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2018
04.11

あの頃の想いをふたたび 7

『あたしに何の用があるのか知らないけど用があるなら早く言って』

それは無造作に言い捨てられた言葉。
司の前で硬い表情を浮かべた女の言葉は、ぞっとするほど冷たいものだった。
遠い昔、心からの笑顔を向けてくれたことがあった。しかし今は違う。
だが司がこの場所に現れた理由なら分かっているはずだ。
かつて彼女に対し冷たい態度をとり続けていた男が突然目の前に現れれば、その男に何が起こったのか理解出来るはずだ。だがそれは己の思うことだけであり、相手に自分の考えが伝わると考える方がおかしいのだ。
自分がこうだからお前も分るはずだと思うことは、傲慢であり独善的な考えなのだ。
それでは彼女に出会う前の自分ではないか。そんな勝手な自分にうんざりしつつ、司は率直に自分の気持を伝えることにした。

「牧野。俺は10年前お前のことを忘れたが、思い出した。あの日忘れてしまった全てを思い出した。俺は今でもお前のことが好きだ。愛してる」

たったこれだけの言葉を言うために、2週間以上迷うということは、10年前の自分なら考えられなかったことだ。
だが彼女のことを忘れてしまった男の後悔というものは、彼女に会いに行く勇気をいとも簡単に奪っていた。それは今更何しに来たのと言われるのが怖かったから。
何度訪ねて来ても拒絶するばかりで彼女の言葉に耳を貸さなかったのは、自分なのだから。




そして司は返事を待っていた。
『愛してる』の言葉に返される言葉というものを。
だが彼女は随分長い間、何も言わなかった。
その沈黙は巨大なビジネスを切り回してきた男にとって恐ろしいほど長い時間。全てに於いてトップに立つことが当たり前の人間は追いつめられた経験などなく、今までどんな人間を前にしても鼓動が波打つことはなかった。

だが今は高い崖の上で追いつめたれら人間のような気持だった。
だから何かひと言でいい。願わくば崖の上から離れることが出来るきっかけとなるような言葉が訊きたいと思う。
だが早く何か言って欲しいと望む反面、訊きたくない言葉もあった。
けれど、何を言われても仕方がないのだ。
司が10年間生きてきた世界は、彼女が生きてきた世界とは異なる価値観を持つ世界。
そんな世界で暮らす男を彼女は軽蔑しているはずだ。
だから拒絶され徹底的に軽蔑されたとしても仕方がないのだ。
最愛の人を忘れたのは司なのだから。
彼女の愛を捨てたのは自分なのだから。

そして崖の上から飛び降りろに等しい言葉を言われたとしても、受け入れなければならないのが今の司だ。飛び降りて傷だらけになるならまだいいが、死ねと言われることだけは勘弁してもらいたい。何しろこれから彼女を愛したいのだから、死んでしまっては元も子もない。

そして、司が牧野つくしのことで反芻できる過去は10年前のまだ高校生だった頃の1年にも満たない短い時間。二人の間に流れた時間が長すぎたと言われれば、確かにそうだ。
あの賢という少年が生まれた頃から今の年齢になるまでの時間というのは、人の生き方を変え、考え方も変えてしまうだけの時間だ。
だから彼女が今どんな女性になっているのか。話をしてみるまで分からなかった。
だが短い言葉の中に感じられたのは、当たり前の事だがあの頃とは違い彼女も大人の女性になったということだ。
そんな司の思考が伝わったのか。
ゆっくりと彼女の口が開かれた。

「愛してるなんて言葉を軽々しく口にして欲しくない。道明寺は10年前にあたしを好きでもなんでもなくなった。あんたの視界にいていい女じゃなくなった。だから…あたしはあんたに会いにくのを止めた。でもそれはもう済んだこと。終わったことだから。いくら好きだと言われてもあんたと同じ返事は出来ないわ」

牧野つくしは恋には奥手だった。
司はそんな彼女を目の前に10年前の情景を思い出していた。
それは関係を結んだ南の島での朝の光景。互いにはじめてだった少年と少女の朝はぎこちなく、明ける夜に大丈夫かと問えば、大丈夫と返された。そして黙って抱き合っていた。
思えばなんという貴重な時間だったことか。
本当ならあの日から彼女だけを守らなければならかった。それが司のすべきことだったはずだ。だが守るどころか傷つけるだけ傷つけた。


