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2018
03.20

雨の約束 5

『姉さん。最近日曜に電話しても全然出ないけど、どこか出かけてるのか?』

「え?うん…友達と会って食事したりしてるから」

『そっか。それで、最近身体の調子はどうなんだ?』

「うん。いいわよ?でもどうしてそんなこと聞くの?」

『いや。別に深い意味はないんだけどさ。なんか最近楽しそうだから何かいいことでもあったのかと思って』

弟の進が電話をかけて来たのは、月曜の夜だった。
結婚した弟とは滅多に会うことはないが、たった二人の姉弟だ。
かつては姉の方がどこか気の弱い弟の心配をしていたが、今では結婚と同時に家長としての自覚が芽生え、家族を養うため銀行員として真面目に働いている。そして時にひとり暮らしの姉が心配なのか電話をかけてくるが、今ではそんな弟が自慢だ。

『姉さん。例えばの話しだけど、もし好きな人が出来て恋がしたいって思ったらすればいいんだからね?』

「何?どうしたの急に?」

『いや。別にどうもしないけど、もしそうならそれでいいと思うからさ。俺どんな人が相手でも姉さんがよければ反対なんて絶対しないからさ』

弟の口ぶりは、まるで最近の姉の様子を知っているようだと思えた。
だが知るはずもないのだが、たった二人の身内となった今、姉の微かな変化を感じ取ることが出来るようになったのだろうか。
最後は陽気な声で、じゃあ姉さん身体に気を付けてと言って電話を切った。








6月に入り雨が降る日が多くなった。
二人が会う日曜はいつも雨だったが、その週の始まりの日曜も雨だった。
梅雨という季節は、梅雨寒と言う言葉があるように時に肌寒さを感じさせる日がある。
そんな日は暖房があってもいいと思えるが、エアコンのスイッチを入れるほどでもない。
それならと長年愛用しているファンヒーターのスイッチを入れた。

それは随分と長い間愛用している代物だが、実によく働いてくれる。
恐らく10年は使っているはずだ。
物を大切にする家庭で育ったことから、たとえ時代遅れになろうと、電気代がかかろうと、おいそれと処分することは出来ない。だから壊れない限り現役で、出かける前の身支度をする間、ちょっとした短い時間に対応してくれる使い勝手の良さが気に入っている。
それにどこにでも持ち運びができ便利だ。だから冬になれば浴室の脱衣所に持ち込むこともあった。

だがこのヒーターがどういった経緯で自分の手元にあるのか。
10年も前のつくしは、就職したばかりで、ヒーターを買う余裕は無かったはずだ。
それなら貰ったのかと考えるが、いったい誰からと考えるも思い出せなかった。




時計の針が11時を指す前、つくしは待ち合わせの場所に急いだ。
それは彼女が暮らすマンションから少し離れた場所にある公園の前。
いつもの通り黒のメルセデスが止り、その横に黒い傘をさした男が立っていた。
そしてつくしに笑顔を見せた。

車の中で待っていればと言ったことがあるが、それでも彼は外で傘をさし彼女を待つ。
それが彼の流儀ならそれでいいのだが、言われたことがあった。
黒い車に黒い服を着た男が乗っている車は怖いだろ?だから外に出て人待ち顔でいる方がいいんだと。

確かに彼は黒い服装が多かった。
だが彼の立場を考えれば外に出ていることは、安全上問題があるのではないかと思った。
それに彼のような男性が傘をさし立っていればひと目を引くはずだと思ったが、気にしなくていいと言われた。
それは、つくしには見えないが、どこかに警護の人間がいるという意味なのだろう。

そして最初に交わされる言葉は、

「よく降る雨だな」

「そうね」

そんな短い言葉を交わすことが二人の間の決まり事のようになったのは、いつの頃からだったのか。今では日曜に雨が降ることが当たり前のように感じられるようになっていた。

「今日は少し遠出をしようと思う。いいか?」

初めから決めていたかのように車が向かったのは北軽井沢。
行き先は道明寺家の別荘だと言われた。

東京を出た時は雨で暫く降り続いていたが、軽井沢の街を抜ける頃には止んだ。
そして国道146号線を北上するうちに太陽が顔を覗かせるようになった。
すると雨に洗われた木々の葉の一枚一枚が目に入るようになり、緑が迫るように感じられ、左手に見える茶色の浅間山とのコントラストが鮮やかに感じられた。やがて葉の間から漏れる光りが強くなり、道路にまだらな影を落とすようになった。
そして柔らかな風が吹けばプリズムのようにキラキラと反射する様子があった。


「もう少しで着く」

そう言われたが車は暫く走った。
別荘地として有名なこの場所は、道からは見えない場所に豪華な建物が立つ。
だが別荘地であるがゆえに、普段は住む人もおらず、人の気配もなく今は静な佇まいを見せている。何しろこの場所に人が戻るのは夏を迎えてからだ。

やがて幹線道路から脇道に入り、右手に高く長い塀が続く場所まで来ると、その先に見える大きな鋳鉄の門が自動で開くのが見えた。そして車は門を抜け、塀に囲まれた敷地内の道を進んで行くと、目の前には周囲に背の高いカラマツを配し、緑に囲まれるように二階建ての大きな洋館が立っていた。

