司は男の子と一緒に公園のベンチにいた。
だが厳密に言えば少年はベンチに座ることはなく彼の前で立っていた。それは、そうすることで目線が同じ高さになることを意識していると言ってもいいはずだ。
そして司がここにいるのは、男の子が司を脅すような言葉を言ったからではない。
子供が大人に対して生意気な口を利くのは強がりであることが殆どだからだ。
だがそれが何に対しての強がりなのか。
どういった理由で司の事が気になるのか。それをどうしても知りたいと思った。
たとえ相手がクソガキだとしても牧野つくしに何らかの関係があるのならそれを知りたいと思った。
そして少年が彼女のことを気にかける理由といったものを知りたいと思った。
そうだ。少年はまるで彼女を守ることが自分の役目であるように振る舞っていると言ってもおかしくはない。
そんなことから一瞬だが頭を過ったのは、まさか、この男の子は年齢的なことからも、二人の間に授かった子供ではないのかということだ。だが彼女が出産した記録はなかった。
司が知っている彼女の人生とは。
牧野つくしは高校を卒業したのち街の小さなパン屋に仕事を求めた。
パン職人になるには免許も資格もいらない。それは貧しかった家庭に育った彼女が望んだとこと。彼女は高齢な店主から指導を受けパンを作る技術を学び、今では店主に変わってパンの製造から店の運営まで任されていた。そして近いうちに跡継ぎのいない店主からその店の経営を譲り受けることになっていた。
それはつまり彼女がその店のオーナーになることであり、その為に必要な資金の融資を金融機関に申し込んでいることも知っていた。それは地域に根ざした企業を支援するという信用金庫。道明寺HDは信用金庫と取引をしたことはなかったが、調べれば簡単に分ることだった。そして融資をするかどうかの結果は問題ないということだ。
つまりそれは、現在の店の経営状況と彼女の真面目な人柄と、学ぶことへの姿勢と努力をする姿が認められたということだ。
そしてパン造りは朝が早い。
つまり早朝から店を閉める時間までずっと働いていた。そして休みは日曜日だけ。
店の形態としては、朝食としての定番のパンといったものから、本日のおすすめのパンといったものを作ってはいるが、品数は多くはない。だが人気がある店で開店と同時に焼きたてのパンを求め客が入る。人によっては、パンは毎日の食卓に欠かせないものであり、自分の好みがある。だから街のパン屋というのは、固定客というものが付くのが当然であり、彼女のパンに大勢の客がいることも知っていた。
だが司はパンがどうやって作られるのか知らない。
それでも彼女が大量の小麦粉にまみれ仕事をしていることだけは理解していた。
司の知らない間に大人の女性として、人生を歩んでいる彼女。
だがそのため働き尽くめの人生を送っているようにも見える。
そしてそんな彼女は独身で男はいなかった。
それは恋愛に現を抜かしている暇などないといったことなのか。
パン職人として一人前になるまでは恋をしている暇はなかったということか。
「おっさん。いつまでも黙ってねぇで名前を言えよ。おっさんあの人の知り合いだって言ったけど本当にそうなのかよ?嘘ついてたら承知しねぇからな!」
子供がいくら啖呵を切ったところで迫力などない。
だがイライラとする子供の姿は可笑しかった。
「坊主。それでなんだ?お前しつこく俺と…..彼女との関係を訊きたがるがどうしてそんなに気になるんだ?」
「おっさん。その前におっさんの名前を言えよ。おっさんなんて名前だよ?」
質問に質問を返す子供というのは頭がいいのか。
それとも人の話を訊いていないのか。どちらにしてもここまで饒舌に喋る男の子の頭は回転が速いということだけは分かる。そして性格は決しておっとりとは言えない。だが所詮子供は子供だ。いくら威勢よく言っていたとしも、司が本気で何か言えば子供は泣きだすはずだ。
けれど何故かそんな気にはなれなかった。話しているうちに相手のペースに乗せられるではないが、その生意気さと必死さが心地よく感じられた。何しろここまで司に真剣に向かって来る人間などいなかったのだから。
「俺の名前か?」
「そうだよ。おっさん誰だよ?おっさん俺におっさんて呼ばれるの嫌だろ?だからおっさんが名前を教えたら俺はその名前で呼んでやる。それから俺の名前も教えてやる。俺は約束したことは絶対に守る男だから心配するな。男としてするべきことも理解してるからな」
と、男の子は真面目な顔をして言ったが、司は名前を告げるのを躊躇った。
それは子供が牧野つくしに近い人物なら、名前を告げることで彼女に自分の存在が伝わることが分っていたからだ。だがそれだけはどうしても避けたい思いがあった。
