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2018
03.19

雨の約束 4

「大丈夫ですか?」

そう声を掛けられ、いったい自分がどういった状況に置かれているのか確かめずにはいられなかった。
確か三条桜子にお茶を飲むように勧められ、香りのよいアールグレイの茶葉を楽しんだ。
だが頭がすっきりとしない。
いつもなら紅茶を飲めば気持ちが落ち着くが、今日はそうはならなかった。
何故か急に心地良い眠気が訪れ意識は薄れていった。そしてソファに横になり全身に肌触りのよい毛布が掛けられていることを知った。

ゆっくりと半身を起し、足を床に着け身体に掛けられていた毛布を取り畳んだが、アームチェアに座る男の背後に見える窓の外の景色は、既に日が落ち、ライトアップされた庭が見えた。漆黒の闇の中に浮かぶのは桜の木。いったい自分はどれくらいこの場所で眠っていたのか。腕時計を見たが針は止まっていた。

「あの。すみません。今何時でしょうか?」

その時、風が吹き白い花がはらはらと舞う様子が見えた。
雪のように降る桜の花びらは、地面に落ちた途端、消えてなくなることはないが、その風景は積もれば雪のように見えるのではないかと感じた。

「今ですか?午後9時ですね。あなたが気持ちよさそうに眠っていたので起こすことは躊躇われました。ですから目覚めるまでそっとしておこうと思いましてね」

そう言われ戸惑った。
なぜならその言葉は、寝顔をずっと見つめられていたということを意味するからだ。
出会ったばかりの全く知らない人間に寝顔を見つめられるのは正直気味が悪い。
そして突然言われた言葉に返す言葉が見つからなかった。

「牧野さん。私と付き合ってくれませんか?」

その言葉は聞き間違いではないか。
冗談ではないか。そう思った。
何故なら道明寺司という人物が、大勢の女性が思いを寄せる名の知れた人物であることは知っている。
そんな人物が今日会ったばかりの女性に対しそんなことを言うことが信じられないからだ。
それに彼とつくしとでは立場が違い過ぎる。そして出会ったばかりの人間からの言葉にしては、いきなり過ぎる。
だが彼はそんなことなど全く気にしないように言葉を継いだ。

「あなたは先ほど三条の質問にこう答えた。付き合っている男性はいないと。それなら私とお付き合いして下さい。誰かと付き合おうという気にならなかったとおっしゃいましたが、今は違う。そうじゃないですか?私のことが気になるはずだ。だから私と付き合って下さい。ここでこうして会ったのが運命だとすれば、私はこの奇跡のようなこの出会いを逃したくはない」

つくしの戸惑いをよそに、男は真面目な顔で、その目は彼女をしっかりと捉えていた。
そしてその漆黒の瞳に囚われたと感じていた。

だが相手が真面目ならつくしも真顔で口を開いた。

「あの。私は誰かと付き合おうといった気になれなかったと言いましたが、今もそうなんです。誰かと付き合おうという気にはなれないんです」

同じ言葉の繰り返しになったが、そうとしか言えなかった。
たが返事は今すぐとは言わない。だから考えて欲しいと言われ、その日は三条桜子に見送られ男の車で自宅まで送られた。そして「おやすみなさい」と低い声で言われ、同じ言葉を返した自分がいた。


そして日曜日に会って以来度々会社に電話がかかってくるようになった。
だが何故か嫌な気はしなかった。電話を切ればあの日のことを思い出し、顔や声。静かに漂うオーラといったものが感じられ、まるで目の前に本人がいるように感じられた。
大した会話を交わしてもいない。ただ声だけでそんなことを思う。
それは何故ともなく気になるということであり、彼に惹かれている自分がいた。
だから携帯電話の番号を彼に教えた。

そんなある日、携帯電話に初めてかかってきた声の向うに微かな沈黙が感じられたとき、彼が聞いた。

『明日は何か予定はありますか?』

「明日ですか?」

『ええ。明日です。日曜日。牧野さんは何か予定がありますか?』

「いいえ。ありません」

つくしは即座に答えていた。








日曜日。午前11時。雨が降っていた。
迎えに来たのは、本人が運転する黒のメルセデス。
軽い挨拶のあと食事をしようと連れて行かれたのは、ホテルメープルのメインダイニングであるフレンチレストラン。休日の昼間ということもあり、8割がた埋まっていた。


「あなたのことを教えてくれないか?」

「…..私のことですか?」

「ああ。あなたのことを教えて欲しい。あなたのことを知りたい」

だが私のことを話して欲しいと言われても、何を話せばいいのか。
そして付き合って欲しいと言われたが、なぜ私のような人間と付き合いたいと思うのか。
なぜ道明寺司のような人物が自分に興味を抱くのか。
わからない。わからなかった。この人の真意が。
だがそんな私の思考を読んだのか。真摯な声で言った。