カラマツは、秋になれば黄金色に紅葉してその葉を落し、一面が黄金を敷き詰めたようになり、楓とはまた別の紅葉する風景を楽しむことが出来るが、つくしはその風景を見たことがあるような気がした。

そしてカラマツの紅葉と言えば、北軽井沢だと誰かから訊いたことを思い出した。
だが北軽井沢に来た覚えはなく、それならテレビで黄金色に紅葉したカラマツを見たのだろうか。それとも雑誌か何かで目にしたのだろうか。秋の空を黄金色に染めるカラマツを。

やがて車は建物の正面で動きを止めた。そしてエンジンが切られると外へ出た。

「冬の間は誰もここに来ることはない。だからって管理が行き届いていないことはない」

それは管理人が定期的に窓を開け、風を通し手入れをしているという意味だと分かる。
そのとき、東京では訊く事のないピリリリッという鳥の鳴き声が聞えた。

「今のはエナガって鳥だ。14センチくらいの小さな鳥で綿を丸めたようなふわふわした毛で覆われてる。森の妖精って言われる鳥だ。北海道にいるヤツは真っ白で雪の妖精って言われてる。ここは野鳥が多いが窓辺にエサを置けば来ることもある。それにリスもいる」

そう言って建物の中に案内されたが、中は普段使われていないことを示すように、調度品には白い布が掛けられていたが、彼はひとつの部屋に入るとそれを一枚一枚剥がしていく。

「ここは俺が子供の頃、親父が建てたが本人は殆ど来たことはない。高校生の頃名義を俺に書き換えてからは俺が勝手に使っていたが静かでいい所だ。ひとりになりたい時はここによく来た。好きな女を連れて来たこともあったが彼女もここが気に入っていた。いつだったかエナガが可愛いって言うから、とっ捕まえて飼うかって言ったら野鳥を捕まえて飼うのは法律違反になるって怒られた。…あいつ堅苦しい女でそんなモンばれなきゃいいんだろって言ったがアンタが良くてもあたしは法律を破ってまで鳥を飼いたいと思わないからって怒ってたな」

問わずとも語られた過去の話し。
二人が付き合い始めてまだ間がないが、そういった話しが今までされたことは無かった。
好きな女を連れて来た。
彼女もここが気に入っていた。
その声が今まで訊いたことがないほど寂しそうで耳に残る。
そして何かひっかかる。

「けどあいつ、本当にその鳥のことが気に入ってた」

再び呟かれた声は懐かしそうだった。
つくしは、改めて思考の全てを整理することにした。
それは、以前から感じていたこの人を何年も前から知っていて、深く関わって来たという感覚。その感覚の正体は一体何なのか。

それは、部屋の入口に立つつくしに視線を向けることなく、呟かれるように言われた言葉。

『けどあいつ、本当にその鳥のことが気に入ってた』

そしてエナガという鳥の名前。
ピリリリッ。と鳴く鳥の声。
ねえ。バードウォッチングに行こうよと言った自分の声。
それに応えるように誰かの声が頭の中に響き渡った。

『そんなにバタバタ音立てると鳥は逃げちまうぞ?』



記憶を全て失った人の感覚というのは、どういったものなのだろう。
思い出すことの出来ない自分というのは辛いはずだ。
だが、閉ざされていた記憶の扉が音を立て開いたとき、人はどういった行動を取るのか。

突然甦ってきたあの日の光景。
この別荘に来たことがある。
あの時も彼はああやって掛けてあった白い布を剥がしていた。
それを一緒に手伝った。
そして二人で台所に立ち料理をした。
夜は二階の部屋の同じベッドに寝て、翌朝パンの欠片を窓辺に置き、窓を閉めエナガが来るのを二人で待った。
鳴き声が可愛らしくて、その姿を近くで見たいと思った。

二人?

誰と?

それは今目の前にいる男だ。




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コメント
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dot 2018.03.20 07:33 | 編集
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dot 2018.03.20 09:08 | 編集
み**き様
おはようございます^^
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
え~(笑)こちらのお話しがご期待に添えるようなお話しになっていればいいのですが、短編ですので間もなく終わります。
北軽井沢の司の別荘へいったふたり。
続きは明日です。
拍手コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.03.20 22:37 | 編集
司*****E様
おはようございます^^
記憶を取り戻したつくし。
彼女は今33歳です。
そしてふたりの間に何があったのか?
続きは明日です。
多くを語れない短編(笑)いつものことですね?(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.03.20 22:41 | 編集
さ***ん様
え?
だから。
待てませーん!(≧◇≦)
心の準備は出来たっ!(笑)
OKですか?OKなんですね?
では明日。お読み頂ければと思います。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.03.20 22:48 | 編集
このコメントは管理人のみ閲覧できます
dot 2018.03.20 23:35 | 編集
L**A(坊*****)様
え~。こちらのお話し。疑問だらけの始まりですよね?
桜子が秘書!丁寧すぎる坊ちゃんの言葉。
そして記憶を取り戻したつくし。
次回.....楽しんでいただけるかどうか.....。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.03.20 23:46 | 編集
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