彼女に自分の存在を知られるのなら、自身が彼女の前で自分の気持を伝えたいからだ。それまでは、自分が記憶を取り戻し、日本にいることを知られたくはなかった。
「俺の名前は高杉。高杉哲也だ。それに俺はストーカーじゃねぇ。知り合いだ…….いや….随分前だが彼女と…牧野つくしと付き合っていたことがある」
司は嘘の名前を告げたが次に口をついたのは真実。
そして漢字はどんな字を書くんだと問われ説明したが、何故この子にそんなことを話してしまったのか。と思うも何故か口をついていた。
「ふーん。やっぱりそうか。ところで俺の名前は賢(まさる)って言う。賢者の賢って書いて賢だ。頭のよさそうな名前だろ?で、おっさん…じゃねぇ、哲也は…牧野つくしの元カレか。
ちなみに俺はあのパン屋の常連だ。だから牧野つくしのことは良く知ってるぜ?何しろあの店のパンは物心ついた頃から毎日食べてるんだ。作った人間のことを知ってるからあのパンの旨さも理解出来る。牧野つくしはまごころを込めてパン生地を捏ねる。だからあそこのパンには気持ちが込められている。この街で一番美味いパンだ。いや日本で一番美味いと思う」
司は賢と名乗った少年が言う言葉は正しいと分かっている。
彼は自分では買いに行くことは出来ないが、使用人に買いに行かせ彼女が作ったパンを食べた。それはカンパーニュと呼ばれる食事用のパンでスープによく合うフランスパンの一種。
どこかで食べた他のカンパーニュより美味いと思った。シンプルなパンだからこそ分る味というものがあった。
「それでなんで牧野つくしのこと見てたんだよ?やっぱ哲也はストーカーじゃねぇって言ったけど牧野つくしのことが忘れられなくてのこのこ現れたってことかよ?」
少年は司が名前を名乗ると、彼女の名前をフルネームで話すようになり、司を哲也と呼び捨てにして、自分の考えが当たっていたことにやっぱりな、と言った。そしてさも分かったように元カノが忘れられない気持ちは分からないでもねぇけどストーカーなんかしたって自分が哀しくなるだけだぞと言葉を継いだ。
「それで?哲也はなんの仕事してんだよ?あんないい車乗ってるくらいだから仕事してんだろ?けど、仕事してんならこんな所で昔の彼女のケツ追っかけてていいのか?」
あんないい車と言われた車は、公園の横に止められていたが、少年は車に興味があるのか。
黒の外国車は人を威圧する車であり、下手に近寄り傷でもつければそれこそ大変なことになると思われているはずだ。だが司にとって車など単なる移動するための道具であり、どうでもいいものだ。そして少年は司の仕事のことを訊いてきた。それはまるで父親が娘の交際相手に君の職業はなんだね?と訊くような口ぶりだった。
「ああ。俺は会社を経営してるから自由が効く」
「ふーん。哲也はアレか?青年実業家ってヤツか?すげえじゃん。で、何の会社だよ?」
「色々と手広くやってる」
「なんだよそれ?その手広くってのは?あ!哲也んとこの会社ってブラック企業か?だから手広くなんて言葉で誤魔化してんだろ?」
次から次へと言葉を繰り出してくる少年。
そして最近の小学生は何でも知っている。
だが子供の口からまさかブラック企業などという言葉が出るとは思わなかったが、周りの大人たちの会話から知ったのか。それともテレビのニュースで知ったのか。だが道明寺HDの系列の中にそういった会社があるといったことは司の耳に届いてはいなかった。
そして少年は司の返事を待っていた。
「うちの会社はそんな会社じゃねぇな」
それにしても、と思う。何故自分は目の前の少年にこうも話しをしてしまうのか。
相手は見ず知らずの小学生。それも生意気を絵に描いたような口ぶり。
子供扱いされることはまっぴらごめんといった態度を取る男の子。だが問題児だとは思えず不思議と憎ったらしいとは思えなかった。そして今は小生意気な口を利くが、幼い頃は、きらきらとした瞳をして親を見ていたはずだ。
「ところでいくら牧野つくしが忘れられないからって元サヤに戻ろうとしても無理だと思うぞ?」
少年が幼かった頃のことを考えていた時、唐突に言われた言葉に司は訊いた。
「どういう意味だ?」
「だって牧野つくしは好きな男がいるって話だ」

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だが厳密に言えば少年はベンチに座ることはなく彼の前で立っていた。それは、そうすることで目線が同じ高さになることを意識していると言ってもいいはずだ。
そして司がここにいるのは、男の子が司を脅すような言葉を言ったからではない。
子供が大人に対して生意気な口を利くのは強がりであることが殆どだからだ。
だがそれが何に対しての強がりなのか。
どういった理由で司の事が気になるのか。それをどうしても知りたいと思った。