「ひと目ぼれだ。だから私の気持を素直に受け取って欲しい。それにあなたは気持ちがきれいで我慢強い人だ」

そう言われたつくしは、自分のことを話し始めた。
付き合うならどうしても知っておいて欲しいことがあると。
そのことを理解してくれるなら、という条件を付けた。

家族は両親と弟の4人家族だったこと。だったと過去形で語られたのは、両親は既に亡くなり今は弟と二人になっているからだ。だがその弟も2年前に結婚したこと。
平凡で特段変わったことのない人生を歩んできたこと。

だが27歳のとき交通事故に遭い生死の境を彷徨ったこと。
そしてその時の記憶が全く無く、なぜ交通事故に遭ったのか分からないこと。
無理矢理思い出そうとすると動悸が激しくなり全身が震え出すこと。頭の芯がズキズキと痛み、吐き気がすること。
だからその時のことは思い出さないようにしていること。
その事故に関係することは家族の誰も話さない、話さなかったこと。今ではあの日の出来事は封印され思い出すことはないこと。だが自分では完全に立ち直っていると思うが、それでも何故自分が瀕死の重傷を負うような事故に遭ったのか考えると哀しみが押し寄せ、息が止まりそうになることがあること。
そんなこともあり、あの日以来誰かと付き合おうといった気にはなれずにいた。 
彼はそんな話しをただ黙って訊いていた。





そしてあれから一ケ月。
緑が街を包み、新芽の匂いが感じられる頃二人は付き合い始めた。
それは毎週日曜日の午前11時に彼が迎えに来るといった約束から始まったが、この約束だけはどんなことをしても守るからと言われた。だから日曜日は予定を入れないで欲しいと言われた。

そして普段は忙しい彼に遠慮して電話をすることはなかった。だからメールを送り合うことで二人の気持を確かめることをした。
ひと目ぼれだと言われたが、いつの間にかつくしも好きになっていた。
どんどん気持ちが彼に惹かれていくのが分かった。
初めて会った時は感じられなかった相手に対する愛しさといったものが溢れてくるようになった。
しかし、すぐに平凡で単調な生活を送る女に退屈するだろうと思っていた。ある日、一方的な別れのメールといったものが送られてくるのではないかと思っていた。

そして会う約束の日曜の前日、不意に声が訊きたいと思い自分から初めて電話をした。しかし、何度呼び出し音を鳴らしても相手は出なかった。それを翌日会ったとき告げたが、すまない電話の傍にいなかったと言った。
そしてそれが特段不思議だとは思わなかった。
相手は忙しい人なのだから仕方がないと思った。

毎週日曜にデートをする。
過去の経験からそういったことは無かった。
そしてこんなに人を好きになるという気持は初めてだ。
つくしよりひとつ年上の男性は、都会的で洗練されているが、時に少年のような清々しい笑みを浮かべることがある。
そして知り合ってまだ間もないというのに、何年も前から彼を知っていて、深く関わってきた人のように感じる。その感覚がどこから来るものなのか分からなかったが、それを運命というならそうなのだろう。

そして、そんな彼に連れられ毎週のように色々な場所に連れて行かれた。
可愛らしい内装の喫茶店では、これ美味いからと言われパフェを食べた。
学生が多くたむろするゲームセンターでは、彼がパンチングマシーンを叩き壊した。
マルゲリータピザが絶品だというイタリアンレストランで熱いピザを頬張った。
まるで少年少女のように過ごすことが懐かしいと感じた。だが何故自分がそう感じるのか分からなかった。





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コメント
このコメントは管理人のみ閲覧できます
dot 2018.03.19 06:26 | 編集
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dot 2018.03.19 08:51 | 編集
司*****E様
おはようございます^^
え~っと、疑問は色々と生じていると思いますが、もう少しだけお付き合い下さいませ(笑)
そうです。謎は少しずつ解明されているはずなのですが...
こちらのお話し。既に書き上がっています。
毎回このようなお返事になりますが、結末はすぐそこにあります^^
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.03.19 22:00 | 編集
さ***ん様
え?
ちょっと待って?
待ちません!(笑)
こちらのお話しは既に書き上がっているんです!
え~。結末はすぐそこなんです。
え?胸騒ぎ?
救心飲みながら?
もうすぐですから(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.03.19 22:06 | 編集
ふ******マ様
こんばんは^^
ミステリー...。
色々なことが引っ掛かる。
そうですねぇ。う~ん(笑)
疑問符が沢山ですねぇ。
こちら短編ですからもうすぐ終わりますので、もう少しだけお付き合い下さい。
拍手コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.03.19 22:11 | 編集
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