「それに道明寺には道明寺の人生がある。今のあたしはあの頃のあたしじゃない。あんたの記憶から排除されたあたしは…. あの頃とは別の人生を歩んでる。お互いに10年も経てば昔の恋なんて、あの頃の恋なんて今さらでしょ?それにふたり共ももういい大人じゃない?道明寺はあたしのことを今でも愛してるって言うけど、それはどうしてなの?この10年の間に素敵な人は沢山いたはずで、何も高校生の頃の短い付き合いがあった女のことを今更好きだなんて思わなくてもいいのよ?」

あの頃。彼女は自分のことだけ忘れてしまった男を見舞うたび深い落胆を味わい、それでも何度も何度も足を運んだ。そして恋人だと思った男の不実を目の当たりにし、やがて来ることはなくなった。

それは落胆して諦めたということ。

そうしなければ自分が自分でなくなるから。そして、立ち直った。
立ち直り強く生きてきたのが目の前にいる牧野つくしという女性だ。

司は昔の牧野つくしも好きだが、今の彼女も好きだ。いや。あの頃と同じだ。
自分の足で大地を踏みしめ司に向かって自分の意見をはっきりと告げてきた女は今も昔も変わっていない。ただ10年という年を経てまろやかな曲線を描いていた顎のラインはほっそりとしているが高校生の頃の面影はそのままだ。そして自分を見つめる黒い瞳の中にある強い意思といったものも変わらない。
彼の、司の愛しい人は何年経とうが人間としての本質は変わってはいない。
それなら司は彼なりの誠意を見せるしかない。

「牧野。あの頃の俺はお前に対しては自分とは思えねぇほど慎重だった。
お前のことは誰よりも大切で絶対に失いたくない存在だった。けど俺はお前を、….お前のことを忘れちまった。そんな俺のこと許してくれ。身勝手な頼みだがお前を忘れた俺を許してくれ。十年一昔って言葉があるが、今の世の中は時間が経つのは早すぎるくらい早い。だから考え方によっては、10年前はついこの前だと思えば長くはない。だから俺がお前を忘れてしまったのは、ほんの短い間だと思ってくれ。いや、昔のことは忘れてはじめて出会った者同士ってことで俺と付き合って欲しい。いや。いきなり付き合って欲しいとは言わねぇ….友達からでも知り合いからでもいい。そこからスタートしてくれ」

そこで司は息つぎをして、さらに続けた。
本来なら息をする暇など無くてもよかった。どうにかして自分の気持を分かってもらおうと必死だった。

「お前、パン職人になったんだよな?この店もお前の物になるそうだな?オーナーから買い取るんだってな?それなら俺は客として、この店の客としてここのパンを、お前が焼いたパンを毎日買に来る。俺の生命を維持してくれるのはお前のパンで、ここは俺にとって生命を維持するために必要な場所だ。俺が生きていくためにはこの場所が必要ってことだ。だから毎日でもここに来てパンを買う。そしてお前に会う。会いたいからパンを買う」

10年振りに再開したかつての恋人。
だが司が一方的に捨てた女。
そんな司を彼女が何とも思っていなかったとしても、構わなかった。
なぜなら、また振り向かせる努力をすればいいからだ。その努力は高校生の頃経験した。
金で買えない物などないと信じていた男の鈍感な頭に蹴りを入れられた瞬間から彼女の心が欲しくなった。はじめの頃は力でねじ伏せるような行動を取った。だが振り向いて貰えなかった。
それから司は自分の愚かさを知り、彼女の愛を得ることが出来るなら己の全てを捨ててもいいと思えるようになった。
たとえ愚かな行為だと言われる事でも、彼女のためならどんな事でも出来た。
だから10年経った今、また同じことをすればいいだけだ。

「牧野。愛ってのは何でもありだ。愛はカッコつけるもんじゃねぇ。俺はお前を好きになった時それを知った。いつだったか何人かの男に殴られたが、お前のためなら殴られようが蹴られようが構わなかった。それに俺は大勢の女にモテたいと思わない。お前だけだ。お前だけにモテればいい。それは昔からそうだっただろ?お前に出会う前は女に興味なんぞなかった。けどお前と出会ってからはお前だけしか目に入らなかった。俺が認めた女はお前だけで他の女のことは女として認めてねぇ。だからお前の全てが俺のものになればいいと望んだ。それに俺の全てをお前にやりたいと思った。それがあの夜だったはずだ。けど俺はお前を忘れちまった。そのことについて弁解は出来ねぇ。どんなに責められても構わねぇ。もしお前に許されるならどんなことでもするつもりだ。俺を殴って許せるならそうしてくれ。けど殴るだけで足りねぇって言うならお前の気持が収まることをしてくれ。
牧野…俺はお前だけにモテればそれでいい。お前だけが俺を好きになってくれれば他に何も必要ない」