たとえ相手がクソガキだとしても牧野つくしに何らかの関係があるのならそれを知りたいと思った。
そして少年が彼女のことを気にかける理由といったものを知りたいと思った。
そうだ。少年はまるで彼女を守ることが自分の役目であるように振る舞っていると言ってもおかしくはない。
そんなことから一瞬だが頭を過ったのは、まさか、この男の子は年齢的なことからも、二人の間に授かった子供ではないのかということだ。だが彼女が出産した記録はなかった。
司が知っている彼女の人生とは。
牧野つくしは高校を卒業したのち街の小さなパン屋に仕事を求めた。
パン職人になるには免許も資格もいらない。それは貧しかった家庭に育った彼女が望んだとこと。彼女は高齢な店主から指導を受けパンを作る技術を学び、今では店主に変わってパンの製造から店の運営まで任されていた。そして近いうちに跡継ぎのいない店主からその店の経営を譲り受けることになっていた。
それはつまり彼女がその店のオーナーになることであり、その為に必要な資金の融資を金融機関に申し込んでいることも知っていた。それは地域に根ざした企業を支援するという信用金庫。道明寺HDは信用金庫と取引をしたことはなかったが、調べれば簡単に分ることだった。そして融資をするかどうかの結果は問題ないということだ。
つまりそれは、現在の店の経営状況と彼女の真面目な人柄と、学ぶことへの姿勢と努力をする姿が認められたということだ。
そしてパン造りは朝が早い。
つまり早朝から店を閉める時間までずっと働いていた。そして休みは日曜日だけ。
店の形態としては、朝食としての定番のパンといったものから、本日のおすすめのパンといったものを作ってはいるが、品数は多くはない。だが人気がある店で開店と同時に焼きたてのパンを求め客が入る。人によっては、パンは毎日の食卓に欠かせないものであり、自分の好みがある。だから街のパン屋というのは、固定客というものが付くのが当然であり、彼女のパンに大勢の客がいることも知っていた。
だが司はパンがどうやって作られるのか知らない。
それでも彼女が大量の小麦粉にまみれ仕事をしていることだけは理解していた。
司の知らない間に大人の女性として、人生を歩んでいる彼女。
だがそのため働き尽くめの人生を送っているようにも見える。
そしてそんな彼女は独身で男はいなかった。
それは恋愛に現を抜かしている暇などないといったことなのか。
パン職人として一人前になるまでは恋をしている暇はなかったということか。
「おっさん。いつまでも黙ってねぇで名前を言えよ。おっさんあの人の知り合いだって言ったけど本当にそうなのかよ?嘘ついてたら承知しねぇからな!」
子供がいくら啖呵を切ったところで迫力などない。
だがイライラとする子供の姿は可笑しかった。
「坊主。それでなんだ?お前しつこく俺と…..彼女との関係を訊きたがるがどうしてそんなに気になるんだ?」
「おっさん。その前におっさんの名前を言えよ。おっさんなんて名前だよ?」
質問に質問を返す子供というのは頭がいいのか。
それとも人の話を訊いていないのか。どちらにしてもここまで饒舌に喋る男の子の頭は回転が速いということだけは分かる。そして性格は決しておっとりとは言えない。だが所詮子供は子供だ。いくら威勢よく言っていたとしも、司が本気で何か言えば子供は泣きだすはずだ。
けれど何故かそんな気にはなれなかった。話しているうちに相手のペースに乗せられるではないが、その生意気さと必死さが心地よく感じられた。何しろここまで司に真剣に向かって来る人間などいなかったのだから。
「俺の名前か?」
「そうだよ。おっさん誰だよ?おっさん俺におっさんて呼ばれるの嫌だろ?だからおっさんが名前を教えたら俺はその名前で呼んでやる。それから俺の名前も教えてやる。俺は約束したことは絶対に守る男だから心配するな。男としてするべきことも理解してるからな」
と、男の子は真面目な顔をして言ったが、司は名前を告げるのを躊躇った。
それは子供が牧野つくしに近い人物なら、名前を告げることで彼女に自分の存在が伝わることが分っていたからだ。だがそれだけはどうしても避けたい思いがあった。
彼女に自分の存在を知られるのなら、自身が彼女の前で自分の気持を伝えたいからだ。それまでは、自分が記憶を取り戻し、日本にいることを知られたくはなかった。
「俺の名前は高杉。高杉哲也だ。それに俺はストーカーじゃねぇ。知り合いだ…….いや….随分前だが彼女と…牧野つくしと付き合っていたことがある」
司は嘘の名前を告げたが次に口をついたのは真実。
そして漢字はどんな字を書くんだと問われ説明したが、何故この子にそんなことを話してしまったのか。と思うも何故か口をついていた。
