2018
03.10

縁 ~時の轍 番外編~

Category: 時の轍(完)
<縁(えにし)>
西田秘書視点のお話しをとリクエストを頂きました。
よろしければお読み下さいませ。
************************







瞼を閉じた時、浮かぶ風景はいったい何なのか。
見えない糸で結ばれた人と結ばれることを願った男は何を考えているのか。
ごくありふれた日常の風景の中に見える景色に何を思うのか。
そんなことを考えていた男は、隣に座る男の言葉に思考を止めた。

「西田。時間に遅れるようだが先方には断りを入れたか?」

「はい。目的地まで恐らくあと1時間は掛かるのではないでしょうか」

「そうか」

ただそれだけ言った男は再び静かに目を閉じた。






首都高は事故渋滞で酷く混み、普段なら30分で到着できる場所へも、まだ半分の距離も進んでいなかった。だが事故が起きたからといって一度乗った道路からは、降りることも引き返すことも出来ない。それは西田が仕える人間の人生と同じ。一度乗った人生のレールから降りることが許されない人物が道明寺司という人間だ。

西田が道明寺司の秘書になったのは、司がまだ20代の頃。
それから35年の歳月が流れたが、まだ彼の秘書を務めていた。

道明寺司は日本人離れした容姿を持ち、大勢の女を惹き付ける。
だが彼は女に興味がない。いや。興味がないと言えば語弊がある。
ただ彼の周りに集まってくる女に興味がないだけで、決して男としての機能が問題でもなければ、同性愛者でもない。
それは、ひとりの女性以外欲しくないというだけの話であり、その女性以外必要ないということだ。

彼がひとつ年下の牧野つくしと知り合ったのは、二人が同じ学園に通う高校生の頃。
男が彼女を見初め恋をした。だが始まりは、それが恋だと気付かなかった。
しかし男は自分が恋をしていることに気付くと、それまで生きてきた人生の全てをかけ、彼女に永遠の愛を誓うと言ったが、その言葉に誰もが驚いた。
何しろ男は彼女に出会うまで、まともに他人と口を利くことをしない人間だったからだ。
つまり学園の支配者と呼ばれた男は、勝手気ままに時を過ごし、自己表現は暴力だったということだ。

若い二人の交際は、男がNYの大学を卒業し2年ほど続いた。
だがある日、暗い顔をした男が現れ、それから暫くして二人が別れたことを知った。

西田は牧野つくしを知っている。
黒い髪に大きな真っ黒な瞳。それは確固たる意思を示すためいつも輝いていた。
真面目で曲がったことが嫌い。
人としての道理をわきまえ生きることが彼女の生き方。
だから男に結婚の話が出ると、男の傍を離れた。
それは彼を思っての行動であり、本当は離れたくはなかったはずだ。
何しろ、二人は深く愛し合っていたのだから。

それから男は人前では笑わなくなった。
唇の端をほんの少し曲げることすらなく、一切の表情を失った。
笑わない男と呼ばれ、虚しさだけを身体に纏った男は、未来を夢見る感情を捨てビジネスだけに集中していた。
そのおかげで一時傾いていた会社は持ち直し、それからは、何の問題もなく会社は成長を遂げた。

そして、どれだけ月日が流れても、男は彼女だけを求めていた。
時に嬉しいことがあったのか。不自然な表情になることがあったが、それは長い間笑うことのなかった男が、笑いの表情の作り方を忘れてしまったための顔だったのかもしれない。
そしてある日こんな言葉を言われた。

「人を愛する気持ちを止めることが出来るか」

その時何と答えたか覚えていないが、男が放った言葉だけは頭の中に残っている。

「自分の気持を全うすることが悪いことか?」

あの時、男の視線は私を見てはいなかった。
その視線は窓の外に広がる景色に向けられていた。そしてそれは、自分の元を去った女が暮らす街へと向けられていると感じた。

そんな男の手にごくありふれた封筒が握られていることがあった。
それは彼女からの手紙。
差出人の名前は西野つくし。
かつて男と付き合っていた女は、幼い子供のいる男性と結婚していた。
だがいつの頃からか、二人は時間を割き会うようになっていた。

封筒から手紙を取り出したとき、男の動きが止ったことがあった。
そこに何が書かれていたのか。
これまでの経験から知っていた。
『ごめんなさい。会えません』
言葉が違ったとしても、似た様な文言が使われていたはずだ。

今までも何度かあった彼女からの断りの手紙。
夫と子供がいる女と会うことは、男にとって簡単とは言えなかった。
そしていつだったか、車の中から彼女を見かけたことがあった。幼い女の子の手をひいて歩く姿は、紛れもなく母親であり、女の子は目を輝かせ母親を見ていた。
それを見た男は、表情のない顔をしていたが、苦しかったに違いない。

