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2018
03.03

時の轍 5

Category: 時の轍(完)
土曜日の朝。
大学病院は休みでいつもより遅く目覚めた私は、道明寺悠の頼みにどう対応すべきなのか考えていた。
そして桜の樹がある近くの公園のベンチで若い男女が写った写真に目を落していたが、この写真は二人して散歩に出かけたとき撮られたものだろう。

撮影場所はNYのセントラルパークだが二人は何を見ているのか。
視線はカメラを見ているのではない。それならどこを見ているのか。
それは日本人の誰もが好きな花であり国花である桜の花。
二人は手を繋ぎ頭の上に広がる桜のトンネルを見上げているが、この後繋いていた手を振り解いたのは母なのか。それとも道明寺司なのか。
いや。彼はそんなことはしなかったはずだ。きっと振り解いたのは母だ。
何故ならこうして何十年も前の写真を色褪せずに保管しているということは、道明寺司がいかにこの写真を大切にしているのかが分かるから。
そしてこの写真を見るたび、はるか遠い日の二人の姿を思い出しているのだろうか。

あの日、私の躊躇いを感じ取った道明寺悠は、考えて頂けませんかと言い手紙と写真を残し立ち去った。
何故あの時私は断れなかったのか。
だが何故か嫌だという言葉が出なかった。
それは私が母の本当の娘ではないからだ。

西野つくしは1歳から母だった人で私たちは本当の親子ではない。
その事実を知ったのは、高校生の頃。
決して本人の口から告げられたのではなければ、父から告げられたのでもない。
高校1年のとき、海外へホームステイをすることになり、パスポートを取得するため必要だった戸籍謄本から母のつくしが本当の母親でないことを知った。


牧野つくしが私の父と結婚したのは、父が早くに母を亡くした私のことを思ってのことだ。
身体が弱かったという実の母は産後の肥立ちが悪く私を産み暫くして亡くなった。
当時、父が経営する病院に看護師として勤めていた彼女は、幼子と小学生の男の子を抱えた父から一緒になって欲しいと言われ受け入れた。
だがそれは、父を愛していたからではない。母親を亡くした赤ん坊を可哀想に思ったからだ。
そして父も牧野つくしを愛していたからではない。
父は亡くした妻。つまり私の本当の母親のことが忘れられなかった。
だから二人は夫婦というよりも、医者と看護師という関係の方が強かった。
なぜそう思うのか。それは牧野つくしが本当の母親でないと知ったとき気付いた。
いや。本当はもっと前から気付いていたはずだ。二人の関係は夫婦ではないと。
それならどんな関係だったのか。
それは、私という幼い子供を立派に育てるということが目的の関係だ。
だが二人の間に愛情があったのかと言われれば分からなかった。
いや。無かった訳ではない。二人は仲が良かった。だがそれは夫婦としての愛情ではなく、互いに手が届かない場所にいる人に対する想いを共有していたということだ。

父は私の実母のことが忘れられなかった。
そして西野つくし。いや牧野つくしは昔愛した人のことが忘れられなかった。
だから互いの傷を癒し合うために結婚した。そしてまだ幼かった私を育ててくれた。
そんな父と母にとっては、たとえ形だけの結婚だとしても、私にとって両親はかけがえのない存在だった。

私は牧野つくしについて調べた。すると道明寺悠が言ったように、短い間だが母が道明寺司と付き合い、メディアでも噂になったことがあったと書かれていた。
だが二人は結ばれることは無かった。それは、道明寺司がNYへ旅立ったのち、別れたということだが、本当は別れたくなかったはずだ。だが別れなければならない理由があったのだろう。そしてその後、道明寺司は悠という息子を儲けた。

もしかすると母が道明寺司と交わした手紙の中には、二人がそれぞれの伴侶と離婚をしようといった話が出ていたのかもしれない。だがそうはならなかった。
それは私のせいだ。
私がいたからだ。

あの頃の私は甘えん坊で母にべったりの子どもだった。
そんなことから、母は私を見捨てることが出来なかったのだろう。
優しい人で思いやりに溢れた人だった。私はお腹を痛めて産んだ子ではないのに、彼女はまるで実の子のように愛情を注いでくれた。
そして道明寺司は私が彼の恋人を本当の母親だと思っていることから彼女を無理矢理奪い去ることはしなかったのではないだろうか。

あの頃、年の離れた兄はすでに大人で母が後妻であることを知っていた。
だが特段おかしな様子もなく私にも告げなかった。兄は賢い人だから幼い私が傷つくことを気にして言わなかったということだ。
それに母と兄との関係は継母と継子といった関係ではなく、弟のような関係だったように思えた。
そして周囲も、西野つくしが本当の母親でないことを告げることはなかった。それは余りにも私が彼女にべったりとしていたからだろう。

だが思ったことがあった。兄は父に似ているが、私は父にも母にも似ていなかった。
それなら誰に似ているのか。思春期を過ぎたその時分かった。私は私を産み亡くなった本当の母親の写真を目にしたが、彼女に似ていたということを知った。
だが、私にはその人の記憶はない。それにたとえ私を産んでいない母だとしても、私にとって母は西野つくし以外いない。彼女が私の母親で彼女しか知らない。
だから、それからも母は西野つくし以外いなかった。

亡くなるまで私の母親を勤めてくれた牧野つくし。
だが本来なら本当に愛した人の傍にいたかったはずだ。

そう思えば、母の骨を欲しいという人に分けてもいいと思える。
今は同じ墓に眠る亡くなった父も反対はしないはずだ。何しろ父は私を産んだ母親と同じ墓に眠っているのだから満足のはずだ。

それに私は母に、牧野つくしに恩返しをしなければならないはずだ。
実の子でもないにも関わらず、彼女は最後まで私の母でいてくれたのだから。
だからこそ本当に愛した人が骨になった彼女でも欲しいと言っているのなら、その人の元へ牧野つくしを連れて行くことが、道明寺悠が言ったのと同じで、子供としての勤めなのではないだろうか。


花を開いた桜の樹を見上げ、その向うに見える青空を見た時私は決めた。
母を連れその人に会いに行こうと思う。
道明寺司という母が愛した人に。





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コメント
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dot 2018.03.03 09:20 | 編集
司****E様
おはようございます^^
周子の本当の母親ではなかったつくし。
彼女の父親は亡くなっていますが、それでもつくしは最後まで周子の母親でいました。
何故?という思いを抱く周子。しかしつくしが亡くなっている今、その理由は分かりません。
周子は、つくしが本当の母親ではないと分かり、彼女なりに思うことも多かったと思いますが、産みの親より育ての親。母はつくしだけ。そんな思いを持ち大人になりました。
こちら短編ですので、彼女の人生は割愛していますが、考えることも色々とあったことでしょう。
そして、周子はつくしが本当に愛したと言われる司の元へ彼女を連れて行くことを、娘として、ひとりの女性として決めたようです。続きは明日です^^
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.03.03 22:25 | 編集
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