「ふーん。やっぱりそうか。ところで俺の名前は賢(まさる)って言う。賢者の賢って書いて賢だ。頭のよさそうな名前だろ?で、おっさん…じゃねぇ、哲也は…牧野つくしの元カレか。
ちなみに俺はあのパン屋の常連だ。だから牧野つくしのことは良く知ってるぜ?何しろあの店のパンは物心ついた頃から毎日食べてるんだ。作った人間のことを知ってるからあのパンの旨さも理解出来る。牧野つくしはまごころを込めてパン生地を捏ねる。だからあそこのパンには気持ちが込められている。この街で一番美味いパンだ。いや日本で一番美味いと思う」
司は賢と名乗った少年が言う言葉は正しいと分かっている。
彼は自分では買いに行くことは出来ないが、使用人に買いに行かせ彼女が作ったパンを食べた。それはカンパーニュと呼ばれる食事用のパンでスープによく合うフランスパンの一種。
どこかで食べた他のカンパーニュより美味いと思った。シンプルなパンだからこそ分る味というものがあった。
「それでなんで牧野つくしのこと見てたんだよ?やっぱ哲也はストーカーじゃねぇって言ったけど牧野つくしのことが忘れられなくてのこのこ現れたってことかよ?」
少年は司が名前を名乗ると、彼女の名前をフルネームで話すようになり、司を哲也と呼び捨てにして、自分の考えが当たっていたことにやっぱりな、と言った。そしてさも分かったように元カノが忘れられない気持ちは分からないでもねぇけどストーカーなんかしたって自分が哀しくなるだけだぞと言葉を継いだ。
「それで?哲也はなんの仕事してんだよ?あんないい車乗ってるくらいだから仕事してんだろ?けど、仕事してんならこんな所で昔の彼女のケツ追っかけてていいのか?」
あんないい車と言われた車は、公園の横に止められていたが、少年は車に興味があるのか。
黒の外国車は人を威圧する車であり、下手に近寄り傷でもつければそれこそ大変なことになると思われているはずだ。だが司にとって車など単なる移動するための道具であり、どうでもいいものだ。そして少年は司の仕事のことを訊いてきた。それはまるで父親が娘の交際相手に君の職業はなんだね?と訊くような口ぶりだった。
「ああ。俺は会社を経営してるから自由が効く」
「ふーん。哲也はアレか?青年実業家ってヤツか?すげえじゃん。で、何の会社だよ?」
「色々と手広くやってる」
「なんだよそれ?その手広くってのは?あ!哲也んとこの会社ってブラック企業か?だから手広くなんて言葉で誤魔化してんだろ?」
次から次へと言葉を繰り出してくる少年。
そして最近の小学生は何でも知っている。
だが子供の口からまさかブラック企業などという言葉が出るとは思わなかったが、周りの大人たちの会話から知ったのか。それともテレビのニュースで知ったのか。だが道明寺HDの系列の中にそういった会社があるといったことは司の耳に届いてはいなかった。
そして少年は司の返事を待っていた。
「うちの会社はそんな会社じゃねぇな」
それにしても、と思う。何故自分は目の前の少年にこうも話しをしてしまうのか。
相手は見ず知らずの小学生。それも生意気を絵に描いたような口ぶり。
子供扱いされることはまっぴらごめんといった態度を取る男の子。だが問題児だとは思えず不思議と憎ったらしいとは思えなかった。そして今は小生意気な口を利くが、幼い頃は、きらきらとした瞳をして親を見ていたはずだ。
「ところでいくら牧野つくしが忘れられないからって元サヤに戻ろうとしても無理だと思うぞ?」
少年が幼かった頃のことを考えていた時、唐突に言われた言葉に司は訊いた。
「どういう意味だ?」
「だって牧野つくしは好きな男がいるって話だ」

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司*****E様
おはようございます^^
賢と司の関係...。う~ん。どうでしょう(笑)
単なるクソガキなのか。それとも...。
小学生の男の子ですが饒舌な賢。なかなかです(笑)
気温の変化が大きいですね。
春の暖かさに慣れていた所に寒の戻りです。
やはり身体がついていくのが大変です(笑)
今日は日曜日。素敵なお休みをお過ごし下さいね^^
コメント有難うございました^^
おはようございます^^
賢と司の関係...。う~ん。どうでしょう(笑)
単なるクソガキなのか。それとも...。
小学生の男の子ですが饒舌な賢。なかなかです(笑)
気温の変化が大きいですね。
春の暖かさに慣れていた所に寒の戻りです。
やはり身体がついていくのが大変です(笑)
今日は日曜日。素敵なお休みをお過ごし下さいね^^
コメント有難うございました^^
アカシア
2018.04.08 06:39 | 編集