だが他の男の妻となった女も、別れた男のことが好きだった。
そして男もまた同じ気持ちを持ち続けていた。
だが二人の人生は同じ時を歩むことが出来なかった。
二人が苦しんでいるのは、傍目にも分かった。二人は決して口には出さなかったとしても、互いに苦しみ、喘いでいるのを知っていた。それでも私はいつか二人が一緒になれると思っていた。
愛し合う二人が結ばれるのは時間の問題だけだと思っていた。

しかし彼女の人生はある日突然終わった。
私がそれを告げたとき、男の視界が滲んだのを見た。
だが涙を溢れさすことはなかった。

ただ黙ってその話しを聞いた男は、出て行ってくれ。暫くひとりにしてくれ。電話も繋ぐな。とだけ言うと、背中を向けた。
その時、男の胸の中にどんな思いが広がっていたのか。運ばれてきたばかりのコーヒーがあったが、飲まれることはなかった。


そして私は西野つくしの葬儀へ参列し、男に報告を済ませた。
男が参列することが許されない愛しい人の葬儀。
もし道明寺司が参列すれば、どういった関係かと問われることは間違いない。
そして、遠い昔二人が1年にも満たない間だったが、恋人同士だったことを暴かれることになるかもしれない。そうすると残された家族に迷惑がかかる。
牧野つくしがお腹を痛め産んだ子ではないが、深い愛情を与え育てた子供に迷惑がかかる。
そのことを慮った男は葬儀に参列することはなかった。

だから遠く離れた場所に車を止め、魂だけを見送る鎮魂の時間があった。
亡くなった夫が医者だった女の葬儀は、立派なもので、息子と娘が選んだ遺影は若々しかった。
そこへ道明寺司の名前ではなく、西田の名で持参した香典袋の中には、金額とは別の想いというものが込められていた。

私は焼香を終えたとき、西野つくしの遺影に言った。

「牧野様。司様はすぐそこまでいらっしゃっています。どうぞ安らかにお眠りださい。いつか司様がそちらへ向かわれる時がきます。その時は思いを受け止めてあげて下さい」

そして車に戻り葬儀の報告をしたが、じっと前を向き、虚空を見つめる男は、何を考えていたのか。何も言葉はなかった。だが横顔には、彼女に対して消えない思いを宿しているのが感じられ、もしかすると後を追うのではないかといった気がした。
しかし乾いた頬を涙が流れることはなく、ただ、一瞬だけ唇が大きく歪んだのが見て取れた。
それは、牧野様の遺影はにこやかに笑っていたと報告した時だった。

そしてその時、放たれた言葉は、
「そうか」
の低く静かなひと言だったが、万感胸に迫るものがあった。

私はあの日を思い出すたび思う。
葬儀場の近くまで足を運びながら、最後の別れを告げることが出来なかった男の気持を。
恐らくあの日、心の中で愛しい人の魂を送りながら呟いたはずだ。
短い別れだ。すぐに会いに行くからと。






「西田。こんないい天気の日。父は今どこにいると思う?」

西田はその声に、隣に座る男が、司の甥の道明寺悠であることを失念していたことに気付いた。何しろ二人はよく似ていて長年仕えた男と混同していた。

「司様は牧野様とご一緒のはずです。永遠の恋人と一緒に過ごされているはずです」

「そうか。父は・・つくしさんとは永遠の恋人か」

感慨深げに話す道明寺悠は、父であり叔父である男の望みを叶えた。
西野つくしの葬儀から5年後、最愛の人の誕生日に急死した道明寺司は、つい先日念願だった彼女の骨と共に永遠の眠りについた。

「あの二人は今頃満開の桜の下で笑っていらっしゃるはずです」

私は男が倒れたとき、連絡を受けすぐに駆け付けたが間に合わなかった。
恐らくだが、彼が最後に目にした光景は、瞼の裏に浮かんだ桜の景色だと確信している。
何故なら、司が大切にしていたセントラルパークで二人が手を繋いだ写真を撮ったのは西田だからだ。

「そうだな。やっと二人は一緒になれたんだ。手に手をとって花を見上げているはずだ。それにしても彼女、勝手に骨を持ち出して大丈夫だったのか?家族は驚いているはずだ」

そして道明寺悠が気にしている女性が、西野つくしとなった牧野つくしが育てた西野周子であることに少し驚いた。
それはまるであの二人が悠と周子の縁を結ぼうとしているように思えたからだ。
自分達は結ばれなかったが、二人に縁のある者が結ばれることを望んでいる。
もしかするとあの世から二人に呼び掛けているのかもしれない。

