2018
04.19

出逢いは嵐のように 2

「先輩。それでその白石さんって方に心当たりはあるんですか?」

「知らないわよ。白石なんて男」

「でもその白石さんって方の奥さん、1億円の小切手持ってこられたんですよね?それで先輩が素直にはいって言わないからもう1億の小切手を切ってもいいって言ったんですよね?つまり先輩が別れないってゴネたら2億が手に入ったってことですよね?それって凄いじゃないですか。2億といえば一部上場企業の平均的な生涯給与ですよ?大学を卒業して無事定年を迎えることが出来たらそれくらい稼げるといわれる金額ですよ?それをくれるって言うんですから凄いじゃないですか?そんなお金を一瞬で手にすることが出来るなんて、宝くじが当たるとかくらいじゃないとありませんよ?なんだか凄くもったいない話を断ったんですね?どうして別れるって言わなかったんです?」

「桜子。あたしはその白石さんって人を知らないし、不倫もしてないわよ?話の内容を勝手に変えないでくれる?」

夫と別れて欲しい。きっぱり縁を切って欲しい。そう言って1億円の小切手を持って現れた女性の話をしていたが、つくしは不倫もしてなければ、白石という男性にも全く心当たりがなかった。






会社の後輩である三条桜子への打ち明け話は、昼食を取るため訪れた会社近くの庶民派イタリアンレストラン。本日の日替わりランチは、パルメザンチーズの香り豊かなミラノ風カツレツにライスとスープとサラダだった。

二人はつくしが35歳。
三条桜子がひとつ年下の34歳。
滝川産業という道明寺グループの産業機械の専門商社で働いているが、業種で言えば卸売業。
仕事は営業事務。つまり営業の手伝いということになるのだが、機械専門の商社で働いているからといって、機械に強いという訳ではない。

そしてどちらかと言えば、つくしは機械が苦手だ。
だから何でもそうだが、基本的な使い方だけを知り、付随する機能というものに手を出したことはない。
そして機械商社といえば、日常生活とは全く関係のない物を扱っているのが実情だ。
手がける案件は電力、化学等のプラント設備、電子機器や情報機器などの生産財である設備を中心に国内販売や輸入を行っていた。
そんな会社に大学卒業後入社し、真面目に働いていた。だからいきなり不倫相手と決めつけられ、妻に会社に押しかけられるなどとんでもない話だ。いわれもない言いがかりとしか思えなかった。


「でも、その白石さんって何者なんでしょうね?奥さんって方、まだお若いんですよね?」

「うん。多分私たちより一回りは下だと思うわ」

二人より一回り年下というのは、つくしが35歳だということから23歳くらいの年齢に思えた。

「そうですか。その若さで1億円ポンと払えて、もう1億も払えるって言うんですから。相当お金持ちの家の奥様ですよ。ご主人もきっとそうです。もしかするとどこかの会社の社長さんだったりするかもしれませんよ?私が思うに、そのご主人は奥様とは年齢差がかなりあって、奥様って人は実は2度目の奥様でトロフィーワイフ。事業で成功したから昔の古女房を捨てて、若くて綺麗な女性を妻にしたんです。それでもまた他に女性に目がいって、その人を愛人として囲ってたことがバレたって話ですね?それでその人の名前が牧野つくしなんですよ。分かってます。そんな目で見なくても。先輩の名前が使われただけで先輩が不倫するような女性じゃないことくらい知ってますから」


桜子の男と女に関する想像力というのは、あながち外れていない。
何しろ三条桜子は恋愛と美に関しては貪欲で、生まれ持った目鼻立ちが気に入らないと整形をしたくらいだ。そして手に入れた美貌というのは、彼女の長所を強調していて見る者の目を惹く。そして三条家は旧華族の家系のことだけはあり、生まれ持った品というものがある。それはどんなに身に着けようとしてもすぐには身に付けることが出来ない、付け焼刃ではない目に見えない何か。それを品というのだが、やはり人は箸の上げ下げひとつでどのような暮らしをしてきたか分かるのだから、今こうして一緒に食事をしていても、ナイフやフォークの使い方は実にきれいだ。
そしてそんな桜子は、カツレツを切り分けながら訊いた。

「それで綺麗な人でした?」

「え?」

「だから奥様です」

「うん。綺麗な人だった。目鼻立ちもはっきりとしていて、黒い長い髪をして…..うん。綺麗な人だった」

白石の妻と名乗った女性の容貌は、目鼻立ちがはっきりとして、めりはりが感じられる綺麗な人だった。
少しだけ言葉に詰まったのは、そういえば、彼女の雰囲気はなんとなくだが三条桜子に似ていたからだ。つまりその女性も生まれ持った品というものが感じられたということだ。
そして綺麗な女性であることは間違いなく、そんな女性から美人でもないのに、と言われ否定するつもりはなかったが、両親のことを言われムッとしてしまい思わず席を立っていた。

