おはようございます^^
司30代半ば。
さて姪からの連絡で会うことになりましたが、何をお願いされるのでしょうか。
色々疑問がありますか?少しづつ解決していくと思います。
滝川産業の資料を手にした男。そこにつくしのことは書いてませんが、出逢う人はそこにいます。
どんな出逢いになるのでしょうねぇ(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.04.20 22:35 | 編集
H*様
おはようございます^^
物語を柱の陰からそっと...。
そうですよね。アカシアの話はシリアス度高めなことが多いですからねぇ(笑)
そこへ司の姪が登場しました。
さて、この姪の登場がワクワクをもたらしてくれるといいのですが...。
拍手コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.04.20 22:44 | 編集
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