「お前たちお似合いだ。とっととくっついちまえ」

西田にはそう言って語り掛ける少年だった頃の司の姿が見えた。







どんな人間にでも縁(えにし)がある。
ただそれがどのような形で現れるのかは、人それぞれだ。
本来縁(えにし)とは、男と女の縁(えん)のことだが、私は道明寺司の秘書としての縁(えん)があった。だから彼の最後を見届ける義務があった。
それが秘書として長年仕えた人間の義務だ。

そして道明寺司と牧野つくしが、同じ墓に眠ることを見届けたことが、道明寺司という男の秘書として最後の仕事になった。

二人が同じ墓に入ったと連絡を受け、鎌倉の別荘を尋ねたとき、飾られていた遺影に満足げな笑みが浮かんだように見えたのが気のせいだとしても、光りが射したような気がしていた。
そして声が聞こえた。

「西田。お前言ったよな?いつか必ず逢えるってな。今俺はあいつと一緒にいるから心配するな」

かつて我儘だった少年はひとりの少女を愛し、その愛に殉じたが、今の二人が幸せなら、未来永劫その幸せが続くように祈ることが私の人生の勤めだ。
そして次に二人に与えられる運命が、彼らにとって良いものであることを願う。
ただ一人の人のためだけに生きた二人なのだから。





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コメント
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dot 2018.03.10 08:17 | 編集
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dot 2018.03.10 09:56 | 編集
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dot 2018.03.10 13:10 | 編集
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dot 2018.03.10 13:26 | 編集
委*長様
いえいえ。どういたしまして^^
このようなお話しになりましたが、お気に召していただき恐縮しております。
本当に西田秘書にとっては、我が子か年の離れた弟かといった思いだったでしょうねぇ。
それにしても二人を見送った男は、まだ長生きしそうな気がします(笑)
何しろ西田。サイボーグですものね?(笑)
え?読み返し?有難うございます!(≧▽≦)

アカシアdot 2018.03.11 20:01 | 編集
ふ*******マ様
西田秘書。長い間二人を見守っていました。
司は口には出さずとも、感謝はしていた。
そうでしょうねぇ・・。
そして寡黙な西田秘書も、つくしが亡くなったことを伝える時は辛かったことでしょう。
今年の桜は二人の上にどんな花を咲かせてくれるのか。
きっと美しい花を咲かせてくれるはずです。
拍手コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.03.11 20:07 | 編集
司*****E様
おはようございます^^
つくしが亡くなって5年後に旅立った司。その5年間を知る西田秘書。
どんな想いでいたのでしょうねぇ。
生きる気力がなかったかもしれませんね。
「秋日の午後」では1年でお迎えが来て喜んで旅立ちましたが、今回は夫婦ではなかったのでお迎えに来ませんでした。
それに西野家のお墓にいましたから、遠慮があったのかもしれませんね?
そして西田秘書は、司とつくしが同じお墓に入れたのを見届けたのが最後の仕事。
それでも甥であり、息子である悠の傍にいる男は、司によく似た風貌の男が心配なのかもしれませんね。
え?(笑)悠と周子が恋に落ちる話しですか?(笑)
そうなるとスピンオフだらけになりそうです(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.03.11 20:19 | 編集
s**p様
司とつくしがやっと一緒になれたことを、誰よりも喜んでいるのが西田秘書。
そうですよね~。え?でもホッとしている場合ではない?
悠と周子をくっつける準備をしなければ?
西田秘書。もういいお年ですからねぇ(笑)大丈夫でしょうか?
拍手コメント有難うございました^^

アカシアdot 2018.03.11 20:23 | 編集
か**り様
鼻の奥が痛くなった!(≧▽≦)
それは花粉症のせいですよ(笑)
はい。こちらのお話し、司とつくしの会話はありません。
息子と娘の会話から成り立っているお話しです。
西田秘書。今いったいお幾つなんでしょうね?
役員待遇でお仕事をされているかもしれませんね?
弟想いの姉椿さん。確かに彼女も悲しんでいることでしょうねぇ・・・。
切ないお話しとなりましたが、終わりました。
今度は明るく行きたいものです(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.03.11 20:26 | 編集
あ**り様
こんにちは^^
>切なすぎて涙が・・。
二人は現世では結ばれることはありませんでしたが、来世では必ずや思いを遂げることでしょう。
そうですねぇ。つくしの義理の子供、周子さんが独り立ちしてから司と共に生きることも出来た。
しかし、出来なかったふたり。
このような結末となりましたが、気に入って下さり大変嬉しいです。
悠と周子のこの先の関係(笑)どうなる?くっつくのでしょうか?
え~昔のお話は加筆修正したい所が山のようにあります。笑って読み流して下さいませ。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.03.11 20:33 | 編集
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