だいたい愛人だということも言いがかりとしか思えないのだから、勝手にしろといった思いもあったからだが、もう少し話をするべきだったのかもしれない。
それにしても、夫の愛人呼ばわりされたことに驚いたこともそうだが、夫が白状したからと言って、会社に乗り込んで来た妻という女性は、余程腹が立っていたということなのだろう。

「白石…..白石…..若くて綺麗な奥さんがいる白石さん。お金持ちの白石さん….」

桜子は1億円の小切手をいとも簡単に愛人と思われる女性に渡すことが出来る白石という人物に心当たりがないか考えているが、つくしはどうでもよかった。

「あのね桜子。その人がお金持ちなのは充分分かったの。
それに白石って人に愛人がいようと恋人がいようと勝手だけど、問題なのは、どうしてその人が私の名前を言ったのかが問題よ。そっちの方が知りたいわよ。人の名前を勝手に使うなんていい迷惑よ!」

つくしは愛人であることは否定したのだ。あの場であれ以上会話をしたとしても、あの女性がつくしの話しを訊くとは思えなかった。
だからさっさと席を後にしたが、何故自分の名前が使われたのか。そのことだけが気になっていた。

「確かにそうですよね。牧野先輩の名前なんて、どこにでもある名前じゃありませんから。
だって私も先輩の名前を初めて訊いたとき、えっ?って思いましたから。でも先輩の名前も私と同じ春に関係のある名前ですからすぐに親しみが持てました。でも私は桜ですから見上げてもらえますけど、先輩はつくしですからねぇ。つくしは踏まれる雑草ですからそこが残念です」

何度となく言われるつくしと言う雑草についての話。
しつこい雑草として有名なつくし。
けれど、つくしは自分がしつこい性格だとは考えたことはない。
どちらかと言えば、さっぱりとした性格だと思っている。ただ、こうと決めたことに対しては、意思を曲げることがない頑固者だと言われたことはあった。それはまさにしつこい雑草であるつくしが、どんなに強力な除草剤を撒かれようと、次の年には芽を出す春の風物詩であるように、こうするんだと決めればやり通してきた自分のポリシーとでも言おうか。とにかく自分で決めたことに対しては、他人のせいにすることなどなく自己責任で人生を歩んできた。
だからこそ、不倫という誰かが悲しむことになる恋愛をしたいとは考えたこともない。
それにしても、いったいどうして夫である白石という人物は牧野つくしが愛人だと言ったのか。
まさかとは思うが同姓同名?

「それにしても、白石っていう人。どうして牧野つくしだなんて名前。知ってたんでしょうね?もしかして、遠い昔先輩のことが好きだった人で先輩にフラれてから、その恨みで先輩の名前を出したとか?違いますか?」

フラれた恨みでその人の名前を語る?
つまりそれは、なりすましということ?
もしそうだとすれば、余程つくしのことが好きだった人と言うことになるが、過去にそういった経験はなかった。
だから言いがかりなのは間違いないのだが、その女性の言った言葉が耳に残っていた。

『もしまた夫に近づこうとするなら私にも考えがありますから』

その言葉の意味は、弁護士を雇って慰謝料の請求でもしようというのか。
ある日突然、家庭裁判所から書類が届くといったことになるのか。
だが『それからこのことは誰にも話さないで下さい。家名に傷が付きますから』の言葉の意味を考えれば、裁判を起こすところまでは行かないはずだが、もし仮に牧野つくしが夫と別れなければ一体何をしようというのか。
白石の妻と名乗ったその女性は、つくしが当然のように妻である自分のことを知っているといった顔だった。だがつくしはその人のことも白石という男の事も全く知らないのだから、何かあるとすれば、それまで大人しく待っているしかないのだが、相手のことが分からないだけに不気味だった。

「でも驚きますよね。怖いですよね。1億の手切れ金を払うから夫と別れて欲しいっていきなり会社に直談判しに来るんですから、もし私だったとしても驚きます。先輩。いくら相手の勘違いだから、自分じゃないから。違うと言ったからといっても気を付けて下さいね。嫉妬に狂った妻ほど恐ろしい女はいませんから。それこそ般若ですからね?」

その言葉は冗談を言っているのではなく、桜子の表情はまじめそのものだった。





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コメント
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dot 2018.04.19 08:22 | 編集
司*****E様
おはようございます^^
ひょんなことからの出会いとなるのか、それとも....?
そして後輩桜子。彼女は女子力高いですから、女子力が低いつくしを助けてくれるでしょう(笑)
え?白石さんは誰?(笑)
白石さん、白石さん。お金持ちの白石さん....。
考える桜子にまったく心当たりのないつくし。
近いうちに分かるといいのですが.....。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.04.19 22:23 | 編集
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