つくしが三条桜子の家を訪ねたのは、あれから半月ほど経った雨の日曜日だった。
介抱してもらったお礼がしたいので、次の日曜日遊びにいらっしゃいませんか。と言われたが、たまたま近くにいたのが自分だっただけで、つくしでなくても他の誰かでも同じことをしたはずだ。だから家まで訪ねて行く理由もなく丁寧に断った。
だがその女性の家を訪れたのは理由がある。
決して熱心な誘いに根負けしたのではない。
何をどう調べたのか知らないが、彼女は名前を名乗っただけの私の勤務先を知っていた。
そして電話をかけてくると、あの日のお礼がしたいのでぜひ遊びにいらっしゃって下さい、と言って私は決して怪しい者ではありませんと言った。そして今日の日を迎えた。
確かに三条桜子という人物は怪しい人物ではないはずだ。
だがそれが、渡された名刺の通りの人物ならの話だ。
あの時手渡された名刺は、三条桜子が道明寺HD副社長 道明寺司の秘書であるということを表していたからだ。
小さな商社に勤めるつくしは、道明寺という会社がどれほどの規模であるか知っている。
道明寺HDと言えば財閥系の名の知れた企業であることはもちろん、世界的な企業でもあり知らない人間はいない。そして三条桜子が本当に道明寺司の秘書なら、彼女に近づきたいという人間は多いはずだ。何しろ道明寺司に近づくなら秘書を攻落するのが一番の近道だと言われるからだ。
しかしそう簡単に近づくことは出来ないのが実情であり、そんな相手が向うから是非会いたいと言ってくることを不思議だと思うのがつくしだ。だが社会的信用といったものに重きを置くのが人間だ。道明寺といった名前がこの日本でどれほどの力を持つか。つくしとて理解している。
そして、三条桜子が秘書として仕えている道明寺司という人物は、若い独身女性なら誰もが憧れる男。
ゴージャスな佇まいとセクシーさ。
威厳と華やかさといったものを感じさせる男。
特徴のある黒髪に長身の男は経済界の有力者で政界にも顔が利き、国内のみならず海外の有力政治家とも親交があり、経済誌から女性週刊誌まで幅広く彼のことを載せ、そんな男に近づきたいと願う女性は多く、実際彼の気を惹くためならどんなことでもすると訊く。
けれど、つくしは彼らと積極的に親しくなりたいという訳でもない。
それなら何故断ることが出来なかったのか。
それは三条桜子からお迎えに参りますからと言われ、自宅マンションの前に迎えの車が来たからだ。
「牧野さん。ようこそ。来て下さるのを楽しみにしていたのよ?」
連れて来られたのは、都内でも有数の高級住宅街にある大きな洋館。
延々と続く石造りの塀は、選ばれた人間だけが住むことが出来る場所。塀の内側にあるのは、木立に囲まれた広い庭。どこかに沈丁花が植えられているのだろう。さわやかな甘い香りが漂っていた。
そして、大理石の玄関とそこに飾られた胡蝶蘭の鉢は美しい花を咲かせていた。
そんな普通の家とはかけ離れた建物に驚いた様子のつくしに彼女は説明した。
「驚いた?私の家は元華族なの。だから先祖から受け継いだこの地に邸があるの。でも驚かないで。私は働かなくてはならないごく普通の暮らしをしている会社員よ。華族といっても今は名前だけよ。それにこの邸はただ広いだけで冬はとっても寒いの」
そう言った三条桜子は、柔らかい雰囲気と共に悪戯っぽい微笑みを浮かべているが、その笑顔は自然に作られたものだと感じられ、つくしは自分の中で緊張が解けるのが感じられた。
そして桜子は、広い応接間へと彼女を通した。
「牧野さん。どうぞお掛けになって。今日はあなたに飲んで頂きたいと思ってとっておきの紅茶を用意したの」
座るように言われ、柔らかな革張りソファに腰を降ろしたが、お茶をお持ちするわ、と言い残し三条桜子が部屋を出て行くと、つくしは広い部屋の中でひとりになった。
そして暫くじっと座っていたが、募る好奇心に逆らえず、立ち上がると部屋の中を見回した。