司は目一杯自分の気持を伝えた。
そして彼女の返事を待った。いや待つつもりなど無かった。
牧野つくしの記憶を取り戻した男は、あの頃と同じハンターだが、28歳になった男はそれなりに知恵もついた。今の司は言葉が大切なことも分っているが、もっと確実な方法で彼女の気持を確かめる方法も知っている。

それは牧野つくしを抱きしめてキスをすること。
たとえ好きな男がいたとしても、キスをすれば分る。もし心がその男にあるとすれば、殴られることは確実だ。
だがそうでなければ、それは司の今までの経験の中で繰り返されたキスとはまったく違うキスとなるはずだ。

「牧野。まき_」

と司が呼び掛けたとき、つくしの口から言葉が漏れた。

「それなら……せて」

だがその言葉ははっきりと聞こえなかった。
だから司は訊いた。

「牧野、なんて?今なんて言った?」

「殴らせてって言ったの。あんたを殴らせて欲しい」

司は一瞬呼吸するのを忘れた。
それは彼女が言ったその言葉がどこへ繋がっているのだろうかと考えたからだ。
そして湧き上がる思いは彼女に殴られれば許されるのだろうかという思い。
そんなことで許されるのなら何度でも殴ればいい。

「ああ。構わねえ。それで俺のことを許してくれるなら何発でも殴れ。何度でも殴れ。好きなだけ殴れ。右の頬でも左でも構わねぇ。腹だろうがケツだろうが好きな場所を好きなだけ蹴るなり叩くなりしてくれ」

司の前に立つ女は、かつて恋をするなら対等じゃなきゃ嫌だと言った。
だがそんな女が可愛らしいと思えた。
意地っ張りだったが、その意地の張り具合は彼女の照れであり、男に甘えることが下手なだけなのだから。
そして司は思う。彼女を失ってから自分の周りにいた女たちは迎合するばかりで自分の意見を持つ人間はいなかった。退屈な女ばかりだった。そんな女たちが鬱陶しいと感じたのは、心の奥深くに牧野つくしの存在があったからだと今なら分かる。


「言っとくけど、あたし毎日重いパン生地を持ち上げて捏ねる作業を繰り返しているから昔より腕の力は強いと思うの。でも…..あんたの顔が変わったらあたしが責任を取ってあげる。あたしが….あんたがどんな顔になったとしてもあたしがあんたを幸せにしてあげる」

彼女の口から放たれる言葉に嘘はない。
それが挑戦的な態度ならなおさらだ。
その態度は宣戦布告と言われたあの時の態度と同じに見えた。と、いうことは、彼女の心は決まっているということだ。
何しろ彼女は一度自分が決めたことは最後までやり通す女なのだから。
敵が何人いようと、最後まで戦ってやるという強い意思を持った少女だったのだから。

「上等だ。責任持って幸せにしてくれ」

司は自分がひたすらひたむきな目で彼女を見つめていることを分かっていた。
と、同時に自分のひたむきな思いが伝わったことを理解した。

「…..牧野…ごめん。悪かった….俺はお前じゃなきゃ駄目だ。お前以外の女じゃ駄目だ。だから俺を幸せにしてくれ」


そして、うん、と小さな声が頷けば、後は女の頬を伝う涙をそのままに抱きしめてやることしか出来なかった。





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コメント
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dot 2018.04.11 06:24 | 編集
司*****E様
おはようございます^^
真剣に、そして饒舌に自らの想いを伝えた男。
そんな男の話を訊きながら、つくしの頭の中ではこの10年が走馬灯のように駆け巡ったかもしれません。
殴らせて。と言われ殴っていいと言いました!(笑)
司大丈夫?でも顔の形が変わってもつくしが責任をとってくれるそうなので良かったね、司。
そして賢くんは何者?(笑)
答えは明日出るはずです。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.04.11 23:46 | 編集
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