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2015
10.25

まだ見ぬ恋人10

牧野つくしが俺の会社にいる。
そのとき、司はたったひとつのことしか頭になかった。
『ちょっとここでひと休みしよう・・』
その言葉が出かかっていた。

ストーカーじみた行動をしなくてもいい。
偶然を装ったような出会いを演出しなくてもいい。
そしてここのところ生気溌剌とした気分で目が覚める。
シャワーを浴びスーツに着替えると一も二も無く早々に出社する。
俺が毎日こんなにも早く出社するなんて誰も考えなかっただろう。
あの西田でさえ驚くほどだ。

だがこの早朝出社は決して酔狂などではない。
A国のビジネススタイルは朝型で遅くとも現地時間の8時には仕事を始めている。
早い人間は6時7時から普通に仕事を始めていた。
現地に合わせるとなると、おのずと日本でも早くから出社することになってくる。
日本との時差が一時間はあるため東京でも遅くとも7時には仕事を始めていた。
牧野つくしはそれよりももっと早く出社してきているようだった。
ある日の牧野の出社時刻のデータを見てみるとパソコンへのアクセス開始時間が5時半だった! おい、あたりはまだ暗いぞ!
それ以来俺も超がつくほどの早朝出勤の日々が続いている。
ある日牧野が6時前に出社してきたとき、すでに俺は出社していた。
牧野どうだ?俺だってこんなに真剣にこのプロジェクトに取り組んでるぞ。
それにしてもいつまでこの状態が続くんだ?
まだ立ち上げて間もない合弁会社だからまだ暫くはこんな調子か?
言っとくが類に負けるわけにはいかない。
牧野つくしをめぐっての真剣勝負だと思っているのは俺だけじゃないはずだ。
今まで真夜中過ぎまで総二郎やあきらと飲んでいたのが嘘のような健康的な生活になっちまった。

けどよ、大河原に転職した牧野つくしが俺と仕事をする為にここにいることが重要だった。
A国でのうちと大河原の合弁会社を道明寺の社内に設けていた。
撤退した企業に代わり銅の採掘を手掛けることになり、A国の通商部は両国が政治と通商の両面での協力関係がますます強化されることを希望すると言ってきた。
例のスイス企業が第二のリーマンかと市場が注目しているなか、道明寺と大河原の合弁事業をA国で軌道に乗せるため、そこで以前A国大使館に勤務していた牧野の出番だった。
なんだかんだと言ってもどこの国でも既得権益の話しは出てくるもんだ。
移民局にいたとは言え日本にたびたび来たことのある官僚には知り合いもいたらしく、話しがスムーズにいくこともあった。
こうして俺達は上司と部下の関係になっていた。
だが俺達は職場で出会ったわけではない。
最初の出会いは地下鉄の駅だ。
俺は二人の関係を上司と部下のカテゴリーには分類したくない。
牧野をどうやって口説いたらいい?

そして今、牧野つくしは向かいの椅子に腰かけるとパソコンを開いていた。
おい、眉間に皺が寄ってんぞ!それでも俺は呆然と見つめてしまう。
「牧野さん、そろそろ休憩にしないか?」
ってなんで俺がこんな丁寧に話してるんだ!
今の牧野は大河原からの出向とはいえ俺の部下だぞ!
「道明寺支社長、まだ11時ですよ?」
おい、11時って言ってもおまえ何時から仕事してんだよ?
牧野、今朝は何時に出て来たんだ?
「あと1時間もすればお昼ですから・・」
まるで聞き分けの悪い子供に対してなだめる言うように言ってきた。
「いや、現地時間だと今が12時でランチタイムだと思うぞ?いま食事を済ませておいたほうがいいんじゃないか?」
上司の言うことは絶対だと言う年功序列の日本の会社組織のあたり前で言ってみる。
「そうですね・・」
つくしは言った。
やったぞ!
「じゃあ・・すいません」
牧野が立ち上がった。
おい、牧野どこへ行く?
「牧野・・どこに行くんだ?」
思わず心んなかの言葉がそのまま口から出ていた。
「どこって・・食事に行くんですが?」
牧野はいぶかしげに言った。
「そ、そうか!」
「じゃあ、行ってきます」
つくしはそう言うとドアの前まで歩いていった。
そして思い出したように振り向いた。
「実は午後に大河原へ行く用があるので、このまま外出させていただいてもいいですか?」
それだけ言うとつくしはドアを開けると廊下へと出て言った。

クソッ! 
はあ・・・牧野は俺を発狂させたいのか?
司は頭を掻きむしっていた。
ここんところ品行方正、仕事ばっかりで飲みにも行けてねぇ・・。
おまけにこの部屋は禁煙ときたもんだ!

「支社長、そろそろ執務室にお戻りください」
西田が言ってきた。
「午後からは支社長としての業務を遂行していただきませんと」
西田はため息をついていた。
「支社長に会いたいと約束をしている方もいらっしゃいます」
「だれだ?」
司が聞いたが西田は無視した。
「いくら牧野様と一緒にいたいからと言っても支社長としての業務が優先いたしますので
こちらのことは他の部下に任せていただきたい」
どこであれ司様がその場にいるだけで社員に落ち着かない気持ちを抱かせる。
本来の司様は冷酷、非情さが彼の基であり、今まで女性のためにその冷酷さを魅力的な態度で覆い隠すことなどしなかった。
「ああ、分かってる!」
司は煙草が吸えずイライラしたように怒鳴っていた。

「西田、あの答えはいつ出るんだ?」
司は廊下の真ん中を歩きながら聞いていた。
「その答えは4日後には出ます」
「そうか」
秘書は予定表を見ながら答えた。
司は待っていたエレベーターに乗ると51階の執務室へと戻った。
彼は執務室で三本目のタバコを吸っていた。
司の反射神経がわずかに緩んでいたときにドアがノックされ西田が開けに行く。
秘書はコホンと咳をすると告げた。
「花沢様がお見えになりました」








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