そこは応接間だが、一般家庭での応接間とは比べものにならないほど広く、軽く三十畳ほどありそうだ。そんな部屋の中をゆっくりと見て回ったが、カーテンも壁も色合いは柔らかなパステルグリーン。壁に掛かった何枚かの絵は、イギリス人の有名画家が描いた穏やかな田園風景の絵。
そして、壁には暖炉があり、燃やされた薪と思われる残りがあった。マントルピースの上には金色の縁取りがされた漆黒のライターが置いてあり、思わず手に取ったが、側面にはイニシャルらしきものが刻まれていた。
応接セットの他にあるのは、部屋の片隅にある洋酒が揃えられたキャビネットだが、そこはホームバーのような設えでカウンターもあった。
だがここは、広すぎて家庭的な雰囲気といったものが全く感じられないと思っていた。
それは、この部屋だけではなく、この立派な洋館自体がどこか現実とは思えない雰囲気があるからなのかもしれない。
だがこの場に相応しい人物は、やはり三条桜子のような雰囲気のある女性だと感じていた。
それにしても、ただ具合の悪くなった彼女に手を貸しただけで、家に招く、歓待しようとする理由は何なのか。それに見ず知らずの人間を家に呼ぶことを怖いとは思わないのだろうか。
だが自分で言うのも可笑しいかもしれないが、私は生真面目なところがある、どこにでもいる平凡な女だ。そんな女の勤務先も自宅も知っているなら、他の事も知っているはずだ。
それは調べられたということだが、何故そこまでする必要があるのか。
その時、扉が開き三条桜子がトレイを手に戻って来た。

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介抱してもらったお礼がしたいので、次の日曜日遊びにいらっしゃいませんか。と言われたが、たまたま近くにいたのが自分だっただけで、つくしでなくても他の誰かでも同じことをしたはずだ。だから家まで訪ねて行く理由もなく丁寧に断った。
だがその女性の家を訪れたのは理由がある。
決して熱心な誘いに根負けしたのではない。
何をどう調べたのか知らないが、彼女は名前を名乗っただけの私の勤務先を知っていた。
そして電話をかけてくると、あの日のお礼がしたいのでぜひ遊びにいらっしゃって下さい、と言って私は決して怪しい者ではありませんと言った。そして今日の日を迎えた。
確かに三条桜子という人物は怪しい人物ではないはずだ。
だがそれが、渡された名刺の通りの人物ならの話だ。
あの時手渡された名刺は、三条桜子が道明寺HD副社長 道明寺司の秘書であるということを表していたからだ。
小さな商社に勤めるつくしは、道明寺という会社がどれほどの規模であるか知っている。
道明寺HDと言えば財閥系の名の知れた企業であることはもちろん、世界的な企業でもあり知らない人間はいない。そして三条桜子が本当に道明寺司の秘書なら、彼女に近づきたいという人間は多いはずだ。何しろ道明寺司に近づくなら秘書を攻落するのが一番の近道だと言われるからだ。
しかしそう簡単に近づくことは出来ないのが実情であり、そんな相手が向うから是非会いたいと言ってくることを不思議だと思うのがつくしだ。だが社会的信用といったものに重きを置くのが人間だ。道明寺といった名前がこの日本でどれほどの力を持つか。つくしとて理解している。
そして、三条桜子が秘書として仕えている道明寺司という人物は、若い独身女性なら誰もが憧れる男。
ゴージャスな佇まいとセクシーさ。
威厳と華やかさといったものを感じさせる男。
特徴のある黒髪に長身の男は経済界の有力者で政界にも顔が利き、国内のみならず海外の有力政治家とも親交があり、経済誌から女性週刊誌まで幅広く彼のことを載せ、そんな男に近づきたいと願う女性は多く、実際彼の気を惹くためならどんなことでもすると訊く。
けれど、つくしは彼らと積極的に親しくなりたいという訳でもない。
それなら何故断ることが出来なかったのか。
それは三条桜子からお迎えに参りますからと言われ、自宅マンションの前に迎えの車が来たからだ。
「牧野さん。ようこそ。来て下さるのを楽しみにしていたのよ?」
