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2018
03.27

残照 1

Category: 残照(完)
北陸の地から日本海に突き出た能登半島の春はまだ先という頃、一組の男女が乗ったタクシーが奥能登の海に面したひなびた旅館の前に到着した。

降りて来たのは中年よりも年を重ねた男女。
二人は冬のコートを着ていたが、今の能登の寒さには丁度いいはずだ。そして荷物は男が手にしたボストンバックひとつといった少なさだった。

ガラガラと引く扉が開かれれば、その音を訊き付け奥から出て来たのは、年配の男でこの宿の主人。いらっしゃいませと声をかけたが到着した客に目を見張った。

殺風景な玄関に佇む男は背が高く誰もが目を奪われるほど目鼻立ちがはっきりとして、まるで往年の映画俳優のようなオーラが感じられた。もしかすると、近くで映画のロケでもしているのではと思うほど整った顔立ちをしていたが、髪には所々銀色に光るものが見えた。
そして隣に立つ女の方は男より随分と背が低いが、見た所同じ年頃で大きな黒目が印象的な優しそうな顔立ちをしていた。

そんな二人は、どう見ても田舎のひなびた旅館に泊まるような人間には見えなかった。
何故ならひと目見て上等な身なりをしていることが分るからだ。
そして二人の身なりもだが、それとなく感じられる雰囲気といったものもあった。
それを品と言う言葉で表すなら、まさに男の方は堂々としていて風格といったものが感じられ、大企業の重役ではないかといった雰囲気があった。誰にも文句は言わせないといった意思の強さが感じられた。


今日の宿泊客は一組だけで、その一組は東京からの客だという。
そして予約台帳に住まいは東京都世田谷区だと書かれているが、宿の主人は確か世田谷という場所は金持ちが住む地域があったな、とテレビ番組か何かで見たような気がしたと思い出していた。

そんな客ならなおさらこんなひなびた旅館でなくとも中能登へ行けば、七尾湾に面した場所に立派な旅館が立ち並ぶ日本有数の温泉地がある。主人の前に立つ男女はどう考えてもそちらの方が似合う。それなのに何故?といった思いがあるが、旅館が客を選べるはずもなく、こんな古い旅館に来てくれただけでも、ありがたいというものだ。

予約は中村という名前で入っているが、果たしてそれが本当の名前なのか。
男女二人の関係を訊ねることもないのだが、年の頃からすれば夫婦と考えるのが普通だが、そうでもないことも考えられる。

もしかすると、二人は道ならぬ恋をしているのではないか。
そう思ってしまうのは、やはりどう考えてもこんな宿に泊まるような人間ではないと感じるからだ。だから人目を引くことのない、ひなびた宿に泊まることを選らばざるを得ない関係と思ってしまうのが、長年旅館を経営してきた人間の考えることだ。

だが二人がどんな関係だろうと主人には関係のない話しだ。
それでも、こういったひなびた宿で道ならぬ仲の二人が、思いを遂げるということもあり、主人はさりげなく二人の左手を見た。するとそれぞれの薬指に嵌められた指輪が目に止まり、夫婦かと少し安堵した思いで言った。

「どうぞ。お上がりになって下さい。寒かったことでしょう。さあさあどうぞ中へお入り下さい」

そう言われた男は靴を脱ぎ、低い上がり框に揃えて置かれているビニールで出来たスリッパを履いた。
そして連れの女に声をかけた。

「牧野。行こう」

主人は、ああ、自分の見立ては間違っていたかと思う。
長年の勘でだいたいのことは分かるのだが、女の名は「まきの」という名字なのだと自分の考えが外れたのだと思う。
そして男の名前はなんと言うのか知らないが恐らく中村というのは偽名のはずだ。
そうなるとやはりこの二人は道ならぬ恋の最中、つまり不倫旅行ということなのだろうか。
だがそんな主人の思いなど全く気にすることなく男は再び女に声をかけた。

「牧野。靴を脱いで」

そう言われた女は靴を脱ぐとスリッパを履いた。





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こちらのお話しは短編です。
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コメント
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dot 2018.03.27 07:14 | 編集
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dot 2018.03.27 12:59 | 編集
司*****E様
おはようございます^^
今度の短編は…。
偽名で宿泊?不倫旅行か?え?どうなんでしょうねぇ^^
どんなお話しが始まるのか。そして次でどこまで明かされるのか?
え?最近そんな話しばかりですか?
能登半島。石川県が舞台といえば「もうひとつの橋」がありますが、今回は短編です。
びっくりすることがあるのか?う~ん…。←最近こればかりで申し訳ないですが、短編ですから仰るとおり答えが分るのは早いです。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.03.27 23:02 | 編集
さ***ん様
「能登半島」!出だしがいいですよねぇ^^
阿久悠、三木たかしコンビの楽曲は胸にグッときます。
「津軽海峡冬景色」も大好きです。歌詞に情景が思い浮かびます。
そして今回のお話しは不倫要素がいっぱい!?
え?「天城越え」?
今回は二人とも生きているが、年は重ねている。
え?まさか!え?そんな!
アカシアの返事次第で心の準備ですか?
え~っと…。う~ん….。
徐々に解決するのかしないのか。
今は何ともです(笑)最近こればかりですね?
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.03.27 23:11 | 編集
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