連れて来られたのは、都内でも有数の高級住宅街にある大きな洋館。
延々と続く石造りの塀は、選ばれた人間だけが住むことが出来る場所。塀の内側にあるのは、木立に囲まれた広い庭。どこかに沈丁花が植えられているのだろう。さわやかな甘い香りが漂っていた。
そして、大理石の玄関とそこに飾られた胡蝶蘭の鉢は美しい花を咲かせていた。
そんな普通の家とはかけ離れた建物に驚いた様子のつくしに彼女は説明した。
「驚いた?私の家は元華族なの。だから先祖から受け継いだこの地に邸があるの。でも驚かないで。私は働かなくてはならないごく普通の暮らしをしている会社員よ。華族といっても今は名前だけよ。それにこの邸はただ広いだけで冬はとっても寒いの」
そう言った三条桜子は、柔らかい雰囲気と共に悪戯っぽい微笑みを浮かべているが、その笑顔は自然に作られたものだと感じられ、つくしは自分の中で緊張が解けるのが感じられた。
そして桜子は、広い応接間へと彼女を通した。
「牧野さん。どうぞお掛けになって。今日はあなたに飲んで頂きたいと思ってとっておきの紅茶を用意したの」
座るように言われ、柔らかな革張りソファに腰を降ろしたが、お茶をお持ちするわ、と言い残し三条桜子が部屋を出て行くと、つくしは広い部屋の中でひとりになった。
そして暫くじっと座っていたが、募る好奇心に逆らえず、立ち上がると部屋の中を見回した。
そこは応接間だが、一般家庭での応接間とは比べものにならないほど広く、軽く三十畳ほどありそうだ。そんな部屋の中をゆっくりと見て回ったが、カーテンも壁も色合いは柔らかなパステルグリーン。壁に掛かった何枚かの絵は、イギリス人の有名画家が描いた穏やかな田園風景の絵。
そして、壁には暖炉があり、燃やされた薪と思われる残りがあった。マントルピースの上には金色の縁取りがされた漆黒のライターが置いてあり、思わず手に取ったが、側面にはイニシャルらしきものが刻まれていた。
応接セットの他にあるのは、部屋の片隅にある洋酒が揃えられたキャビネットだが、そこはホームバーのような設えでカウンターもあった。
だがここは、広すぎて家庭的な雰囲気といったものが全く感じられないと思っていた。
それは、この部屋だけではなく、この立派な洋館自体がどこか現実とは思えない雰囲気があるからなのかもしれない。
だがこの場に相応しい人物は、やはり三条桜子のような雰囲気のある女性だと感じていた。
それにしても、ただ具合の悪くなった彼女に手を貸しただけで、家に招く、歓待しようとする理由は何なのか。それに見ず知らずの人間を家に呼ぶことを怖いとは思わないのだろうか。
だが自分で言うのも可笑しいかもしれないが、私は生真面目なところがある、どこにでもいる平凡な女だ。そんな女の勤務先も自宅も知っているなら、他の事も知っているはずだ。
それは調べられたということだが、何故そこまでする必要があるのか。
その時、扉が開き三条桜子がトレイを手に戻って来た。

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コメント
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司*****E様
おはようございます^^
え~(笑)また色々と疑問だらけのお話しでしょうか?(笑)
こちらのお話しの方向性は....
花男で雨と言えば、あの別れの場面。そうですよね~。
そうです。こちら短編ですからすぐ終わります。
「時の轍」のように毎回少しずつ色々なことが明らかとなるでしょうか。
コメント有難うございました^^
おはようございます^^
え~(笑)また色々と疑問だらけのお話しでしょうか?(笑)
こちらのお話しの方向性は....
花男で雨と言えば、あの別れの場面。そうですよね~。
そうです。こちら短編ですからすぐ終わります。
「時の轍」のように毎回少しずつ色々なことが明らかとなるでしょうか。
コメント有難うございました^^
アカシア
2018.03.17 21:32 | 編集
